耳とあなたと秋景色
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
見事な秋晴れの昼下がり。お茶を飲みながら三人並んでのんびり山の紅葉を眺めていると、視界の端で突然虎の頭がくいっと右に傾いだ。ん?と思って虎を見ると、傾いだまま右耳をぴくぴく小刻みに動かしながら、小さな手で自分の耳をパシパシ叩き始めた。
「どうしたの?」
「耳の奥が急にもぞもぞしてきて…はあっ!痒っ!」
陽太郎も心配そうに虎を覗き込んだ。
「虫でも入っちゃったのかな?虎、耳見せて?」
虎は痒さに顔と耳を歪めながらくるりと回転し、陽太郎に右耳を見せた。陽太郎は虎の小さな耳を優しく引っ張りながら、顔の角度を何度も変えて、虎の耳の穴を一生懸命覗いた。
「うーん、よく見えないな……」
「私が見てみるから、耳かき取ってきてもらってもいい?あっ、綿棒と、あとお水も!」
「お水もですか?わかりました。」
「うん、お皿に少しでいいから。匙一杯分くらい。」
「陽太郎〜早く頼む〜!」
「はいはい。ちょっと待ってて。すぐ取ってくるから。」
「ぬぁ〜〜むずむずするぅ!」
陽太郎が席を立った後、虎を膝に寝かせて耳の穴を覗くと、穴がとても小さくて全然中が見えない。
「中でなにか動いてる感じ?」
「いや、そういうのではないな。なんというかこう……地味に痒い!」
「お待たせしました。耳かきと綿棒、どっち使います?」
「ありがとう。耳かき貸して?」
「はい。チリ紙も持って来たので、よかったら使ってくださいね。」
戻って来た陽太郎から耳かきを受け取って、じっとしててねと声を掛けてから、慎重に耳かきの先を狭い耳の穴に入れた。
「ふぉっ……!?」
「痛い?」
「くすぐったいような気持ちいいような……これはたまらん…!!」
「痛かったら言ってね。痒いのどの辺?」
「下の方を頼む。」
「ここ?」
「はぅん…そこそこ、そこだ。」
見えない上に穴が小さいので、そこだと言われたところを中心に優しく何回か掻き、一度抜いて耳垢を確認すると、結構ごっそり取れた。陽太郎から受け取ったチリ紙に耳垢を落とし、さじに乗る耳垢が少なくなるまで耳を掻いた。仕上げに
「綿棒もらっていい?」
「はい。」
「ありがとう。」
陽太郎から受け取った綿棒を少し湿らせてから、優しくくるくる動かして綺麗に拭き取った。
「はい、こっちは終わり。次は逆のお耳ね。」
「うむ!」
虎はごろんと外から内側へ体の向きを変えて、嬉しそうにしっぽを揺らした。一声かけてまた耳かきを入れ、同じように優しく掻いてはチリ紙に出していく。
「あふぅん…」
「変な声出すなよな。」
「そんなことを言われてもだな…おれのかわいい子豚の耳かきの腕前は凄いぞ…それに、いいニオイであったかくて寝心地抜群。毎日でもやってもらいた…あ、そこもう少し強く頼む。」
「まったく…おれがやろうとすると嫌がるくせに。」
「お前もおれのかわいい子豚にやってもらえばわかる。これはただの耳掃除じゃ」
そう言って陽太郎を見上げようとした虎の顔を手で戻し、「ないぞ」と言い終わってから仕上げの綿棒に取り掛かった。
「そんなに褒められると嬉しくなっちゃうな。陽太郎もどう?せっかく道具揃ってるし。」
「え?!」
「何をそんなに驚くことがある。やってもらえばいいではないか。極楽だぞ?」
「はい、虎終わり。」
「ふぃ~~~気持ち良かった!ありがとう、おれのかわいい子豚!」
「どういたしまして!」
虎が膝から降りたので、使用済みの綿棒をチリ紙に包みながら陽太郎を見ると、遠慮がちに
「じゃあ…おれもお願いしてもいいですか?」
と言われたので
「もちろん!喜んで!」
