壱頁完結物
「ねえ、本当に仕事行かなきゃ駄目?」
「駄目だよお兄ちゃん…昨日から依頼入ってた、でしょ?」
「でも…」
乱歩が服を着る手を止めて妹に向き直る。
「お前が熱出してるのに仕事なんか行けないよ!」
「先生も、依頼が終わったら…帰って良いって、云ってくれたから…ね?」
「むぅ…」
*****
「という訳で国木田、僕が仕事行ってる間看病宜しく」
「何故俺なんですか乱歩さん!」
探偵社にて、朝一番からそんなやり取りが交わされた。
国木田は机の上に積まれた書類と乱歩を交互に見やり察してくれと云わんばかりだが。
「じゃあ宜しく」
乱歩が意見を曲げるなどあり得る筈もなく。
*****
乱歩曰く、与謝野は今日用事があり一日外出、ナオミは兄を連れて行くと云って聞かない、鏡花は看病をした事がない。
「よって消去法の結果君になった訳だ」
「で、ですか…」
「嗚呼そうだ」
「妹に変な気を起こしたら只じゃおかないから」
「あの、乱歩さん…」
「午後には帰るよ!」
*****
「すみません…」
「仕方無い、乱歩さんの命だ」
結局国木田は乱歩の妹を看病しに来た。
額のシートを換え、部屋を換気し、台所では粥が煮られている。
「お前が体調を崩すのは珍しいな」
「気を付けては居たんですが…」
直後咳が止まらなくなり、国木田は布団を叩いて喋るのを止めた。
*****
「あつい…」
「そうだろうな」
顔にも流れる汗を拭きながら同情すると、妹がゆっくりと起き上がった。
「おい、如何した」
「寝間着が濡れて気持ち悪くて…」
「替えは何処だ」
「其処に、積んでます」
指差す先の寝間着を掴んで渡し、国木田は台所へと向かう。
「タオルを用意する、体を拭け」
*****
人肌に温もったタオルを受け取り寝間着を脱ごうとする妹。
「く、国木田さん…」
「何だ」
「…向こう、向いて貰えます?」
「!!」
心配で見守っていたであろう国木田は光の速度で180度回転した。
「……済まん」
「いえいえ」
「後でお兄ちゃんに叱られるので」
「俺は殺されるな」
*****
「只今!!」
「お帰りなさい乱歩さん」
其れから数時間後、乱歩が息を切らしながら帰って来た。
「妹は!?」
「熟睡してます」
「そう…ん?」
「如何しました」
「洗濯機が回ってる」
ゴウンゴウンと鳴る洗濯機を見つめる乱歩。
「着替えとシーツを洗ってます。汗が凄かったので」
*****
「そう、有難う」
鞄を床に置き大人しく礼を云いながらソファに座る。
「…見てないよね?」
「何をですか」
「妹の着替えとか…あ、真逆下着触ったりしてないだろうね?」
「見てませんし触ってません!」
「……ならいいや」
「後は僕がついてるから会社戻って良いよ」
「は、はい…」
*****
「ん…」
「起きた。気分は如何?」
「…にぃに」
「ふふ、にぃにだよ」
寝起き直ぐに呼ばれた妹はまだ起ききらない頭で乱歩を昔の呼び方で呼んだ。
「間違えちゃった…」
「にぃにでもいいよ?」
「ん、にぃに」
まだ少し火照った顔が綻ぶ。
逆に乱歩の心臓が絞め上がるくらいときめいた。
*****
「仕事中も心配で全然手に付かなかったよ」
「それじゃあにぃにの方が心配だよ」
「僕は名探偵だから推理は間違えないの!警察の聴取とかの話」
妹の上にゴロリと寝転がる乱歩の頭をゆっくりと撫でると漸く安心したのか顔が緩んだ。
「あれ、熱下がってるね」
「本当?」
「うん」
*****
「明日は仕事行けるかな」
「駄目、大事をとって休んで」
「にぃには?」
「僕も休み」
「先生怒らなかった?」
「仕方無いってだけ云ってた」
諦めて溜め息を吐く福沢が容易に想像できた妹は心の中で福沢に謝った。
「あ、洗濯終わったみたい。にぃに干してくれる?」
「ん、判った」
*****
妹が回復して上機嫌な乱歩は鼻唄を歌いながら洗濯を干す。
「…ん?」
ふと持ち上げた衣類に乱歩の表情がみるみる変わり、走って寝室に向かう。
「お前、下着を国木田に渡したの!?」
「え?嗚呼洗濯なら篭に入れて渡したよ」
「…電話してくる」
「あ、与謝野さん?国木田解体してくれる?」
*****
「先日はお前のせいで散々な目に遭った」
「す、すみませんでした…」
パソコンを睨み付ける国木田に怒られ肩を竦める妹。
「国木田が嘘吐くからじゃん」
「俺は見てないし触ってないと云ったんです。洗濯してないとは云ってません」
「もうお前の看病はしないからな!!」
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