壱頁完結物

「お兄ちゃん朝だよ…」
目覚まし時計の鳴る江戸川家。
乱歩を起こすだけ起こして妹は二度寝。
「ん~…もう朝?早いよ…」
ムクリと起き上がった乱歩はハタと動きを止める。
「ん?今お兄ちゃんって云った?」
布団を捲って隣を見た乱歩は妹に話し掛けた。

「お姉さん、誰?」


*****


「と云う訳なんです先生」
妹は乱歩を連れて福沢家に転がり込んだ。
「乱歩、今幾つだ」
「十三だよ、そんな事も忘れちゃったの?」
「いや…」
部屋に残っていたと云う学生服を着た乱歩は部屋をキョロキョロと見回している。
「で、福沢さんは判るとしてこのお姉さん誰」

「お前の妹だ」


*****


「冗談やめてよ。あの子はまだ五歳だよ」
怒ってみても表情を変えない事に疑問を抱いた乱歩は眼鏡を掛けてみた。
硝子越しの福沢に何かを感じて目を見開く。
「え、本当に…?」
「嘘を吐いて如何する」
「でも、ええ…?」
其の儘妹へと視線を向けると更に目を丸くした。

「本当に、妹…?」


*****


眼鏡のお陰で何とか状況を把握した乱歩は途端に空腹を主張した。
「私作ってきます」
「駄目、僕と一緒に居て」
「でもお腹空いたんでしょ?」
「一緒に居てくれないと寂しくて死んじゃう」
服の裾を摘まむ乱歩に立ち上がろうとした足をストンと下ろした。

「先生、お願いして良いですか…」


*****


「今日は探偵の仕事無いの?」
「今日はお休みだよ」
「えー、詰まんないの」
妹に正面から抱き付き悪態を垂れる乱歩。
「寧ろ休みで良かった」
「そうですね先生」
「美味しそう!」
簡単な朝食が出て来て上機嫌になった乱歩は自分の箸を妹に渡した。

「自分で食べる気が一切感じられない…」


*****


「乱歩がこの歳の時分には見られなかった光景だな」
「感心してないで手伝って下さい…」
箸等持つ気の無い乱歩の口に妹は仕方無しせっせと食事を運ぶ。
「美味しい!」
「良かったね」
「美人に育った妹がご飯食べさせてくれるなんて最高に気分が良いね!」

「お兄ちゃんが天然ジゴロだ…」


*****


食事を終えた乱歩は外に出たいと云い出した。
今にも走り去りそうな程ウキウキした乱歩の手をしっかり繋いで横浜の街を巡る。
「身長も手の大きさも殆ど僕と同じなんだね」
「妹だからね」
なんて適当な話をしつつ、赤煉瓦の建物に辿り着いた。

「此処は?」
「私達の今の職場だよ」


*****


探偵社の扉の前に着くと乱歩は目を輝かせた。
「武装探偵社!カッコイイ!」
「先生が会社を立ち上げてくれたんだ。今は社員さんも沢山いるよ」
「僕は此処で今でも探偵をしてるの?」
「そうだよ」
「お前もちゃんと助手してる?」
「してるよ」

「最高じゃないか…!!」


*****


「早速入ろう!」
「あっ」
妹の制止も耳に入らず乱歩は探偵社の扉を開けた。
「俺まで休日出勤をする羽目になっただろうが!さっさと報告書を出せ包帯無駄遣い装置!!」
一息で云い切った大声を全身に受け、乱歩は呆然と立ち尽くした。

「お兄ちゃん大丈夫?」
「…吃驚した」


*****


「乱歩さん…?」
大声を出した本人が此方に気付いたらしい。
しかし肝心の乱歩は学生服を着ていて混乱した彼の眼鏡にヒビが入る。
「お疲れ様です国木田さん。太宰さんも報告書今日中でお願いしますね」
妹が話し掛けると二人は気の抜けた返事をした。