陽太郎用に膝を崩してから張り切って両手を広げると、陽太郎は抱えていたチリ紙の束を虎に渡し、庭の方を向きながら私の膝にゆっくりと頭を降ろした。身体が力んでいるのを感じ、緊張感が伝わってくる。
「怖い?」
「人に耳かきをしてもらうなんて、子供の頃母さんにしてもらって以来なので…なんだか緊張しちゃって。」
「私も、誰かに耳かきしてあげるの、実は初めてなんだよね。」
「そうなんですか?虎の褒め方からして、慣れてるのかと思いました。」
「耳かき好きでさ。本当は良くないんだけど、自分でするとついやり過ぎちゃって。あ、耳触ってもいい?」
「はい。強く引っ張っても大丈夫なので、おれのかわいい子豚さんがやりやすいようにしてください。」
お言葉に甘えて大きくてしっかりした耳に指を添えて、まずは中を確認した。虎の耳の穴が全然見えなかったせいか、だいぶ見やすく感じる。軽く引っ張りながら顔を動かして奥の方まで見てみたものの、耳垢らしい耳垢は見つからない。頭 もいなければ子分もいない、治安のいい洞穴だ。
耳掃除をする必要性を感じられないほど綺麗だけど、ここでそんなことを言ってやめては興ざめがっかり女として、後で虎に裏へ呼び出されて反省会になる。そうでなくてもせっかく陽太郎がこうして甘えてくれているのだから、例えそこに耳垢が無くてもかきかきして癒してあげたい。耳かき専門の遊郭があるくらいなんだから、うまくいけば陽太郎の耳を籠絡できるはず。
「耳かき入れまーす。痛かったら言ってね?」
陽太郎がぎゅっと目を閉じたのを見届けて、奉仕心と下心を半々ずつ込めた耳かきを、陽太郎の耳の穴にそっと入れた。さじの先を軽く当て、傷つけないよう優しく丁寧に小刻みに、手前の方を掻いていく。
「痒い所はございますか?」
「はい…大丈夫です。」
「どうだ陽太郎!気持ちいいだろう?」
「うん、これはすごいな……」
「そうだろうそうだろう。我はちょっと出掛けてくる。おれのかわいい子豚、また頼む!」
「どこへ行くんだ?」
「秘密基地だ!」
「あんまり遅くなるなよ?」
「はーい!ご・ゆっ・く・り♪」
「なっ…!」
陽太郎が急に頭を上げようとしたので、慌てて耳かきを抜いた。
「もう、危ないからじっとして?」
陽太郎の頭と顎を持って膝に押し戻し、とんでもなくニヤニヤした顔のご機嫌な虎と手を振り合って、風に揺れる楓のように弾みながら駆けていく後姿を見送った後、視線を陽太郎に戻した。
「続きしてもいい?」
「……お願いします。」
静けさが訪れた縁側で、ほんのり紅く染まった陽太郎の耳をつまんで軽く手前に引き、再び耳の穴を優しく掻き始めた。手の置き場に困っているようだったので、途中でその手も私の膝に置いた。陽太郎はやっぱりまだ緊張しているようだった。まずはこの緊張をほぐしてあげなければ癒しにならない。
耳かきを滑らせる手に、外にはねたやわらかい髪の毛が触れて少しくすぐったい。そんな幸せを噛みしめながら、耳の穴の浅い所をさじの背も使って焦らしつつ、鉛筆を寝かせて薄く色を付けるような感じで小刻みに優しく掻いていく。
「痛くない?」
「はい、すごく…気持ちいいです……」
力んでいた陽太郎の身体から力が抜けていくのを感じ、緊張をほぐせて一安心したところで、一度抜いて耳垢を確認してみた。やっぱりほんの少量の細かい耳垢が付いていただけだった。広げたチリ紙に落とした後もうしばらく掻いてから、虎の時と同じように綿棒を少し湿らせた。入れる前にフッと息を吹きかけると、陽太郎は肩をぴくっと動かした。
「仕上げしまーす。」
綿棒の先を掻いていたところに当てると、陽太郎は気持ちよさそうに「んっ…」と小さく呻いた。そこはかとないエロスを感じて胸が高鳴り、これではどっちが癒されているのかわからない。陽太郎に気づかれないよう飛び出そうな息を飲み込んで、耳かきと同じ動きを綿棒でした。それから丁寧にぐるっと一周させて
