春待たぬ冬に
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……さーん」
遠くから、陽太郎の声がする。
「おれのかわいい子豚さーん、起きてくださーい」
声がハッキリ聞こえてきて、ようよう眠りから覚めかけた時
「そんな起こし方ではおれのかわいい子豚は起きん!おい!開けるぞ!」
「あっこら!」
スパン!と勢い良く襖が開いた。中々布団から出られない今日この頃な私は
「ん゙〜…あと十分…」
また布団を頭から被る。
「寝てる場合ではないぞ!今すぐ起きろ!」
問答無用で虎に布団を引っ剥がされてしまった。
眠い目をこすりながらむくりと起き上がり、大きなあくびを包み隠さず披露する。
「も〜なに〜?てかさむっ…!今何時?」
「おれのかわいい子豚さんおはよう。今はえっと…五時半です。」
「えっ…もう夕方?」
「いえ、朝の五時半です。」
どうりでまだ外が真っ暗なわけだと納得したけど、こんな朝早くに起きなければならない理由が思いつかない。
「…今日ってなんかあったっけ?」
「ふっふっふ…聞いて驚くなよ?ついに完成したのだ!前にお前が話していたあの滑り台が!」
「朝早くにごめんなさい。一刻も早く知らせたくて。」
寝起きの頭では二人が何を言っているのか分からず、陽太郎まで一緒になって何を言っているんだと、激寒い早朝に叩き起こされてちょっと機嫌を悪くした。
「ごめんけど六時半に起こして!」
虎から布団を取り返し、がばっと被って横になると
「寝ている場合か?!雪の滑り台だぞ?!念願の雪の滑り台だぞ?!」
雪の、滑り台…?
そう、あれはここへ来て初めての冬。
私の故郷とは違い、サカモトでは雪がたくさん、しかも綺麗に積もることを知った。生まれも育ちもサカモトである陽太郎と虎は、初めて大雪を見た時の私の大興奮っぷりに、え?そんなに?といった感じで驚いていた。
縁側から降り積もっていく雪を眺めながら、雪合戦、かまくら作り、巨大滑り台…やってみたい雪遊びを指折り並べると、虎は寒がりなのに目を輝かせて賛成し、陽太郎は「怪モノ憑きが治って元気になったら全部やりましょうね!」と言ってくれた。
そして私は今、怪モノ憑きが治って健康を取り戻してから初めて、サカモトの冬を向かえている。
「雪の滑り台!?」
「はい!」
「だからさっきからそう言っているではないか!」
一気に目が覚めてガバっと起き上がり、二人の顔を交互に見ると、虎はすぐ傍で目を爛々と輝かせていて、その向こうで律儀に開けられた襖の敷居の手前に立っている陽太郎も、同じく目を爛々と輝かせていた。
「せっかくだから、朝ごはんの前に少しだけ遊んでみませんか?」
私の目も爛々としてきて
「遊ぶ!!」
先程とは打って変わって、わくわくしながらノリノリで勢い良く布団から出ると、
「あっ!まって!今閉めますから!ほら、虎出て!」
「は?なんでだ?」
「おれのかわいい子豚さんが着替えるんだよ!」
「? 着替え中に追い出されたことなどないが?」
「ちょっと…その話、詳しく聞かせてくれる?」
「着替えの様子か?お前もなかなかにスケ…ひぃっ!」
陽太郎は虎を呼び戻すと、二人でわーわー言いながら襖をゆっくり閉めた。その向こうから
「あっ、作業着の方がいいですよ!おれ達は先に庭で待ってますね!」
わかったと返事をし、箪笥から陽太郎とお揃いの作業着を出して急いで着替え、顔を洗っていそいそと庭へ行くと、まだ暗い雪の積もった庭に巨大な滑り台がそびえ立っていた。
滑り台の周りとてっぺんに灯りがいくつか置かれていてなんだか儀式めいているけど、見ようによっては浪漫チックだ。けどそれよりも何よりも、幅も高さも傾斜も圧巻の出来栄え。
「すごい…!これいつの間に作ったの?!」
「実は昨日の夜、あなたが寝てしばらく経った後、寝る前に外を見たらたくさん積もってて…それで居ても立っても居られなくなって、作り始めたんです。」
「庭から妙な音がするから行ってみたら、陽太郎がせっせと雪を運んでいてな。滑り台を作ると聞いて、我も手伝ったのだ!」
雪蓑を着た虎がえっへんと腕組をし、高々と持ち上げた鼻からはサラッとした水が少し出ている。
「え…?昨日の夜から今まで作ってたってこと?」
「はい!なんだか妙に気分が盛り上がっちゃって!」
「陽太郎がすくって放り投げた雪が、後ろにいた我に思いきりかかったのを機に途中で雪合戦が始まったりな!」
「ははっ!そうそう、虎のあの顔は笑えたな。」
「我の雪玉を顔面にくらった時の陽太郎の顔も傑作だったぞ!」
この二人、どうやらすっかりハイになってしまっているようだ。
陽太郎は年齢のわりに落ち着いていてしっかりしていると思ってたので、こんなふうに童心丸出しで無茶なことをするとはかなり意外だった。
でも、そんな一面を見れて親近感がわいて、嬉しくて、自分の童心もむくむくと膨らんでくる。
「えー、私も一緒にやりたかったな。起こしてくれたらよかったのに!」
「おれのかわいい子豚ならそう言うと思って、我は叩き起こしに行こうとしたのだ!でも陽太郎に止められてな。」
「さすがに悪いと思ったんだよ。風邪引いたら困るし…でも、そうだよな。三人だったらもっと楽しかっただろうな…おれのかわいい子豚さん、次はちゃんと誘いますね!」
