壱頁完結物

何時からだろう。
眠る妹にこっそり接吻をする様になったのは。
何時からだろう。
眠る前に必ず妹を想い浮かべて欲を吐き出す様になったのは。
何時からだろう。
妹の大事な場所に触れたいと思う様になったのは。

まるで此の子を一人の女性として見ているみたいじゃないか。


*****


「告白…?」
「はい、若い巡査が急に」
国木田から衝撃的な話を聞いた。
軍警の応援に出向いていた妹が仕事中に告白されたと云うのだ。
「本人もはっきり断りましたし大丈夫だとは思いますが、念の為に」
「有難う国木田」
会釈して自分の席へ戻る国木田を見送る。

僕、今どんな顔してる?


*****


「呼んだ?」
社長室に入ると社長は神妙な面持ちで机に肘をついていた。
「何をそんなに苛立って居る。妹が心配していたぞ」
其の言葉に国木田との会話を思い出し、腹の奥からどす黒い物が沸き上がる感覚に襲われる。
「ねえ社長」

「普通の兄は、妹が告白されると嬉しいものなのかな」


*****


「妹が軍警の巡査に告白されたんだって」
言葉を紡ぐ口が震え、頭を帽子ごとグシャリと抱える。
「怖いんだ…。妹が誰かに取られるかもしれないって思ったら」
「乱歩、お前真逆…」
「何で僕等は兄妹に生まれてしまったんだろう…」

気持ちの重さに耐えきれず、僕は膝から崩れ落ちた。


*****


気付けば医務室で横になっていた。
隣を見れば林檎を剥く妹の姿。
「あ、起きた?」
「…僕は」
「社長室で急に倒れたんだよ。具合は如何?」
林檎を置いて僕の額に当てる手が冷たくて気持ち佳くて、今だけはどす黒い感情が薄まっていく。


「心配掛けたね」
「此方こそだよ」


*****


「国木田さん、軍警での事お兄ちゃんに喋っちゃったって聞いた」
「…うん、聞いた」
「御免ね、お家に帰ってから自分で話そうと思ってたのに」
熱が無いのを確認し再度林檎を剥きながら話す妹に向かって、無意識の内に質問を投げ掛けていた。

「告白されたら、やっぱり嬉しいの?」


*****


自分で云ってから我に帰って口を塞ぐ。
「御免、今のは…」
「お兄ちゃん」
妹はまた林檎を置いて、僕の首に腕を回した。
「知らない人から云われても嬉しくない。私はお兄ちゃんと居る時が一番楽しいし、一番安心する」
お兄ちゃんは如何?なんて、答えは決まっているのに。

「僕もだよ」


*****


「有難う」
直ぐ側にあった妹の頬に唇を寄せるとくすぐったいのか身を捩った。
「今日は甘えたさんだね」
「お前が不安にさせるから」
ギュッと抱き締め返して動きを封じ、もう一度頬にキスをしてから半分悪戯で耳元に囁いてみた。

「ねぇ、口にして良い?」


*****


「…此処会社だよ?」
「嫌とは云わないんだね」
クスリと笑えば徐々に赤くなる耳。
「一回だけだよ」
恥ずかしそうな声に正直驚いた。
「佳いの?初めてじゃないの?」
「初めてだけど…」
腕を緩めて顔を覗き込むと何時もの笑顔。
「お兄ちゃんなら良いかなって」

無邪気さが心に刺さる。


*****


「…なーんてね、冗談だよ!」
「へっ、冗談?」
再度痛い位抱き締めれば腕の中で脱力する妹。
「吃驚させないでよ…」
「こんな事じゃ、僕には遠く及ばないね」
笑ってやれば膨れっ面を覗かせる。
「もう、林檎食べて頭冷やしなさい」
「痛っ」

額を叩かれ、妹は仕事に戻っていった。


*****


其の夜、腕の中で眠る妹に何時もの様に接吻する。
「お兄ちゃんなら良い…か」
無邪気に笑うあの顔が忘れられない。
「今度起きてる時に本気で強請ってみようかな…」
良い?なんて聞いても妹は夢の中。
「こんなお兄ちゃんで御免」

