壱頁完結物
「入社おめでとう敦君」
探偵社のある建物の一階、喫茶うずまきにて、探偵社の面々は昼食を取っていた。
午前中に敦の入社試験を終えたばかりで、声をあげた太宰以外全員が心なしか疲れている様に見える。
「本当、合格出来て良かったです…」
敦の溜め息と共に入り口の扉が開いた。
*****
「もう入社試験終わった?」
「乱歩さん」
出張に出ていた乱歩が昼食を取りに入って来た。
満足気な顔は事件の解決を表している。
「お疲れ様でした。敦、紹介する。此方は調査員の江戸川乱歩さんで…あれ」
「只今戻りました!」
鶏の鳴くような元気な声が乱歩の後ろから聞こえた。
*****
「嗚呼、後ろに居たのか」
乱歩の後ろに居た女性が軽やかな足取りで国木田に近付く。
「彼女は…」
「お帰りって云ってくれないんですか?“独歩さん”」
「…は?」
女性は徐に国木田の腕に抱き付いた。
太宰が飲んでいた珈琲を吹き出し、谷崎兄妹は口を開けて呆けた。
*****
「ええ?国木田君何時の間に…」
「ち、違っ…!」
「恥ずかしがらなくても良いじゃないですか」
抱き付く腕に力を込める女性に困り果て乱歩をチラリと見ると
「相変わらず仲が良いねえ」
大口を開けて笑っている。
(乱歩さん…貴方か…)
「あの、国木田さんの…恋人、ですか?」
*****
敦の質問で我に帰る。
此れは新入社員で遊ぶ序でに自分も遊ばれているのだと気付くが、腕に抱き付く女性を無下に扱うと乱歩の雷を食らう。
「クソ、八方塞がりだ…」
「ふふ、そう見える?」
女性が代わりに敦に質問を返す。
「だって、兄妹では無い…ですよね?」
谷崎兄妹をチラリと見る敦。
*****
「うん、兄妹じゃないよ」
「じゃあ…」
「だって、独歩さん」
「名前で呼ぶのを止めろ」
「えー酷い。あ、判った。二人きりの時の特別にしたいんでしょ?」
「お前…俺が怒る前に止めろ」
「如何しちゃったの?独歩さん、昨夜はあんなに熱かったのに…」
(変な事を云うんじゃない…!!)
*****
「太宰!お前も何か云って…」
「酷いなあ、国木田君を取るのかい?昨夜は私とも熱い夜を過ごしたじゃないか」
国木田の喉がヒュッと鳴る。此彼、乗って来やがった。
「御免なさい、矢張り心中は出来ないの」
「ちぇ」
「え、え…?」
敦の動揺が部屋全体に伝わる。
「成る程、そう来たか」
*****
顎に手を当てて笑う乱歩は此の状況を楽しんでおり、谷崎兄妹は固唾を飲んで見守っている。
「何が、如何なって…」
俺が聞きたい、と云う言葉を辛うじて飲み込み打開策を練ろうとした直後。
「此れからはずっと一緒ですよ、独歩さん」
頬に触れた柔らかな感触に、国木田は意識を手放した。
*****
「…あれ?」
「国木田さん!?」
「嘘でしょ、頬に口付けされただけで気絶したの?」
「国木田は初心だねえ」
敦の心配を余所に女性を手招きする乱歩。
女性は国木田を太宰に任せ、乱歩へと走り寄り胴体に抱き付いた。
「え、え!?」
「敦君、紹介しよう」
「乱歩さんの妹さんだ」
*****
「初めまして、中島敦さん」
「よ、宜しくお願いします…」
全く状況に付いていけない敦を察した太宰は国木田をテーブル席に寝かせ解説を始めた。
「先刻のは寸劇だったのだよ。発案は乱歩さんですね?」
「そうだよ。妹の発案なら全力で止めるからね」
「標的を国木田君にしたのは…」
*****
「此処にいる人間の中で一番扱い易いから」
「は、はぁ…」
「私でも良かったと思うんですけど?」
「お前はどさくさに紛れて変な事するから駄目」
「うーん」
太宰は残念そうに肩を竦める。
「そして此れは君の推理力を見る実験でもあり」
「妹ちゃんの扱いを知って貰う場でもある」
*****
「扱いを知る…?」
すると国木田が音速程の速さで起き上がった。
「うわぁ!?」
「あ、起きた」
眼鏡を装着した国木田は青筋を立て乍ら妹に近付く。
「お前は…社員が入る度に毎度毎度俺を玩具にするのを止めろ!!」
「えー、お兄ちゃんの発案なのに」
「そんな事は如何でも云い!!」
*****
「嫁入り前の娘が淫らな事をするんじゃない!」
「淫らって、頬に口付けただけじゃないか」
「お前は黙ってろ太宰!」
「そうだねえ」
ふと、乱歩が静かに口を開く。
「大事な妹が君に口付けなんてねえ」
「ら、乱歩さん…あれは妹から…」
「僕に口答えする気かい?」
国木田の絶叫が響いた。
*****
「国木田さん…」
「乱歩さん、妹ちゃんが大好きでねえ」
床に突っ伏した国木田を見ながら語る太宰。
「誰も手を出してはいけないのだよ」
勿論私も無理、と補足する。
「因みに熱い夜は君の入社試験の内容を夜に議論してたって意味だからね」
「僕、本当にやっていけるでしょうか…」
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