出て来い!たまうさぎ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あっ!あれ兎じゃない?!」
「いや、あれは八畔鹿だ。」
バクゥッ!
「ねぇ、あれは!?あれこそ兎じゃない?!」
「あれは…鎌鼬だな。」
バクゥッ!!
「ゲフゥ…よしっ!今夜はこれで終わりだな。帰るぞ!」
「今日もいなかった…」
「おれのかわいい子豚さん…」
陽太郎の怪モノ研究メモを完成させるためには、あと五匹ほど観察が必要で。
「そもそもあれは滅多に姿を見せん。そう落ち込むな!」
「うん…」
分かっていても、こうも出てこないものかと肩が落ちてしまう。
最初の方は生きてるうちに遭遇できたらいいねくらいに思っていたけど、その境地から一周まわってしまい、今はなんとしてでも見つけたいと思うようになった。
一つだけ空欄になっている陽太郎の研究メモを埋めたい。その一心で、私一人だけが焦っている。
「もしかしたら、虎が強くなりすぎて警戒されているのかもしれませんね。おれのかわいい子豚さん、今日は早めに寝て疲れを取りましょう。明日の晩ご飯は、あなたの好きなモノを作ります。」
「ありがとう。厚揚げ煮て下さい。」
「はい、たくさん煮ますね!」
こんなふうに気を遣わせてしまって申し訳無いとは思いつつ、兎への執念が捨てられない。切り替えられない。
気落ちしすぎてあまり眠れない日々が続き、陽太郎と村に配達に行ったある日の朝。
帰る道すがら、白いものが目に入った。
「あっ…あれ!兎じゃない!?」
「おれのかわいい子豚さん、あれは山羊のユキちゃんです。」
「えっ、ユキちゃん…?」
駆け寄ってみると、柵の中でのんびり草を食んでいたユキちゃんがこちらに気付き、挨拶に来てくれた。
もう重症かもしれない。よりによって、ユキちゃんを兎と見間違えてしまった。
「……ユキちゃん、ごめんね。」
ユキちゃんの顎の下を撫でながら謝ると、ユキちゃんはメェ~と鳴いた。
怒ってるのか、許してくれたのかは分からない。
「ユキちゃん、今日はずいぶんご機嫌ですね。」
ご機嫌だった。
陽太郎はなぜかユキちゃんの機嫌が分かるらしい。聞くと大体機嫌がいいんだけど、それは元々ユキちゃんが陽太郎にメロメロからだろう。
前にユキちゃんの飼い主さんに、どうしてユキちゃんが陽太郎にメロメロなのか聞いたら、陽太郎がユキちゃんのお乳を搾ったのを境にメロメロになったと言っていた。
ユキちゃんだけではなく、陽太郎に乳を搾られた山羊や牛は、陽太郎のことが大好きになるらしい。
二人揃ってからかわれただけかもしれないけど、陽太郎の乳しぼりの腕前は熟練の域に達していると言っても過言ではないので、しぼられたメスたちの気持ちはよく分かる。
「あっ!」
私の突然の大声に陽太郎の肩が小さくビクッと跳ねた。
「ごめん、今いいこと思いついたんだけど」
「なんですか?」
「陽太郎、兎のお乳搾れない?」
「えっ?!兎って、玉兎のですか?!さすがに兎のお乳は搾ったことがないからな…そもそも怪モノから搾れるかどうかも……急にどうしてそんなことを?」
そうだ。怪モノは見た目こそ哺乳類だけど、性質は全く違う。性別があるかどうかも不明だ。それに兎は比較的おとなしいとはいえ怪モノは怪モノ。陽太郎を危険にさらすわけにはいかない。
「陽太郎の搾乳で兎のメスを虜にしておびき寄せようと思ったんだけど…よく考えたら現実的じゃないよね。忘れて…」
「おれのかわいい子豚さん…」
「陽太郎の搾乳の虜なのは、私とユキちゃんだけで十分か~ははっ。」
「メェ~」
「反応に困るな…おれのかわいい子豚さん、そろそろ帰りましょう?」
「はい…」
「ユキちゃん、またね。」
「ユキちゃんばいばい…」
やっぱり遭遇するのを祈ることしかできないのか。
