冗談
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
村長の奥様に、超高級な保湿クリームを頂いた。
目と口の周りは避けて塗り、最低でも二十分置いてから拭いて落とすと、汚れがすっきり取れて綺麗になるらしい。
入浴前にするとさらに効果が高く、拭き取りきれずに肌に残ったクリームが、汗で開いた毛穴の奥の汚れも浮かせてくれて、その後の化粧水がよく浸透するそうだ。
先日きのこをお裾分けに来てくれた時、私の顔があまりにも乾燥していたからだろうか。こんな高級クリームまで頂いてしまって、奥様様々だ。
丁度陽太郎がお風呂に入ったところなので、上がってくる時間を考慮すると、今塗ればちょうどいい頃合いに自分もお風呂に行ける。
蓋を開けると上品な薔薇の良い香りがして、気分が華やいでいく。
外国産で、確か、“ダマラッシャイローズ”みたいな名前の薔薇が使われていると言っていた。それを顔に塗っていくと、まるで自分が薔薇の貴婦人になったような気になって、誰かに「だまらっしゃい!」と言いたくなってくる。
クリームを落とすまでの待ち時間で雑誌を手に取り、最近のお洒落の流行に目を通す。
買うかどうかは別として、可愛いと思ったものに印をつけたり、髪飾りや化粧品の新作を見てわくわくして、胸をときめかせる。こういうひと時には、女であることを楽しく思う。
さらに読み進めていくと、役者同士の対談が載っていた。
あの芝居の時はこうだったとか、お互いの印象とか、失敗談とか、興味の惹かれる内容がびっしりと綴られている。どちらも好きな役者さんだったので夢中になって読んでいると
「おれのかわいい子豚さん、お待たせしました。お風呂どうぞ。」
襖の奥から陽太郎の声がした。はーいと返事をして時計を見ると、計算通りいい頃合いだった。
読んでいた記事の内容を反芻しながら、入浴の準備に取り掛かる。
お披露目が同時期だった二人は、最初の印象はお互い良くなかったけど、芝居を通して仲良くなっていき、今では良き好敵手で良き友になったという二人。なんて素敵な関係性だろう。ありがたすぎる。
手ぬぐいはこれと、替えの下着と寝間着…そういえば石鹸が無くなりそうだったけど、陽太郎は大丈夫だったかな?
そんな感じで準備を終え、襖を開けると陽太郎が布団を敷いていた。
石鹸が足りたかどうか聞こうとすると
「あっ、おれのかわいい子豚さん石鹸……」
言葉の途中でぴしっと石のように固まってしまった。
信じられないものでも見たかのように目を見開いて、無言なのにあまりの鬼気迫る固まり方に、私の背後にお化けでも出たのかとゾッとして、後ろを振り返ってみたけど何もなかった。
急に襖を開けたから、驚かせてしまったのかな。
名前を呼んでも反応がなく、目の前で手を振りながらもう一度大きな声で呼び掛けると、陽太郎はハッと正気を取り戻したように瞬きをした。
「石鹸足りた?もう小さかったよね?」
「あ、はい!そう、石鹸。石鹸でしたよね。途中で無くなりそうだったので、入るときに新しいのを出しました。あなたの…おれのかわいい子豚さんの石鹸は使ってませんので、ご安心ください。」
なんだか様子がおかしいけど、早くしないとお湯がぬるくなってしまう。私の石鹸も使ってくれても構いませんことよと、貴婦人気分のまま笑いかけて、颯爽とお風呂へと向かった。
脱衣所に入りふと鏡を見ると、クリームが塗られたままだった。考え事に夢中で落とすのを忘れてしまっていたらしい。
服を脱ぎながら、クリームをお風呂場で拭き取って、そこで手ぬぐいも洗えば手間が省けることに気づく。気分がいいと頭の働きもいつもより良くなるのかもしれない。自分の機転に自画自賛しながらお風呂場へと入った。
クリームのついた手ぬぐいをすすぐと、お風呂場いっぱいにダマラッシャイローズの香りが広がった。なんて贅沢な空間ですこと。
さらに高まった貴婦人気分で髪と体を洗ってお湯に浸かると、心の奥から身体の隅々まで華やいで、天にも昇る心地がした。
頭を下げて凝り固まった首を伸ばしながら、先程の陽太郎の形相を思い出す。あまりにただ事ではなさそうだった。変な虫でも部屋にいたのだろうかと心配になる。それならそれできっと逃してくれているだろうし、事情を聞くならこの素晴らしき貴婦人風呂を出てからでも遅くない。
すっかりくつろいだ頭は楽観的になっていた。
汗がじわっと出てきて、クリームの効果に胸を踊らせ始めた時。歯車が噛み合ったように閃いてしまった。
さっき陽太郎が驚いていたのは、突然白塗りの女が出てきたからでは?
