冗談
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
日中の気温が上がってきて、動くと汗をかく季節になってきた今日この頃。
その日はすねまで届く長いTシャツの下に、足首まである伸縮性に優れた下穿きという楽な格好に身を包んでいた。贔屓にしている呉服屋さん曰く、珍しい恰好だけど、近いうちに一気に流行り出すらしい。
日没が近付いてきたので洗濯物を取り込んでいると、虎が慌てた様子で走って来るのが見えた。
「おれのかわいい子豚〜!頼む~!匿ってくれ~!」
私の足元で止まり、後ろをチラチラ気にしながら、そわそわと丸い体を揺らしている。
「何事?」
「説明している暇はない!」
ぴょんぴょん跳ねて急かすので、咄嗟に自分のシャツを持ち上げて、その中に虎を誘導した。こんなに開けた場所で身を隠せそうな場所なんて他にない。
お腹に巻き付いた虎をしっかり抱え、今度こそ何事かと聞こうとしたとき、ちょうど虎を呼ぶ陽太郎の声が近付づいてきた。
その時点で虎がまた何かやらかしたのだと察したけど、助けを求めてきたのに売るのも気が引ける。
見つからないようにお腹を庇いながら、慌てて背を向けた。
「おれのかわいい子豚さん、虎を見ませんでしたか?」
「虎?来てないけど…虎がどうかしたの?」
まったく陽太郎を見ないというのも不自然なので、顔だけ向けてみる。
しかし、立ち尽くしたままこうしているのも不自然なことには変わりない。せめて両手を使えれば…。
一か八か虎を抱えている手をそっと離してみる。
頑張ってしがみ付いているからか落ちてこないようだったので、なんとか洗濯物の取り込みを再開した。
「手の甲に怪我をしていて…薬を塗ろうとしたら逃げられちゃったんです。」
そういうことなら話は別だ。
陽太郎の方へ身体ごと振り向こうとすると、脇腹に鋭い痛みを感じて、思わず声が出そうになるのを、歯を食いしばってなんとか耐えた。動きを察した虎が、振り返るなとばかりに私の脇腹をぎゅっと握ったのだ。
絶対に見つかりたくないという意志を伝えるように、小さくとも栗の皮を砕くこともできる力強い指が、容赦なく私のだらしのない脇腹にめり込んでくる。
ここまでできるなら大した怪我ではないと踏んで、脇腹が引きちぎられてしまわぬよう、蔵匿を続けることにした。
この見返りとお詫びは、後で必ずきっちりもらおう。
「こっちには来てないかな?」
私に突き出す意思が無いとわかった途端、めり込んでいた手が緩んだ。
バレないかヒヤヒヤしながらも、努めて普段通りを装って、乾いた洗濯物を取っていく。
「そうですか…。大したことはなさそうたったけど、薬を塗った方が治りが早いと思って。」
陽太郎はため息混じりに私の横に来て、流れるように洗濯物を取り始めた。あまりに自然な動きに何の対応もできなかった。
やばい。そこに来られたらこれ以上は誤魔化しきれない。
緊張は頂点に達し、干された手ぬぐいがうまく取れない。
陽太郎が間に置かれている籠に、親指のところが薄くなりつつある私の靴下を入れようと屈んだ時だった。
陽太郎の動きが止まった。
「おれのかわいい子豚さん、そのお腹……」
これ以上何か言われる前に誤魔化さなければと、お腹を見ながら必死に思考を巡らせる。
お腹だけが出っ張っている正当な理由。怪しまれない納得の理由。
考えろ、考えろ、何かあるはず。何かあるはずだ。
「もしかして「授かりました。」
「え…?」
だめだ、頭が弱すぎる。
こんな無理のある誤魔化し方で、陽太郎がそうなんですね!おめでとうございます!なんて言うわけがない。
さすがにもうバレたでしょう。私はよくやった。できる限り手を尽くして虎を匿った。あとは陽太郎の出方次第だ。
しかし、当の陽太郎は私のお腹を凝視したまま、時が止まったように固まっている。
その様子をしばらく眺めているうちに、スッと魔が差した。
「あなたの子です。」
陽太郎は立ち上がって目をかっ開いた。そして何かを言おうとしては止めながら、お手本のような百面相を始めた。
なかなかに微笑ましくて面白く、いくらでも見ていられる。
百面相が三周くらいしたところで、陽太郎は空を見上げてふーっと大きく息を吐き出して、真顔で真っ直ぐ私の顔を見た。
これはきっと怒られるやつだ。それなら最後にもう一度だけ、悔いのないよう悪ふざけしておこう。
「責任…取ってくれる?」
「おれはいつでも覚悟できてます。」
即答されて、今度は私の息が止まった。
いつでも
覚悟が
できている……?
