雨の日の過ごし方
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
梅雨真っ只中ということもあり、前日の夜から雨が降り続いていた。畑にとっては恵みの雨だけど、私達ができる仕事は限られてくる。
作業を早めに切り上げて、陽太郎と縁側で雨を眺めながら、こうも雨が続くと洗濯に困りますね、もう下着無くなっちゃうんだけどと話していると、後ろからガラガラゴロゴロという音が近付いてきた。
音がする方へ振り向くと、『とら』と書かれたお道具箱を持った虎がいた。
「今日はもう終わりか?」
「そうだな。今日はこのままみんなで息抜きするのもいいかもな。」
「ならばこれで遊ぼう!」
小さい手がお道具箱の蓋を開けると、綺麗に磨かれた色とりどりのビー玉がたくさん入っていた。
「ビー玉か…懐かしいな。わざわざ集めたのか?言ってくれれば買ったのに。」
「気持ちはありがたいが、こういうのは自らコツコツ苦労して手に入れるからこそ愛着がわくというもの。拾い集めている時に、烏達と奪い合いになることもあった。あれは壮絶な戦いだった…。」
「危ないなぁ。怪我してない?」
「我は最強の怪モノだぞ?!烏なんぞに負けるわけなかろう!」
そう言ってふんぞり返った後
「ここではせっかく苦労して集めたビー玉が庭に落ちて、また烏に奪われるやもしれん。居間に行くぞ!」
虎はお道具箱の蓋を閉めてぽてぽてと歩き出し、私達もその後に続いて居間に入った。
陽太郎はちゃぶ台を部屋の隅に移動させて、ビー玉で遊ぶための場を確保しながら虎に尋ねた。
「遊び方は知ってるのか?」
「ビー玉を転がして、当てればいいのだろう?」
「そうそう、よく知ってるじゃないか。おれのかわいい子豚さんはやったことありますか?」
「やったことあったかな?多分ないかも。」
「我が教えてやるから安心しろ。」
得意げに言いながら、畳の上でお道具箱を傾けた。
勢いよく転がっていくビー玉を、陽太郎と慌てて捕まえて中央に集め、ビー玉同士の間隔を適当に空けていく。
「なんかいい紐あったかな……」
陽太郎は棚の引き出しを上から開けていき、これなんかいいかもと、替えの長い靴紐を二本取り出して、ビー玉の周りを囲った。
「これでよし。」
「もう少し広い方が良くないか?」
「そう?じゃあ……これくらい?」
「うむ!いい感じだ!」
準備が整うと、虎は私の横に、陽太郎はビー玉を挟んで私達の前に座った。
「よしお前ら、好きなビー玉を一つ選べ!我はこれだ!」
虎が取ったのは、虎の毛の色に似た色の模様が中に入ったビー玉。陽太郎は緑、私は赤を選んだ。
「ではおれのかわいい子豚、お前から転がせ!思いっきりいけよ?」
「まって、転がして当ててどうするの?」
「他のビー玉に当てて枠から出せば、そのビー玉を取れます。一番多く取れた人が勝ちです。」
「そういうことだ。最初は好きなところに置いていいぞ。」
適当な場所に自分の選んだビー玉を置き、とりあえず一番近くのビー玉に狙いを定め、デコピンの要領で弾いた。つもりだっだが、距離感が掴めておらず、爪の先をかすって終わった。
「ぷぷっ!仕方ない、我が手本を見せてやろう。………よし、コイツだ!」
手本なら先に見せてほしかったと思いながら見ていると、虎がビー玉を置いて小さい指にぐぐっと力を込めた。
勢いよく弾かれたビー玉が大砲のようにとんでいき、陽太郎のみぞおちに命中した。
「うわっ!」
そのあまりの威力に驚きすぎて言葉を失った。
私が想像していたビー玉転がしとは全然違う。ビー玉がビュンと飛んでいった。転がすのではなかったのか。
「すまん!手元が狂った!」
「まったく…虎も人のこと笑えないな。ちゃんと加減しないと、せっかく集めたビー玉が割れちゃうよ?」
陽太郎がビー玉を虎に渡しているのを見ながら、今ので陽太郎の腹が割れてしまっているのでは?それとももう割れてるから大丈夫なの?と軽く混乱した。