がっくり落とした肩を抱かれながら、トボトボと家路についた。
「とうとうユキちゃんまで玉兎に見えてしまったか…。」
「ねぇ、虎。なんとかおびき寄せる方法はないかな。このままだとおれのかわいい子豚さんが…」
「我もなんとかしてやりたいが、こればかりはな。」
縁側でお茶をすすりながら、自分の執着に陽太郎と虎を巻き込んでしまって申し訳なく思い、そんな自分が情けなくなり、どんどん悲観的になっていく。
今何か言おうものならまたとんでもないことを言ってしまいそうなので、黙って二人の話を聞いていた。
けど
「そうだ、虎に聞きたいことがあるんだ。」
「なんだ?」
「怪モノってお乳出るの?」
「は?お乳?」
「うん。もし出るなら、おれが搾ればおびき寄せられるかもしれないって。」
「まてまてまて!意味がさっっっぱりわからん!」
陽太郎も切羽詰まっていたのだろうか。まさか本当にやるつもりだとは思わなかった。さすがにこれは黙っている場合じゃない。
「あ、陽太郎乳搾りがすごく上手でね、陽太郎に搾られるとみんな陽太郎に夢中になっちゃうんだって。」
「あぁ、ユキちゃんもそんなようなことを言っていたな。」
「あ、やっぱり本当だったんだ。でね、私が考えも無しに言っちゃったの。それでメスの兎おびき寄せたらどうかって。」
「なるほど…それを陽太郎は真に受けたのか。よし、お前ら二人、今日の怪モノ退治は休め。」
「「なんで?」」
「気が落ちれば憑かれやすくなる。気分転換も兼ねて二人でゆっくり過ごせ。」
「二人でって…虎は?」
「我は玉兎の情報を集めてくる。相手は動物達だ。我一人の方が都合が良い。」
「いやでも…」
いくら虎がこのナワバリの頂点とはいえ、私の執念の為に怪我でもしたらと思うと心配だ。
「おれのかわいい子豚、そんな顔をするな。玉兎はうまいからな。我もそろそろ食いたいと思っていたところだ。今日は情報収集だけして帰って来る。それまで陽太郎に上手く乳をしぼるコツでも教えてもらえ。」
「わかった。おれのかわいい子豚さん、怪モノの搾乳はできませんけど、ユキちゃんのお乳を搾ることはできます。今日は虎に任せて練習して、明日搾らせてもらいに行きましょう。」
「うん、わかった。虎、よろしくね。」
「おう!任せておけ!」
その夜、虎は情報収集に出かけ、私は陽太郎の搾乳指導を受けた。
人差し指をユキちゃんの乳首に見立ててコツを教わり、その手つきがすごくなんていうかアレで、何度もにやにやしそうになったけど、なんとかコツを掴めた。
虎が得た情報によると、玉兎は四季問わず山にいることが多く、でもどんな時に姿を見せるかまでは分からなかったらしい。
結局有力な情報は得られず申し訳さなそうにしていたけど、私は虎に感謝している。
というのも、すっかり搾乳にハマってしまったのだ。
ユキちゃんだけでなく他の山羊や牛も紹介してもらって、陽太郎と搾乳に行くことが増えた。
「おれのかわいい子豚さん上手です!ハナコも喜んでますよ。」
「そう?」
ビューッ!
「でもやっぱり、陽太郎にしてもらった方が嬉しそうな気がする。」
ビューッ!!
「おれのかわいい子豚さんも虜なんでしたっけ?」
ビューーーーッ!
「ちょっと!今それ言わないでよ!ねぇ?ハナコ。」
「ンモ~」
「ほら、ハナコも怒ってるよ。」
「じゃあ交代。」
ビュビューーーッ!!
「すご…」
「ンモォ~」
搾乳という趣味を見つけ、没頭しているうちに兎への執着は薄くなっていったけど
「搾乳じゃ敵わないから、陽太郎しぼりを極めようかな。」
「おれを、しぼる……?ってまさか…」
ビュビュビューーーー!!
「いっぱい練習させてね?」
「うっ…お手柔らかにお願いします……。」
「モ~!」
新たな執着を生み出したのだった。
―完―
【あとがき】
あまりにも兎が出て来ないので。
1/1ページ