壱頁完結物
「やだ!明日は仕事行かない!」
「そんな事云わないでお兄ちゃん」
探偵社事務所。
乱歩が自分の机を叩きながら激怒している。
「お仕事じゃ仕方無いよ」
「仕方無くない!」
「如何したんだい?騒がしいね」
騒ぎを聞き付けた与謝野女史が医務室から出て来た。
「明日は妹の授業参観なの!!」
*****
「社長が行けて僕が行けないのは可笑しい!」
「三者面談があるから来て貰うだけだよ」
「やだやだ!僕も行く!」
静まらない乱歩に溜め息を吐く二人の後ろで扉の開く音がした。
「此方の部屋まで聞こえてるぞ」
呆れ顔の福沢が三人に寄って来た。
「乱歩、今回は間が悪かった。諦めろ」
*****
「そうだ、先生」
妹は何かを思い出したのか福沢に話し掛けた。
「面談の時よろしくね」
「担任の先生だったな」
突如始まった謎の話に乱歩が首を傾げる。
「緊張してなかなか話せなくて」
「安心しろ、お前の事は俺が話す」
「何の話?」
怪訝そうな顔の乱歩に与謝野がポツリと。
「青春だねえ」
*****
「せ、青春?」
「乱歩さんだって判らない訳じゃないだろう?」
女の子だねェとニヤニヤ笑う与謝野に冷や汗が止まらない乱歩。
心無しか妹は頬を染め、福沢は其れを察している様にも見えて来た。
「僕の妹をたぶらかしたのは何処の誰だ…?」
目から光が消えた乱歩に与謝野は気付いていない。
*****
翌日、妹が起きた時には既に乱歩は居なかった。
「先生、お兄ちゃんは?」
「日の出と共に出て行ったぞ」
「珍しい…」
昨日はあれから機嫌が戻らなかった兄に心配になる妹。
「お前も早く支度しろ。遅れるぞ」
「はあい」
「じゃあ先生、後でね」
「気を付けてな」
*****
参観の時間になり、生徒の母親と思しき女性がゾロゾロと教室に入って来た。
「江戸川さんのお母さん来た?」
初めて同じクラスになった女子に聞かれ、妹は首を横に振る。
「私の処は母様じゃなくて、と…父様が来るの」
本人の前で云うと苦い顔をするから絶対口に云わない単語に少し照れる。
*****
教室が急にザワついた。
妹が入口を見ると何時もと少し違う着物を着た福沢の姿。
「あっ、せんせ…」
思わず声を掛けようとして、ピタリと静止した。
「やっぱり間に合った。完璧だと思わない?」
「教室では静かにしろ」
更にザワつく教室で妹は静かに驚く。
「お兄、ちゃん…」
*****
仕事に行った筈の乱歩が教室に居る。
何故かは何となく予想がつく。
其れよりも
「男子如何したのかな?皆顔隠してるけど…」
薄らと瞳を開けて教室を見渡す乱歩に男子生徒が怯えている。
しかし妹を見つけた瞬間、周りに花でも咲いたかの様に笑顔になった。
ギリギリの笑顔を返す妹。
*****
「其れでは授業を始める」
授業は数学。
教卓の前には金髪を一つに纏め眼鏡を掛けた落ち着きのある男性教師が立っている。
然し内心は落ち着いていなかった。
「…何処からか殺気を感じる」
眼鏡の奥からチラリと覗くと
後ろに立っている青年の翠色の目が真っ直ぐ自分に向けられていた。
*****
「…江戸川の、ご父兄だったのか」
授業が終わり面談の時間になった。
保護者の福沢と妹が並んで座っている。
「ねえ、僕の椅子は?」
「お前は外で待ってろ乱歩」
妹の頭に顎を乗せて駄々を捏ねる乱歩を見て茫然とする担任に、妹が深々と頭を下げた。
「済みません…国木田先生」
*****
結局椅子を用意して貰い乱歩は漸く静かになった。
気を取り直して面談を始める担任、国木田。
授業態度も人間関係も本人から見聞きしているものと相違無く、福沢と乱歩は安心する。
「此方からは以上ですがお父様から何かご質問等は」
書類から顔を上げる国木田に
福沢は名刺を差し出した。
*****
「厳密には父では無いのでな、福沢と呼んでくれ」
気不味そうな福沢に名刺を受け取った国木田ははあ、と返事をした。
「武装探偵社…」