「はい、次は反対のお耳ね。そのままごろんして?」
上体を起こして横顔に声を掛けると、陽太郎は照れくさそうに寝返りを打って私のお腹側に顔を向けた。
「おれのかわいい子豚さん、脚痛くない?」
「うん、大丈夫。陽太郎は?体勢辛くない?」
「申し訳なくなるくらい、とても心地良いです。まぁある意味辛くもあるけど…」
「なんて?」
「いえ、このままだと寝ちゃいそうだなぁって。」
「寝ちゃってもいいよ。楽にしてて?」
「寝たらもったいない気がするな……」
「じゃあ始めまーす。」
こっちの耳も綺麗であることを確認しながら、陽太郎の顔面が自分の下腹部の真ん前にあることに今さら緊張してきた。陽太郎がその気になって手を少し伸ばして動かせば、すぐに下半身をまさぐれる。真面目と誠実が服を着て歩いているような人だから、そんなことをするわけがないのは分かっているけど、ドスケベならば間違いなく、躊躇なくやるだろう。さすが遊郭に取り入れられているだけのことはある。
そんなことを考えながら陽太郎の耳の穴にそっと耳かきを入れて、こちらの耳も同じように優しくかきかきしていった。
お互い一言も話さずただ黙々と耳かきに集中していると、やがて陽太郎の寝息が聞こえてきた。
いやらしくはさせられなかったけど癒せたようで、耳かきに込めた半々のうちの半分を達成できてうれしくなり、寝息を聞きながらもう少しだけと続けていると、やっぱり私も癒されていった。
仕上げの綿棒の時には陽太郎の腕が私の腰を抱きしめて、子供のように顔を埋めて気持ちよさそうに眠っていた。
起こさないようそっと綿棒をチリ紙に包んで、陽太郎の背中をとん、とん、と一定のリズムで叩きながら縁側からの景色を眺めると、見慣れているはずなのにまた違って見える。
毎日同じようで同じでない日々を過ごしていることに改めて気づくと、高い青空に心が溶け込み、吸い込んだ空気は幸せを纏って胸いっぱいに広がっていった。
くっきりと穏やかに佇む雲を見ながら、私も耳かきしちゃおうかな、と思い始めた頃
「ん……」
陽太郎が小さく身じろいで、むくりと起き上がった。寝ぼけ顔に
「おはよう。」
と声を掛けると
「……おはよう、おれのかわいい子豚さん。っておれ、また寝ちゃったんですね。どれくらい寝てました?」
「わかんないけど、二十分くらいじゃない?」
「そんなにですか!?ごめんなさい、重かったですよね。」
「全然。脚崩してたし、逆になんかすごい癒されちゃった。あ、耳かきは終わってます!」
「……ありがとう。すごく気持ち良かったです。虎の気持ちがよくわかりました。」
「ほんと?それはよかった。またいつでもどうぞ!」
こうなったらもっと耳かきを極めたい。耳はツボの宝庫だというし、マッサージから始めたらもっと喜んでもらえて、私の耳かきを求めて虎と陽太郎が毎日押し寄せてきちゃうかも。せっかくだから専用の衣装も用意しちゃう?なんて考えながら、未だ私をじっと見つめている陽太郎の言葉を待ってるんだけど、真顔で口を結び、瞳を揺らすばかりで一向に言葉を発そうとしない。
目を開けたまま寝てしまったのかと思い
「陽太郎?」
「はい。」
返事が返ってきたので、起きているのは間違いなさそうだ。
「どうかした?」
「我慢してます。」
「何を」
「今、ものすごくあなたを抱きしめたくて、欲を言えば口づけもしたいです。」
突然の告白に吸い込んだ息が止まり、今度は私が黙ってしまった。陽太郎がそういう気持ちになるきっかけが、私にはまだ掴めない。
「でも、それだけじゃ済まなくなりそうだから……」
しばらく見つめ合いながら、陽太郎に返す言葉を一生懸命探した。“いいよ”も違うし、“それはよくない”も違う。
