壱頁完結物
「おきてー」
「んん…」
何時もの朝。
頬をぺちぺちと叩かれ目が覚める。
「あさだよー」
「判ってるよ…」
叩くのを止めない手を手探りで掴むと、何故か何時もより小さい。
「えっ」
眠気も一気に覚め勢いよく起き上がると
「わあー」
何かが後ろに転がった
「…妹が、小さくなった」
*****
「如何したんですか乱歩さん…」
「か、隠し子…?」
「まあ乱歩さんの歳なら有り得なくは…」
「一寸、人の話聞いてる?」
朝の探偵社は騒がしかった。
何時もは自由奔放な乱歩が社員を纏めている。
「何が如何なったかはまだよく判んないけど妹だから!」
「隠し子とか居ないから!」
*****
「僕の事呼んでご覧」
「にぃに」
「ほら!ぱぱじゃないでしょ!」
「判りました乱歩さん…済みませんでした」
余りの気迫に気圧される社員達。
漸く静かになった社内に満足した乱歩は自分の席に妹を膝に乗せて座った。
「今日は何しよっか」
「おしごとはー?」
「お仕事はお昼から」
*****
「そうだ、ねるねるする?」
「するー!」
引き出しからお菓子を出す乱歩を見て鏡花の目の色が変わった。
「如何したんですか鏡花ちゃん」
賢治の問いに鏡花はわなわなと震えながら答える。
「ねるねるは…練ると最後、乱歩さんに食べられる…」
「大丈夫かな…?」
*****
「数字は覚えてるかな?」
「うん!これがいちでね、こっちがになの!」
「おお、凄いねえ!よく出来ました!」
妹に頬擦りする乱歩は注目の的だ。
「昔もあんな感じだったんでしょうか…」
「さあな…」
「国木田君何か知らないの?元担任でしょ?」
「あんな小さいのに会った事はない!」
*****
容器に順番通り粉を入れ、水を入れる。
「「ねるねるねるねるねーるねる!」」
二人で歌っている間にねるねるが混ざっていく。
「混ざった?」
「うん!」
「お兄ちゃんに見せて」
「ほらみてー!」
「綺麗に出来たね」
其の様子を固唾を飲んで見守る鏡花。
「にぃに、はいあーん」
*****
綺麗に形作られたねるねるが目の前に来て一瞬動きが止まる。
「え、いいの?」
「うん!にぃににあげるの!」
あーん、と云う声と共に更に近付いてくるねるねる。
「お前が食べて良いんだよ?」
「いいの!にぃににあげるの!」
「にぃにがもいっこかってるのしってるから!」
*****
「…流石僕の妹だね!」
ねるねるを遠慮なく口に含み妹をキツく抱き締める乱歩。
「バレちゃってたか~」
「おかいもののときちゃんとみてたもん!」
「そっか見てたか~、お前は賢いなあ」
得意気な妹の頬や額に接吻をする。
「あれ、本当に乱歩さんですか…」
ハートの流れ弾が当たる社員。
*****
「乱歩、先刻から騒がしいぞ。…誰だその子は」
「妹だよ」
社長室から出て来た福沢がお菓子のごみをゴミ箱に捨てる妹を凝視する。
「冗談はよせ」
「冗談じゃないよほら見て」
ゴミ箱を叩いて
「ないない」
を確認した妹は兄に持ち上げられ、福沢の方を向いた。
「あ、せんせ!」
*****
「ん?せんせ、よんじゅうごさいな…むぐっ」
妹が喋った瞬間、一気に距離を詰めた福沢に口を塞がれた。
「歳を云うな、歳を」
「でもこれで妹だって判ったでしょ」
口を塞がれても福沢を見つめ続ける妹に手を離す。
「…乱歩、原因究明と早期解決を怠るなよ」
「せんせ、にゃんこいる」
*****
ふと足元を見るとミィちゃんが兄妹に近付いてくる処だった。
「にゃんこなでなでする」
「出来る?」
「できる!」
ゆっくりと床に下ろして貰い、妹はミィちゃんに近付いた。
「にゃっ!?わぁ、にゃんこからきたー」
擦り寄ってくるミィちゃんに大喜びする妹。
大人二人が嫉妬した。
*****
「事務所内に居たら仕事の邪魔だろう。猫は社長室に連れて行く」
「えー、にゃんこ…」
ミィちゃんも社長より妹が良いのか顔を頻りに舐めている。
「にゃんこ、くすぐったーい」
「もう、お兄ちゃんの時より可愛い顔しないの」
「社長も昔はああだったんですかね…」
「社長の猫好きは今もだ」
*****
「にゃんこといっしょがいい」
「駄目だ」
「お兄ちゃん処戻っておいで」
猫と幼女を巡って云い合いが続き、社内は仕事処ではない。
「じゃあにゃんことにぃにといっしょにしゃちょーしついく」
