魅惑の果実
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お昼を食べ終えて縁側でおしゃべりしていると、玄関の方から陽太郎を呼ぶ声がした。
陽太郎はお茶を置いて
「誰だろう?ちょっと行ってきますね。」
そう言って席を立ち、しばらくしてからぼこぼこした紙袋を抱えて戻ってきた。
虎の鼻が、すんすん動く。
「ん?爽やかでいて甘いこのニオイは…みかんか?」
「それにしては大きくない?」
定位置に座った陽太郎が袋から出したのは、鮮やかな橙色をした大きな果実だった。虎みたいに鼻が効かなくても、みずみずしい爽やかな香りがここまで届いてくる。
「オレンジのお裾分けでした。一つ食べてみますか?お口直しにちょうどいいですよ。」
「確かにでかいな。みかんの親玉か?」
「うーん、そう言われると確かにそんな感じかもな。大きさと皮の厚さが違うだけで、味はほとんど同じだし。」
オレンジを手に持っている陽太郎は、とても絵になっている。
太陽のようなオレンジと、太陽のような陽太郎。見ているだけで元気が出る組み合わせだと思う。
「陽太郎はオレンジがすごく似合うね。似てるからかな?」
「そうですか?自分ではわからないけど…どんなところが似てますか?」
「見てると元気になれて、爽やかで甘くて、お日様みたいなところかな。」
特に何も考えず、思ったことをそっくりそのままお届けすると、陽太郎は髪を揺らしてはにかんだ。その笑顔は春のお日様のように、私の心をあたたかくくすぐった。
畑に差し入れに行ったときなんかは、眩しい太陽のような笑顔で元気をくれる。
仕事が一区切りついたときとか終わりには、秋の夕暮れのような、穏やかな笑顔でほっとさせてくれる。
夜にたまにふたりきりになったときなんかは、冬に深々と積もっていく雪のような笑顔で、私の心を静かに揺さぶる。
陽太郎の笑顔一つとっても、四季折々でたまらないが如し。
「そんなふうに思ってくれたんですね…ちょっと照れちゃうな。おれは、いちごを見るとあなたを思い出します。」
「いちごって…どこが?あ、陽太郎の大好物ってこと?」
照れ隠しにからかうように言うと、陽太郎は至って真面目に、さも当然のように頷いた。
「どんどん赤く色づいていって、甘酸っぱくて、つい手が止まらなくなるところとか…同じだなって。」
「ちょっとよしてよ恥ずかしい!」
照れるあまり、婦人感溢れる口調で陽太郎の膝を叩いてしまった。叩き方も婦人感が溢れていたと思う。
そんな私を見て、陽太郎が頬を緩めて嬉しそうにしているから、よけい恥ずかしくなる。
「くっ…仲睦まじくしてるところをもっと見ていたい気持ちもあるが、はやくみかんの親玉を我に食わせてくれ!匂いがたまらん…!」
「ごめんごめん。今むいてあげるから。」
虎がはやくはやくと急かしながら、オレンジの皮に指をかけている陽太郎の手元を覗き込む。
陽太郎の指が、張りのいい分厚い皮に勢いよく沈んだときだった。
「ぐわぁーーーーー!!!」
プシッと飛んだ汁が、虎の目ん玉に直撃した。
「目がぁーー!!!」
「そんなに近くで見るから…」
「みかんの親玉にやられたーーー!!!」
「大袈裟だな。まぁ気持ちは分かるけど…おれのかわいい子豚さん、笑いすぎですよ。」
そう言う陽太郎も、ちょっと笑ってる。
私も経験したことがあるからその痛さと衝撃は分かるけど、虎のあまりの叫びっぷりとイイ反応に、今年に入って一番笑ってしまった。
しばらくすると虎が起き上がり、涙に濡れた目をうっすら開けて
「みかんの親玉め…後で覚えていろ!」
お手本のような捨て台詞を吐いてから私たちに背を向けて、プンスカしながら歩き出した。
「どこ行くの?」
「目を洗ってくる!」
「気をつけてね~」
虎の後ろ姿に声を掛け、笑いすぎて出た涙を指で拭っていると
「はい、どうぞ。」
陽太郎が皮をむいて房に分けたオレンジを一つ、私の口元に持ってきた。
ぱくっと口の中に入れて噛むと、爽やかで甘い果汁が口の中に広がり、オレンジのいい香りが鼻に抜けていく。
「どう?甘い?」
果汁でいっぱいの口を抑えてこくこく頷くと、警戒する間も無いほど自然と陽太郎の顔が近づいてきて、やわらかに唇が重なった。離れていく直前に、陽太郎の熱い舌が、私の下唇を撫でていった。
それは、一瞬の出来事だった。
「うん、すごく甘い。もっと食べたいな…ね、おれのかわいい子豚さん、おれにも食べさせて?」
秘めた期待が眩しい笑顔で私を見つめ、オレンジを一房私に持たせた。
爽やかさよりも甘さが際立ってきた陽太郎の口元に、ゆっくりオレンジを運んでいく。
このオレンジを陽太郎が口にしたあと、私はどうすればいいのかを考えて、今年に入って一番ドキドキした。
―完―
【あとがき】
「心変わりなんてさせない。」そう言った陽太郎がどうやって心を繋ぎ止めておこうとするのかを考えると、頭が弾け飛びますね。これがそのうちの一つです。時期的に留守にしていた期間と被ってしまいますが、それ以降でも十分ありえると思って流していただけると幸いです。