「あの人たちが社員?」
「そうだよ」


*****


「ふむ、異能の類ではないねえ」
「そうですか」
太宰が乱歩に触れてみるが特に何かが起こる様子もなく、横では国木田が不思議そうに観察している。
「乱歩さんの幼少期か…」
「国木田さん知りませんもんね」
国木田と話す妹を見て膨れる乱歩。

「如何したんです乱歩さん」
「…狡い」


*****


「狡い?」
「妹は此処で皆と働いてる…僕は知らない」
「乱歩さんも働いてますよ?」
「今の僕は知らないもん」
心なしかしょんぼりと肩を落とす乱歩に太宰は微笑む。
「乱歩さんは昔から妹さんが大好きなんですね」
「家族だもん。当たり前でしょ」

「安心して下さい。妹さんも同じですよ」


*****


依然として膨れっ面の乱歩の前に見慣れた形の瓶が現れた。
「冷蔵庫に一つ残ってたんだけど飲む?」
「ラムネ…」
「放ったらかしにしてごめんね。中見て回る?」
ラムネを受け取りながら太宰を見ると声を発さずに
「ね?」
と云った。
「おんぶして」

「放ったらかしにしたからお仕置き」


*****


「福沢さんこんな良い処に座ってるの?」
「お兄ちゃんもたまに座ってるよ」
社長室に案内された乱歩は物珍しさに部屋を見回す。
「ちゃんと社長してるんだねえ」
「優しい社長さんだよ」
「僕にも?」
「勿論。沢山褒めてくれるよ」

「乱歩さんが妹におぶられるのを見る日が来るとは…」


*****


「報告書出来たよ」
社長室のソファでラムネを飲む乱歩を見ていた妹の元に太宰が書類を持ってきた。
「やれば出来るじゃないですか」
「もっと褒めても良いよ」
「期限過ぎてるのに何で褒めるんですか」
そんなやり取りを聞いた乱歩はまた不機嫌になって妹に抱き着いた。

「お兄ちゃん?」


*****


「報告書出したなら早く行って」
太宰を睨みつけると本人は両手を上げて出て行った。
「お前も僕以外の人に構っちゃ駄目!」
「仕事の話をしてただけで…」
「駄目!僕が一番じゃないとヤダ!」
今にも泣きそうな乱歩に驚きつつ、妹は乱歩の背に腕を回した。

「また寂しくさせたね。ごめんね」


*****


すんすんと鼻を啜る乱歩の頭を優しく撫でてやる。
「お兄ちゃん寂しがりだもんね」
「判ってるなら僕の傍に居て」
「うん」
漸く落ち着いた乱歩を力強く抱き締めると、扉の隙間から誰かが覗いているのが見えて思わず笑ってしまった。

「社員さん達、お兄ちゃんと遊びたいって」


*****


「包帯君はビー玉出して来て」
「はあい」
国木田におぶられた乱歩はラムネの瓶を投げ渡した。
難なく掴んだ太宰は給湯室へと消える。
「眼鏡君凄い背が高いねえ!景色が良いや」
「それは良かったです」
国木田の上ではしゃぐ乱歩に妹は頬が緩んだ。

「お兄ちゃん楽しそう」


*****


暫く遊んでいる様子を見ていると乱歩がたまに妹の方をチラ見するようになった。
「乱歩さん如何しました?」
「妹が寂しくないかなって」
上機嫌に云う辺りそうあってほしいという内心を感じ取った妹は徐に顔を手で覆った。
「お兄ちゃんが皆とばっかり遊ぶー」

乱歩が満面の笑みを浮かべた。


*****


「ふふ、寂しかった?」
乱歩が妹の頭を撫でると妹はゆっくりと手を離した。
「寂しかった…お兄ちゃん全然此方向いてくれないんだもん」
「うんうん」
勿論妹は演技なのだが乱歩は気付いてない様子。
「あの乱歩さんが気付かないとは…」

「妹ちゃんには甘いからね、乱歩さん」


*****


「そろそろ帰りますね」
気付けば時刻は昼を過ぎていた。
また空腹を訴える乱歩にご飯を食べさせるべく帰路へ着く。
「二人とも気を付けて」
「知らない大人に付いて行っちゃ駄目だよ」
「判ってるよ」
乱歩は妹の腕にギュッとしがみ付いた。

