二進一退
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ねぇ知ってた?きゅうりにハチミツをかけると、メロンの味になるらしいよ。」
お昼休憩中、おれのかわいい子豚さんが唐突に、神妙な面持ちで言った。
「きゅうりにハチミツ、ですか…?食感が全く違いますよね?確かに両方瓜の仲間ではありますけど…。」
メロンの皮に近いところのことをいっているなら、青臭さと甘さが混在している部分ではあるから、なんとなくわかるような気がしないでもない。
「わざわざそんな面倒なことをせずとも、メロンを食えばいいではないか。」
「メロンは育てるのが大変だし、普通は滅多に手に入らないんだよ。」
「じゃあ、メロンを立派に育てられてる陽太郎はすごいんだね!」
おれのかわいい子豚さんに笑顔で褒められたのが嬉しくて、みるみる頬が緩んでいく。
それから、もっとおいしいメロンを作らないとと気合いが入る。
もっと頑張って、今よりおいしく育てたい。喜ぶ顔を見たら、疲れなんて吹き飛んでしまう。我ながら単純だなと思うけど、そんな自分が嫌じゃない。
「ハチミツはうまいからなぁ〜!一番合うのは勿論けえきだが、何に掛けてもうまいんじゃないか?!」
もちろん、虎にももっと野菜を好きになってもらいたいと思う。
昨日も苦手な野菜をおれのかわいい子豚さんのお皿にしれっと乗せてたな。
「ニラにも掛けてみる?」
「おえっ…想像しただけで気持ち悪い…。」
虎のげんなりした顔を見てひとしきり笑った後、遊びに行くという虎にあまり遠くに行かないよう言い聞かせて、おれ達も畑に向かった。午後からはおれのかわいい子豚さんも手伝ってくれるらしい。
畑に着いて「土を柔らかい土に変えたばかりだから、足元に気を付けて」と言おうとする前に、おれのかわいい子豚さんが足を取られて転びそうになった。慌てて咄嗟に腕を掴んで支えると、そのあまりのやわらかさに驚いた。
ぷにっというか、ふにっというか…つきたてのお餅みたいで、ずっと触っていたくなるような……
「あぶなかった…陽太郎ありがとう。」
はっと我に返り、おれのかわいい子豚さんの腕から手を離す。
「この辺りの餅はやわらかいので、足元に気を付けてくださいね。」
「えっ餅?」
聞き返されて、自分が言い間違えたことに気づく。
恥ずかしすぎる。変な汗が出てきたし、顔も熱い。
「すみません…土です。」
「疲れてるんじゃない?大丈夫?」
おれのかわいい子豚さんがおれの顔を心配そうに覗き込む。
陽の光で輝くまつ毛ときれいな瞳。頬もすごくやわらかそう。鼻の下には小さな玉の汗が浮かんでいる。少し開いた唇は、もっとやわらかそう。
こんなふうに、ちょっとしたきっかけでこんなことを考えてしまう自分には、少し困っている。
「大丈夫なので、今のは忘れてください…。」
いろんな意味で大丈夫じゃないけど、そう言うしかなかった。
「そう?無理しないで、休んでていいからね?指示さえくれれば何でもやるから。」
それからなんとか頭を切り替えて、おれのかわいい子豚さんには雑草抜きをお願いし、おれは害虫駆除と怪モノ対策に専念した。
一区切りついて休憩をしに縁側に戻ると、ちょうど虎が冷たいお茶と、おやつに用意していたおかきを運んできてくれた。
虎にお礼を言って、いつものように並んで腰掛けた。ふぅ、と一息つたとき。
「陽太郎、おれのかわいい子豚の腕を触ったことはあるか?」
虎が突拍子もないことを聞いてきた。それはいつものことだけど、あまりにもタイミングが良すぎて心臓が飛び出るかと思った。
今お茶を飲んでいたら、間違いなく吹き出していた。
「腕がどうかした?」
なんとか平静を装って聞き返す。すると、虎は神妙な面持ちで言った。
「腕と胸の柔らかさは、同じらしいぞ。」
「なっ…!?」
さっきの感触を瞬時に思い出してしまい、また変な汗が出てきた。気まずい。おれのかわいい子豚さんはというと、涼しい顔でお茶を飲んでいる。
気にしてないのかな…?