陽太郎はお茶を置いて
「誰だろう?ちょっと行ってきますね。」
そう言って席を立ち、しばらくしてからぼこぼこした紙袋を抱えて戻ってきた。
虎の鼻が、すんすん動く。
「ん?爽やかでいて甘いこのニオイは…みかんか?」
「それにしては大きくない?」
定位置に座った陽太郎が袋から出したのは、鮮やかな橙色をした大きな果実だった。虎みたいに鼻が効かなくても、みずみずしい爽やかな香りがここまで届いてくる。
「オレンジのお裾分けでした。一つ食べてみますか?お口直しにちょうどいいですよ。」
「確かにでかいな。みかんの親玉か?」
「うーん、そう言われると確かにそんな感じかもな。大きさと皮の厚さが違うだけで、味はほとんど同じだし。」
オレンジを手に持っている陽太郎は、とても絵になっている。
太陽のようなオレンジと、太陽のような陽太郎。見ているだけで元気が出る組み合わせだと思う。
「陽太郎はオレンジがすごく似合うね。似てるからかな?」
「そうですか?自分ではわからないけど…どんなところが似てますか?」
「見てると元気になれて、爽やかで甘くて、お日様みたいなところかな。」
特に何も考えず、思ったことをそっくりそのままお届けすると、陽太郎は髪を揺らしてはにかんだ。その笑顔は春のお日様のように、私の心をあたたかくくすぐった。
畑に差し入れに行ったときなんかは、眩しい太陽のような笑顔で元気をくれる。
仕事が一区切りついたときとか終わりには、秋の夕暮れのような、穏やかな笑顔でほっとさせてくれる。
夜にたまにふたりきりになったときなんかは、冬に深々と積もっていく雪のような笑顔で、私の心を静かに揺さぶる。
陽太郎の笑顔一つとっても、四季折々でたまらないが如し。
「そんなふうに思ってくれたんですね…ちょっと照れちゃうな。おれは、いちごを見るとあなたを思い出します。」
「いちごって…どこが?あ、陽太郎の大好物ってこと?」
照れ隠しにからかうように言うと、陽太郎は至って真面目に、さも当然のように頷いた。
「どんどん赤く色づいていって、甘酸っぱくて、つい手が止まらなくなるところとか…同じだなって。」
「ちょっとよしてよ恥ずかしい!」
照れるあまり、婦人感溢れる口調で陽太郎の膝を叩いてしまった。叩き方も婦人感が溢れていたと思う。
そんな私を見て、陽太郎が頬を緩めて嬉しそうにしているから、よけい恥ずかしくなる。
「くっ…仲睦まじくしてるところをもっと見ていたい気持ちもあるが、はやくみかんの親玉を我に食わせてくれ!匂いがたまらん…!」
「ごめんごめん。今むいてあげるから。」
虎がはやくはやくと急かしながら、オレンジの皮に指をかけている陽太郎の手元を覗き込む。
陽太郎の指が、張りのいい分厚い皮に勢いよく沈んだときだった。
「ぐわぁーーーーー!!!」
プシッと飛んだ汁が、虎の目ん玉に直撃した。
「目がぁーー!!!」
「そんなに近くで見るから…」
「みかんの親玉にやられたーーー!!!」
「大袈裟だな。まぁ気持ちは分かるけど…おれのかわいい子豚さん、笑いすぎですよ。」
そう言う陽太郎も、ちょっと笑ってる。
私も経験したことがあるからその痛さと衝撃は分かるけど、虎のあまりの叫びっぷりとイイ反応に、今年に入って一番笑ってしまった。
しばらくすると虎が起き上がり、涙に濡れた目をうっすら開けて
「みかんの親玉め…後で覚えていろ!」
お手本のような捨て台詞を吐いてから私たちに背を向けて、プンスカしながら歩き出した。
「どこ行くの?」
「目を洗ってくる!」
「気をつけてね~」
虎の後ろ姿に声を掛け、笑いすぎて出た涙を指で拭っていると
「はい、どうぞ。」
陽太郎が皮をむいて房に分けたオレンジを一つ、私の口元に持ってきた。
ぱくっと口の中に入れて噛むと、爽やかで甘い果汁が口の中に広がり、オレンジのいい香りが鼻に抜けていく。
「どう?甘い?」
果汁でいっぱいの口を抑えてこくこく頷くと、警戒する間も無いほど自然と陽太郎の顔が近づいてきて、やわらかに唇が重なった。離れていく直前に、陽太郎の熱い舌が、私の下唇を撫でていった。
それは、一瞬の出来事だった。
「うん、すごく甘い。もっと食べたいな…ね、おれのかわいい子豚さん、おれにも食べさせて?」
秘めた期待が眩しい笑顔で私を見つめ、オレンジを一房私に持たせた。
爽やかさよりも甘さが際立ってきた陽太郎の口元に、ゆっくりオレンジを運んでいく。
このオレンジを陽太郎が口にしたあと、私はどうすればいいのかを考えて、今年に入って一番ドキドキした。
―完―
【あとがき】
「心変わりなんてさせない。」そう言った陽太郎がどうやって心を繋ぎ止めておこうとするのかを考えると、頭が弾け飛びますね。これがそのうちの一つです。時期的に留守にしていた期間と被ってしまいますが、それ以降でも十分ありえると思って流していただけると幸いです。
1/1ページ