予想外の返答に困惑し、反芻することでようやく意味を理解して、狂喜乱舞する寸前でなんとか理性が働いた。
これはそう、察しの良い陽太郎のことだ。全部分かった上で寸劇を始めたに違いない。私の茶番に合わせてくれているのか、もしくは乗った上で返り討ちにしようとしているのか…。いいでしょう、この寸劇受けて立とうじゃないの!
「陽太郎は男の子と女の子、どっちがいい?」
「元気に生まれてくれれば、どちらでも。けどそうだな…あなたに似た女の子がいいかな。かわいすぎて、嫁に出したくなくなりそうですけど。おれのかわいい子豚さんは女の子がいいですか?それとも男の子?」
「う~ん…」
小さい陽太郎と大きい陽太郎が並んでたらかわいいし、名前には“陽”の字を入れたら素敵じゃない?庭で虎が小さい陽太郎と遊んであげてる様子を、縁側で二人並んで見守るとか、幸せの極みじゃない?
「私もどっちでもいいけど…あ、どちらかと言えば陽太郎に似た男の子がいいかな。」
想像を膨らませていくうちに、寸劇中であることも忘れて、つい思ったことをそのまま口に出してしまった。
でも、それを聞いた陽太郎はものすごく嬉しそうな顔をして
「男の子か…大きくなったら、一緒に畑に出たいですね。」
はにかみながらにっこり笑って言った後、
「でも、男の子だと、あなたの取り合いになりそうだな……って、勝手に何を想像してるんだおれは……」
頬を夕焼けみたいに真っ赤に染めて、口元を手で覆って目を伏せた。
こんなに照れまくっている陽太郎は初めて見た。
その様子と言動の数々にこちらまで照れ散らかして、たまらず私も洗濯物で顔を覆い隠す。
お互い全く身に覚えがないというのに、すっかりそんな新婚ほやほやみたいな雰囲気を醸し出していると
「両方産めばいいではないか!」
虎がお腹から降りてきて、ふぅ、と息を整えた。
「我も面倒を見てやるから、安心してたくさん産むといい!」
「たくさんって…まぁ、家族は多い方が楽しそうだけど…。」
「陽太郎、今からしっかり体力をつけておかないと…な?(ニヤリ)」
「……っ!その前に、虎に薬を塗らないと…な?」
「ひっ…!」
「ほら!手を出しなさい!」
「いやだ〜!!」
そうしてまた逃げて行った虎を、陽太郎は親指のところが薄くなりつつある私の靴下を持ったまま、走って追い掛けに行った。
その後ろ姿を見送りながら、まだ付き合ってもいないし手しか触ったことないけど、十人は余裕でいけると思った。
今から体力をつけておこう。今まで特に気にしてこなかった健康維持にも気をつけよう。
気持ちを伝えていないことも忘れて密かに決意した私の手には、自分があげた陽太郎の下着が、しっかりと握りしめられていた。
―完―
【あとがき】
虎はふたりの縁結びの神様だと思っております。ふたりともこれを機に、一気にお互いを意識するようになればいい。
その日はすねまで届く長いTシャツの下に、足首まである伸縮性に優れた下穿きという楽な格好に身を包んでいた。贔屓にしている呉服屋さん曰く、珍しい恰好だけど、近いうちに一気に流行り出すらしい。
日没が近付いてきたので洗濯物を取り込んでいると、虎が慌てた様子で走って来るのが見えた。
「おれのかわいい子豚〜!頼む~!匿ってくれ~!」
私の足元で止まり、後ろをチラチラ気にしながら、そわそわと丸い体を揺らしている。
「何事?」
「説明している暇はない!」
ぴょんぴょん跳ねて急かすので、咄嗟に自分のシャツを持ち上げて、その中に虎を誘導した。こんなに開けた場所で身を隠せそうな場所なんて他にない。