「虎…それ、どこで知った?」
「森に行く途中の道端で、お前よりだいぶ若そうな男二人とすれ違ってな。そいつらが楽しそうに話しておったぞ。案ずるな、姿が見える前に地蔵に化けた。」
「そう。見つからなくてよかったけど…。」
咄嗟のこととはいえ、おれはおれのかわいい子豚さんの腕を掴んで、そのあと「餅」と言ってしまった。今の虎の話を聞いて、あの時おれがやましい気持ちを持ったことに、おれのかわいい子豚さんは気づいたかもしれない。気づいた上で、気づいてないふりをしてくれているのかもしれない。
「あの「私もそれ聞いたことある。」
ちょうど発言が被ってしまい、謝るタイミングを失った。
さらに
「確かここだよね?」
そう言って、肘を前に出して自分の二の腕を揉んでみせた。
本当にてんで気にしていないような無邪気な様子に、もしかしておれのかわいい子豚さんは、おれのことを男として意識していないのではないかと、そんな悲しい疑問が浮かんだ。
「本当に同じなのか?」
「こら、やめなさい。」
手を伸ばそうとした虎を慌てて止める。確かめるということは、触れることの許されていない禁断の場所にも触れるということ。
いくら虎にそういう認識がなくて、おれのかわいい子豚さんが許したとしても、見せられる方はたまったものじゃない。
「うーん…自分のだとよく分からないな。陽太郎の腕と胸、触ってみてもいい?」
特に断る理由もないし、さっき触ってしまったお詫びも込めて、
「男のおれに当てはまるかわかりませんけど…それでもよかったら。」
そう言うと、おれのかわいい子豚さんは身を乗り出して、おれの二の腕に手を伸ばした。
少しでも男らしく思われたくて、さりげなく腕の筋肉に力を入れる。
「えっ、すごい硬い!」
おれのかわいい子豚さんは目を輝かせ、吸い寄せられるように両手を伸ばし、おれの二の腕を持った。ひとしきり腕の感触を確かめたあと、失礼しますと言って胸に手を伸ばしたので、同じようにして胸にも力を入れる。
「わぁ…こっちもすごいね……」
感心した様子で、ぐっぐっとおれの胸を押している。
普段人に触られることのないところをおれのかわいい子豚さんに触られて、しかも褒められて、照れくさいけど悪い気がしないでいると、ニヤニヤした顔の虎と目が合った。
虎に小さな見栄を見透かされたみたいで恥ずかしくなり、おれのかわいい子豚さんの手をやんわり止めた。
「あの…どうでした?同じでしたか?」
「あ、ごめん、つい夢中になっちゃった。正直よく分からなかったけど、どっちもすごかった…思ってた以上に逞くて、ドキドキしちゃった!」
ダメだ。また頬が緩んでく。
身体は仕事をしてれば鍛えられるけど、表情筋はどうやって鍛えたらいいんだろう。鍛えたところでおれのかわいい子豚さんを前にしたら、意味がなさそうではあるけど。
「やはり我には理解できんのだが、きゅうりにハチミツといい、なぜひとは似たモノを探そうとするんだ?」
「それは……憧れててもすぐに手に入らないし、もしかしたら手に入れることが叶わないかもしれないから…身近なモノで疑似体験をしたいんじゃないかな?」
「けえきの偽物を食っても、余計に本物のけえきが食いたくなるだけのような気もするが…。ひととは難儀なモノだな。」
それは、確かそうかもしれない。でも…
「偽物でこれなら、本物はもっと美味しいんじゃないかって、いつか食べてみたいなって、そんな夢が一つできるのも悪くないんじゃない?」
「夢か…よしわかった。おれのかわいい子豚、陽太郎に腕を触らせてやってくれないか?」
「は?!なんでそうなるんだよ!」
「あ、そういうこと?私のでよければどうぞ!陽太郎に負けてないくらい逞しいけど!」
おれのかわいい子豚さんは袖を上げて、むき出しの二の腕をおれに差し出した。
またあの時の感触を思い出し、一瞬誘惑に負けそうになったのをなんとか振り切って、やわらかな手を取ってそっと下ろした。
いくらなんでも無防備すぎる。
「おれのかわいい子豚さん。気持ちは嬉しいですけど、そんなふうに簡単に、男に身体を触らせたらダメです。勘違いされちゃいますよ?もっと自分を大事にしてください。」
ちょっと言い過ぎたかな。いや、でもこれくらい言わないと…。危なっかしくて心配だし、おれのことも少しは警戒してもらわないと困る。
何かの拍子に我慢できなくなって、怖い思いをさせてしまうかもしれない。いくら大事にしたいと思っていても、好きだからこそ欲しくなる。なんとか抑えているけど、許されて、触れてしまったらどうなってしまうか、自分でもわからない。きっと、都合よく受け取ってしまう。
もどかしいけど、男はそういう生き物だから。
「言いたいことはわかるけど…別に、誰にでも触らせるわけじゃないのに。」
おれのかわいい子豚さんは心外そうに呟いて、前を向いておかきをぽりぽり食べ始めた。なんだか少し、ふてされているように見える。
「自ら夢を遠ざけたな。」
虎もため息をついて、やれやれとおかきを一つ口に放り込んだ。
わかっていないのはおれの方。そんな感じが二人の様子から伝わってくる。
言葉をそのまま受け取れば、おれになら触られてもいいってことになるけど……
まだむくれ気味でおかきをぽりぽりしているおれのかわいい子豚さんの横顔を見ながら、触ったら止まらなくなりそうだから、その時がきたらたくさん触らせてほしい、なんて浮ついたことが言えるわけがなくて、どう伝えればいいか悩んでるうちに、おかきの皿は空になっていた。
―完―
【あとがき】
好きな人に対して決める時は決めるけど、普段はポンコツ気味であればいい。そんな思いから書きました。
進展は亀の歩み。もどかしくてじれったい。超遠慮がち。そんな陽太郎もイイネ!
いやいや陽太郎は攻めてくるでしょ!こういう時は攻めてくるでしょ!という願望も捨てきれなかったので、男気を見せてきたパターンも書きました。
→『読む』
1/1ページ