二人の間でふとこうして、歯がゆくて切なくて甘美な糸が強く張りつめてしまったとき、お互い切りたくても切れずにいるのが今の私達なのだと思い出す。
色んな気持ちをぐっとのみこんで
「……畑行こっか。」
「そうですね。その方が良さそうです。」
「これ片付けてくるから、陽太郎先に行ってて?」
そう言って立ち上がろうとすると、陽太郎は私の腕を掴んで少し黙った後、私の耳元に唇を寄せて
「おれのかわいい子豚さんは、誰かに耳かきしてもらったことある?」
とひそひそと話した。口を開いたら心臓が飛び出そうで、何も言えずに首を横に振ると、
「よかった。する方は虎に先を越されちゃったから、おれのかわいい子豚さんの耳かきはおれにさせてくださいね?」
陽太郎はそう言った後、ちゅっと音を立てて私の耳のふちに短い口づけをした。
「じゃあおれ行きますね。また後で!」
陽太郎の、秋の空のような移り変わりに翻弄されて、私もまた耳から頬まで紅く染まっていく。
目に映る黄色は黄金色に変わり、紅は燃えてざわめき、足取り軽く遠ざかっていく後ろ姿は照紅葉そのものだった。
ー完ー
【あとがき】
ここまで読んで下さってありがとうございます。
陽太郎の耳の大きさに思いを馳せて、耳かきしてあげたいと呟いたところ、とある素敵な乙女に滾らせてもらい耳穴確定。勢いで書きました。
陽太郎の耳が大きいのは人の話をよく聞くからで、少し日に焼けていて厚みがあり、かたそうなところが男の耳、という感じで大変趣がありますね。膝枕で眠る陽太郎の寝姿ですが、膝を曲げて丸まっていると想定すると、身に降りかかったすべての嫌な出来事が些細なことに感じます。
虎の小さなお耳も暇さえあれば小指を突っ込みたいほどかわいらしく、耳の素晴らしい世界に夢が広がりました。
また、陽太郎は、甘えたいけど子ども扱いされると大人の男であるということを主張したくなる、そんなところがあるように感じます。彼の男心に火を点けるなら、そういったところを刺激するといいかもしれませんね。(濁水晶金玉子)
「どうしたの?」
「耳の奥が急にもぞもぞしてきて…はあっ!痒っ!」
陽太郎も心配そうに虎を覗き込んだ。
「虫でも入っちゃったのかな?虎、耳見せて?」
虎は痒さに顔と耳を歪めながらくるりと回転し、陽太郎に右耳を見せた。陽太郎は虎の小さな耳を優しく引っ張りながら、顔の角度を何度も変えて、虎の耳の穴を一生懸命覗いた。
「うーん、よく見えないな……」
「私が見てみるから、耳かき取ってきてもらってもいい?あっ、綿棒と、あとお水も!」
「お水もですか?わかりました。」
「うん、お皿に少しでいいから。匙一杯分くらい。」
「陽太郎〜早く頼む〜!」
「はいはい。ちょっと待ってて。すぐ取ってくるから。」
「ぬぁ〜〜むずむずするぅ!」
陽太郎が席を立った後、虎を膝に寝かせて耳の穴を覗くと、穴がとても小さくて全然中が見えない。
「中でなにか動いてる感じ?」
「いや、そういうのではないな。なんというかこう……地味に痒い!」
「お待たせしました。耳かきと綿棒、どっち使います?」
「ありがとう。耳かき貸して?」
「はい。チリ紙も持って来たので、よかったら使ってくださいね。」
戻って来た陽太郎から耳かきを受け取って、じっとしててねと声を掛けてから、慎重に耳かきの先を狭い耳の穴に入れた。
「ふぉっ……!?」
「痛い?」
「くすぐったいような気持ちいいような……これはたまらん…!!」
「痛かったら言ってね。痒いのどの辺?」
「下の方を頼む。」
「ここ?」
「はぅん…そこそこ、そこだ。」
