短編

「早く寝ようよ」
ゴロゴロと寝台の上を転がる乱歩さんの寝間着がはだけていく。
「一寸待って、直ぐ行くから」
髪を乾かす私をジッと見つめている。
「よし終わり」
「ん。じゃあこっちおいで」
自分の横をポンポンと叩く彼のはだけた部分が見えて目を逸らすと、気付いたのかニヤリと笑った。


*****


「にぃにだっこ」
「福沢さんにして貰って」
「…はあい」
推理中だからと抱っこを断られた妹は大人しく福沢の下へ。
「せんせ…」
「如何した」
「にぃににきらわれちゃった…」
目に涙を溜め唇を噛み締める妹に福沢は慌てて兄を呼んだ。

「乱歩!抱っこしてやれ!一寸で良いから!!」


*****


「ごめんねお兄ちゃんキツく云い過ぎたねごめんごめん泣かないで!」
眼鏡を外し妹を抱き上げて懸命にあやすがなかなか泣き止まない。
「あの、探偵の先生…」
「推理は…」
「何!?見て判るでしょ!今一大事なの!」

「用心棒の先生…」
「済まんが暫く待ってくれんか」
「は、はあ…」


*****


「暑い」
「暑いねえ」
「お布団薄いのに替えたのにね」
「ねー」
布団の上を転がる乱歩に暑苦しいと愚痴る妹の顔には汗が滲んでいる。
「お兄ちゃんが子供体温だから熱いんだよ」
「お前だって同じじゃん」

「…お前達、別々の布団で寝ると云う選択肢は無いのか」
「「其れは無い」」


*****


「そんなに眠いならもう寝たら?」
知らぬ間に船を漕いでいた妹の肩を揺する。
「うん…」
「って云って動かないのは知ってるよ」
胡座を崩して足を前に伸ばすと直ぐに妹が膝に倒れ込んできた。
「ありがと、お兄ちゃん…」

「乱歩、布団に寝かせろとあれ程」
「寝姿の横顔って可愛いよね」


*****


「もーいーかい」
「もーいーよ」
広い福沢家は乱歩達の格好の遊び場。
「さて、声からするにそこまで遠くではない。ただ壁を挟んだ所にいるからこの部屋ではなく且つ近くの部屋で隠れられるのは此処だ!」
「わあ!みつかっちゃったー!」
「名探偵だからね!」

「こら、押し入れには入るな」


*****


「せんせ、にゃんこ!」
乱歩の妹が服に枯れ葉をつけて帰って来た。
其の手には生まれて間もない子猫の姿。
「何処で拾って来たんだ」
「はこにはいってたの」
箱…捨て猫と云う訳だ。
「拾ってきたからには自分で世話をするんだぞ」

「せんせもあそんであげてね!」
「任せろ」


*****


「お兄ちゃん」
「何も云わないで。原因は僕にも判らないんだから」
乱歩の頭によくよく見覚えのある猫の耳がついた。
しかも動く。
「如何やったら動くの?」
「手足と同じだよ」
「ふうん」
興味本位で妹が輪郭を撫でると
「にゃっ!!」
乱歩が飛び上がった。

「やめろにゃ!」
「口調まで…」


*****


「君可愛いね。お茶でもしない?」
典型的なナンパに掴まり立ち往生。
話を聞き流して突破口を探していると
「僕の妹を口説くなんて来世でも無理だね」
自分の後ろから兄の声がした。
「この名探偵より妹の事を理解してから出直して来なよ」

凍てつく目と対照的に肩に置かれた手は温かかった。


*****


事件を解決した乱歩は何故か苛立っていた。
隣を歩く妹もそれが判っているので何も言わず手だけ繋ぐ。
すると小声で乱歩が話し掛けてきた。
「依頼人に盗聴器付けられた。帰ったら何時もの、お願いね?」
「…あんまり激しくしないでね」

僕らが愛し合ってる処、業と聞かせてあげるよ。


*****


「お兄ちゃん」
学校から帰って来た妹は何だか元気が無い。
「また告白されたの?」
「うん…断ったら凄く怒られて…」
「振られて逆ギレなんて男の風上にも置けないね。おいで」
両手を広げるとすっぽりと収まる妹を力一杯抱き締めた。

「お前には僕がいるんだから。ね?」


*****


「にぃに…」
「もうすぐ探偵社に着く。あと少しだ」
乱歩さんの妹は怖い事や悲しい事があると兄の事を“にぃに”と呼ぶ。
「戻りました」
俺の袖を摘まみ俯く妹を何とか社へと連れ帰ると一目散に兄の元へ走り寄った。
「にぃに」
その一言で乱歩さんは全てが判ってしまう。

兄妹とは凄いものだ。


*****


「はうるごっこしよ」
映画を見た妹が急になりきりごっこを提案した。
「お前はソフイ?」
「うん!」
「僕は?」
「かるしふぁ!」
「え、はうるじゃないの?」
「かるしふぁなの!」
「何で?」
「おやつあげたらうごくから」

「福沢さん!妹が酷いんだけど!」
「日頃の行いだな、諦めろ乱歩」


*****


悪夢で魘され目を覚ます。
まだ脳裏に映る鮮血に頭を抱えると襖がゆっくりと開いた。
「せんせ、どしたの?すごいこえした」
「起こしたか…済まん」
幼子は布団に潜り込んできた。
「いっしょにねる」
「乱歩は良いのか」
「せんせがねむれるおまじないするの」

そのまじないはよく効いた。


*****


「福沢さん!妹がいない!」
朝一番で襖が大きな音を立てて開け放たれる。
「…嗚呼、乱歩か」
「今の聞いてた!?」
「妹なら此処だ」
布団を捲り妹を見せると乱歩も潜り込んできた。
「狡いよ福沢さん!」
「まじないをかけて貰ったんだ、よく眠れるようにな」

「全く、優しい子だね」


*****


社長にお許しを貰い夏祭りに来た兄妹。
「お兄ちゃんカンカン帽似合ってる」
「そう?」
「うん、私は帽子似合わないから羨ましいなあ」
「お前は僕があげたコレが似合ってるから良いでしょ」
そう云って触るのはトンボ玉の付いた簪。
「有難うお兄ちゃん」

「うん、矢張りよく似合ってるよ」


*****


「にぃにみて、おまつり!」
「本当だ」
江戸川兄妹と福沢が買い物から帰る途中、神社で祭りをやっているのが見えた。
「せんせ、おまつりいきたい!」
「冷凍物を買ってしまったから今日は無理だ」
「えー」
あからさまにガッカリする妹に乱歩が話し掛ける。

「折角なら明日浴衣着て行こう」


*****


「ゆかた、ねるときのしかない」
膨れる妹の頭を撫でる乱歩。
「実はあるって云ったら?」
「ほんと!?」
「帰ってからのお楽しみだよ」
「やったあ!にぃにだいすき!」
抱き付く妹を受け止め、乱歩は福沢をチラリと見た。
「練習の成果を出さねばな」

「なんのはなし?」
「なーいしょ」


*****


「そろそろ休みなよ」
その言葉と同時に目の前に現れたのは湯気の立ったココア。
「お前は集中し過ぎる傾向があるからね」
「もう夜?」
「そうだよ。名探偵でもお前の体調までは判らないんだから」

無理はしないで、と私を包むお兄ちゃんに寄り掛かると、一瞬で瞼が閉じた。


*****
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