火遊びみたいなご褒美を
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いつ頃からだったか、陽太郎はたまに、一日の終わりに頑張ったご褒美を求めてくる。求めてくるといっても、私の髪を撫でたり肩を寄せたり、手をむにむにしたりと、その程度。
どちらのご褒美か分からないようなご褒美だけど、陽太郎はそれで癒やされて、明日も頑張れるらしい。無欲だなぁ、と思う。
今でもご褒美として求めるものはささやかなもので、それでも以前よりかは進化している部分もある。
例えば髪を撫でた後。
そのまま頭や首を支えて、頬だったりおでこだったり、唇にそっと口づける。
あるいは肩を寄せた時。
腕を回して私の腰や肩を抱いて、自分の肩に頭を預けさせる。
そして手を握った時。
自分の膝の上に置いて大事そうに撫でた後、ぎゅっと握って私を見つめ、そっと口づける。
それから陽太郎はとびきり優しい顔をして、「ありがとう、癒やされました」と必ず言う。
癒やされたのも満たされたのも、お礼を言いたいのも私の方で、本当に、無欲だなぁと思う。
無欲だなぁと思うくらいのささいなことで満足してしまうほど、愛されている。陽太郎のかけがえのない存在になれている。そんなふうに思えるのは、私も同じ気持ちだからかもしれない。
言葉で確かめ合わなくてもぬくもりで伝わってくる。そんな時間を、私たちは積み重ねている。
今日も暑い中、朝から晩まで忙しく動き回っていた。
不思議なもので、忙しい時に限って急に仕事が増えたり、不測の事態が度重なって訪れる。
慌ただしく対応し、手分けして一つ一つこなしながら、気づいたら一日が終わっていた。
そんな日の、眠る前のまったりした時間。くたくただと言う陽太郎に労いの言葉を掛けると、陽太郎はまた、私に言った。
「頑張ったご褒美、くれますか?」
だから私もまた、快く返事をする。
「いいよ。何がいい?」
今日は髪かな、それとも肩かな、やっぱり手かな。
穏やかな気持ちで陽太郎のご褒美に予想を巡らせていたけど、陽太郎が次に発したのは、いつもとは違う言葉だった。
「本当に、なんでもいいんですか?」
これは、髪でも肩でも手でもない。陽太郎は、新しい何かを私に求めようとしている。
「うん、なんでもいいよ。」
そうきっぱりと迷わず返せるのは、今まで築いてきた信頼があるから。例えそれがちょっとえっちなことであったとしても、私に苦痛を与えるものではないと、分かっているから。そもそも陽太郎は、こういう時でもえっちな事など要求してこない、はず。
だけど言い出しにくいのか、私の顔を見つめたまま、恥ずかしそうに口ごもっている。
おっぱいを、触りたいのかもしれない。
いくら奥手で良く言えば紳士的な陽太郎だって、健全たる若い男。やろうと思えばいつでも好きにできる女を目の前にして、それくらいの願望があってもおかしくはないし、むしろあってほしい。
もどかしいほどじれったく、こちらから頼みたくなるほど上品な触れ合いしかしない。
そんな陽太郎が好きではあるけど、そんな陽太郎だからこそ好きになったのだけれど、さすがにそろそろおっぱいを触りたいと思っていてもおかしくないし、要求する権利はあるし、私はそれを甘んじて受け入れたい。
言い出しにくいのは分かる。
髪や肩や手とは違って直接的だから、軽蔑されたくない気持ちと触りたい気持ちとで揺れて、葛藤しているに違いない。
「少しでいいからおっぱいを触らせてください」なんて言う陽太郎はちょっと嫌な気もするけど、想像もつかないけど、軽蔑なんてするわけがない。
初めてここへ来てからこれまで、常日頃散々お世話になってきた。元気になった今でも、細やかな気配りをもって私の世話を焼いている。その上気持ちが通じてからというもの、愛情を分かりやすく、余すことなく惜しみなく与えてくれている。
文句の付け所のない、本当に素敵な人。
そんな、暑い中休憩もままならず朝から晩まで働いて疲れている大事な人が望むなら、おっぱいの一もみや二もみくらい安いものだし望むところだ。
同性にしか触られたことがないのでかなり緊張するけど、陽太郎がおっぱいを触りやすいように、顔だけではなく身体ごと陽太郎に向ける。それから両手を膝の上に置き、背中を引いて胸を張った。
「実は前から触ってみたいと思っていたところがあって……」
言いながら、陽太郎も身体ごと私の方に向いた。
こうして二人で向き合うと、なんだか改まった感じがして、甘酸っぱい緊張感があたりを包む。
「さすがに嫌だろうとは思うんですけど…」