見えない上に穴が小さいので、そこだと言われたところを中心に優しく何回か掻き、一度抜いて耳垢を確認すると、結構ごっそり取れた。陽太郎から受け取ったチリ紙に耳垢を落とし、さじに乗る耳垢が少なくなるまで耳を掻いた。仕上げに
「綿棒もらっていい?」
「はい。」
「ありがとう。」
陽太郎から受け取った綿棒を少し湿らせてから、優しくくるくる動かして綺麗に拭き取った。
「はい、こっちは終わり。次は逆のお耳ね。」
「うむ!」
虎はごろんと外から内側へ体の向きを変えて、嬉しそうにしっぽを揺らした。一声かけてまた耳かきを入れ、同じように優しく掻いてはチリ紙に出していく。
「あふぅん…」
「変な声出すなよな。」
「そんなことを言われてもだな…おれのかわいい子豚の耳かきの腕前は凄いぞ…それに、いいニオイであったかくて寝心地抜群。毎日でもやってもらいた…あ、そこもう少し強く頼む。」
「まったく…おれがやろうとすると嫌がるくせに。」
「お前もおれのかわいい子豚にやってもらえばわかる。これはただの耳掃除じゃ」
そう言って陽太郎を見上げようとした虎の顔を手で戻し、「ないぞ」と言い終わってから仕上げの綿棒に取り掛かった。
「そんなに褒められると嬉しくなっちゃうな。陽太郎もどう?せっかく道具揃ってるし。」
「え?!」
「何をそんなに驚くことがある。やってもらえばいいではないか。極楽だぞ?」
「はい、虎終わり。」
「ふぃ~~~気持ち良かった!ありがとう、おれのかわいい子豚!」
「どういたしまして!」
虎が膝から降りたので、使用済みの綿棒をチリ紙に包みながら陽太郎を見ると、遠慮がちに
「じゃあ…おれもお願いしてもいいですか?」
と言われたので
「もちろん!喜んで!」
陽太郎用に膝を崩してから張り切って両手を広げると、陽太郎は抱えていたチリ紙の束を虎に渡し、庭の方を向きながら私の膝にゆっくりと頭を降ろした。身体が力んでいるのを感じ、緊張感が伝わってくる。
「怖い?」
「人に耳かきをしてもらうなんて、子供の頃母さんにしてもらって以来なので…なんだか緊張しちゃって。」
「私も、誰かに耳かきしてあげるの、実は初めてなんだよね。」
「そうなんですか?虎の褒め方からして、慣れてるのかと思いました。」
「耳かき好きでさ。本当は良くないんだけど、自分でするとついやり過ぎちゃって。あ、耳触ってもいい?」
「はい。強く引っ張っても大丈夫なので、おれのかわいい子豚さんがやりやすいようにしてください。」
お言葉に甘えて大きくてしっかりした耳に指を添えて、まずは中を確認した。虎の耳の穴が全然見えなかったせいか、だいぶ見やすく感じる。軽く引っ張りながら顔を動かして奥の方まで見てみたものの、耳垢らしい耳垢は見つからない。
耳掃除をする必要性を感じられないほど綺麗だけど、ここでそんなことを言ってやめては興ざめがっかり女として、後で虎に裏へ呼び出されて反省会になる。そうでなくてもせっかく陽太郎がこうして甘えてくれているのだから、例えそこに耳垢が無くてもかきかきして癒してあげたい。耳かき専門の遊郭があるくらいなんだから、うまくいけば陽太郎の耳を籠絡できるはず。
「耳かき入れまーす。痛かったら言ってね?」
陽太郎がぎゅっと目を閉じたのを見届けて、奉仕心と下心を半々ずつ込めた耳かきを、陽太郎の耳の穴にそっと入れた。さじの先を軽く当て、傷つけないよう優しく丁寧に小刻みに、手前の方を掻いていく。
「痒い所はございますか?」
「はい…大丈夫です。」
「どうだ陽太郎!気持ちいいだろう?」
「うん、これはすごいな……」
「そうだろうそうだろう。我はちょっと出掛けてくる。おれのかわいい子豚、また頼む!」
「どこへ行くんだ?」
「秘密基地だ!」
「あんまり遅くなるなよ?」
「はーい!ご・ゆっ・く・り♪」
「なっ…!」
陽太郎が急に頭を上げようとしたので、慌てて耳かきを抜いた。
