短編

「お兄ちゃん、飲み過ぎだよ」
妹に抱き着き頬擦りする乱歩は赤ら顔。
「なかなか良いお酒だねえ。もう少し飲みたいなあ」
「また明日にしようよ」
「ええ?やだやだ今日が良いぃ」
「慌てなくてもお酒は消えないよ」

「じゃあ明日にするう」
「うん、そうしよ」


*****


「その代わりお前が楽しませてくれるよねぇ?」
「ええ…寝ようよ。もう力入らないでしょ」
「そんな事ないよ」
そう云うと乱歩が妹を床に押し倒した。
「ぐっ…意外に強い…」
「ほうら、逃げられない」
「お兄ちゃん、寝よう」
「やあだ」
「寝て!お願いだから!」

そして朝になる。


*****


時々無性に人肌恋しくなって、でもそれは妹じゃなくて恋人が良くて。
「おいで」
溜まった熱を乗せてそう囁くと妹は耳まで真っ赤にして近付いてくる。
「どうしたの乱歩さん」
「急に抱き締めたくなった」
柔らかい体を包めば緩やかになる鼓動。

「乱歩さん」と呼ぶ声が堪らなく愛しい。


*****


「もう寝るよ」
乱歩の声に妹が顔を上げる。
「先に寝てて良いよ」
「お前も寝るの」
「もう少しだけやってから寝るよ」
「駄目、昨日もそう云ってそんなに寝てないでしょ」
読んでいた本を取り上げると渋々立ち上がった。

「最近ポオさんにヤキモチばっかり」
「お前のせいだよ」


*****


「ねえ、本当に行くの?」
「仕方無いでしょ、先生のお達しなんだから」
詰めた荷物を片っ端から出していく乱歩を窘める妹。
「すぐ帰って来るから」
「知らない人に付いて行かないでよ」
「行かないよ」
「…僕の事忘れないでよ」

「忘れるわけない。毎日電話するから」
「絶対だよ」


*****


旅先で妹が体調を崩してしまった。
「御免ね乱歩さん…」
「お前は数日家を離れると何時もだね」
「今回は大丈夫だと思ったのになぁ…」
涙目の瞼に口付けて目を閉じさせる。
「明日には良くなるよ」
「うん」
漸く眠りに就いたから今度は唇に口付けた。

「良くなったら今日の分もデエトしよう」


*****


「何泣いてるの」
「何時もの情報過多だよ」
妹はよく頭がパンクして泣く事がある。
「今回は人数が多かったからね、はい」
僕がハンカチを渡すと意外そうな顔で受け取る。
「お兄ちゃんって何時もハンカチ持ってるよね」
如何して?と聞く妹にラムネを飲んでから答えた。

「紳士の嗜みだよ」


*****


「ねえ、どっちが良いかな」
妹が服を購うと云うので乱歩もついて来た。
「お前は此方の方が似合うと思うなあ」
「じゃあ此方にしよっと」
「え、僕の意見で決めるの?」
「だってお兄ちゃんとのデート用だし」

「って事があったんだよってポオ君聞いてる?」
「き、聞いてるのである…」


*****


「お兄ちゃん雨降って来たよ」
「しっかり戸締りしないとね」
雨戸を閉め台風に備える江戸川家。
「今夜は嵐だね」
「凄い音だろうね」
「だったら一寸激しくしても大丈夫だよね?」
「大丈…ん?」
「今夜はとことん付き合ってもらうよ」

ペロリと出した舌から目が離せない。


*****


「本当に行くの…?」
「お兄ちゃん、仕方無いよ」
乱歩が妹の袖を摘まむ。
「僕を置いて行くの…」
「直ぐ戻って来るから」
「本当?嘘じゃないよね?」
「嘘じゃないよ」
「あの…乱歩さん」
痺れを切らした国木田が口を開いた。

「向かいに使いを出すだけですので…」
「十分で帰るよ」


*****


「にぃに」
妹に服を引っ張られた乱歩が膝を折る。
「如何したの」
「せんせ、にゃんこおいかけていっちゃった」
「何処に!?」
「んとね、あっち」
「もおぉ!今週四回目なんだけど!!」
「ごめんねにぃに」
「お前は謝らなくて良いの!」

妹を負ぶって駆け出す学生服姿の名探偵。


*****


「福沢さん!」
細い路地に入れず足踏みしていた福沢に追い付いた兄妹。
「む、乱歩には内緒だと云った筈だぞ」
「うん、ていってないもん」
「くっ」
悔しがる福沢の視界に怒り心頭の乱歩の顔が入って来た。
「す、済まん乱歩。落ち着け」

「もう猫追いかけるの禁止!!」


*****


こんなにタンバリンの似合う二十六歳がかつて居ただろうか。
「叩き方雑だし」
「ま、まあでも乱歩さんリズムには合って…あれ?」
微妙にズレるタイミングに敦くんが頭を抱える。
「お兄ちゃん、楽器でも相変わらずだね」
「まあね!」

「否、褒めてないからね」


*****


「お兄ちゃんは武術しないの?」
福沢さんに稽古をつけて貰っている妹が汗を拭きながらそう尋ねた。
「僕には必要無いよ。頭脳派の名探偵だから」
「ふぅん」
「何かあったら護ってね」
「勿論、その為に稽古してるんだよ」

また稽古に向かう妹を見ながら僕は頬杖を着いた。


*****


その夜。
「福沢さん、僕でも出来る武術ってある?」
「…如何した急に」
「僕は名探偵でありお兄ちゃんだ。妹の事は常に護ってあげたい」
「自分から仕掛ける事の無い受け身の武術なら出来るかもしれん」
「じゃあそれで。妹には内緒ね」
「判った」

「全部聞こえてるけど、応援してあげよう」


*****


「福沢さん、妹寝ちゃったよ」
「今日は一日ずっと勉強していたからな」
「僕の助手は勤勉だねえ」
机に突っ伏しすやすやと眠る妹をゆっくり抱き抱える。
「布団に運んで僕も寝るよ」
「嗚呼、頼んだ」

「…もう充分凄いのにね」
「そう云う事は本人の前で云ってやれ」


*****


「社長!トリック・オア・トリート!」
お揃いの仮装をした乱歩と妹が社長室の扉を乱暴に開ける。
書類を読んでいた福沢は驚いたのか微かに肩を動かした。
「あれ、先生仮装してない」
「この歳であの服が着れるか」

「ええ?折角妹が作ったんだから着てよ」
「………」


*****


「似合ってる!」
「流石だね」
福沢から貰ったお菓子を抱えた兄妹は着替え終わった福沢を見て嬉しそうに笑う。
「家族皆で仮装なんて初めてだね!」
「毎年何かしら理由付けて着てくれなかったもんね」
はしゃぐ二人に福沢は諦めて溜め息を吐いた。

「今日だけだぞ」
「「はーい!!」」


*****


「あれ、顔赤いよ」
「うん。一寸呑んだ」
玄関でヘラリと笑う妹の顔はほんのりと色付いて、眠そうな瞳が何だか色っぽい。
「そう云う時はちゃんとお迎え呼んで」
「送って貰ったから大丈夫だよぉ」
「大丈夫じゃないから云ってるの」

「男は狼なんだよ。判らないなら教えてあげる」


*****
4/6ページ
スキ