小さいとはいえあんなのをくらったら、普通は畳に沈むだろう。それくらいものすごい勢いだったのに、陽太郎はケロッとしている。
「ねぇ、今の痛くなかったの?」
「これくらい平気です。次はおれの番か。どれを狙おうかな…」
そして何事もなかったかのように、ビー玉の置き場所を探し始めた。
「よし、ここだな。」
当たりをつけた場所に自分のビー玉を置くと、陽太はぐぐっと指に力を入れた。勢いよく弾かれたビー玉が、これまた弾丸のように畳の上を走っていき、その直線上にあるビー玉と共に勢いよく弾き出された。
陽太郎のビー玉は靴紐の枠を越え、障子戸の木枠に当たって転がっている。
それを捕まえたとき、木枠にビー玉がめり込んだであろう跡が目に入った。
「よし、二つ取れた!」
「ふむ、やるな。」
喜んでいる陽太郎に拾った緑のビー玉を渡すと、少年のような笑顔でありがとうと言った。楽しそうで何よりだ。
それにしても二人共、ビー玉を弾く力がいくらなんでも強すぎる。ビー玉転がしをしたことがないから分からないけど、これが普通なのだろうか。
また私の番が来て、二人の真似をして思いっきり指で弾いてみたけど、しょっぱい転がり方をして爪を痛くしただけだった。
「まぁなんだ、当てただけでも進歩したな。」
「おれのかわいい子豚さん、弾く時はビー玉の真ん中を狙うといいですよ!」
そうすれば私もあなた達のように、ビー玉を弾丸にできるのですか?
内心ちょっと引きつつ、そうなんだ〜次は狙ってみようかな、なんて返事をした。
「次は我の番だな。今度こそ全部弾き出してやる!」
虎が指にぐぐっと力を入れてビー玉を弾くと、またしても大砲のように、弾道低く畳の上を走っていった。
カン!といい音がして、ビリヤードのようにビー玉達が散らばり、一気に三つのビー玉が靴紐の枠から出ていく。弾かれたビー玉の一つが勢いよく跳ね返って来て、コン!という音を立てて私の膝に直撃した。
机の角に思いきりぶつけた時のように痛く、思わずうっ…!と呻く。皿が割れたかもしれない。
「すまん!大丈夫か?!」
心配そうに私の膝をさすっている虎に
「大丈夫…」
なんとかそう返すと、陽太郎が慌てた様子で私の横に来て、すっと手を差し伸べた。
「おれのかわいい子豚さん、立てますか?」
皿が割れてないか確認するためにも、その手を借りて立ち上がってみる。
「よかった、大丈夫そうですね。痛みますか?」
「ちょっとね。でも本当に大丈夫だから、続けて?」
どうやら皿は無事だったようでひとまず安心だけど、まだズキズキする。絶対青痣できてると思う。
改めて座り直すと、支えてくれていた陽太郎も、そのまま私の隣に座った。
「うーん、三つも取られたか。結構離れたな…ここならいけるか?いやこっちの方が…」
陽太郎は頭を揺らしてビー玉の位置をじっくり確認した後、ここにしようと呟いて、緑色のビー玉を置いた。指を当てる角度を何度か調整した後、ぐっと力を入れて、勢いよく弾く。
弾かれたビー玉は、弾丸の勢いに回転まで加わっていたらしい。
一つ当てて転がして曲がり、さらにもう一つ当ててとばして押し出して、三つのビー玉を枠の外に出した。
被弾は免れたが、そのうちの一つが箪笥と小棚の間に勢いよく突っ込んでいってしまった。
「回転をかけるとは…やるではないか。」
「たまには変化球も使わないとな。」
あの狭い隙間に陽太郎の腕が入るとは思えないし、虎では短すぎて届かない。ここは私が適任だ。立ち上がってハタキを持ってきて、箪笥と小棚の隙間を覗き込んでみたものの、暗くてよく見えない。
畳に這いつくばって、ハタキの柄の部分を差し込んでビー玉を探していると
「ん?あいつは何をしているんだ?おいおれのかわいい子豚!お前の番だぞ?」
「ここに入ったビー玉取りたいから、一回休みで!」
「おれのビー玉を探してくれてるんですか?後で箪笥をどかしますから、おれのかわいい子豚さんは座っててください。」
