こより日和
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
縁側でお昼を食べた後、陽太郎が秋の風物詩について話しているのを聞きながら、鼻の奥がものすごくムズムズしてそれどころではなかった。
くしゃみが、出そうで出ない。
肩が上がって表情が間抜けに崩れそうになる。早いとこくしゃみを出して楽にならなければと、それとなく人差し指の第二関節で鼻を押さえて動かして刺激した。
「お弁当を持って、三人で山に紅葉を見に行くのもいいですね。」
だめだ、出ない。奥のムズムズまで届かない。出そうで出ないこの辛さ。今度こそはと目が細まってはまた次回と目が開く。
「その時はあなたの好きなモノ、たくさん詰めますね!」
いっそのこと席を立って裏庭まで走り、おもいっきり顔を歪めて出してこようかなと、意図せず眉間を動かしながら真剣に考えていると
「あの……おれ、なにか気に障ること言っちゃいましたか?」
「んふぇ?なんで?」
え?と言おうとしたのに鼻から抜けてしまった。言葉を発したことにより口が開き、鼻孔が少し刺激され、視界が狭まっていく。
「………っふぅ、お弁当持って……山っふ…いいね!」
でも出なかった。一体どうすればこの地獄から解放されるというのか。
「あ、くしゃみですか?それなら太陽を見ると出るって聞いたことがありますよ。」
察しのいい陽太郎に言われてすぐに縁側から降りて太陽を見てみたものの、眩しいだけでくしゃみは出ずに、目がチカチカするのに耐えられず、肩を落としてすごすごと縁側に戻った。
「ダメでしたか……あ!こよりを作って鼻の奥を刺激すれば、すぐに出ると思います。村長もよくそうやってくしゃみを出してましたから。ちょっと待っててくださいね。」
そう言って陽太郎は席を外した。豪快な中年男性と同じ手段を想い人の前で使うことにかなり気が引けるけど、ムズムズしすぎて目の奥までじんじんしてきた。背に腹は代えられないか、と覚悟を決めるとそこへ虎がやってきて、
「どうした?!ずいぶん情けない顔をして……はっ!まさか陽太郎と喧嘩でもしたのか?!」
「ちが…くしゃみ…ふぁっ…………ふぅ、くしゃみが…………出そうで出なくて。」
「なんだ、そういうことなら我が鼻孔を突いてやろう。」
「どうやって?」
虎は庭をきょろきょろ見渡して
「うむ、あれが良さそうだ!」
縁側から降りると、細長い草を一本抜いて私の膝の上に乗った。
「動くなよ?」
有無を言わさず先の鋭く尖った草を鼻に刺そうとしたので慌てて頭を引くと、ちょうどチリ紙を持った陽太郎が戻ってきて、
「はい、おれのかわいい子豚さんこっち向いて?」
私の鼻の穴に丁寧に依られたこよりを近づけた。
「えっ!まって……ふぁっ………!ふぅ、自分でやるから!」
「そうですか……。」
陽太郎は残念そうに私にこよりを持たせると、すっと身を引いた。
どうして二人とも私の鼻の穴に入れたがるのか。ご親切にもほどがある。それにこれでも一応この家の紅一点だ。最低限の恥じらいは持っている。
前を向いて手で鼻を隠し、陽太郎から受け取ったこよりを鼻に挿し込んだ。奥の方まで進めて、鼻孔をくすぐりながら涙を流していると、ものすごく視線を感じた。そこへ目をやると、陽太郎と虎が真剣な顔で私をじっと見守っていた。
「二人とも、恥ずかしいから見ないでよ…」
「あっ!ごめんなさい……あまりに真剣だから、つい応援したくなっちゃって。」
「出るまで我らに見届けてほしいのかと思ったんだが、違うのか?」
確かに。目の前でこよりを鼻に挿しておいて、見るなはおかしな話だ。
「そうだよね……ごめん、私が悪かったわ。部屋戻るね。」
こよりを抜いて立ち上がろうとすると、陽太郎に手を掴まれて引き留められた。
「やっぱりおれがやりましょうか?村長に褒められたので自信はあります。」
「無理無理無理!てか村長陽太郎に何させてんの!?」
「子供の頃の話です。最初は頼まれてやったんですけど、くすぐってる時の表情が面白くて、出た時は達成感があるんですよね。そのうち自分からさせてもらうようになりました。奥さんに見つかった時は呆れられたなぁ……あ、今はもうやってないですよ?」
「今だからこそ見てみたい気もするけど、それと同じく笑う気満々てこと…?なおさら嫌なんだけど。」
