壱頁完結物

「あれ、国木田先生?」
仕事終わりに声を掛けられた国木田は手帳から顔を上げて振り返る。
「あー!やっぱり!」
「お前たち…」
其処には教師時代に教えていた元教え子が数人立っていた。
「先生仕事帰り?」
「そうだが、お前たちもか?」
「そー」

久々の再会に会話が弾む。


*****


「国木田さん、お待たせしました」
其処に乱歩の妹が走って現れた。
「嗚呼、終わったか」
「被疑者が口を割らなくて…お兄ちゃんの様にはいきませんね」
苦笑を漏らす妹はふと国木田の隣を見た。
「え…江戸川!?」
「わあ!皆久し振り!」

「警察署の前で如何したの?」
「いや、一寸…」


*****


「ところで、二人は如何云う関係?」
同級生に指差され顔を見合わせる二人。
「今は職場が同じでな」
「先生が上司になるなんて不思議な事もあるよね」
「へ、へぇ…」
真実を話しているだけだが、あまり状況が飲み込めない様子。
「あーいたいた。二人とも遅いよ」

「乱歩さん?」


*****


「お前の聴取は時間が掛かるだろうとは思ってたけど、終わったらサッサと帰って来てよ。心配するでしょ」
「ごめんねお兄ちゃん、今終わったの」
お兄ちゃん、の単語に同級生の男子が小さく悲鳴を上げる。
「?如何したの」
「や、何でもない…ハハハ」

(江戸川の兄貴、怖いんだよなぁ…)


*****


「そうだ先生」
帰ろうと腕をグイグイ引っ張る乱歩を見ていた国木田に声が掛かる。
「今度うちらの学年同窓会やるんですよ!江戸川さんも先生も来て下さい!」
「同窓会?」
復唱する国木田の視界の端で妹が兄の歩みを何とか止めた。

「往復葉書渡しておくんで!返信して下さいね!」


*****


「駄目」
「如何しても…?」
「如何しても」
探偵社に帰って来た三人は乱歩の机にいた。
「俺もついて行きますし」
「駄目駄目、今回の参加者は推定35~40人だ。国木田がいてもカバーしきれない」
眼鏡を掛けた乱歩に云い返せる者は誰もいない。

「久し振りに、皆とお話ししたかったなあ…」


*****


目に見えてしょぼくれる妹の肩を国木田が支える。
「乱歩さんの意向だ、仕方ない」
「国木田さんは行くんですか…」
「お前に恨まれそうだから行かない、と云いたい処だが参加する予定だ」
その瞬間国木田の体が宙に浮いた。

「国木田さん狡い!」
妹が投げ飛ばしたのである。


*****


其れには流石の乱歩も驚いたのか慌てて立ち上がった。
「一寸何してるのさ!」
「やだやだ私も行きたい!」
「だからって俺を投げ飛ばすな…」
「折角久し振りに会えるのに!行きたい!」
駄々を捏ねる妹が珍しいのか社員全員が顔を上げる。

「こう云うの見ると乱歩さんの妹って感じするよね」


*****


「駄目」
「如何しても?」
「如何しても」
今度は乱歩が困る番になった。
妹を護衛するべく自分も行くと云ったが却下されたのだ。
国木田はこれ以上被害に遭いたくないのか自分の席に避難した。
「じゃあお前が無事に帰って来れる作戦をお兄ちゃんに提示して」

「そしたら行って良いのね?」


*****


「………良いよ」
明らかに行かせたくない顔をしながら返事をする乱歩。
早速自分の席から紙とペンを取り出し、作戦を紙に書いていく。
「よ、良かったな…」
「はい!」
国木田の声に元気よく返事をして再び乱歩の机へと向かう。
「まあ…良いか」

「この役は誰がやるの?」
「太宰さん」


*****


「呼んだ?」
近付いてきた太宰に紙を見せるとこれまた珍しく青ざめている。
「いや、私より適任がいると思うなあ」
「この前振った仕事をサボったのは何処の何方だったかしら」
「あれは、その…」
言い訳する太宰に詰め寄る妹。
「私に嘘はつけませんよ。諦めて下さい」

「頑張れよ、太宰」


*****


同窓会当日。
妹は同級生との再会にはしゃいでいた。
「先生と同じ職場なんだって?」
「そうなの、直属の上司でね」
楽しそうな妹に心の中で良かったな、と呟く国木田。
しかし…
「ところで先生、アンタの事名前で呼んでたけど付き合ってるの?」

国木田の顔から血の気が引いた。


*****


冷やかされるのが嫌な訳でも妹が嫌いな訳でも無い。
ただ…
『ねえ国木田、今変な雑音入った気がするんだけど気のせいだよね?』
二人の周辺の会話は全て乱歩に筒抜けなのである。
「違うよ、お兄ちゃんも同じ職場だから名前で呼んでもらってるの」

「彼女が否定しましたので何卒…」


*****


その後無事に入店し、恙なく同窓会は執り行われた。
昔話や近況報告に花が咲き、妹の周りは仲の良かった友人が囲っている。
これなら心配無さそうだ。
「私一寸お手洗い行ってくる」
友人の一人が席を外すのを見送る妹の視界の端で店の扉が開く音がした。

「ごめんごめん、遅れた!」


*****


入って来たのは爽やか系の男子。
如何やら用事で遅れてきたようだ。
「此処空いてる?お邪魔しまーす!」
「!?」
男子が座った瞬間、店中がザワついた。
「あの…此処は友達が座ってて…」
「そうなの?帰って来たら移動するよ。ところで君江戸川さんだよね?」

