いつかはメリークリスマス
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
師走も中旬を過ぎ、もうすぐここへ来て初めてのクリスマスを迎えようとしていたある日の午後のこと。
「我はさんたくろうすの正体を知った。」
掃除を終えて、火鉢に当たりながらお茶をすすっていると、神妙な面持ちをした虎がやってきた。
「サンタクロースの正体?」
「あぁ。」
サンタクロースといえば、赤い服を着て白くて長い髭をこさえたふくよかな老人と相場が決まっている。実物はトナカイと共に外国にいるので、我が国では両親がサンタクロースを担っているという認識でいた。
しかし、クリスマスにはサンタクロースがプレゼントを置きに来ると信じている場合もあるので、滅多なことは口にできない。
「正体は何だったの?」
「知りたいか?」
「知りたい。」
「どうしようかな~?」
虎がもったいぶっていると、陽太郎が火鉢に当たりに居間に入ってきた。
「おれのかわいい子豚さんお疲れ様。今日は一段と冷えますね。」
「お疲れ様。外寒かったでしょう?お茶どうぞ。」
「ありがとう。はぁ~、あったかい…」
「ねぇ、虎がサンタさんの正体を知ったらしいよ。」
「そう、我は知ってしまったのだ…さんたくろうすの正体を!陽太郎、お前も知りたいか?」
「うん、教えて?」
陽太郎はサンタクロースについてどこまで知っているのだろうか。
だいぶ良い子にしていただろうから、幼い頃はサンタさんが来ていたと思うけど、さすがに成人してからは来ていないはず。
なんだかんだで現実的な面もあるから、もしかしたら早い段階で気付いたかもしれないし、確認するために寝たふりをして現場を見てしまった経験があるかもしれない。
「どうしようかな~?教えてやってもいいが、タダでというわけには…」
「今日のおやつはケーキだけど?」
「ケーキ?!」
「クリスマス当日は何段にしようかな~?」
虎は目を輝かせたあと、咳ばらいを一つした。
「よかろう。聞いて驚くな?さんたくろうすはな………………恋人だったのだ!!」
「そうなの?」
「親じゃなくて?」
「お前らもっと驚けよ!揃いも揃って夢が無さすぎる!」
虎は私達の薄い反応を受けて、不満そうにぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ごめんごめん。で、サンタクロースの正体が恋人ってどういうこと?」
「いいか?心して聞けよ?昔隣のお洒落なおねえさんが言ったそうだ。八時になれば、ぷれぜんとを抱えてつむじ風を追い越し、家にやってくるとな。」
そこで私はピンときてしまった。これはクリスマスの詩集に載っていた詩の一つだ。
確か他にも、雨が夜更け過ぎに雪へと変わるけどきっと君は来ないといった内容の詩や、できれば横にいてほしくて僕のことをずっと考えてほしいけどかっこ悪いし長くなるからまとめると君が好きだ、といった内容の詩も載っていた。
おそらくそれを読んでおらず、何も知らない陽太郎は
「そのおねえさんは寝るのが早いんだな。サンタクロースもそんなに大急ぎで来なくてもいいんじゃないか?八時だったらまだ起きてる人も多いから、見つかっちゃうかもしれないし。」
ごもっともだけど的外れなことを言い出した。
「あ、クリスマス前にやってきて、煙突覗いて落っこちたっていう話なら聞いたことがあるけど。」
「それはあわてんぼうの方だな。陽太郎にはまだ早かったか…おれのかわいい子豚はどうだ?この意味がわかるか?」
「なんとなく…」
わかるけど、陽太郎のトンチンカンな感想が聞きたくて
「確か、毎年来てる恋人サンタさんに、ある日突然どこかへ連れて行かれてそれっきり音信不通なんだよね?」
ほんの一部を抜粋して盛って話すと
「えっ!それって、誘拐ってことですか?いや、恋人だったら駆け落ちか…?」