頑なにミィちゃんを離さない妹に、遂に二人が折れた。
「…良かろう」
「しょうがないなあ」
*****
「あーん」
「あー」
「美味いか?」
「おいしい!せんせありがと!」
社長室には和菓子が並んでいた。
福沢の膝に座りその足には猫を乗せ、乱歩に和菓子を食べさせて貰う妹。
書類を提出しに来た国木田が一瞬目眩を起こす。
「社長…」
「何だ」
「…甘やかし、過ぎでは」
「そ、そうか…?」
*****
「二人とも完全に自覚が無かった…」
「乱歩さんは兎も角社長までとは…」
「でも小さい子って可愛いですからね!」
頭を抱える国木田の周りで話し始める社員達。
「そう云えば乱歩さん、午後から外で仕事の筈だけど」
「あの状態の妹を連れて行くとか云わないよな…?」
「乱歩さんですし…」
*****
「それじゃ、行ってきまーす」
「いってきまーす!」
「一寸待ったあ!」
四方を社員で固められた乱歩は妹と顔を見合わせた。
「何」
「いやいや、流石に連れて行くのは…」
「何で」
「いや、その…」
口籠る敦を前に、妹が乱歩の足に抱き付いた。
「にぃにといっしょがいい!」
*****
「お兄ちゃんと一緒が良いよね!」
「うん!」
妹を抱き上げ頬擦りする乱歩にもう誰も言い返せない。
「きょうはおてつだいできる?」
「そうだね、お手伝いして貰おうかな」
柔らかい頬を突くと妹は満面の笑みで意気込んだ。
「嗚呼、僕らだけじゃ列車乗れないから誰かよろしく」
*****
「何で俺が…」
「じゃんけんで負けたんだから仕方無いじゃん」
列車の中で国木田が項垂れている。
向かいに座る兄妹はビー玉を覗いたり駄菓子を食べたりと楽しそうだ。
「くにきださんはたんていさんなの?」
「いや、俺は違う」
「なんで?めがねかけてるのに」
「探偵と眼鏡は関係ない!」
*****
「じゃあくにきださんはなにするひと?」
「主に事務作業と事前調査だ」
「ちょーさいんなの?」
「そうだ」
興味津々に国木田の話を聞く妹は急に兄の膝に乗せられた。
「お兄ちゃん放ったらかしなんだけど?」
「にぃにびーだまでいそがしいから」
「それでも国木田ばっかり構っちゃダメ」
*****
「にぃにやきもちやきさん!」
「そうだよ。お前に構って貰えないと寂しくて死んじゃう」
「たいへん!にぃにしんじゃだめ!」
ぎゅーっと抱きつき頭を擦り付ける妹が可愛くて仕方無いらしい。
「お兄ちゃんから離れちゃ駄目だからね」
「ん!いっしょ!」
「見てる此方が恥ずかしい…」
*****
「そんな訳で今日もよろしく」
「よろしくおねがいします!」
「待て待て、話が見えん」
現場にて、箕浦刑事は至極真っ当な反応をした。
何時も連れている妹が幼児化しましたと急に云われてはいそうですかと云える一般人はそう居ない。
「済みません、妹は連れて来ない筈だったんですが…」
*****
「にぃにのおてつだいするの!」
「僕が見てるから大丈夫だよ」
「そう云われてもな…」
此処は殺人現場。
本来なら幼児がうろついて良い場所ではない。
「乱歩さんがついてますから…何卒」
国木田の頼み込みの甲斐あり、何とか妹の捜査が許可された。
「じゃあ向こうのアレ探してきて」
*****
「すみっこのやつ?」
「そうそう」
「ん!いってくるー!」
「待て待て待て待て!!」
箕浦が妹を抱え上げる。
「名探偵!妹は見てるんじゃなかったのか!?」
「目の届く範囲だよ」
「判った、云い方が悪かった。妹の手を絶対に離すな」
「おてつだいできるもん!」
「そう云う問題じゃない!」
*****
「それじゃ効率が悪いよ」
「そう云われても此方も仕事なんだ」
「わかった!」
妹が何か思い付いたのか手を上げる。
「おとなといっしょならいいんでしょ?くにきださんとさがしてくる!」
乱歩がそう云えば居たねと云い、国木田は微妙な面持ちで眼鏡を押し上げた。
「…お預かりします」
*****
「いい?今日は特別だからね」
「はい…」
「妹と手を繋ぐなんて今後許さないからね」
「承知してます…」
不服そうな乱歩に頭を下げる国木田。
「ねえ、はやくいこ」
「あ、嗚呼…」
妹にはぐいぐい引っ張られ板挟みの国木田は精神的に限界が来そうだ。
「誰か…助けてくれ…」
*****
「で、何を探すんだ」
「んとね、あかいつりばり」