「妹はちゃんと僕が護るんだから!」


*****


「お兄ちゃん今日は甘えただね」
昼食を食べ終えた乱歩に膝枕をしながら妹は頭を撫でる。
「…普段のお前はまだ小さいから、僕が甘えちゃいけないでしょ」
「そっか、一生懸命お兄ちゃんしてくれてるんだね」
「でも今日はお前の方が大きいから沢山甘えるの。良いでしょ?」

「勿論だよ」


*****


「そう云えばビー玉何色だった?」
「翠だった」
日に透かして見せると乱歩の目と重なった。
「お兄ちゃんの目の色」
「お前の目の色」
同時に発した言葉にまた同時に噴き出す。
「同時に云わないでよ」
「お兄ちゃんは緑を見ると何時もそう云うもの」

「矢張りお前は僕の妹だ」


*****


「お前は今でも僕の事好き?」
「勿論。お兄ちゃんを嫌う筈ない」
「そっか」
腰に縋るように抱き着く乱歩の頭をまた優しく撫でる。
「何かあった?」
「別に、たまに不安になるだけ。その内僕から離れていくんじゃないかって」
「今でも一緒に寝てるのに?」

「…それもそっか」


*****


「お兄ちゃんは私の世話を面倒と思ったりしないの?」
「思った事ない」
余りの即答ぶりに一瞬言葉を詰まらせる妹。
「お前の名付け親になる程お前が好きだからだよ」
乱歩の瞼が重くなる。
「…昔からそんなに想って貰えてたなんて、私は幸せだな」

其の言葉を聞きながら乱歩は眠りに就いた。


*****


「ん…」
何時の間にか辺りは暗くなっていた。
寝惚け眼を擦りながら起き上がると服が引っ張られる感触がする。
「にぃに、おはよ」
「…あれ」
其処には何時もの小さい妹がいた。
「きょうはたくさんおひるねしたね」
「そんなに寝てた?」
「もうばんごはんだよ」

台所から福沢が顔を出す。


*****


「やっと起きたか」
「福沢さん…」
「其の歳で5時間昼寝する奴は初めて見た」
呆れ顔で台所へ戻っていく福沢を見つめたままの乱歩の膝に妹が乗る。
「にぃにおつかれ?」
「ううん、面白い夢見た」
「ゆめ?」
「お前が大きくなって僕より年上になる夢」

「にぃによりおねえさんになるの?」


*****


「そ、それで沢山甘やかして貰うの」
「ふうん?」
イマイチ理解出来ないのか妹は首を傾げる。
「にぃに、あまえたいの?」
「違うと云えば嘘になるけど、お前は妹だからお兄ちゃんが甘えさせるの」
頭を撫でてやると理解しきらないまま妹も乱歩の頭を撫でた。

「よしよし?」


*****


「きめた!きょうはね、にぃにをよしよしするひ!」
「何それ」
「にぃにをよしよしするの。きょひけんはないよ!」
「また難しい言葉覚えて…」
そう云いながら頭はされるが儘。
「にぃにの日は一年に一回?」
「ううん、ふていき」
「不定期!?」

また台所から福沢が出てきた。


*****


「楽しそうだな」
「女の子はマセるって云うけど本当だね」
「其れだけ兄が好きだと云う事だ」
夕食をちゃぶ台に並べる福沢を見る乱歩に妹が抱き着く。
「いつでもよしよしうけつけてます!」
「お前もちゃんと甘えてよ?」

「うん!…にぃに、ぽっけにびーだまはいってる」


*****


それは夢で太宰に取り出して貰った筈の翠色のビー玉だった。
「あれは…夢じゃなかった?」
「にぃにのめのいろ!」
ビー玉を見つめ目を輝かせる妹に乱歩は噴き出した。
「お前は本当に僕の妹だね」
再度疑問符を浮かべる妹を是でもかと抱き締めた。

「早くあれ位美人で優しい子に育ってよね」



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