この白塗りの女はもしかしておれのかわいい子豚さんなのか?という思考を巡らせて固まっていたのだとしたら。
恥ずかしすぎる。
ゆっくり浸かっている場合ではない。一刻も早く弁解して、驚かせてしまったことを謝らなければ。
お風呂を出て、濡れている体を煩わしく拭き、寝間着を雑に身に着けて一目散に部屋へと向かう。
急いで髪の毛を拭き、それでもしっかり化粧水を肌に叩き込む。高級クリームを無駄にしてはいけない。いつもより吸い込んでいるのをなんとなく実感した後、足早に縁側へと向かうと、いつもの後ろ姿が見えた。
「おれのかわいい子豚さん、お水飲みました?まだならここにありますよ。」
あれだけ衝撃を受けていたというのに、陽太郎は何事もなかったかのように振る舞っている。恐怖体験をさせてしまった上に気まで遣わせてしまった。
「さっきは驚かせちゃってごめんね。落とすのすっかり忘れてて…。」
「いえ、こちらこそ失礼しました。驚きすぎでしたよね…。あれはお化粧ですか?」
断じて化粧ではない。陽太郎に良く見られたい為の肌の手入れの一環だ。そう言おうとしたけど、ついいたずら心が顔を出す。
「そう。奥様が教えてくれたの。今都会の女性たちの間で流行ってるんだって。サカモトでも流行るから、そのうちみんなあの化粧になるんじゃないかな。」
あながち嘘ではない説明をすると、陽太郎は一瞬顔を強張らせた。私でなければ見逃していた。
なーんて冗談!びっくりした?ははは!とひと笑いしようと思ったら。
「流行や女性の化粧のことは、男のおれにはよくわかりませんけど…おれのかわいい子豚さんは今のままでも十分かわいいですよ?こんなことを言うと怒られちゃうかもしれませんけど…おれは、あなたの素顔が一番好きです。」
「素顔?すっぴんてこと?」
「はい。もちろん化粧をしている時も綺麗ですけど…素顔のときの無防備な感じが、かわいいなって。」
すっぴんをほめられて頬が緩みかけたけど、これはたぶん、陽太郎なりに、遠回しに白塗りはやめてくれと言っている。
それはそうだ。普通の白塗りではなく、塗っていたのはクリーム。かの有名な絵巻、『猿神家の一族』に出てくるシケキヨと同じ見た目になっていた。あんなのが突然出てきたら、確かにめちゃくちゃ怖いと思う。
でも、すっぴんが好きだと言うのであれば、なおさら肌の手入れを怠れない。
「だったらやっぱり、あれは絶対に毎日塗らないと。」
「え?!毎日…ですか?」
「うん。」
「……おれのかわいい子豚さん、もしかしておれのこと嫌い?」
「え?!なんでそうなるの?!」
「逆をいこうとするってことは、そうなのかなって。」
かわいいと言われて動揺していたのかもしれない。化粧だと吹いたことが頭からすっかり抜けていた。
陽太郎は眉毛をこれでもかと下げて、ものすごく悲しそうにしている。こんなに悲しそうな顔はみたことがない。
罪悪感に胸が締め付けられて、謝罪をしてからすべてを白状した。
あれは化粧ではなく美容クリームであること。陽太郎が好きだと言ってくれた素顔に磨きをかける為には、毎日塗布する必要があること。
それを聞いた陽太郎は脱力し、大きくため息をついた。
「もう、驚かせないでくださいよ。村中の女性が白塗りで出歩いているところを想像しちゃったじゃないですか。」
「こわ…そんなことになったら行商さんも腰抜かして、二度と来てくれないよね。」
「そうですよ。初めて訪れた人だって、変な風習があると勘違いしますよ。でも、あなたに嫌われてなくて本当によかったです。」
陽太郎は心底安心したように、それこそ無防備な笑顔を見せた。
胸がくすぐったくて、そわそわと色めき立って落ち着かない。
「そうだ、明日から陽太郎も一緒にクリーム塗ってみる?いい匂いだし、お肌つるつるになるよ。」
誤魔化すようにそう言うと、陽太郎はそんな私を見透かしたように意味ありげに微笑んで、静かに、ゆっくりと距離を詰めた。
肩と肩が触れそうなこの距離には、未だに慣れない。