「国木田先生、ご存知なのですか?」
「嗚呼、名前を聞いた事がある位だが…真逆貴方が社長とは」
素直な感想に福沢の顔が少しだけ緩む。
*****
「質問があればと云う話だったな」
「ええ、何か?」
「此の子からの又聞きなので確認したい事が一つ」
何でしょう、と内心緊張する国木田に福沢は一度妹を横目で見てから言葉を続ける。
「此の子は貴殿の事を…」
「わぁ!一寸待ってよ!!」
突然乱歩が立ち上がって騒ぎ出した。
*****
「ど、如何したのお兄ちゃん」
「乱歩、静かにしないなら外で待ってろ」
睨みを効かせた福沢に乱歩の口が止まった。
「…失礼」
「いえ…」
国木田は相当吃驚したのか胸を手で押さえている。
「ほらお兄ちゃん座って」
不貞腐れながら乱歩が座り直したのを確認してから福沢は再度口を開いた。
*****
「此の子は貴殿の事を」
喋らないよう妹に口を塞がれた乱歩がゴクリと唾を飲む。
見据えられた国木田は気絶でもしてしまいそうだ。
「異能力者だと云っていたのだが、それは真か?」
「「…え?」」
気の抜けた声が同時に聞こえた。
一人は国木田の、そしてもう一人は
乱歩だ。
*****
「何故其れを…学校で異能を使った事は一度も」
先に口を開いたのは国木田だった。
「国木田先生、あの…」
「此の子も異能力者だ。人の顔を見ると情報が見える能力を持っている」
慌てて弁明しようとする妹を福沢の低い声が止めた。
「説明すると云っただろう」
視線を向けられ安心する妹。
*****
「江戸川が…異能力者?」
自分以外の異能力者が目の前に居ることに驚きを隠せず、妹を凝視する国木田。
「異能力者の存在は現在も都市伝説扱いだ。此の子の異能は派手では無いし問題無いとは思うが、知っている人間がいると此方としても安心する」
「気にかけてやってくれると有難い」
*****
「ねえ」
痺れを切らした乱歩が口を挟んだ。
「僕そんな話一度も聞いた事無いんだけど」
妹の頬を突き不機嫌そうな乱歩を福沢が諫める。
「お前…」
「福沢さんも知ってたなら教えてよ!お陰で酷い勘違いをしちゃったじゃないか!」
「てっきり妹が教師の毒牙にやられたと思って!」
「…は?」
*****
「毒牙…?」
「ああもう与謝野さんがあんな事云うからだよ!一寸でも妹を疑っちゃったなんて!」
妹に飛び付く乱歩に唖然とする福沢と国木田。
「お兄ちゃん!学校では抱き付かないでって…」
「乱歩!…先生、済まない」
「いえ、あの…ハハハ」
状況が飲み込めなさすぎて空笑いする国木田。
*****
「だってお兄ちゃん男の子の話するとすぐ機嫌悪くなるし威嚇するんだもん」
妹が呆れ顔で乱歩を引き剥がした。
「今日もクラスの男の子皆吃驚してたんだから」
だって、と反論する乱歩は珍しく慌てている。
「お前が無防備なのが悪いの!」
「無防備じゃないもん!」
「こら、喧嘩するな」
*****
「賑やかで楽しそうですね」
漸く落ち着きを取り戻した国木田がクスリと笑う。
「申し訳ない」
「いえいえ。よくお迎えにも見えますし、仲が良いんですね」
「まあ…そうだな」
福沢は苦笑を漏らしつつ返事をした。
「彼女の事は教師としてしっかり見ておきます」
「宜しく頼む」
*****
面談も終わり席を立つ四人。
「本日はご足労頂き…」
「堅苦しい挨拶は佳い」
羽織を翻しながら福沢が振り返る。
「お節介かも知れんが、もし貴殿も異能の事で何かあれば探偵社に来ると良い。力になろう」
兄妹が顔を見合わせる中、国木田は深々とお辞儀をした。
「その時は、また連絡します」
*****
「で、本当に来た訳だ」
「あの…お邪魔なら」
「兄の事は気にしないで下さい先生!」
震えて後退る国木田の背を妹が支えるのを見守る与謝野。
「あれが噂の担任かい?」
「そうだよ」
「真面目そうな良い先生じゃないか」
「もう騙されないよ…」
学校に対する兄の警戒度が更に上がった。
.