「陽太郎、好いてる相手の色んな表情を見たい、そして片時も離れたくないという気持ちもわかるが、おれのかわいい子豚にも恥じらいはある。好きだからこそ見られたくないところの一つや二つ……(いやまてよ?これは二人のまんねりずむを防ぐいい刺激になるのではないか?)あっても三人でやれば恥ずかしくないはず!こういう時こそ“皆は一人の為に”だ。な?」
「それはいいな!よし、今作るからちょっと待ってて!」
どうしてこうなった。
陽太郎が慣れた手付きでチリ紙を依っている間、
「今日の陽太郎なんかおかしくない?変に明るいっていうか。」
こそっと虎に尋ねると、
「働き過ぎて逆に感情が昂っているのやもしれん。」
「徹夜したら逆に元気になったみたいな感じ?」
「うむ。食い過ぎて逆に食える、みたいな感じだな。」
「え、意味わかんない。」
「まぁまぁ、陽太郎の気分転換になると思って」
話の途中で、陽太郎が「できた!」と言って、虎の鼻の穴の大きさに合わせて作った専用の極小こよりを虎に、新しいこよりを私に持たせてくれた。先を少し千切ったのか、先端に鋭利さはなく繊維が細かく立っていた。こよりの製作段階からして、素人のソレではない。
「せっかくだから、ビリが一番最初に出した奴の言うことを何でも一つきく、というのはどうだ?」
「何でもか……わかった、やろう!」
「いいね!やろやろ!」
もうすでにくしゃみは引っ込んでしまっていたけど、遊び感覚で一気に楽しくなってきた。
「二人共、準備はいい?」
陽太郎の声に全員前を向き、鼻にこよりを挿した。
「よーい、始め。」
羽根のような始まりの掛け声で、一斉にこよりを動かし始めた。
一点を見つめながら鼻孔を探っていくと、奥の方でむずっときて思わず目が細まった。
見つけた、ここだ。
さらに集中して小刻みに動かして、頭の中が空っぽになりかけた時
「でぃいっっっきし!!!はぁ~……」
前触れのない豪快なくしゃみに驚いて、鼻の奥にこよりをぶっ挿してしまった。地味に痛くて涙を浮かべた次には
「っくしょん!」
品の良いくしゃみが続けて聞こえた。あえなく最下位となった私はこよりを鼻から抜いて、鼻でため息をついた。
「よし!我が一番だ!!」
「早かったな。虎も才能あるんじゃないか?」
「へっへっへ~もっとほめていいぞ?」
結局最後までくしゃみを出せず、スッキリした様子の二人を見ながらなんだかなぁと思っていると、
「では約束通り、おれのかわいい子豚は陽太郎にくしゃみを出してもらえ!」
「え!!」
「負けは負けだ。おとなしく陽太郎に鼻の穴を差し出せ!」
さっきまで乙女の秘密保持に協力的だったのに、急になぜ。
「おれのかわいい子豚さん、無理しなくていいですからね?」
「案ずるな。陽太郎はそんなに器の小さな男ではない。鼻の穴の一つや二つでお前のことを嫌いになるもんか。な?」
「それはそうだけど、無理強いはしたくないかな。」
物凄く恥ずかしいけど、虎の言う通り負けは負けだ。
「わかった…お願いします!」
「その潔さ…さすがだな!」
「本当にいいんですか?」
「はい。いっそ、ひと思いに。」
「わかりました。」
陽太郎は頷いて、新しいこよりを手際よく作ってから距離を詰めた。
「では、失礼しますね。」
長い指を私のあごに添え、すっとこよりを鼻の穴に挿すと、私の目をじっと見つめながら優しく奥を探り出した。恥ずかしくなって目を閉じて、村長にもこんなふうに優しくしたの?と頭によぎった次の瞬間には、いくらやっても出なかったくしゃみが、いとも簡単に、出た。
これが、匠の技……
目を開けると陽太郎は
「はい、おしまい。スッキリしましたか?」
満面の笑みで私の鼻を拭いてくれた。
「スッキリ、しました……」
「これは惚れ直したんじゃないか?」
「そうだといいけど。」
それからというもの、すっかり癖になってしまった私は
「陽太郎、アレ……してくれる?」
「いいですよ。おれのかわいい子豚さん、おいで。」
チリ紙を懐に忍ばせて、たびたび陽太郎にくしゃみを出してもらようになったのだった。
―完―
【あとがき】
耳穴ときたら次は鼻穴でしょうということで、ノリで書き上げました。大変申し訳御座いませんでした。
1/1ページ