お腹に巻き付いた虎をしっかり抱え、今度こそ何事かと聞こうとしたとき、ちょうど虎を呼ぶ陽太郎の声が近付づいてきた。
その時点で虎がまた何かやらかしたのだと察したけど、助けを求めてきたのに売るのも気が引ける。
見つからないようにお腹を庇いながら、慌てて背を向けた。
「おれのかわいい子豚さん、虎を見ませんでしたか?」
「虎?来てないけど…虎がどうかしたの?」
まったく陽太郎を見ないというのも不自然なので、顔だけ向けてみる。
しかし、立ち尽くしたままこうしているのも不自然なことには変わりない。せめて両手を使えれば…。
一か八か虎を抱えている手をそっと離してみる。
頑張ってしがみ付いているからか落ちてこないようだったので、なんとか洗濯物の取り込みを再開した。
「手の甲に怪我をしていて…薬を塗ろうとしたら逃げられちゃったんです。」
そういうことなら話は別だ。
陽太郎の方へ身体ごと振り向こうとすると、脇腹に鋭い痛みを感じて、思わず声が出そうになるのを、歯を食いしばってなんとか耐えた。動きを察した虎が、振り返るなとばかりに私の脇腹をぎゅっと握ったのだ。
絶対に見つかりたくないという意志を伝えるように、小さくとも栗の皮を砕くこともできる力強い指が、容赦なく私のだらしのない脇腹にめり込んでくる。
ここまでできるなら大した怪我ではないと踏んで、脇腹が引きちぎられてしまわぬよう、蔵匿を続けることにした。
この見返りとお詫びは、後で必ずきっちりもらおう。
「こっちには来てないかな?」
私に突き出す意思が無いとわかった途端、めり込んでいた手が緩んだ。
バレないかヒヤヒヤしながらも、努めて普段通りを装って、乾いた洗濯物を取っていく。
「そうですか…。大したことはなさそうたったけど、薬を塗った方が治りが早いと思って。」
陽太郎はため息混じりに私の横に来て、流れるように洗濯物を取り始めた。あまりに自然な動きに何の対応もできなかった。
やばい。そこに来られたらこれ以上は誤魔化しきれない。
緊張は頂点に達し、干された手ぬぐいがうまく取れない。
陽太郎が間に置かれている籠に、親指のところが薄くなりつつある私の靴下を入れようと屈んだ時だった。
陽太郎の動きが止まった。
「おれのかわいい子豚さん、そのお腹……」
これ以上何か言われる前に誤魔化さなければと、お腹を見ながら必死に思考を巡らせる。
お腹だけが出っ張っている正当な理由。怪しまれない納得の理由。
考えろ、考えろ、何かあるはず。何かあるはずだ。
「もしかして「授かりました。」
「え…?」
だめだ、頭が弱すぎる。
こんな無理のある誤魔化し方で、陽太郎がそうなんですね!おめでとうございます!なんて言うわけがない。
さすがにもうバレたでしょう。私はよくやった。できる限り手を尽くして虎を匿った。あとは陽太郎の出方次第だ。
しかし、当の陽太郎は私のお腹を凝視したまま、時が止まったように固まっている。
その様子をしばらく眺めているうちに、スッと魔が差した。
「あなたの子です。」
陽太郎は立ち上がって目をかっ開いた。そして何かを言おうとしては止めながら、お手本のような百面相を始めた。
なかなかに微笑ましくて面白く、いくらでも見ていられる。
百面相が三周くらいしたところで、陽太郎は空を見上げてふーっと大きく息を吐き出して、真顔で真っ直ぐ私の顔を見た。
これはきっと怒られるやつだ。それなら最後にもう一度だけ、悔いのないよう悪ふざけしておこう。
「責任…取ってくれる?」
「おれはいつでも覚悟できてます。」
即答されて、今度は私の息が止まった。
いつでも
覚悟が
できている……?