「そんな事云わないでお兄ちゃん」
探偵社事務所。
乱歩が自分の机を叩きながら激怒している。
「お仕事じゃ仕方無いよ」
「仕方無くない!」
「如何したんだい?騒がしいね」
騒ぎを聞き付けた与謝野女史が医務室から出て来た。
「明日は妹の授業参観なの!!」
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「社長が行けて僕が行けないのは可笑しい!」
「三者面談があるから来て貰うだけだよ」
「やだやだ!僕も行く!」
静まらない乱歩に溜め息を吐く二人の後ろで扉の開く音がした。
「此方の部屋まで聞こえてるぞ」
呆れ顔の福沢が三人に寄って来た。
「乱歩、今回は間が悪かった。諦めろ」
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「そうだ、先生」
妹は何かを思い出したのか福沢に話し掛けた。
「面談の時よろしくね」
「担任の先生だったな」
突如始まった謎の話に乱歩が首を傾げる。
「緊張してなかなか話せなくて」
「安心しろ、お前の事は俺が話す」
「何の話?」
怪訝そうな顔の乱歩に与謝野がポツリと。
「青春だねえ」
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「せ、青春?」
「乱歩さんだって判らない訳じゃないだろう?」
女の子だねェとニヤニヤ笑う与謝野に冷や汗が止まらない乱歩。
心無しか妹は頬を染め、福沢は其れを察している様にも見えて来た。
「僕の妹をたぶらかしたのは何処の誰だ…?」
目から光が消えた乱歩に与謝野は気付いていない。
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翌日、妹が起きた時には既に乱歩は居なかった。
「先生、お兄ちゃんは?」
「日の出と共に出て行ったぞ」
「珍しい…」
昨日はあれから機嫌が戻らなかった兄に心配になる妹。
「お前も早く支度しろ。遅れるぞ」
「はあい」
「じゃあ先生、後でね」
「気を付けてな」
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参観の時間になり、生徒の母親と思しき女性がゾロゾロと教室に入って来た。
「江戸川さんのお母さん来た?」
初めて同じクラスになった女子に聞かれ、妹は首を横に振る。
「私の処は母様じゃなくて、と…父様が来るの」
本人の前で云うと苦い顔をするから絶対口に云わない単語に少し照れる。
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教室が急にザワついた。
妹が入口を見ると何時もと少し違う着物を着た福沢の姿。
「あっ、せんせ…」
思わず声を掛けようとして、ピタリと静止した。
「やっぱり間に合った。完璧だと思わない?」
「教室では静かにしろ」
更にザワつく教室で妹は静かに驚く。
「お兄、ちゃん…」
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仕事に行った筈の乱歩が教室に居る。
何故かは何となく予想がつく。
其れよりも
「男子如何したのかな?皆顔隠してるけど…」
薄らと瞳を開けて教室を見渡す乱歩に男子生徒が怯えている。
しかし妹を見つけた瞬間、周りに花でも咲いたかの様に笑顔になった。
ギリギリの笑顔を返す妹。
*****
「其れでは授業を始める」
授業は数学。
教卓の前には金髪を一つに纏め眼鏡を掛けた落ち着きのある男性教師が立っている。
然し内心は落ち着いていなかった。
「…何処からか殺気を感じる」
眼鏡の奥からチラリと覗くと
後ろに立っている青年の翠色の目が真っ直ぐ自分に向けられていた。
*****
「…江戸川の、ご父兄だったのか」
授業が終わり面談の時間になった。
保護者の福沢と妹が並んで座っている。
「ねえ、僕の椅子は?」
「お前は外で待ってろ乱歩」
妹の頭に顎を乗せて駄々を捏ねる乱歩を見て茫然とする担任に、妹が深々と頭を下げた。
「済みません…国木田先生」
*****
結局椅子を用意して貰い乱歩は漸く静かになった。
気を取り直して面談を始める担任、国木田。
授業態度も人間関係も本人から見聞きしているものと相違無く、福沢と乱歩は安心する。
「此方からは以上ですがお父様から何かご質問等は」
書類から顔を上げる国木田に
