壱頁完結物
「おや妹さん、一人であるか?」
「ポオさん」
本屋に立ち寄ると偶然にもポオさんがいた。
此の街で一番大きな本屋なのに知り合いに会うなんて。
それも私の大好きな作家さんに。
「こんにちは。今日は同僚に使いを頼まれまして」
「本屋に使いとは面白いであるな」
カールくんが私の肩に乗る。
*****
「ポオさんは如何して此処に?」
「我輩は此処の常連なのである」
「そうなんですか!?」
何回か来てるのに気付かなかった。
カールくんも同意するように擦り寄ってくる。
「本が見つからないなら我輩にお任せを」
「本当ですか!助かります!」
「正直どの棚にあるのか検討もつかなくて」
*****
「因みに本の題名は?」
「か、完全自殺読本…」
題名を口にした途端、ポオさんが足を止めた。
「……え?」
「あの、お使いですから!お使い!!」
「あ、嗚呼!そうだったである!妹さんが自殺なんて真逆そんな」
余りに驚いたのかポオさんは胸の辺りを手で押さえている。
*****
「同僚が川に落としてしまったそうで…」
「其れで再度購入とは変わった人なのである…」
漸く落ち着きを取り戻したポオさんと共に本屋を進む。
カールくんを抱っこすると温かいのか首に引っ付いてくる。
「此処である」
「こんな奥まった処に」
「これじゃ見つからない訳です…」
*****
完全自殺読本を手に取り隠す様に持つ。
ふと視線を別の棚に向けると推理小説が目に入った。
「あの棚が気になるであるか?」
「面白そうです」
「ではご案内しよう」
専門だからかポオさんも少しテンションが上がっているみたい。
「此処一帯は全て推理小説である!却説、どれから話そうか…」
*****
「妹さんが好きな本は何れであるか?」
「そうですね、此の辺りでしょうか」
「描写が上品な作品が多いである」
「うっ…」
「直接的な表現は好まないであるか?」
グイグイ質問してくるポオさんは普段とはまるで別人だ。
「その…現場に出入りしてるから生々しい描写が如何しても…」
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「成る程、そうであったか」
そう云うとポオさんは棚から一冊の本を抜き出した。
「其れなら此の小説はきっと気に入るである。
情景描写が細かく且つ言葉選びが上手いから不快感を感じにくい」
私の前に差し出す其れは題名も上品だ。
「あっ、今日はお使いだったであるね…」
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「面白そうですね。買ってみようかな」
本に手を伸ばすとカールくんが安定する場所を求めて肩に戻って来た。
「も、申し訳ないのである…こう云う話が出来る友人が少なくて」
「いいえ、ポオさんとお話出来て楽しいです」
「妹さん…」
「どうせならポオさんの好きな本も教えてください」
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「ふむ、好きな本であるか…」
ポオさんについて棚をウロウロするが一向に本が出て来ない。
「何れも良い作品で選べないである…」
ガックリと肩を落とす先にあった本を、ポオさんは自然な手付きで持ち上げた。
「それは?」
「我輩の原点である」
それは外国の推理小説だった。
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「表紙が素敵…」
「そうなのである!此の本は装丁が飾りたくなる程凝っていて、特に此の金の華の模様が…」
表紙について事細かに説明してくれるポオさんの目が輝いている。
本当に此の本が好きなんだろうな。
「その本も買ってみたいです」
まだ中身は説明されてないけど、読んでみたい。
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「先刻の本よりは描写が直接的だが大丈夫であるか?」
「日本語じゃないので何とか」
持ってみると手離したくなくなる程手触りも良い。
「なら此れは我輩からの贈呈品にするである」
「えっ」
「君が此の本を手に取ってくれたのが嬉しいから、お礼である」
優しい顔で云われては断れない。
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店員の挨拶を背中に受けながら退店したとき、私は大分緊張していた。
ポオさんが贈呈してくれた本の値段が想像していた桁を超えていたからだ。
「あの、ポオさん…」
「何であるか」
「此の本…本当に頂いても?」
「勿論である!」
「大して高級なものではないが…」
「いえ、充分高級です」
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「外国の本は装丁が凝っているものが多いから余り気にした事が無いのである」
「そ、そうなんですか…」
確かに日本では余り見かけない。
「妹さんは外国の本は読まないであるか?」
「えっと…」
カールくんも気になるのか頻りに肩をウロウロしている。
「外国の本は、ポオさんの小説しか…」
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「わ、我輩の小説が最初…?」
「はい。だから読むのに時間が掛かってお兄ちゃんが構ってくれないって怒っちゃって…」
本人の前で何を云っているんだろう。
我に帰って慌てて口をつぐむと、カールくんが頬を舐めてきた。
その視線の先には号泣しているポオさんがいた。
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「ど、如何したんですかポオさん!私何か失礼な事を…」