コンクリート片が散らばる場所で妹は地面を凝視する。
「釣り針?」
「このへんにおちてるの」
足でコンクリート片を蹴ってみる。
「乱歩さんにそう云われたのか?」
「むこうのあれはこれなの」
「矢張り乱歩さんたちの会話は判らん…」
*****
「くにきださんもさがして!」
「わ、判った」
ズボンを引っ張られ国木田は膝を折って地面を探し始めた。
しかし釣り針などと云う小さな物をそう簡単に探せる筈も
「おい、これか?」
妹が振り向く先には先端が赤に塗られた釣り針を持つ国木田がいた。
「にぃににほうこくしなきゃ!」
*****
「偉いねえ!ちゃんと見つけて来たね!」
「くにきださんがみつけてくれたの」
釣り針を鑑識に回した乱歩は妹の頭をこれでもかと撫で回した。
「にぃにだっこ!」
「うんうん、抱っこしてあげようね」
妹を抱き上げ顔中に接吻する乱歩に箕浦が呆れた。
「大丈夫なのか…?」
「多分…」
*****
「却説、帰ろっか」
「かえろー!」
その後何時も通り事件を解決した乱歩達は帰路に着いた。
「にぃにかっこよかった!」
「本当?お前がそう云ってくれるならまた頑張ろうかな」
「うん!またみせてー!」
はしゃぐ二人を後ろから見ながら、国木田は少しだけほっこりとした気持ちになった。
*****
「結局判らず仕舞だったね」
「なにがー?」
「お前が小さくなった理由だよ」
再度机でねるねるを作る妹の頭に顎を乗せる乱歩。
「ちっちゃいのやなの?」
「違うよ。僕はどんなお前も大好きだもの」
出来上がったねるねるを掬い、妹の口に入れてやる。
「美味しい?」
「うん!」
*****
「にぃに…おねむ」
「そうだね、今日は事件も解決したしお兄ちゃんも眠いや」
ねるねるを食べ切り、二人は夕陽を背にうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「あのね、にぃに」
「ん?」
「にぃにだいすき」
眠そうな顔でくしゃりと笑う妹が余りにも可愛くて
乱歩は人目も憚らす妹に接吻した。
*****
「……て。…きて」
「んぅ…」
「起きてってば」
「え?」
何時の間にか眠っていたらしい。
乱歩は机に突っ伏していた顔をゆっくりと起こした。
「もう、出社早々寝ないで。午後から外で仕事だよ」
手を腰に当て溜め息を吐く妹が目の前に居る。
「あれ…?」
「妹が…元に戻った」
*****
「夢でも見てたの?」
「うーん…?」
寝起きで働かない頭では何も考えられず只唸る乱歩。
外は青空、妹の言葉を信じるならば今は午前中だ。
「…そうかも」
歯切れの悪い返事を珍しそうに聞く妹。
「そうだ、ねるねるしようよ」
「え、今から?」
驚く妹に膝をポンポンと叩く。
「うん、おいで」
*****
「「ねるねるねるねるねーるねる」」
順番通りに粉を入れ棒で練る妹を膝に乗せ、乱歩はすっかり目が覚め同時に上機嫌になった。
「出来たよ」
「食べても良いよ?」
「もう一個買ってるの知ってるから」
クスリと笑う妹を痛い程抱き締めた。
「流石僕の妹だ。やっぱりどんなお前も大好きだよ」
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「んん…」
何時もの朝。
頬をぺちぺちと叩かれ目が覚める。
「あさだよー」
「判ってるよ…」
叩くのを止めない手を手探りで掴むと、何故か何時もより小さい。
「えっ」
眠気も一気に覚め勢いよく起き上がると
「わあー」
何かが後ろに転がった
「…妹が、小さくなった」
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「如何したんですか乱歩さん…」
「か、隠し子…?」
「まあ乱歩さんの歳なら有り得なくは…」
「一寸、人の話聞いてる?」
朝の探偵社は騒がしかった。
何時もは自由奔放な乱歩が社員を纏めている。
「何が如何なったかはまだよく判んないけど妹だから!」
「隠し子とか居ないから!」
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「僕の事呼んでご覧」
「にぃに」
「ほら!ぱぱじゃないでしょ!」
「判りました乱歩さん…済みませんでした」
余りの気迫に気圧される社員達。
漸く静かになった社内に満足した乱歩は自分の席に妹を膝に乗せて座った。