背中を指の腹でスルリと撫でてから自分も眠りに就いた。


*****


其れから暫くは何事もなく過ぎていった。
変わった事と云えば妹が軍警に行くときは必ず僕が同伴する位。
国木田が気を遣って交代で行こうと云ってくれたが、断った。
「何時も有難う」
「可愛いお前の為なら幾らでも付いてくよ」

手を繋いだ僕等は恋人同士に見えるだろうか。


*****


「僕だけ?」
其の日、軍警の応援に呼ばれたのは僕だけだった。
「被害者の身元は判っているし、彼の子自身事務処理に追われていてな」
資料とパソコンとにらめっこしながらキーボードを叩く妹の姿が見える。
「谷崎が付き添う。行って来てくれ」
「…解った」

何となく、嫌な予感がした。


*****


「詰まんない事件だったねえ」
「まあまあ乱歩さん」
難事件だと聞いたのに仕事はアッサリと終わり、僕と谷崎は早々に探偵社へと戻って来た。
「只今…」
社の扉を開けた瞬間、敦が顔面蒼白で走り寄って来る。
「乱歩さん大変です!」

「妹さんが、軍警の人と応接室に!」


*****


応接室は騒然としていた。
壁に押し付けられた妹。
其の手首を掴む男。
二人を引き剥がそうとする国木田と賢治。
「如何して付き合ってくれないの…?」
男の言葉に、以前国木田から聞いた話を思い出す。
彼が妹に告白したと云う男か。

喚き散らす様に愛を叫ぶ男に、殺意が沸いた。


*****


「妹を離せ」
男の脇腹を蹴り飛ばすと、嗚咽を漏らして踞った。
手の拘束が解けた妹は一目散に僕の元へと走って来る。
「君さぁ、何してんの」
口から溢れ出した言葉に賢治がビクリと肩を揺らした。
ねえ賢治、僕は今どんな顔してる?

「此の子は僕が愛してるんだ。君の入る余地は無いよ」


*****


男は駆け付けた軍警に引き渡された。
男は最後まで妹を見つめて居たけど、妹には其の様子は見せなかった。
「お兄ちゃん、吃驚させて御免ね」
腕の中の妹が僕を気遣う。
違う、僕が気遣わなきゃいけないのに。
でも開いた口から溢れた言葉は

「何処にも、何処にも行かないで…」


*****


「何処にも行かないよ」
怖かった筈なのに妹は笑顔で僕の頭を撫で付ける。
本来はお兄ちゃんの僕が…
…お兄ちゃん?
如何して僕は兄なんだ。
彼の男は真正面から愛を叫んだのに、如何して僕は出来ないんだ。
如何して…しちゃいけないんだ。

「お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんって呼ぶな!!」


*****


流石に驚いたのか肩を跳ねさせ目を白黒させる妹を勢い任せにソファに押し倒した。
逃げないように手首を掴んでソファに縫い付ける。
「如何しちゃったの…?」
声も体も震わせる妹にゾクリと肌が粟立つ。
「僕は、お前を妹として見てないんだよ…」

「…嫌いになっちゃったの?」


*****


「…え?」
「男性一人遇えないような妹なんて…要らない?」
酷く悲しそうな顔をする妹に、今度は僕が狼狽える。
「次は…次は、ちゃんとするから…だから、嫌わないで…」
ボロボロと零れる大粒の涙で僕は我に帰った。
僕は大切な人に何て事をしたのだろう。

「違う、違うんだ…」


*****


手の拘束を解いて妹を抱き締める。
「僕はどんなお前も大好きだよ」
「本当…?」
「うん。只ね、僕のお前に対する好きは兄妹の其れじゃない。一人の男として、惚れた女性に対して使う好きなんだ」
だから妹として見てないって云ったんだ、と伝えれば

今度は僕の目から雫が落ちた。


*****


「善いお兄ちゃんなら、怖い思いをした妹を慰めてあげるんだろう。でも僕は…彼の男がお前に愛を告げる姿が羨ましくて妬ましくて…お前の事を純粋に心配してあげられない…」
止めなきゃと思うのに涙は止まらなくて、遂には嗚咽まで漏らして泣きじゃくる。

「御免ね…。愛してるよ…」


*****


やっと本人に想いを告げられたのに、実る事の無い此の想いを吐き出して、此の子に今まで通り接せなくなる事が怖くて悲しかった。
もしかしたら離れて行ってしまうかもしれない。
そんなの嫌だ。
でも僕は…僕は、如何すれば良かったんだろう…?