陽太郎は腕を組んで顎に手を当ててしばらく考えた後、閃いたといった様子ではっと顔を上げた。
「あ!わかりました!」
「なに?」
どんな珍回答が返ってくるかわくわくしながら尋ねると
「おねえさんは恋人のサンタクロースと結婚して、今は遠い所で二人で一緒に子供達にプレゼントを配っている、とか?」
「いい線いってる!」
「あぁ、惜しいな。」
「違うのか…」
陽太郎の中で、恋人の職業がサンタクロースになっているようだ。これではこの詩の真相に辿り着けない。
「陽太郎ってサンタさんにどんなイメージ持ってる?」
「う~ん…一般的かもしれませんけど、赤い服を着て恰幅のいい、白いもじゃもじゃの髭を生やした優しそうなおじいさん、ですかね?」
「お洒落なおねえさんの恋人がおじいさんなんて話、恋愛小説でもあまり見ないぞ?」
「そうだよなぁ。まったくないとは言い切れないけど…」
それは良い子にしていると来るサンタクロースではなく、どちらかというと悪い子に引っ掛かっている年中無休のサンタクロースだ。
「あ、そういえば昔、本で読んだことがあります。」
「え?!援助交際の話を?!」
「えんじょこうさい?」
「なんだそれは。」
「あ、ううん、なんでもない。続けて?」
驚いてうっかり大きな声を出してしまった。話の腰を折ってまでする話ではないので、陽太郎と虎に余計な知識を与えるのは後にしようと続きを促した。
「悪い子のところには黒い服を着たサンタクロースが来て、動物の内臓を置いていったり、袋で叩かれたり、最悪の場合地獄に連れて行かれるそうですよ。」
「何それこわ…」
「そんな目に遭ったら、さすがにもう二度と悪い事はせんだろうな…」
「おれも同じ事を思ったよ。さて…身体も温まったことだし、おれはそろそろ畑に行こうかな。おれのかわいい子豚さん、お茶ご馳走様でした。」
陽太郎が立ち上がったので、じゃあ私もそろそろ戻ろうかなと、空いた二つの湯飲みを持って立ち上がった。
黒いサンタクロースが衝撃的過ぎて、何の話をしていたかすっかり忘れてしまっていたら
「待て!我が言いたかったのは、陽太郎もそのうち誰かのさんたくろうすになるということだ!」
「黒い方にはなりたくないから、ちゃんと良い子にしてないとな?」
陽太郎は虎の頭にポンと手を置いて、畑へと向かっていった。
「まったく…お前にもいつかさんたくろうすが来るといいな。黒くない方の。」
「うん、そうだね…今から気を付ける。」
「間に合うか?」
「多分。」
私にもいつか自分だけのサンタさんが現れる日が来るのだろうか。
でもその前に生きるか死ぬか。身体を蝕む蛇をどうにかしなければならない。
「冗談はさておき、お前のさんたくろうす候補は案外近くにいるかもしれないぞ?」
「ん?虎ってこと?」
「いやそれは陽……まぁよい。我はこの恋路を見守るまでだ。」
「よくわかんないけど、よろしくね!」
こんな私の為に頑張ってくれている二人の為にも、今私が出来ることを精一杯やりたい。
「よし!がんばろ!」
「我も味見を手伝うぞ!」
「つまみ食いはダメだよ?」
「………気を付ける。」
「ほんとかなぁ?」
気合いを入れ直したところで、こうして仲良くなれた、かわいらしくも頼もしい虎と一緒に、陽太郎が丹精込めて育てた野菜の並ぶ台所へと向かったのだった。
陽太郎がこの日虎が話した詩の内容の意味を知り、私だけのサンタクロース(黒くない方)が現れることになるのは、もう少し先のお話。
―完―
【あとがき】
クリスマスに間に合わせたいが為に大急ぎで書きました。なのにクリスマス当日の話ではないっていう。
陽太郎は独り立ちしてからも、しばらくの間は村長(サンタ)が夜中に侵入してプレゼントを置いていたのではないでしょうか。
そういうことも書きたかったけど、恋を知る前の陽太郎の、真面目な天然っぷりに想いを馳せただけになりました。恋愛もいいけど、その前の関係性もいいですよね。
ハイ、メリークリスマス!
1/1ページ