「今日は何しよっか」
「おしごとはー?」
「お仕事はお昼から」
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「そうだ、ねるねるする?」
「するー!」
引き出しからお菓子を出す乱歩を見て鏡花の目の色が変わった。
「如何したんですか鏡花ちゃん」
賢治の問いに鏡花はわなわなと震えながら答える。
「ねるねるは…練ると最後、乱歩さんに食べられる…」
「大丈夫かな…?」
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「数字は覚えてるかな?」
「うん!これがいちでね、こっちがになの!」
「おお、凄いねえ!よく出来ました!」
妹に頬擦りする乱歩は注目の的だ。
「昔もあんな感じだったんでしょうか…」
「さあな…」
「国木田君何か知らないの?元担任でしょ?」
「あんな小さいのに会った事はない!」
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容器に順番通り粉を入れ、水を入れる。
「「ねるねるねるねるねーるねる!」」
二人で歌っている間にねるねるが混ざっていく。
「混ざった?」
「うん!」
「お兄ちゃんに見せて」
「ほらみてー!」
「綺麗に出来たね」
其の様子を固唾を飲んで見守る鏡花。
「にぃに、はいあーん」
*****
綺麗に形作られたねるねるが目の前に来て一瞬動きが止まる。
「え、いいの?」
「うん!にぃににあげるの!」
あーん、と云う声と共に更に近付いてくるねるねる。
「お前が食べて良いんだよ?」
「いいの!にぃににあげるの!」
「にぃにがもいっこかってるのしってるから!」
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「…流石僕の妹だね!」
ねるねるを遠慮なく口に含み妹をキツく抱き締める乱歩。
「バレちゃってたか~」
「おかいもののときちゃんとみてたもん!」
「そっか見てたか~、お前は賢いなあ」
得意気な妹の頬や額に接吻をする。
「あれ、本当に乱歩さんですか…」
ハートの流れ弾が当たる社員。
*****
「乱歩、先刻から騒がしいぞ。…誰だその子は」
「妹だよ」
社長室から出て来た福沢がお菓子のごみをゴミ箱に捨てる妹を凝視する。
「冗談はよせ」
「冗談じゃないよほら見て」
ゴミ箱を叩いて
「ないない」
を確認した妹は兄に持ち上げられ、福沢の方を向いた。
「あ、せんせ!」
*****
「ん?せんせ、よんじゅうごさいな…むぐっ」
妹が喋った瞬間、一気に距離を詰めた福沢に口を塞がれた。
「歳を云うな、歳を」
「でもこれで妹だって判ったでしょ」
口を塞がれても福沢を見つめ続ける妹に手を離す。
「…乱歩、原因究明と早期解決を怠るなよ」
「せんせ、にゃんこいる」
*****
ふと足元を見るとミィちゃんが兄妹に近付いてくる処だった。
「にゃんこなでなでする」
「出来る?」
「できる!」
ゆっくりと床に下ろして貰い、妹はミィちゃんに近付いた。
「にゃっ!?わぁ、にゃんこからきたー」
擦り寄ってくるミィちゃんに大喜びする妹。
大人二人が嫉妬した。
*****
「事務所内に居たら仕事の邪魔だろう。猫は社長室に連れて行く」
「えー、にゃんこ…」
ミィちゃんも社長より妹が良いのか顔を頻りに舐めている。
「にゃんこ、くすぐったーい」
「もう、お兄ちゃんの時より可愛い顔しないの」
「社長も昔はああだったんですかね…」
「社長の猫好きは今もだ」
*****
「にゃんこといっしょがいい」
「駄目だ」
「お兄ちゃん処戻っておいで」
猫と幼女を巡って云い合いが続き、社内は仕事処ではない。
「じゃあにゃんことにぃにといっしょにしゃちょーしついく」
頑なにミィちゃんを離さない妹に、遂に二人が折れた。
「…良かろう」
「しょうがないなあ」
*****
「あーん」
「あー」
「美味いか?」
「おいしい!せんせありがと!」
社長室には和菓子が並んでいた。
福沢の膝に座りその足には猫を乗せ、乱歩に和菓子を食べさせて貰う妹。
書類を提出しに来た国木田が一瞬目眩を起こす。
「社長…」
「何だ」
「…甘やかし、過ぎでは」
「そ、そうか…?」
