昼下がりの朗読
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おれのかわいい子豚!今日はこの本を読んでくれ!」
昼食を食べ終え、陽太郎と縁側で食休みをしていると、虎が一冊の本を持ってやってきた。
虎が朗読を頼んだり、読めない字を聞く相手は大体陽太郎だ。私としても陽太郎の朗読が好きなので、一緒になって聴くのが楽しみではある。
ところがある日の縁側で、虎が首を傾げながら、一生懸命本を読む姿を見かけたときだった。その瞬間、稲妻に打たれたようにかわいいが突き抜けて、奥底に眠っていた母性がぎゅぎゅんと刺激された。
虎、いや、虎ちゃまの隣で読んであげたい。そう思って本の読み聞かせを申し出ると、「いいのか?!こちらこそ頼む!」と喜んで受け入れてくれた。
それからというもの、こども向けの絵本から始まり、短編の物語、図鑑等、ありとあらゆる本を虎に読み聞かせた。長編小説の場合は、キリがいいところまで読んで次の機会に持ち越したりして、虎ちゃまと幸せ読書時間のある日々を過ごしている。
今日は何の本だろう。わくわくしながら虎が掲げる本を受け取ると
『絹江の初恋』
題名から、王道恋物語だと察する。きっと甘酸っぱい若人の青春の話だろう。
虎がよいしょと私の膝に乗ったので表紙をめくり、咳払いを一つして読み始める。
「“絹江の初恋。女学生の絹江には、幼馴染がいる。米屋の大吉だ。米屋の大吉はふくよかな身体に合った、おおらかで優しい性分だった。”」
「大吉は太っておるのか?」
そうみたいだねと返事をして、続きを読んでいく。
絹江が大吉を好きになったきっかけや、何気ないやりとりの中でときめく様子が丁寧に描かれていて、こんなの応援したくなるじゃないと思いながら読み進めていくと、見せ場と思しき場面に辿り着いた。
絹江と大吉が学校の帰り道で雨に降られてしまい、大きな栗の木の下で雨宿りをするのだが、なにやらそこから雲行きが変わってきて、物語は予想外の展開へと発展した。
え?急に?と内心驚いた。それでも私はお構いなしに、白昼堂々声に出して読み続ける。
「“絹江は眠る前、床の中で栗の木の下の大吉に想いを馳せる。濡れた髪から伝う露が、大吉の肉付きの良い頬と、まるまると太い首を濡らしていた。それはまるでもぎたての桃のようだった。すると、絹江の下腹部がじわりと熱くなり、自然とそこへ手が伸びた。”」
「ごほっ!!!!!」
一緒に聴いていたであろう陽太郎が、お茶を吹き出してむせた。私も同じ立場だったら、鼻から出していたと思う。
「ちょっと一旦まってください!その本何ですか?!」
口元がお茶で濡れていたので、手拭いを渡しながら、絹江の初恋だよと教えてあげた。
「それはそうなんですけど、突然切り込んできてびっくりちゃいましたよ。初恋だと思って、完全に油断してました。虎、それ以上はおれのかわいい子豚さんに読ませちゃダメ。」
「は?なんでだ?」
「なんでって、女の人に読ませる内容じゃないだろ。おれのかわいい子豚さんも、無理して読まなくていいんですよ?」
「無理?してないけど。」
「……まぁ、文学ですもんね。でも、もしあまりにも露骨で過激になってくるようなら、朗読は中止してください。あなたは嫁入り前だし、虎にはまだ早いですから。」
「まだ早いとはなんだ!我はお前らよりもよっぽど長く生きておるのだぞ?」
「人と暮らし始めたのは最近だろ?怪モノとしては大ベテランでも、人としてはまだ子供みたいなものじゃないか。」
確かに、と、虎と顔を見合わせて納得した。
しかし、露骨で過激な描写に気をつけろと言われても、今まさにそこへと向かっている真っ最中だった。それに、そもそも普段から嗜みすぎていて、基準がバカになっているから自信がない。話の続きも気になる。
念の為次の文を一度黙読し、大丈夫だと確信を持って朗読を再開した。
「“絹江は(ピー)を(ピー)すると、(ピー)から(ピー)が(ピー)した。”」
「ん?まて。絹江は一体何をしているんだ?」
返答に困り、少し考えたあと、絹江は疲れた筋肉をもみほぐしているのだと説明した。陽太郎をちらりと見ると、耳まで真っ赤にしながらこぼしたお茶を拭いていた。
止めに入らないということは、私の基準は間違っていなかったらしい。
もう少しそんな内容が続き、そのたびに嘘ではないけどぼんやりした説明をしていると
「ん~?よくわからなくて眠くなってきたな…腹もいっぱいだし、少し寝るとしよう。おれのかわいい子豚、ありがとな。また頼む。」
そう言って、ぽてぽてと部屋に入っていった。
さて、私たちも仕事に戻りますかと伸びをして立ち上がると、陽太郎も前に屈んで靴紐を調整し始めた。
「じゃあまた、おやつの時間にね。あ、この本借りてもいい?」
「はい構いませんよ。午後も頑張りましょうね!」
念入りに靴紐をいじっている陽太郎に手を振って、続きが気になる『絹江の初恋』を自分の部屋の机に置いてから、台所へと向かったのだった。
ー完ー
【あとがき】
陽太郎が朗読する官能小説。聴きたすぎやしませんか?
1/1ページ