福沢は名刺を差し出した。
*****
「厳密には父では無いのでな、福沢と呼んでくれ」
気不味そうな福沢に名刺を受け取った国木田ははあ、と返事をした。
「武装探偵社…」
「国木田先生、ご存知なのですか?」
「嗚呼、名前を聞いた事がある位だが…真逆貴方が社長とは」
素直な感想に福沢の顔が少しだけ緩む。
*****
「質問があればと云う話だったな」
「ええ、何か?」
「此の子からの又聞きなので確認したい事が一つ」
何でしょう、と内心緊張する国木田に福沢は一度妹を横目で見てから言葉を続ける。
「此の子は貴殿の事を…」
「わぁ!一寸待ってよ!!」
突然乱歩が立ち上がって騒ぎ出した。
*****
「ど、如何したのお兄ちゃん」
「乱歩、静かにしないなら外で待ってろ」
睨みを効かせた福沢に乱歩の口が止まった。
「…失礼」
「いえ…」
国木田は相当吃驚したのか胸を手で押さえている。
「ほらお兄ちゃん座って」
不貞腐れながら乱歩が座り直したのを確認してから福沢は再度口を開いた。
*****
「此の子は貴殿の事を」
喋らないよう妹に口を塞がれた乱歩がゴクリと唾を飲む。
見据えられた国木田は気絶でもしてしまいそうだ。
「異能力者だと云っていたのだが、それは真か?」
「「…え?」」
気の抜けた声が同時に聞こえた。
一人は国木田の、そしてもう一人は
乱歩だ。
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「何故其れを…学校で異能を使った事は一度も」
先に口を開いたのは国木田だった。
「国木田先生、あの…」
「此の子も異能力者だ。人の顔を見ると情報が見える能力を持っている」
慌てて弁明しようとする妹を福沢の低い声が止めた。
「説明すると云っただろう」
視線を向けられ安心する妹。
*****
「江戸川が…異能力者?」
自分以外の異能力者が目の前に居ることに驚きを隠せず、妹を凝視する国木田。
「異能力者の存在は現在も都市伝説扱いだ。此の子の異能は派手では無いし問題無いとは思うが、知っている人間がいると此方としても安心する」
「気にかけてやってくれると有難い」
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「ねえ」
痺れを切らした乱歩が口を挟んだ。
「僕そんな話一度も聞いた事無いんだけど」
妹の頬を突き不機嫌そうな乱歩を福沢が諫める。
「お前…」
「福沢さんも知ってたなら教えてよ!お陰で酷い勘違いをしちゃったじゃないか!」
「てっきり妹が教師の毒牙にやられたと思って!」
「…は?」
*****
「毒牙…?」
「ああもう与謝野さんがあんな事云うからだよ!一寸でも妹を疑っちゃったなんて!」
妹に飛び付く乱歩に唖然とする福沢と国木田。
「お兄ちゃん!学校では抱き付かないでって…」
「乱歩!…先生、済まない」
「いえ、あの…ハハハ」
状況が飲み込めなさすぎて空笑いする国木田。
*****
「だってお兄ちゃん男の子の話するとすぐ機嫌悪くなるし威嚇するんだもん」
妹が呆れ顔で乱歩を引き剥がした。
「今日もクラスの男の子皆吃驚してたんだから」
だって、と反論する乱歩は珍しく慌てている。
「お前が無防備なのが悪いの!」
「無防備じゃないもん!」
「こら、喧嘩するな」
*****
「賑やかで楽しそうですね」
漸く落ち着きを取り戻した国木田がクスリと笑う。
「申し訳ない」
「いえいえ。よくお迎えにも見えますし、仲が良いんですね」
「まあ…そうだな」
福沢は苦笑を漏らしつつ返事をした。
「彼女の事は教師としてしっかり見ておきます」
「宜しく頼む」
*****
面談も終わり席を立つ四人。
「本日はご足労頂き…」
「堅苦しい挨拶は佳い」
羽織を翻しながら福沢が振り返る。
「お節介かも知れんが、もし貴殿も異能の事で何かあれば探偵社に来ると良い。力になろう」
兄妹が顔を見合わせる中、国木田は深々とお辞儀をした。
「その時は、また連絡します」
*****
「で、本当に来た訳だ」
「あの…お邪魔なら」
「兄の事は気にしないで下さい先生!」
震えて後退る国木田の背を妹が支えるのを見守る与謝野。
「あれが噂の担任かい?」
「そうだよ」
「真面目そうな良い先生じゃないか」
「もう騙されないよ…」
学校に対する兄の警戒度が更に上がった。
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