「大丈夫だよ。心の準備はできてるから。」
「どこか、わかるんですか?」
「うん、わかるよ。」
多分、だけど、十中八九それだと思う。それしか考えられない。
「そう、ですか…あなたはなんでもお見通しなんですね。嬉しいような、恥ずかしいような……。」
「恥ずかしくなんてないよ。私はちょっと、恥ずかしいけど…でも平気。」
力強く頷いて見せると、陽太郎は控えめにはにかんだ。少し、緊張しているようにも見える。
「じゃあ、触れても…いいですか?」
「うん。遠慮なく、どうぞ。」
「本当に?」
「はい。お気の済むまでお触りください。」
はっきりと返すと、陽太郎はゆっくりとした動作で距離を詰めた。
陽太郎のことだから、それでも遠慮がちに、手を当てる程度に触るだけだと思う。もみもみしたくても、しないと思う。もんでもいいよって言っても、ちょこっと指を動かすだけで、すぐ手を離すと思う。
度胸がないと言えばそれまでだけど、いくら許可したからと言って、不躾にもみしだくような品のないことは絶対にしないと言い切れる。万が一そうしたとしても、それはそれで意外性にときめいてしまうだろう。可能性は、零よりも低いけど。
それか予想を裏切って、優しくも夢中でもみ出すかもしれない。こちらから終わりを切り出すまでずっと、もみもみするかもしれない。それはそれで可愛く思えそうで、私は結局、陽太郎が何をしても許せてしまうと思う。それくらい、どうしようもなく惚れている。
だから、どっちにしろこの不束でささやかで不出来なおっぱいを、誠に恐縮ながら差し出すことには変わりないので、手の大きさからして全然足りない可能性はあるけど、それに関しては今さらどうしようもないので潔く姿勢を正した。
「お言葉に甘えて、遠慮なく…」
息を吸って、止める。陽太郎の手がおそるおそる伸びて来る。
なぜか胸ではなく、顔に向かって。
下から優しくきゅっと、鼻がつままれた。鼻の穴を塞ぐでもなく、小鼻の感触を確かめるように、あくまで優しく鼻をつまんで、指を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。
おっぱいじゃなかった。
でもまさか、鼻だなんて誰が思う?
大きな指で鼻の穴の付近の小鼻の輪郭を辿りながら、陽太郎はかき氷を受け取った時のこどもみたいな目をしている。
「あぁ、すごくかわいい……やっぱりすごく小さい………こんなに小さくて、指は入るんですか?」
「入るよ。」
「本当に?こんなにも小さいのに?」
「…入れてみれば?」
「そんな、無理ですよ…だってこんなに小さいんですよ?当てただけでも大きさが全然…」
片方の鼻の穴が、陽太郎の指で塞がれた。
確かに陽太郎の指は私の指より大きい。でも、おはじきだって途中までなら入ったからいけると思う。ビー玉だって、その気になれば入ると思ってる。抜けなくなったら最悪だからやらないけど。
半ば自暴自棄に小鼻を膨らませて鼻の穴を広げると、陽太郎は「あっ、開いた…!」と、さらに目を輝かせた。
「小指だったら入るかな?」
「小指は余裕だよ。自分の親指くらいは普通に入るから。」
「そうなんですか?じゃあ…先っぽだけ、いいですか?」
「先っぽだけだよ?」
「はい。先っぽだけ……」
好奇心が隠せない透き通った純粋な声色で、すけべ野郎の常套句を言う陽太郎の、慎重な小指の先が鼻の穴の手前に埋まった。指の進みが止まったところで、膨らませていた鼻を元に戻した。
「入った!入りましたよ!痛くないですか?」
鼻は痛くないけど、乙女心が痛い。
確かに私の穴は陽太郎が予約済みだけど、思ってたのとなんか違う。これならおっぱいの方が全然よかった。
こんなおかしな状況、いつもだったら笑ってしまうけど、この時ばかりは笑うに笑えない。
でも、目の前でそんなに喜ばれたら…
「大丈夫、全然痛くないよ。人差し指も入れてみたら?」
精一杯微笑んでみたけど、そんな私を見て、陽太郎は困ったように笑った。
「それはさすがに甘え過ぎなので、このへんにしておきます。ありがとう、癒やされました。」
いつものように言って、名残惜しそうに鼻を見つめながら指を離した。
結構恥ずかしかったけど、私のこの鼻の穴で陽太郎のことを癒せたのならそれで…
「いやいやちょっとまって!全然よくないよ!」
「あ…さすがに触りすぎちゃいましたか?」
「そうじゃなくてさ、おっぱ…胸は?」
「胸……?胸?!」
「胸じゃないの?こういう時って!なんで鼻の穴なのよ。そりゃあ陽太郎も男だから?穴があったら入れたくなるのはわかるけど。」