「違うのである!此れは…嬉し泣きである」
懐からハンカチを取り出して涙を拭いたポオさんは落ち着いたのかまたニコリと笑ってくれた。
「母国語以外の小説を読むには勇気がいる」
「異文化の感性を知らないと読めないからですか?」
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「その通りである。昔の作品は特にまだ文章が拙かったし、母国の諺を盛り込んだりしていたから、読み辛くて苦手意識を抱く人もいる」
「私は其れ込みで楽しく読ませて貰いましたよ」
「ほ、本当であるか!?」
「はい」
「何たって今ではポオさんの大ファンですから!」
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云った後で思いっきり恥ずかしくなり慌てて口を手で押さえる。
嗚呼、今日は舞い上がってる…。
「ぽ、ポオさん…あの…」
「今此方を見てはいけないである!」
「へ?」
「あっ!」
いけないと云われたのに反射的に上げると…
耳まで真っ赤になったポオさんが顔を覆っていた。
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「我輩の作品を其処まで気に入ってくれたのは君が初めてである。有難う」
上手く笑えないのか口元が曲がっているポオさんに私も同じような笑みを返す。
「そうだ、今度君の読み易い文体で小説を書くである」
「え、そんな…何でですか」
「君にもっと我輩の作品を読んでほしいからである!」
*****
「装丁も今日買った本並みに凝ってみよう」
彼是考えるポオさんは真剣そのもので、此れでは本当に作ってしまいそうだ。
「あ、あの…私は今の儘が…」
「心配には及ばない」
カールくんがポオさんの肩へ跳び移る。
「我輩はプロフェッショナル、別人が書いたような作品は作らないである」
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「だが慣れない表現を使うのに少し時間を要するから、完成は少し先になるが構わないであるか?」
「勿論です!何時までも待ってます!」
私は夢でも見ているのだろうか。大好きな作家さんが私の為に小説を書いてくれるなんて。
そうこうする内に私達は探偵社まで帰って来ていた。
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「只今戻りました」
探偵社の扉を開けると兄が目の前まですっ飛んで来た。
「もう遅かったじゃないか!…ポオ君?」
「乱歩くん、久し振りである」
手を振るポオさんを兄は凝視する。
「何で妹と一緒なのさ」
「本屋さんでたまたま会ったの」
「…其れにしては二人で楽しんだみたいじゃないか」
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兄は本の入った袋を一つ取り上げる。
「太宰、領収書貼ってあるから妹にお金渡して」
「え、何か一冊分会計増えてるんですけど」
「お使い代だ」
其れだけ云い捨ててまた直ぐに戻って来る。
「ポオ君に何お勧めされたの?」
「全部バレてるのである…」
明らかに不機嫌な兄にポオさんが怯えた。
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「ふぅん、なかなか良いじゃない。確かに妹の好きそうな小説だ」
「良かったのである…」
ペラペラと頁を捲る兄は少しずつ機嫌か戻って来て、カールくんも帽子の上に乗っている。
「でも僕に黙ってデヱトしたのは頂けないなあ」
「そ、そんな心算は…」
「贈呈品まで贈っておいて?」
「ひぃ」
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「贈呈品と云っても精々十五万の小説である!」
「…え?」
頑張って反論したポオさんの言葉を聞いて兄が固まる。
「如何したであるか乱歩くん」
「いや、え?此の本十五万もしたの?」
「我輩にとっては此の値段で売られているのが不思議で仕方無いである」
兄が絶望した顔で私を見つめる。
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次の瞬間兄は痛い位私を抱き締めた。
「君が何億、何兆、何京積んだって妹は渡さないからね!!」
「勿論そんな事思ってないである!我が好敵手の大事な妹さんを金で買おうなんて!」
「お兄ちゃん、肋骨が痛い」
「其れに推理小説を語れる数少ない友人に値段なんてつけられないである」
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「当然乱歩くんにも」
ポオさんが外套の懐から大きな封筒を出した。
「新作を書いて来たである。今回こそは負けない!」
「おっと粋な計らいじゃあないか!眼鏡取って来るよ」
漸く笑顔を取り戻した兄に二人して安堵の溜め息を吐く。
「乱歩くんは本当に君を大事に思っているのであるね」
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取って来ると云いつつ自分の席で小説を読み始めた兄を観察していると、カールくんが膝に乗ってきた。
其の口には紙切れを咥えている。
『君用の新作の事はまだ乱歩くんには内緒にして欲しいである』
楽しそうに笑うポオさんに私も同じような笑みを返した。
『また二人で兄に怒られましょう』
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