「おれのかわいい子豚さんの肌、確かにいつも以上につやつやしてますね。」
しかも、顔がどんどん近づいてくる。
至近距離で見ても、陽太郎の肌はすべすべで、きれいで。
頬に口づけでもされるのかと思うほどの距離まで来て思わず目をつむると、吐息が耳を掠めた。
「香りも……薔薇ですか?いい香りですね。大人っぽくて、ドキドキしちゃうな。」
あまりの破壊力に、今度は私が石のように固まった。
ドキドキしちゃうのはこっちだ。お願いだからダマラッシャイだ。
陽太郎の髪の香りと、近くで感じる体温。恥ずかしすぎて叫びだしそう。
これはもしや、頬どころ唇にダマラッシャイなのではと身構えていても、特に何も起こらない。
今どうなっているのか気になって目を開けると、陽太郎の顔がすーっと離れていった。
自分でやっておきながら、めちゃくちゃ照れていた。
「でも、これ以上綺麗になられたら困ります。ただでさえ毎日ドキドキしてるのに、心臓が保ちません。」
そんな陽太郎に私が保たず、頭と心の臓が爆発して、夜空の彼方へと飛んでいった。
痴態で始まって笑って終わるはずが、まさかこんなことになるなんて。
薔薇色の雰囲気の中、薔薇色の予感を秘めて見つめ合っていると
「おい!風呂場がものずごくさいぞ!鼻が曲がりそうだ!」
虎が目を白黒させながらドタバタと駆けてきた。
その顔があまりにも面白すぎて、ふたり同時に吹き出して、顔を合わせて笑った。虎は笑い事じゃないとぷんすか飛び跳ねている。
こうしてこの一件は、予定通り痴態で始まって、笑って終わったのだった。
ー完ー
【あとがき】
ハンズで推されていたフェイスパックを買ったところ、分厚くてよかったのですが、穴がものすごく小さくて完全にスケキヨでした。誰が使うことを想定して穴をこんなに小さくしたのか。あまりに怖かったので、その場で撮影し、友人に送りつけました。めちゃくちゃ怖がってました。
目と口の周りは避けて塗り、最低でも二十分置いてから拭いて落とすと、汚れがすっきり取れて綺麗になるらしい。
入浴前にするとさらに効果が高く、拭き取りきれずに肌に残ったクリームが、汗で開いた毛穴の奥の汚れも浮かせてくれて、その後の化粧水がよく浸透するそうだ。
先日きのこをお裾分けに来てくれた時、私の顔があまりにも乾燥していたからだろうか。こんな高級クリームまで頂いてしまって、奥様様々だ。
丁度陽太郎がお風呂に入ったところなので、上がってくる時間を考慮すると、今塗ればちょうどいい頃合いに自分もお風呂に行ける。
蓋を開けると上品な薔薇の良い香りがして、気分が華やいでいく。
外国産で、確か、“ダマラッシャイローズ”みたいな名前の薔薇が使われていると言っていた。それを顔に塗っていくと、まるで自分が薔薇の貴婦人になったような気になって、誰かに「だまらっしゃい!」と言いたくなってくる。
クリームを落とすまでの待ち時間で雑誌を手に取り、最近のお洒落の流行に目を通す。
買うかどうかは別として、可愛いと思ったものに印をつけたり、髪飾りや化粧品の新作を見てわくわくして、胸をときめかせる。こういうひと時には、女であることを楽しく思う。
さらに読み進めていくと、役者同士の対談が載っていた。
あの芝居の時はこうだったとか、お互いの印象とか、失敗談とか、興味の惹かれる内容がびっしりと綴られている。どちらも好きな役者さんだったので夢中になって読んでいると
「おれのかわいい子豚さん、お待たせしました。お風呂どうぞ。」
襖の奥から陽太郎の声がした。はーいと返事をして時計を見ると、計算通りいい頃合いだった。
読んでいた記事の内容を反芻しながら、入浴の準備に取り掛かる。
お披露目が同時期だった二人は、最初の印象はお互い良くなかったけど、芝居を通して仲良くなっていき、今では良き好敵手で良き友になったという二人。なんて素敵な関係性だろう。ありがたすぎる。
手ぬぐいはこれと、替えの下着と寝間着…そういえば石鹸が無くなりそうだったけど、陽太郎は大丈夫だったかな?