「え?!けっしてそういうわけじゃ…!」
「じゃあどういうわけ?改めて触りたいなんて言われたら、おっ、胸だと思うでしょ!」
一方で、どうしてこんなに激昂してるのか、何故おっぱいを胸と言い直しているのか、自分でも不思議に思う冷静さは失っていない。
ただ、恥ずかしくて止まらなくなっている。それに、これではまるで触ってほしいみたいだということも、薄々気づいている。
「えぇ?!まぁ…そういう願望が無いと言ったら嘘になりますけど……」
「じゃあ触れば?」
「それは…………できません。」
「散々穴を弄んでおいて断らないでよ!」
黙って照れてる陽太郎が可愛くも憎くて、もっと困らせたくなった。
手を取って、無理やりおっぱいに近づける。といっても、本当に触らせようとは思ってない。
陽太郎が一生懸命抵抗し、頑なに動かさない手を、適度な力でふざけてぐいぐい引っ張る。
「ダメです!そんなに簡単に許してもらっては困ります!」
「鼻の穴はよくて、なんでここはダメなの?」
「だってそこは…後々色々大変だし、寝なきゃいけないのに眠れなくなります。」
「色々?何が大変なの?」
「色々は…色々です。」
「なになに?教えて?」
からかうように顔を覗き込むと、引っ張っていた手を取られ、持ち上げられた手首が大きな手の中に収まった。
「そんなに知りたい?」
空気が、一変した。
一本のマッチ棒が側薬に擦れる音が聞こえた気がした。火はまだついていない。
長めの口づけをする前のそれよりも、甘くて挑発的な語気。
一瞬、お皿を落としそうになった時みたいにドキッとしたけど、私には分かる。
陽太郎は絶対に、私のおっぱいには触らない。ただ言葉でほのめかすだけで、けっしてもみしだくことはない。
「うん、知りたい。」
「本当に?じゃあ、触ってもいいんですか?」
「ええ、どうぞ。元々そのつもりだったので!」
この後も、『まいったな…おれの負けです。』とか、『あんまりからかわないでください。』とか、『冗談はここまでにして、もう寝ましょうか。』とか言うのだろう。そこで今日のお戯れは終了。となるはずだったのに。
「おれのかわいい子豚さん。もしかしたら触るだけじゃ済まなくなりますけど、それでもいいんですね?」
陽太郎の手の中の、手首がどんどん熱くなっていく。やわらかだった視線も獲物を狙う鷹のように鋭くて、気圧される。今の陽太郎ならもみしだいてもおかしくない。
マッチ棒の擦れる音はどんどん大きくなっていく。今にも火が、ついてしまいそう。
返答に迷う。
ここで頷いたら、どうなるのだろう。陽太郎は本当に私のおっぱいを触って、止まらなくなって、私を組み敷くのだろうか。この熱い手で、どこまで進めてしまうのだろうか。
戸惑いと期待と緊張感で、視界がおぼつかない。頭の片隅では、そうは言ってもやっぱり口だけで、牽制しているだけにすぎないんでしょ?と、思っている。
「それでもいいって言ったら?」
「優しく、します。」
ひと際強い摩擦で、ついにマッチに火がついた。生まれたばかりの小さな炎が、ゆらゆらと綺麗に揺らめいている。
手首が開放された代わりに、肩と頬を包まれた。
本当に、胸を触るどころじゃ済まないのかもしれない。触るだけなら、口づけは必要ないはずだから。
夏の夜のぬるい空気が、どこかまだ宙ぶらりんの、ほんの小さな欲情の在り処を教えている。
それはまるで線香花火のように、火花を散らしてバチバチと音を立てながら、じりじりと近付いて来る。
唇まであと数ミリ。
届いたらきっと、この火種はぽとりと落ちて、次にはどちらが手にしたのかわからない、ちょっと派手な手持ち花火が火花を噴く。そんな予感に目を閉じる。
婚前だからなんだというのか。こんなに甘くてきわどい雰囲気の中、夏の暑さのせいにして流されて、少しくらいやらしいことをしたっていいじゃない。せっかく、恋仲になったのだから。
「なんだお前ら、こんな夜中にまだ起きて……ん??おっとすまん!続けてくれ!」
後ろで虎が慌てて退散していく音がして、寸でのところで唇が離れていった。
線香花火は、落ちずにしぼんで消えた。
「寝ましょうか。」
「そうだね。」
まだ少し残る熱気を煙に巻いて、私たちは各々の部屋へと向かう。
「危なかった…虎が来なかったら、おれは取り返しのつかないことをしていたかもしれません。ごめんなさい。本当に、どうかしてました。」
「いいと思うけどな…」
「え…?」
「最後までしなければ、ちょっとくらいそういうことしたって、罰は当たらないかなって。」
「それってどういう…」