予想外の返答に困惑し、反芻することでようやく意味を理解して、狂喜乱舞する寸前でなんとか理性が働いた。
これはそう、察しの良い陽太郎のことだ。全部分かった上で寸劇を始めたに違いない。私の茶番に合わせてくれているのか、もしくは乗った上で返り討ちにしようとしているのか…。いいでしょう、この寸劇受けて立とうじゃないの!
「陽太郎は男の子と女の子、どっちがいい?」
「元気に生まれてくれれば、どちらでも。けどそうだな…あなたに似た女の子がいいかな。かわいすぎて、嫁に出したくなくなりそうですけど。おれのかわいい子豚さんは女の子がいいですか?それとも男の子?」
「う~ん…」
小さい陽太郎と大きい陽太郎が並んでたらかわいいし、名前には“陽”の字を入れたら素敵じゃない?庭で虎が小さい陽太郎と遊んであげてる様子を、縁側で二人並んで見守るとか、幸せの極みじゃない?
「私もどっちでもいいけど…あ、どちらかと言えば陽太郎に似た男の子がいいかな。」
想像を膨らませていくうちに、寸劇中であることも忘れて、つい思ったことをそのまま口に出してしまった。
でも、それを聞いた陽太郎はものすごく嬉しそうな顔をして
「男の子か…大きくなったら、一緒に畑に出たいですね。」
はにかみながらにっこり笑って言った後、
「でも、男の子だと、あなたの取り合いになりそうだな……って、勝手に何を想像してるんだおれは……」
頬を夕焼けみたいに真っ赤に染めて、口元を手で覆って目を伏せた。
こんなに照れまくっている陽太郎は初めて見た。
その様子と言動の数々にこちらまで照れ散らかして、たまらず私も洗濯物で顔を覆い隠す。
お互い全く身に覚えがないというのに、すっかりそんな新婚ほやほやみたいな雰囲気を醸し出していると
「両方産めばいいではないか!」
虎がお腹から降りてきて、ふぅ、と息を整えた。
「我も面倒を見てやるから、安心してたくさん産むといい!」
「たくさんって…まぁ、家族は多い方が楽しそうだけど…。」
「陽太郎、今からしっかり体力をつけておかないと…な?(ニヤリ)」
「……っ!その前に、虎に薬を塗らないと…な?」
「ひっ…!」
「ほら!手を出しなさい!」
「いやだ〜!!」
そうしてまた逃げて行った虎を、陽太郎は親指のところが薄くなりつつある私の靴下を持ったまま、走って追い掛けに行った。
その後ろ姿を見送りながら、まだ付き合ってもいないし手しか触ったことないけど、十人は余裕でいけると思った。
今から体力をつけておこう。今まで特に気にしてこなかった健康維持にも気をつけよう。
気持ちを伝えていないことも忘れて密かに決意した私の手には、自分があげた陽太郎の下着が、しっかりと握りしめられていた。
―完―
【あとがき】
虎はふたりの縁結びの神様だと思っております。ふたりともこれを機に、一気にお互いを意識するようになればいい。
6/12ページ