ふと、背中に温かい感触がした。


*****


「乱歩さん」
お兄ちゃんと呼ぶなと云ったからだろうか。
妹は僕の名前を呼んだ。
「そんなに愛してくれていたのに、気付かなくて御免ね」
「…何で」
何で謝るの。
悪いのは兄妹の境を越えてしまった僕なのに。
何でお前は、そんなに優しいの。

「こう云う時、善い妹って如何するのかな」


*****


「お兄ちゃんを叱ったり、離れたりして正しい道に戻してあげるのかな」
僕を落ち着かせる様に背中を擦ったり叩いたりしてくれる。
実は妹の方が歳上なんじゃないだろうか。
「お前は、如何するの…」
掠れた声で恐る恐る問う。
本当は聞きたくない。
でも、聞かなきゃ。

「私は…」


*****


「私は、悪い子だから」
其処まで云って、僕をギュッと抱き締めてくれる。
「叱ったり離れたりなんて出来ない」
「受け入れるって事…?」
「うん」
肯定の返事が信じられなくて思わず顔を上げた瞬間、口を何かで塞がれた。

其れが妹からの接吻だと気付くのに少し時間が掛かった。


*****


驚き過ぎて言葉が出なかった。
真逆妹からして来るなんて夢にも思わなかったから。
でも唇を離した妹の顔は、まるで恋する乙女の様に頬を染めていて、其れが僕に向けられているのだと思うと心の底から嬉しくて。
「もう泣かないで、乱歩さん」

泣きながら云っても説得力無いよ。


*****


「私ね、恋愛なんて興味が無いんだと思ってたの」
お互い涙を拭き終えた後、徐に妹は口を開いた。
「軍警の人が告白して来た時、本当に何も感じなかった。どんなに愛してるって云われても心惹かれなくて。私って可笑しいのかなって」

困った顔で笑う妹の頭を撫でると此方を向いた。


*****


「僕の時は違ったの?」
「全然違った。実のお兄ちゃんだって解ってる筈なのに、ドキドキして、嬉しかった。私は世話されるだけの妹じゃなくて、一人の人間として隣を歩いて欲しいと思って貰える存在なんだって、…思っちゃったの」


照れる横顔に実の妹であることを疑いたくなった。


*****


「一つだけ聞かせて」
頭を撫でる手を下ろし、両手で肩を掴む。
「此れから先、もしお前が他人と結ばれたいと願っても僕は許してあげられない。其れでも佳いの?」
視線の先にある僕と同じ翠色の目は、微動だにせずしっかりと僕を見つめて居た。

「佳い。私は乱歩さんの隣に居たい」


*****


「何処にも行かないから、乱歩さんも何処にも行かないで」
「…勿論だよ」
掴んだ肩を引き寄せて額同士をくっつける。
「ねぇ、接吻して良い?」
何時か強請ってみようと思っていた接吻をこんな形で請うなんて、夢みたいだ。
「…うん」

この日僕等は想いが通じた“初めて”の接吻をした。


*****


「同僚が怖がらせたみたいで悪かったな」
「全くだよ!」
「お兄ちゃん…」
後日、箕浦刑事が手土産を持って謝りに来た。
「箕浦刑事は悪くないんですから、謝らないで下さい」
「お前は優しすぎるの。もっと怒って良いんだから」

怒る僕が宥められる姿に刑事が微笑ましそうに笑う。


*****


「お前等本当に仲が良いな」
「当然だね」
刑事の言葉に便乗して後ろから妹を抱き締める。
「そりゃもう仲が良いなんてもんじゃないよ」
急に抱き付かれ驚くも、直ぐに擦り寄ってくれる妹が愛しくて堪らない。
「此の子は大事な大事な、唯一の存在だからね」

「愛してるよ」


*****


おまけ(後日談)

「…お兄ちゃん重い」
「失礼な。そんな太ってないでしょ」
「そう云う問題じゃない!」
今忙しいの!と椅子ごと振り返る妹の額に口付ける。
「何か云った?」
「…後で構ってあげるからお菓子食べて待ってて」
不機嫌そうだけど、耳の色で反応が判る。

「全く、素直じゃないなぁ」
嗚呼可愛い。



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