陽太郎は少年のようににこっと笑い、私のパーカーのフードを取って頭に被せ、紐をきゅっと結んだ。
「これでよし…と。行きましょう、おれのかわいい子豚さん!」
「あ、待って!」
背伸びをして、私も陽太郎のパーカーのフードを頭に被せた。
「これでよし!」
「はははっ!二人とも、妙ちきりんだな!ばかっぷるだ!」
「ちょっと意味違くない?」
「ふふっ、おれのかわいい子豚さん、かぶみたいでかわいいですよ。」
「え、なに?丸いってこと?」
「すまんな。これが今の陽太郎の最上級の褒め言葉だ。」
雪をぎゅっぎゅと踏みしめて、わいわいと三人で雪の滑り台のてっぺんへと向かう。
差し出された陽太郎の手を取って、傾斜の反対側の階段を一歩ずつ昇りながら、ちゃんと階段になっているところに陽太郎のこだわりを感じ、陽太郎らしくて笑みがこぼれた。
てっぺんに立つと下から見るよりも高く感じ、私の童心もうずうずしてくる。
「はい、これを敷いて滑って下さい。」
陽太郎が懐から取り出したのは米袋。受け取るとほんのり温かくなっていて、
「草鞋を温める家臣を思い出すな。」
虎と全く同じことを思った。
「さあおれのかわいい子豚!思いっきりいけよ?」
「私から?」
「はい!完成したらあなたに一番に滑ってもらおうって、二人で話してたんです。」
「ああ!もちろんその後我らも続くぞ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
米袋を敷いて座り、ずりずりと傾斜に向かって前に進んでいく。
陽太郎と虎がこのクソ寒い中、夜を徹して完成させた力作にわくわくが止まらない。
「いきます!」
「「いってらっしゃい!」」
二人の手に背中を押され、勢いよく滑っていく。
冷たい向かい風が楽しさに開いた口と目に凍みて、涙が浮かんであっという間に滑り終わった。
思ってたより角度があって、思ってた以上にスリリングで
「どうだった?!」
「すっっっごく楽しい!!!」
滑り台のてっぺんにいる二人に手を振ると、陽太郎と虎は掲げた手をパシッと合わせて喜んだ。
それから私達は、何度も何度も滑り台で遊んだ。
私のすぐ後に虎が滑り降りてきて、「どーん!」と言いながら背中に激突し、陽太郎に「こら!危ないからやめなさい!」と怒られたり、先に滑って降りた陽太郎の背中めがけて私がどーん!しても怒られなくて、虎が異議を申し立てたり。
「落ちないように、しっかりつかまってくださいね?」
陽太郎を先頭に、一つの米袋に三人でくっついて乗って滑り降りたり、腹ばい、仰向け、直立といろんな滑り方を試して、子供のようにはしゃいで笑って転げまわっているうちに、すっかり明るくなりつつある空からまた雪が降り始めた。
「また降ってきた…二人とも、そろそろ家に入ろう。」
「えー!我まだ遊びたい!」
「うーん、時間もいい時間だしなぁ。壊さないでとっておいて、また雪が止んだら遊ぼう?さすがにおなかすかない?」
「ふむ、確かに腹は減ったな。」
「滑り台のお礼に私が作るね!二人は休んでて?」
「いいんですか?おれのかわいい子豚さんだって疲れてるんじゃ…」
「全然!むしろ元気って感じ!」
「あまい卵焼きがいい!」
「分かった、任せて!」
「ありがとう、おれのかわいい子豚さん。」
「こちらこそだよ。」
それにしてもすごく楽しかったね、もっと傾斜角度を上げてもいいかもな、手綱付きの板が欲しいな!なんて話しながら、三人並んで真っ白な庭を後にした。
食事の支度の合間にお風呂も沸かし、朝ごはんの乗ったお盆を持って居間に入ると、囲炉裏の横で陽太郎が珍しく横になって、着替えもせずに寝てしまっていた。
フードと陽太郎の頭の間には虎がすっぽり収まって、本当の兄弟みたいに仲良く気持ち良さそうに眠っている。
「か、かわいい…」
お盆を置いてから、癒しそのもののような光景から目が離せず、できればこのままずっと見ていたい。
でも、このままにして風邪を引くといけないので、お盆に蝿帳をして毛布を出し、起こさないようにそっと掛けた。
鉄瓶からは湯気が昇り、雪明りで白んだ部屋は温かく、炭の音と、陽太郎と虎の寝息だけが聞こえる。
遊び疲れて眠る子供のような、あどけない寝顔を見ているうちに、私もだんだんと眠気を誘われて、瞼がどんどん重くなってきた。
「お邪魔します…」
抗いきれずに同じ毛布に潜り込み、少しだけと陽太郎の広い背中にくっついた。温かくて、まだかすかに雪の匂いがする。
強い眠気に身を委ねて重い瞼を閉じると、そこにあったのはこれ以上ないほどの、離れ難い深い安らぎだった。
―完―
【あとがき】
雪が積もったら外に出ずにはいられない…遊ばずにはいられない!そんな気持ちになるのは一緒に遊びたい人がいるからでしょう。
今の私にとってそれは愛犬。雪玉を作って愛犬の方に投げてもシカトされますが、降雪が珍しい地域に住む我々にとって積雪は非日常。心が躍ってしまいます。
皆様におかれましても、冬の縁側で陽太郎と美しい雪景色を楽しまれていることと存じます。例え寒くても心は温かい。なぁそうだろう?
ここまでお付き合い頂いてありがとうございます。お風邪を召さぬようご自愛下さいね!
1/1ページ