その時、ちょうどハタキの先が何かに当たった。取れそうな手応えを感じる。二人にもう少しだけと言って、奥に転がっていってしまわないよう、慎重に、慎重に引き寄せる。
「あの揺れるハタキ…見てるとうウズウズするな。」
「危ないから飛びつくなよ?」
「お前こそ、さっきからおれのかわいい子豚の尻ばかり見てないか?」
「なっ…!見てない!!」
「本当か…?たまには本能のままに飛びついてもいいと思うぞ?あんなに無防備に背後を晒して、喰ってくれと言わんばかりではないか。」
「虎?」
「怪モノだったら一瞬で喰われて終いだ……ってやめろ、我を狙うな!」
背後から聞こえてくる二人の会話を聞き流し、一生懸命コツコツと柄を動かして、ついにビー玉を取り出すことに成功した。
取れた!と高らかに掲げると、そのビー玉にはひびが入っていた。
もしかしたらこれが自分の膝の皿だったらと思うとゾッとする。いや、次こそは私の骨がこうなるかもしれないし、下手したら破片が胸へと突き刺さるのではと予感して、ひび割れたビー玉を覗き込むと、陽太郎と虎が逆さまに映った。
「そうだ。そろそろお腹空かない?おやつ用意してくるから、二人共、私の分まで頑張ってて!」
陽太郎に取ったビー玉を渡し、逃げるようにその場を離れた。
戸棚からゆっくりお菓子を選んで出して、台所でお茶を淹れて戻ると、枠の中のビー玉の数が残り一つになっていた。
まだ終わっていなかった。どうやら戻ってくるのが少し早かったようだ。
二人並んで、真剣にビー玉遊びに夢中になっている光景を正面に捉える。
こうして見ると微笑ましい光景なのに、ビー玉が凶器と化していて、この居間はもはや戦場だ。安易に踏み入れてはいけない。
「これを取ったら我の勝ちだ!」
虎がビー玉を弾いた。その弾丸は狙ったビー玉の横を通って、私の足の親指に激突した。
他のビー玉を介さず、威力を保ったままのビー玉。
粉砕骨折したかもしれない。箪笥の角に足の小指を勢いよくぶつけたときの、二倍、いや、それ以上に痛い。
「なにぃーーー!?我としたことが!!」
「怪モノの世界では、油断は命取りなんじゃなかったのか?」
本当にその通りだ。私は怪モノではないけど、なぜこんな的にしてくれと言わんばかりのところでボサッと立ち止まってしまったのか。
痛すぎて声も出ない。今すぐうずくまりたいけど、私は今、熱々のお茶を持っている。選んだお菓子は羊羹だ。全てを畳にぶちまけて片付けをする羽目になるくらいなら、例え足の親指の骨が砕け散っていようとも耐えてみせる。
「あっ、おれのかわいい子豚さん!おやつ用意してくれてありがとう。今ちゃぶ台出しますね。虎、ビー玉片付けて?」
「ふむ、おやつの時間ならば仕方あるまい。今回はお前に勝ちを譲ってやろう。」
「はいはい。踏むと危ないから、ちゃんと全部しまってよ?」
ビー玉をせっせと拾い集めてお道具箱に入れている虎と、ちゃぶ台を運んでいる陽太郎をぼんやり眺めながら、痛みが引くのを待っていると、座布団を置き終えた陽太郎が来て
「次はおれが弾き方を教えますから、たくさん取れるように一緒に頑張りましょうね!」
にっこり笑って私からお盆を受け取った。
「ウン!ガンバルヨ!」
瞬きが止まらなかった。
自分の席に座って親指の安否をこっそり確認し、次に備えて何か防具になるものを探さなければと、部屋中を見渡しながら、死守したおやつを食べたのだった。
『明日は晴れるといいなぁ。』
ー完ー
【あとがき】
滾らせ上手な方達に滾らせてもらって滾りました。ありがとうございます。
男共が真剣に盛り上がっている遊びに巻き込まれると、大体ろくな目にあわない、というお話でした。
陽太郎はこんな遊び方はしないと思いますが、夢の中で羽目を外して思い切り楽しんでほしいと望んだ結果こうなりました。男子丸出しではしゃぐ陽太郎もイイネ!
2/2ページ