冗談
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日は気温が高く、その上湿気もあり、動き出してすぐに大汗をかいた。
朝から着ていたシャツが濡れて体に張り付いて、首から下げた手ぬぐいも、これ以上汗を吸えなさそうなくらいに濡れて重くなっている。
昼休憩にはまだ少し早いけど、着替えもしたいし家に戻ることにした。
家中の障子と襖が全て開いていて、おれのかわいい子豚さんが風を通してくれているのだとわかる。
今は掃除をしてくれているのかな。ありがたいなぁ。
しみじみ思いながら自分の部屋に入ると、襖虎が本を読みながら泣いていた。
「虎、ここにいたんだ。今日は何を読んでるの?」
「おぉ…陽太郎…」
本から顔を上げておれの方を向くと、鼻水を垂らしていたのでちり紙を渡した。それを受け取ってびーっと鼻をかんでから
「褌仮面が…ううっ…」
また鼻を垂らした。
「汚いな…ほら、しっかりかんで。褌仮面?がどうしたの?」
すごい名前だな。
もう一枚ちり紙を渡すと、虎は鼻をかみながら、身振り手振りで一生懸命説明を始めた。
虎によると、褌仮面は物語の主人公であり、両親を幼い頃に亡くし、唯一の家族である弟を悪の軍団“猿股”に拐われた。弟の手掛かりを掴むため、町の人を次々と拐う猿股と戦うことを決意したらしい。
内容自体は面白そうだけど、褌と猿股って…。
「その猿股?はなんの為に人を拐ってるの?」
「老若男女問わず洗脳猿股を穿かせて、世界を猿股で統一しようと目論んでおる。その名も“人類猿股計画”だ。」
「そんなことしてどうするのさ…」
「それは読んでくれとしか言えん。それでな、褌仮面には決め台詞があって…」
虎が続きを説明しようとしたとき。
「まさか今褌仮面様の話してる?!」
声のする方へ振り向くと、通りすがりだったのか、おれのかわいい子豚さんがお昼ご飯を乗せたお盆を持ったまま目を輝かせていた。
「おれのかわいい子豚~!読んだぞ~!」
「えっ、ちょっとまってこれ置いてくる!」
すぐそっちに行きますからと言う前に、おれのかわいい子豚さんは去ってしまった。
それからすぐに足早に戻ってきたと思ったら…
いつもなら汗まみれのおれを見て拝むのに、目もくれず虎の元へ一直線に駆け寄って、褌仮面?の話を始めた。
しかも、聞き間違いじゃないなら褌仮面に『様』を付けていた。
「まさか褌仮面の褌が…」
「そう、そうなんだよね…まさかあの褌が…最後まで読んだの?」
虎が頷くと、二人は手を握り合って一緒に泣き出した。
「ううっ…これは稀に見ぬ名作だ!涙無くしては読めん!褌仮面の褌が…猿股二郎が…うぅ……」
「わかる、わかるよ…!」
おれのかわいい子豚さんにもちり紙を渡すと、涙声でありがとうと言い、そのちり紙で涙を拭いたあと、虎と同じように鼻もかんだ。
物語に感動して涙を流しているのを何度か見たことはあるけど、こんなに泣いているのを見たのは初めてかもしれない。それも、二人揃って。
「あの…褌仮面?そんなによかったんですか?」
「「いいもなにも!」」
二人は声を揃えて、同時に勢いよくおれを見上げた。
「陽太郎、お前も読め…!男の生き様を褌仮面から学ぶといい。」
「褌仮面様、かっこよすぎてほんと辛い。」
それからしばらく褌仮面を絶賛したあと、「俺の褌は」と言った虎に続いて、おれのかわいい子豚さんが「乾かない!」と言ってガシッと抱き合った。
そんな二人の様子を微笑ましく思いながら、引き続き褌仮面について熱く語り合う二人の横で、ようやく着替えを始める。
傍から聞いてると、褌で顔を隠してるなんて不審者そのものなような気がする。それに、褌が乾かないって……。
かっこいい要素が見当たらないし、敵は猿股だしで、どちらかというと笑える話じゃないのか?でも二人共あんなに泣いてたし……。
汗で濡れたシャツを脱衣所に持って行き、洗濯籠に入れ、戻っている途中からだんだん気になってきて、食事が終わってついに読ませてほしいとお願いすると、二人は目を輝かせて喜んだ。
その日の夜、さっそく『褌仮面』を読み始めた。
猿股軍団は顔を隠しているのか晒しているのかずっと気になっていたけど、猿股をはいて、虚無僧のように天蓋を被って正体を隠していることがわかった。想像すると、やっぱり妙な恰好で笑いを誘う。
あとは虎が説明してくれた通り、褌仮面は猿股軍団に襲われている町の人を助けていった。猿股軍団を倒した時の決め台詞として、必ず“俺の褌は乾かない!”と言っていて、二人が言っていたのはこれかと笑った。
序盤までは面白おかしく読んでいた。子供向けっぽいな、ハマれるかな?なんて、思っていたけど、読んでいくうちにだんだん癖になってきていた。
猿股から人々を救っていく中で、褌仮面が恋に落ちた。
お互い気持ちが通じても、褌仮面は危険に巻き込みたくないからと、自ら彼女を遠ざける。
それでも彼女は、“あなたの為なら命なんて惜しくないわ”と、褌仮面にすがりついた。
そんないじらしい彼女を突き放すことができず、愛する気持ちがますます抑えきれなくなって、褌仮面はようやく自分の手で、最後まで彼女を守り抜く決意をした。
そこまで読んで、すこしうるっときた。おれのかわいい子豚さんが褌仮面に様を付けて呼んでいた理由がなんとなくわかったところで、物語を読み進める。
その後も何度か町の人を決め台詞と共にかっこよく救っていくと、ついに猿股軍団の首領とその右腕が姿を表した。その右腕の名前が、虎の言っていた猿股二郎だった。
褌仮面が“なぜお前達は人々を拐うんだ?!目的は何だ?!”と尋ねると、首領は『人類猿股計画』の説明を始めた。
全人類に洗脳猿股を穿かせることによって自我を無くし、身も心も締め付けから開放される。痛みも苦しみもない一つの楽園を築き上げ、そこで皆一様に生きていく。それこそが『人類猿股計画』だー!と。
それに対して褌仮面は
“締め付けの無い人生…確かにそれは理想的かもしれない。だが、締め付けられるからこそ開放された時に喜びを感じるんだ。それに、苦しみを乗り越えることで人は優しく強くなれる。お前の言う楽園に行ったとして、それは生きているとは言えない!”