そんな感じで準備を終え、襖を開けると陽太郎が布団を敷いていた。
石鹸が足りたかどうか聞こうとすると
「あっ、おれのかわいい子豚さん石鹸……」
言葉の途中でぴしっと石のように固まってしまった。
信じられないものでも見たかのように目を見開いて、無言なのにあまりの鬼気迫る固まり方に、私の背後にお化けでも出たのかとゾッとして、後ろを振り返ってみたけど何もなかった。
急に襖を開けたから、驚かせてしまったのかな。
名前を呼んでも反応がなく、目の前で手を振りながらもう一度大きな声で呼び掛けると、陽太郎はハッと正気を取り戻したように瞬きをした。
「石鹸足りた?もう小さかったよね?」
「あ、はい!そう、石鹸。石鹸でしたよね。途中で無くなりそうだったので、入るときに新しいのを出しました。あなたの…おれのかわいい子豚さんの石鹸は使ってませんので、ご安心ください。」
なんだか様子がおかしいけど、早くしないとお湯がぬるくなってしまう。私の石鹸も使ってくれても構いませんことよと、貴婦人気分のまま笑いかけて、颯爽とお風呂へと向かった。
脱衣所に入りふと鏡を見ると、クリームが塗られたままだった。考え事に夢中で落とすのを忘れてしまっていたらしい。
服を脱ぎながら、クリームをお風呂場で拭き取って、そこで手ぬぐいも洗えば手間が省けることに気づく。気分がいいと頭の働きもいつもより良くなるのかもしれない。自分の機転に自画自賛しながらお風呂場へと入った。
クリームのついた手ぬぐいをすすぐと、お風呂場いっぱいにダマラッシャイローズの香りが広がった。なんて贅沢な空間ですこと。
さらに高まった貴婦人気分で髪と体を洗ってお湯に浸かると、心の奥から身体の隅々まで華やいで、天にも昇る心地がした。
頭を下げて凝り固まった首を伸ばしながら、先程の陽太郎の形相を思い出す。あまりにただ事ではなさそうだった。変な虫でも部屋にいたのだろうかと心配になる。それならそれできっと逃してくれているだろうし、事情を聞くならこの素晴らしき貴婦人風呂を出てからでも遅くない。
すっかりくつろいだ頭は楽観的になっていた。
汗がじわっと出てきて、クリームの効果に胸を踊らせ始めた時。歯車が噛み合ったように閃いてしまった。
さっき陽太郎が驚いていたのは、突然白塗りの女が出てきたからでは?
この白塗りの女はもしかしておれのかわいい子豚さんなのか?という思考を巡らせて固まっていたのだとしたら。
恥ずかしすぎる。
ゆっくり浸かっている場合ではない。一刻も早く弁解して、驚かせてしまったことを謝らなければ。
お風呂を出て、濡れている体を煩わしく拭き、寝間着を雑に身に着けて一目散に部屋へと向かう。
急いで髪の毛を拭き、それでもしっかり化粧水を肌に叩き込む。高級クリームを無駄にしてはいけない。いつもより吸い込んでいるのをなんとなく実感した後、足早に縁側へと向かうと、いつもの後ろ姿が見えた。
「おれのかわいい子豚さん、お水飲みました?まだならここにありますよ。」
あれだけ衝撃を受けていたというのに、陽太郎は何事もなかったかのように振る舞っている。恐怖体験をさせてしまった上に気まで遣わせてしまった。
「さっきは驚かせちゃってごめんね。落とすのすっかり忘れてて…。」
「いえ、こちらこそ失礼しました。驚きすぎでしたよね…。あれはお化粧ですか?」
断じて化粧ではない。陽太郎に良く見られたい為の肌の手入れの一環だ。そう言おうとしたけど、ついいたずら心が顔を出す。
「そう。奥様が教えてくれたの。今都会の女性たちの間で流行ってるんだって。サカモトでも流行るから、そのうちみんなあの化粧になるんじゃないかな。」
あながち嘘ではない説明をすると、陽太郎は一瞬顔を強張らせた。私でなければ見逃していた。
なーんて冗談!びっくりした?ははは!とひと笑いしようと思ったら。
「流行や女性の化粧のことは、男のおれにはよくわかりませんけど…おれのかわいい子豚さんは今のままでも十分かわいいですよ?こんなことを言うと怒られちゃうかもしれませんけど…おれは、あなたの素顔が一番好きです。」
「素顔?すっぴんてこと?」