「もう、危ないからじっとして?」
陽太郎の頭と顎を持って膝に押し戻し、とんでもなくニヤニヤした顔のご機嫌な虎と手を振り合って、風に揺れる楓のように弾みながら駆けていく後姿を見送った後、視線を陽太郎に戻した。
「続きしてもいい?」
「……お願いします。」
静けさが訪れた縁側で、ほんのり紅く染まった陽太郎の耳をつまんで軽く手前に引き、再び耳の穴を優しく掻き始めた。手の置き場に困っているようだったので、途中でその手も私の膝に置いた。陽太郎はやっぱりまだ緊張しているようだった。まずはこの緊張をほぐしてあげなければ癒しにならない。
耳かきを滑らせる手に、外にはねたやわらかい髪の毛が触れて少しくすぐったい。そんな幸せを噛みしめながら、耳の穴の浅い所をさじの背も使って焦らしつつ、鉛筆を寝かせて薄く色を付けるような感じで小刻みに優しく掻いていく。
「痛くない?」
「はい、すごく…気持ちいいです……」
力んでいた陽太郎の身体から力が抜けていくのを感じ、緊張をほぐせて一安心したところで、一度抜いて耳垢を確認してみた。やっぱりほんの少量の細かい耳垢が付いていただけだった。広げたチリ紙に落とした後もうしばらく掻いてから、虎の時と同じように綿棒を少し湿らせた。入れる前にフッと息を吹きかけると、陽太郎は肩をぴくっと動かした。
「仕上げしまーす。」
綿棒の先を掻いていたところに当てると、陽太郎は気持ちよさそうに「んっ…」と小さく呻いた。そこはかとないエロスを感じて胸が高鳴り、これではどっちが癒されているのかわからない。陽太郎に気づかれないよう飛び出そうな息を飲み込んで、耳かきと同じ動きを綿棒でした。それから丁寧にぐるっと一周させて
「はい、次は反対のお耳ね。そのままごろんして?」
上体を起こして横顔に声を掛けると、陽太郎は照れくさそうに寝返りを打って私のお腹側に顔を向けた。
「おれのかわいい子豚さん、脚痛くない?」
「うん、大丈夫。陽太郎は?体勢辛くない?」
「申し訳なくなるくらい、とても心地良いです。まぁある意味辛くもあるけど…」
「なんて?」
「いえ、このままだと寝ちゃいそうだなぁって。」
「寝ちゃってもいいよ。楽にしてて?」
「寝たらもったいない気がするな……」
「じゃあ始めまーす。」
こっちの耳も綺麗であることを確認しながら、陽太郎の顔面が自分の下腹部の真ん前にあることに今さら緊張してきた。陽太郎がその気になって手を少し伸ばして動かせば、すぐに下半身をまさぐれる。真面目と誠実が服を着て歩いているような人だから、そんなことをするわけがないのは分かっているけど、ドスケベならば間違いなく、躊躇なくやるだろう。さすが遊郭に取り入れられているだけのことはある。
そんなことを考えながら陽太郎の耳の穴にそっと耳かきを入れて、こちらの耳も同じように優しくかきかきしていった。
お互い一言も話さずただ黙々と耳かきに集中していると、やがて陽太郎の寝息が聞こえてきた。
いやらしくはさせられなかったけど癒せたようで、耳かきに込めた半々のうちの半分を達成できてうれしくなり、寝息を聞きながらもう少しだけと続けていると、やっぱり私も癒されていった。
仕上げの綿棒の時には陽太郎の腕が私の腰を抱きしめて、子供のように顔を埋めて気持ちよさそうに眠っていた。
起こさないようそっと綿棒をチリ紙に包んで、陽太郎の背中をとん、とん、と一定のリズムで叩きながら縁側からの景色を眺めると、見慣れているはずなのにまた違って見える。
毎日同じようで同じでない日々を過ごしていることに改めて気づくと、高い青空に心が溶け込み、吸い込んだ空気は幸せを纏って胸いっぱいに広がっていった。
くっきりと穏やかに佇む雲を見ながら、私も耳かきしちゃおうかな、と思い始めた頃