*****
「二人とも完全に自覚が無かった…」
「乱歩さんは兎も角社長までとは…」
「でも小さい子って可愛いですからね!」
頭を抱える国木田の周りで話し始める社員達。
「そう云えば乱歩さん、午後から外で仕事の筈だけど」
「あの状態の妹を連れて行くとか云わないよな…?」
「乱歩さんですし…」
*****
「それじゃ、行ってきまーす」
「いってきまーす!」
「一寸待ったあ!」
四方を社員で固められた乱歩は妹と顔を見合わせた。
「何」
「いやいや、流石に連れて行くのは…」
「何で」
「いや、その…」
口籠る敦を前に、妹が乱歩の足に抱き付いた。
「にぃにといっしょがいい!」
*****
「お兄ちゃんと一緒が良いよね!」
「うん!」
妹を抱き上げ頬擦りする乱歩にもう誰も言い返せない。
「きょうはおてつだいできる?」
「そうだね、お手伝いして貰おうかな」
柔らかい頬を突くと妹は満面の笑みで意気込んだ。
「嗚呼、僕らだけじゃ列車乗れないから誰かよろしく」
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「何で俺が…」
「じゃんけんで負けたんだから仕方無いじゃん」
列車の中で国木田が項垂れている。
向かいに座る兄妹はビー玉を覗いたり駄菓子を食べたりと楽しそうだ。
「くにきださんはたんていさんなの?」
「いや、俺は違う」
「なんで?めがねかけてるのに」
「探偵と眼鏡は関係ない!」
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「じゃあくにきださんはなにするひと?」
「主に事務作業と事前調査だ」
「ちょーさいんなの?」
「そうだ」
興味津々に国木田の話を聞く妹は急に兄の膝に乗せられた。
「お兄ちゃん放ったらかしなんだけど?」
「にぃにびーだまでいそがしいから」
「それでも国木田ばっかり構っちゃダメ」
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「にぃにやきもちやきさん!」
「そうだよ。お前に構って貰えないと寂しくて死んじゃう」
「たいへん!にぃにしんじゃだめ!」
ぎゅーっと抱きつき頭を擦り付ける妹が可愛くて仕方無いらしい。
「お兄ちゃんから離れちゃ駄目だからね」
「ん!いっしょ!」
「見てる此方が恥ずかしい…」
*****
「そんな訳で今日もよろしく」
「よろしくおねがいします!」
「待て待て、話が見えん」
現場にて、箕浦刑事は至極真っ当な反応をした。
何時も連れている妹が幼児化しましたと急に云われてはいそうですかと云える一般人はそう居ない。
「済みません、妹は連れて来ない筈だったんですが…」
*****
「にぃにのおてつだいするの!」
「僕が見てるから大丈夫だよ」
「そう云われてもな…」
此処は殺人現場。
本来なら幼児がうろついて良い場所ではない。
「乱歩さんがついてますから…何卒」
国木田の頼み込みの甲斐あり、何とか妹の捜査が許可された。
「じゃあ向こうのアレ探してきて」
*****
「すみっこのやつ?」
「そうそう」
「ん!いってくるー!」
「待て待て待て待て!!」
箕浦が妹を抱え上げる。
「名探偵!妹は見てるんじゃなかったのか!?」
「目の届く範囲だよ」
「判った、云い方が悪かった。妹の手を絶対に離すな」
「おてつだいできるもん!」
「そう云う問題じゃない!」
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「それじゃ効率が悪いよ」
「そう云われても此方も仕事なんだ」
「わかった!」
妹が何か思い付いたのか手を上げる。
「おとなといっしょならいいんでしょ?くにきださんとさがしてくる!」
乱歩がそう云えば居たねと云い、国木田は微妙な面持ちで眼鏡を押し上げた。
「…お預かりします」
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「いい?今日は特別だからね」
「はい…」
「妹と手を繋ぐなんて今後許さないからね」
「承知してます…」
不服そうな乱歩に頭を下げる国木田。
「ねえ、はやくいこ」
「あ、嗚呼…」
妹にはぐいぐい引っ張られ板挟みの国木田は精神的に限界が来そうだ。
「誰か…助けてくれ…」