「はい。もちろん化粧をしている時も綺麗ですけど…素顔のときの無防備な感じが、かわいいなって。」
すっぴんをほめられて頬が緩みかけたけど、これはたぶん、陽太郎なりに、遠回しに白塗りはやめてくれと言っている。
それはそうだ。普通の白塗りではなく、塗っていたのはクリーム。かの有名な絵巻、『猿神家の一族』に出てくるシケキヨと同じ見た目になっていた。あんなのが突然出てきたら、確かにめちゃくちゃ怖いと思う。
でも、すっぴんが好きだと言うのであれば、なおさら肌の手入れを怠れない。
「だったらやっぱり、あれは絶対に毎日塗らないと。」
「え?!毎日…ですか?」
「うん。」
「……おれのかわいい子豚さん、もしかしておれのこと嫌い?」
「え?!なんでそうなるの?!」
「逆をいこうとするってことは、そうなのかなって。」
かわいいと言われて動揺していたのかもしれない。化粧だと吹いたことが頭からすっかり抜けていた。
陽太郎は眉毛をこれでもかと下げて、ものすごく悲しそうにしている。こんなに悲しそうな顔はみたことがない。
罪悪感に胸が締め付けられて、謝罪をしてからすべてを白状した。
あれは化粧ではなく美容クリームであること。陽太郎が好きだと言ってくれた素顔に磨きをかける為には、毎日塗布する必要があること。
それを聞いた陽太郎は脱力し、大きくため息をついた。
「もう、驚かせないでくださいよ。村中の女性が白塗りで出歩いているところを想像しちゃったじゃないですか。」
「こわ…そんなことになったら行商さんも腰抜かして、二度と来てくれないよね。」
「そうですよ。初めて訪れた人だって、変な風習があると勘違いしますよ。でも、あなたに嫌われてなくて本当によかったです。」
陽太郎は心底安心したように、それこそ無防備な笑顔を見せた。
胸がくすぐったくて、そわそわと色めき立って落ち着かない。
「そうだ、明日から陽太郎も一緒にクリーム塗ってみる?いい匂いだし、お肌つるつるになるよ。」
誤魔化すようにそう言うと、陽太郎はそんな私を見透かしたように意味ありげに微笑んで、静かに、ゆっくりと距離を詰めた。
肩と肩が触れそうなこの距離には、未だに慣れない。
「おれのかわいい子豚さんの肌、確かにいつも以上につやつやしてますね。」
しかも、顔がどんどん近づいてくる。
至近距離で見ても、陽太郎の肌はすべすべで、きれいで。
頬に口づけでもされるのかと思うほどの距離まで来て思わず目をつむると、吐息が耳を掠めた。
「香りも……薔薇ですか?いい香りですね。大人っぽくて、ドキドキしちゃうな。」
あまりの破壊力に、今度は私が石のように固まった。
ドキドキしちゃうのはこっちだ。お願いだからダマラッシャイだ。
陽太郎の髪の香りと、近くで感じる体温。恥ずかしすぎて叫びだしそう。
これはもしや、頬どころ唇にダマラッシャイなのではと身構えていても、特に何も起こらない。
今どうなっているのか気になって目を開けると、陽太郎の顔がすーっと離れていった。
自分でやっておきながら、めちゃくちゃ照れていた。
「でも、これ以上綺麗になられたら困ります。ただでさえ毎日ドキドキしてるのに、心臓が保ちません。」
そんな陽太郎に私が保たず、頭と心の臓が爆発して、夜空の彼方へと飛んでいった。
痴態で始まって笑って終わるはずが、まさかこんなことになるなんて。
薔薇色の雰囲気の中、薔薇色の予感を秘めて見つめ合っていると
「おい!風呂場がものずごくさいぞ!鼻が曲がりそうだ!」
虎が目を白黒させながらドタバタと駆けてきた。
その顔があまりにも面白すぎて、ふたり同時に吹き出して、顔を合わせて笑った。虎は笑い事じゃないとぷんすか飛び跳ねている。
こうしてこの一件は、予定通り痴態で始まって、笑って終わったのだった。
ー完ー
【あとがき】
ハンズで推されていたフェイスパックを買ったところ、分厚くてよかったのですが、穴がものすごく小さくて完全にスケキヨでした。誰が使うことを想定して穴をこんなに小さくしたのか。あまりに怖かったので、その場で撮影し、友人に送りつけました。めちゃくちゃ怖がってました。
1/12ページ