褌を翻しながらそう答えた。
猿股の気持ちもわかる気がして、完全に悪とは呼べなくなった。褌仮面の台詞にも自分の境遇を重ねてしまい、胸と目頭が熱くなる。
猿股二郎が前に出て、首領に“褌仮面は私にやらせて下さい。必ず倒して猿股を穿かせてみせます。”と前に立ちはだかり、褌仮面と猿股二郎の戦いが始まった。
二人の力は拮抗していて、勝負が中々つかないでいた。
しびれを切らした首領が
“何をぐずぐずしている。お前にできぬのなら俺がやってやろう。”
洗脳猿股を巻き付けた物干し竿で褌仮面の頭を突こうとした。
褌仮面が避けきれないと悟った次の瞬間。なんと、猿股二郎が褌仮面を庇って頭にその一撃を受けた。
息をのんで頁をめくると、猿股二郎の天蓋が割れて顔が見えた。
その正体は、褌仮面が探していた弟だった。
天蓋と一緒に洗脳猿股が消えて無くなり、褌仮面の腕の中で
“兄さんを救えて良かっ…た……”
猿股二郎は息絶えた。
涙でだんだん文字がぼやけてきた。本に落とさないよう慌てて上を向き、指で拭う。
少し落ち着いてきたところで、続きを読み進める。
褌仮面は二郎をそっと下ろすと、怒りと後悔に打ち震えて
“お前だけは絶対に許さない…!”
首領に猛攻を繰り出した。首領はそれを避けながら
“今度は木っ端微塵にしてやる。あの役立たずのようにな!!”
そう言って物干し竿を構えた。
“あの役立たず…?二郎のことかーーーー!!!”
褌仮面の褌が強烈な光を放ち、首領を一瞬で消し去った。
“俺の褌は…乾かない……!”
涙で濡れた褌を取って、もう二度と動くことのない弟の体にそっと掛けた。
本を閉じたときには、外はもう明るかった。また夢中になってやってしまった。でも、後悔はない。
物語の余韻に深いため息をつきながら、手を伸ばしてちり紙を取って、涙を拭いて鼻をかんだ。
今すぐ褌仮面について二人と話したい。この感動を分かち合いたい。
なんだかじっとしていられず、布団から出て身支度を始める。
まだだいぶ早いけど、朝ごはんと配達の準備に取り掛かることにした。
高揚感冷めやらぬまま迎えた朝ごはん。
満を持して二人に読んだと伝えると、二人揃って目を見開いて、大興奮でおれに感想を求めた。
あぁ、やっと話せる。
虎が読み終わったと知ったときのおれのかわいい子豚さんの気持ちが、今ならよくわかる。
「正直甘く見てたけど、すごく感動したよ。特に最後の…」
「褌を掛けるところだろう?!乾かないと言っていた意味が分かった瞬間…」
「驚いたよな。まさかそういう意味だったなんて…二郎の正体を知ってる状態で読んだら、また違う印象になるんだろうなぁ。」
「続編出してほしい。絶対二郎生きてるよ。生きててほしいよ…」
そんな調子で、三人で集まれば熱く語り合って盛り上がり、時には討論になった。
そして、その日の夜から怪モノ退治に行く前に、虎が「俺の褌は」と言った後に続いて、二人で「乾かない!」と気合を入れてから出発するのがお決まりになった。
もういい大人なのにすごく楽しくて、虎とおれのかわいい子豚さんがいれば、どんな困難にも挫けずに立ち向かって行けるような気がした。
物語の主人公のようにはなれないけど、おれはおれの勇気と覚悟を持って、目の前の二人と育ててくれた村の人達の笑顔を守っていこうと、密かに心を燃やしたのだった。
―完―
【あとがき】
何故この話を書こうと思ったのか。今となっては全く思い出せず、ちょっと怖くなりましたが、たまにはこういう変わり種もいいなと思うしか無い次第でございます。
10/12ページ