国木田の冷や汗が止まらない。


*****


突然話し掛けてきた男子に戸惑いを隠せない妹。
「一度も同じクラスにならなかったもんね。バスケ部のキャプテンだったのは知ってるでしょ?」
「え、いえ…」
初対面ではと思っている位なのに覚えている筈がないと心の中で愚痴る。
すると妹の電話が鳴った。

「済みません一寸失礼しますね」


*****


「危なかった…」
息を吐く国木田の手には携帯電話。
"発信先:江戸川乱歩"と書かれた画面は只のカモフラージュで、実際は妹に繋がっている。
『ありがとうございました…』
「喋るな、音が漏れる」
『もーだから言ったじゃん!早く帰っておいでよ!』

「乱歩さん、もうすぐ終わりますから…」


*****


その後店に戻ると友人が買収されており、其の男子の隣に座らざるを得なくなった。
現在の仕事、彼氏の有無、直近の予定などを矢継ぎ早に聞かれ妹は疲れ切っている。
「今度遊びに行かない?仕事ばっかじゃ辛いでしょ」
「いえ、私は…」
「息抜き大事だよ?」

「そろそろお開きするぞー」


*****


「国木田さん助けてください…!」
「一先ず俺の隣に居ろ」
幹事が会計をしている間外で待機になったので妹は国木田の懐に逃げ込んだ。
「あんな人来るなんて聞いてないです」
『だから反対したんだってば』
「真逆友達が買収されるなんて…」

「さて、二次会如何する~?」


*****


二次会。
其の言葉を聞いて二人は顔を見合わせた。
其処にバスケ部のキャプテンがニコニコと近寄って来る。
「江戸川さんも二次会行くよね?」
「え、あの…明日仕事なので…」
「そんなに遅くならないみたいだから、行こうよ」

引く気配のない男子に云い返す気力も残っていない。


*****


「あれ、もう外出てたの?」
ピリピリした空気に似合わない間の抜けた声が遠くから聞こえて来た。
「太宰さん!」
妹は男子と国木田から離れ手を振る太宰の下へ走って行く。
「やっと来たか、包帯無駄遣い装置め…」
眼鏡の縁を押し上げて国木田が安堵の溜め息を吐いた。

「あの人誰…?」


*****


「同僚の太宰だ」
国木田が親指で指差しながら答える。
「大方、彼奴を迎えに来たんだろう」
同級生達は顔を見合わせた。
「真逆…」
「…その真逆だ」
其の時、太宰が妹の手を引いて近付いて来た。
「やあ初めまして、彼女が世話になったね」

「太宰さん手汗が凄いです」
「後が怖いからね…」


*****


太宰は先刻まで妹を二次会に誘っていた男子に近付く。
「ふふ。君もしかしてこの子を狙っていたのかい?」
「あ、いや…」
「お兄さんが居ないからと油断してると」
「…してると?」
「容赦しないよ」
其処で声のトーンがガクンと下がった。

「太宰さん、黒に戻ってます」
「いっけなーい☆」


*****


「江戸川さん、結局二次会は…」
「御免なさい。お迎えを其の儘帰す訳にもいかないでしょう?」
余所行きの笑顔でそう云い放つと、国木田に声を掛ける。
「一度会社に寄りますし国木田さんも一緒に行きましょう」
「あ、ああ…」

同級生が呆然と見守る中、妹の同窓会は幕を閉じた。


*****


「お帰り!」
探偵社に着くや否や乱歩が飛び付いてきた。
「只今、お兄ちゃん」
「色々仕掛けて正解だったよ」
「と云うのは…」
首を傾げる国木田に仕方なしと云った様子で解説する。
「同窓会はあの男と妹を引き合わせる為の巨大な合コン会場だったって事」

「ハナから仕組まれてたんだよ」


*****


妹に飛び付いた体勢の儘乱歩は話を進める。
「最初に警察署で会ったのは妹がよく出入りしているのを知っていたから。誰かの親御さんが警官なのかね」
「はあ…」
「彼氏役に太宰を選んだのは僕だと顔が割れてるし国木田だと会場内で妨害されるから」

「それを判った上で行くとか云うから…」


*****


「でも課題は出したし作戦は成功したよ」
「そう云う問題じゃないの!」
「お兄ちゃん苦しい…」
更にキツく抱き締める兄の腕を叩いて制する。
「お前は僕のなんだから、目の届かない処で男に触られて欲しくないの」

「ね、太宰?」
「いや今回はこの子の要望で仕方無く…」


*****


「元はと云えば太宰が仕事をサボったからこの役になったんだろう。自業自得じゃないか」
「それは、まあ…」
「本来なら其の手を切り落としたい処だけど」
物騒な物云いに妹と国木田に鳥肌が立った。
「一週間の雑用で許してあげよう」

「其の位出来るでしょ」
「…サボったら如何なるんです」


*****


「其れは太宰が一番よく判ってるだろう?」
ゆっくりと開けられた翠色の瞳に太宰の背筋が泡立つ。
「だから一度断ったのに…」
「何か云った?」
「いえ何もっ」
明日から頑張ります、とあまりやる気が感じられない声で太宰は退社した。

「国木田もお疲れ様。面倒見てくれてありがとね」


*****


帰り道、乱歩は妹の手をしっかり握った。
「そんなに握らなくても離さないよ」
「今日はこう云う気分なの」
手の甲に接吻して恋人繋ぎに持ち替える。
「もう同窓会とか行かないでよ」
「善処します」
思いっ切り膨らんだ兄の頬を妹は笑いながら突いた。

「もう行かない、約束」
「約束ね」



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