「ん……」
陽太郎が小さく身じろいで、むくりと起き上がった。寝ぼけ顔に
「おはよう。」
と声を掛けると
「……おはよう、おれのかわいい子豚さん。っておれ、また寝ちゃったんですね。どれくらい寝てました?」
「わかんないけど、二十分くらいじゃない?」
「そんなにですか!?ごめんなさい、重かったですよね。」
「全然。脚崩してたし、逆になんかすごい癒されちゃった。あ、耳かきは終わってます!」
「……ありがとう。すごく気持ち良かったです。虎の気持ちがよくわかりました。」
「ほんと?それはよかった。またいつでもどうぞ!」
こうなったらもっと耳かきを極めたい。耳はツボの宝庫だというし、マッサージから始めたらもっと喜んでもらえて、私の耳かきを求めて虎と陽太郎が毎日押し寄せてきちゃうかも。せっかくだから専用の衣装も用意しちゃう?なんて考えながら、未だ私をじっと見つめている陽太郎の言葉を待ってるんだけど、真顔で口を結び、瞳を揺らすばかりで一向に言葉を発そうとしない。
目を開けたまま寝てしまったのかと思い
「陽太郎?」
「はい。」
返事が返ってきたので、起きているのは間違いなさそうだ。
「どうかした?」
「我慢してます。」
「何を」
「今、ものすごくあなたを抱きしめたくて、欲を言えば口づけもしたいです。」
突然の告白に吸い込んだ息が止まり、今度は私が黙ってしまった。陽太郎がそういう気持ちになるきっかけが、私にはまだ掴めない。
「でも、それだけじゃ済まなくなりそうだから……」
しばらく見つめ合いながら、陽太郎に返す言葉を一生懸命探した。“いいよ”も違うし、“それはよくない”も違う。
二人の間でふとこうして、歯がゆくて切なくて甘美な糸が強く張りつめてしまったとき、お互い切りたくても切れずにいるのが今の私達なのだと思い出す。
色んな気持ちをぐっとのみこんで
「……畑行こっか。」
「そうですね。その方が良さそうです。」
「これ片付けてくるから、陽太郎先に行ってて?」
そう言って立ち上がろうとすると、陽太郎は私の腕を掴んで少し黙った後、私の耳元に唇を寄せて
「おれのかわいい子豚さんは、誰かに耳かきしてもらったことある?」
とひそひそと話した。口を開いたら心臓が飛び出そうで、何も言えずに首を横に振ると、
「よかった。する方は虎に先を越されちゃったから、おれのかわいい子豚さんの耳かきはおれにさせてくださいね?」
陽太郎はそう言った後、ちゅっと音を立てて私の耳のふちに短い口づけをした。
「じゃあおれ行きますね。また後で!」
陽太郎の、秋の空のような移り変わりに翻弄されて、私もまた耳から頬まで紅く染まっていく。
目に映る黄色は黄金色に変わり、紅は燃えてざわめき、足取り軽く遠ざかっていく後ろ姿は照紅葉そのものだった。
ー完ー
【あとがき】
ここまで読んで下さってありがとうございます。
陽太郎の耳の大きさに思いを馳せて、耳かきしてあげたいと呟いたところ、とある素敵な乙女に滾らせてもらい耳穴確定。勢いで書きました。
陽太郎の耳が大きいのは人の話をよく聞くからで、少し日に焼けていて厚みがあり、かたそうなところが男の耳、という感じで大変趣がありますね。膝枕で眠る陽太郎の寝姿ですが、膝を曲げて丸まっていると想定すると、身に降りかかったすべての嫌な出来事が些細なことに感じます。
虎の小さなお耳も暇さえあれば小指を突っ込みたいほどかわいらしく、耳の素晴らしい世界に夢が広がりました。
また、陽太郎は、甘えたいけど子ども扱いされると大人の男であるということを主張したくなる、そんなところがあるように感じます。彼の男心に火を点けるなら、そういったところを刺激するといいかもしれませんね。(濁水晶金玉子)
1/1ページ