壱頁完結物

「お兄ちゃん、お仕事だよ」
一枚の書類を持って妹がやって来た。
殺人事件で場所は隣町の河川敷。準備をして扉の前に二人で立つ。
「さて、約束覚えてるよね?」
「はい、お外では乱歩さんって呼びます!」
「佳し!」
「「行ってきまーす!」」

「何ですか今の」
「また今度説明してやる」


*****


妹は電車の使い方を知っているから出掛ける時は頼りにしている。
一寸したデート気分になれるしたまには外で甘えるのも佳いなって思ってたのに
「…何で敦がいるの」
「国木田さんが…一緒に行って来いって」
国木田め、帰ったら何をしてやろうか。

「乱歩さん、もうすぐ着くからね」


*****


軍警の制服が見えると妹は怖がって僕にしがみつく。
何年経っても此れだけは治らないし治さなくて佳いと思ってる。
僕はまだ妹を護れる存在なんだと実感出来るから。
「何時もの人、居ない」
「本当だ」
その代わり目付きの悪い無精髭の男が立っていた。

「あの人刑事さんだって」


*****


その男に近付いて声を掛けると出会い頭にお前達は不要だと云われた。
莫迦だなぁと笑って見せるがその実僕は怒っていた。
僕は兎も角、妹は震えながらも仕事だからと此の場に来たのに。
沸々と沸き上がる感情は服を引っ張る感覚によって抑えられた。

「乱歩さん、私は大丈夫だよ」


*****


「大体、殺人現場に女連れとは…」
「何云ってんの、僕等二人を呼んだのは君達軍警でしょ」
「関係者だとでも云うのか?」
「…まあ知らないなら良いや」
呆れて溜め息を吐く僕を見つめる妹の頭を撫でてやると川岸から声がした。

「網に何か掛かったぞ!」
「真逆…第二の被害者!?」


*****


「わぁ、太宰さんだ…」
「やあ」
今度は妹が呆れる番だった。
網に掛かって上下逆さまの太宰に早く下りるよう促している。
「敦君手伝って」
「あ、はい」
「お前はやらなくて佳いよ。折角新調した服が台無しだ」
「でも」
「敦、一人でも出来るよね?」

最終的に敦は軍警の力を借りて下ろした。


*****


亡くなったご婦人の前でウネウネと動く太宰、
の先のご婦人の顔を凝視する妹。
如何やら情報を読んでいる様子。
「まだ口に出しちゃいけないよ」
反芻の為に呟こうとする妹の口を人差し指で塞ぐ。
「まだ僕達は依頼を受けて居ないからね」

お前の能力を慈善事業にする気は無いよ。


*****


其れにしてもする事が無いと詰まらない。
ふと目に付いた巡査に事件を推理して貰ったが、ガッカリ。
僕の足下にも及ばないじゃないか。
「いい加減にしろ!」
刑事が吠える。
其の大声に吃驚して妹が震え上がった。

「…此の子を怖がらせて佳いと思ってんの?」


*****


「何なんだその女は。お前に引っ付いてるだけじゃないか」
「本当に何も知らないんだね。昔の軍警は誘拐してでも此の子の異能力を欲してたのに」
僕の言葉に刑事が何かを悟った目をした。
「彼の時の、女の子か…」
怯えて腕にしがみつく妹を片手で抱き締める。

「昔を思い出させたね、ご免」


*****


妹の存在で少し能力を信用したのか、刑事は上から目線だが依頼を申し出た。
「最初から素直に頼めば佳いのに」
楽しくなって来て笑う僕に妹が口を開く。
「何の情報が必要?」
「死亡時刻と外傷」
「死亡時刻は昨日の午前六時三十七分、死因の銃弾以外に主だった傷はないよ」

「佳い子だ」


*****


「死亡推定時刻ではなく死亡時刻だと…」
「其れが此の子の異能力だからね」
良く出来ましたと頭を撫でて今度は僕の番。
「異能力を使うから太宰の処に行ってな」
「太宰さん濡れてるから敦君でも佳い?」
「嗚呼そうだね、じゃあ敦の処に行ってな」

「濡れてるからって酷くない?」


*****


「世話になった」
箕浦刑事が頭を下げる向かいで妹がまた僕の腕を掴んでいる。
その様子に刑事は申し訳なさそうな顔をした。
「軍警の罪もお前さんの恐怖も消えないだろうが、また難事件があったら力を貸してくれないか」

隣で小さく頷く妹が少しだけ逞しくなった気がしたのは気のせいかな。


*****


「今回も名推理だったね乱歩さん!」
軍警が見えなくなると途端に元気になった妹と手を繋ぐ。
名目上は僕の迷子防止なんだけど、流石に一本道を迷う程莫迦じゃない。
「今日の乱歩さんタイムおしまーい」
「あれ、探偵社に帰ってからじゃないの?」

「たまには外でお兄ちゃんって呼ばれたい」


*****


「お疲れ様、お兄ちゃん」
僕に似た笑顔を見せる妹を勢い佳く引き寄せた。
「わわっ!」
「お前も佳く頑張ったね!」
慌てる妹が逃げないようにしっかりと抱え込む。
腕の中にすっぽりと包まれる妹は、まだまだ僕が護ってあげなきゃ。

「お兄ちゃん、恥ずかしいよ」
「僕が良ければいいの!」


*****


「はい、あーん」
「いや…俺は菓子類は…」
「僕のお菓子が食べられないって云うの?」
ねるねるお菓子に他のお菓子を混ぜたら凄い色になった。
冷や汗をかく国木田の口に押し込むと泡を噴いて倒れる。
「く、国木田さん!」
「あ、お菓子無くなっちゃった」

「買い出しついでにデートしよ」



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