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「で、何を探すんだ」
「んとね、あかいつりばり」
コンクリート片が散らばる場所で妹は地面を凝視する。
「釣り針?」
「このへんにおちてるの」
足でコンクリート片を蹴ってみる。
「乱歩さんにそう云われたのか?」
「むこうのあれはこれなの」
「矢張り乱歩さんたちの会話は判らん…」
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「くにきださんもさがして!」
「わ、判った」
ズボンを引っ張られ国木田は膝を折って地面を探し始めた。
しかし釣り針などと云う小さな物をそう簡単に探せる筈も
「おい、これか?」
妹が振り向く先には先端が赤に塗られた釣り針を持つ国木田がいた。
「にぃににほうこくしなきゃ!」
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「偉いねえ!ちゃんと見つけて来たね!」
「くにきださんがみつけてくれたの」
釣り針を鑑識に回した乱歩は妹の頭をこれでもかと撫で回した。
「にぃにだっこ!」
「うんうん、抱っこしてあげようね」
妹を抱き上げ顔中に接吻する乱歩に箕浦が呆れた。
「大丈夫なのか…?」
「多分…」
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「却説、帰ろっか」
「かえろー!」
その後何時も通り事件を解決した乱歩達は帰路に着いた。
「にぃにかっこよかった!」
「本当?お前がそう云ってくれるならまた頑張ろうかな」
「うん!またみせてー!」
はしゃぐ二人を後ろから見ながら、国木田は少しだけほっこりとした気持ちになった。
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「結局判らず仕舞だったね」
「なにがー?」
「お前が小さくなった理由だよ」
再度机でねるねるを作る妹の頭に顎を乗せる乱歩。
「ちっちゃいのやなの?」
「違うよ。僕はどんなお前も大好きだもの」
出来上がったねるねるを掬い、妹の口に入れてやる。
「美味しい?」
「うん!」
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「にぃに…おねむ」
「そうだね、今日は事件も解決したしお兄ちゃんも眠いや」
ねるねるを食べ切り、二人は夕陽を背にうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「あのね、にぃに」
「ん?」
「にぃにだいすき」
眠そうな顔でくしゃりと笑う妹が余りにも可愛くて
乱歩は人目も憚らす妹に接吻した。
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「……て。…きて」
「んぅ…」
「起きてってば」
「え?」
何時の間にか眠っていたらしい。
乱歩は机に突っ伏していた顔をゆっくりと起こした。
「もう、出社早々寝ないで。午後から外で仕事だよ」
手を腰に当て溜め息を吐く妹が目の前に居る。
「あれ…?」
「妹が…元に戻った」
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「夢でも見てたの?」
「うーん…?」
寝起きで働かない頭では何も考えられず只唸る乱歩。
外は青空、妹の言葉を信じるならば今は午前中だ。
「…そうかも」
歯切れの悪い返事を珍しそうに聞く妹。
「そうだ、ねるねるしようよ」
「え、今から?」
驚く妹に膝をポンポンと叩く。
「うん、おいで」
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「「ねるねるねるねるねーるねる」」
順番通りに粉を入れ棒で練る妹を膝に乗せ、乱歩はすっかり目が覚め同時に上機嫌になった。
「出来たよ」
「食べても良いよ?」
「もう一個買ってるの知ってるから」
クスリと笑う妹を痛い程抱き締めた。
「流石僕の妹だ。やっぱりどんなお前も大好きだよ」
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