私と陽太郎を隔てる襖の前で立ち止まる。部屋に入って襖を閉めれば、今日の戯れは終わる。
「もっといちゃいちゃしたいなって…そう思ってるのは私だけ?」
「おれも……したいです。すごくしたいですけど、こらえきれる自信がなくて…あなたが思ってるほど、おれは我慢強くないんですよ?」
「じゃあ、どこまでだったら我慢できるか、試してみる?」
「今から、ですか?」
欲望と理性との間で揺れている甘いささやきに、腰骨のあたりががとろんとした。
今からでもやぶさかではない。でも、そんなことをしたら本当に眠れなくなって、間違いなく明日に響いてしまう。
寝不足の中での夏の肉体労働なんて、命取りだ。
「もう遅いから、また次のご褒美の時にしよう?」
肩に手を置いて背伸びをして、陽太郎の唇に口づける。
外の湿気を纏っていた唇がぴっとりと重なって、離れがたい。
「おやすみ。」
緩んだ顔を見られたくなくて、ぱっと振り返って部屋の敷居を跨ぐ。襖を閉めようと振り返ると、陽太郎はまだそこにいた。
なんだか照れくさくて、俯いたまま襖をすーっと閉じている途中で、襖がぴたりと止まった。
「おれのかわいい子豚さん。」
呼ばれて顔を上げると、唇をちゅうっと吸われた。
「ありがとう。今日はたくさん癒されました。明日もご褒美がもらえるように、頑張りますね。」
そう言って、鼻を人差し指でちょんちょんと触って、陽太郎はゆっくりと襖を閉めた。
布団に入ってしばらくの間は、何度も寝返りを打っていた。
明日の今頃には、ちょっと派手な手持ち花火が火花を噴くのを見られるのかもしれないと思うと、なかなかどうしてうまく寝付けそうにない。
陽太郎の部屋の襖が開く音と足音がした。どうやら陽太郎も眠れない夜を過ごしているらしい。
それならいっそ襖を閉める前に、思い切って特大のご褒美を打ち上げればよかったのかもなんて、思わなくもなかった。
―完―
【あとがき】
陽太郎のあのご褒美は、むしろ“私”へのご褒美なのではと、乙女の皆様も思ったことがあるかと存じます。それだけ…?と思ったのも、私だけではないはず。なのでいつもと違ったご褒美を書いてみた次第でございます。
どこまでも邪なので、書いていくうちにR18になってしまったので、そこは丸々カットしました。なかなかに邪なシチュエーションに満足しておりますので、また別の話としてお披露目できればと思います。
どちらのご褒美か分からないようなご褒美だけど、陽太郎はそれで癒やされて、明日も頑張れるらしい。無欲だなぁ、と思う。
今でもご褒美として求めるものはささやかなもので、それでも以前よりかは進化している部分もある。
例えば髪を撫でた後。
そのまま頭や首を支えて、頬だったりおでこだったり、唇にそっと口づける。
あるいは肩を寄せた時。
腕を回して私の腰や肩を抱いて、自分の肩に頭を預けさせる。
そして手を握った時。
自分の膝の上に置いて大事そうに撫でた後、ぎゅっと握って私を見つめ、そっと口づける。
それから陽太郎はとびきり優しい顔をして、「ありがとう、癒やされました」と必ず言う。
癒やされたのも満たされたのも、お礼を言いたいのも私の方で、本当に、無欲だなぁと思う。
無欲だなぁと思うくらいのささいなことで満足してしまうほど、愛されている。陽太郎のかけがえのない存在になれている。そんなふうに思えるのは、私も同じ気持ちだからかもしれない。
言葉で確かめ合わなくてもぬくもりで伝わってくる。そんな時間を、私たちは積み重ねている。
今日も暑い中、朝から晩まで忙しく動き回っていた。
不思議なもので、忙しい時に限って急に仕事が増えたり、不測の事態が度重なって訪れる。
慌ただしく対応し、手分けして一つ一つこなしながら、気づいたら一日が終わっていた。
そんな日の、眠る前のまったりした時間。くたくただと言う陽太郎に労いの言葉を掛けると、陽太郎はまた、私に言った。
「頑張ったご褒美、くれますか?」
だから私もまた、快く返事をする。
「いいよ。何がいい?」
今日は髪かな、それとも肩かな、やっぱり手かな。
穏やかな気持ちで陽太郎のご褒美に予想を巡らせていたけど、陽太郎が次に発したのは、いつもとは違う言葉だった。
「本当に、なんでもいいんですか?」
これは、髪でも肩でも手でもない。陽太郎は、新しい何かを私に求めようとしている。
「うん、なんでもいいよ。」
そうきっぱりと迷わず返せるのは、今まで築いてきた信頼があるから。例えそれがちょっとえっちなことであったとしても、私に苦痛を与えるものではないと、分かっているから。そもそも陽太郎は、こういう時でもえっちな事など要求してこない、はず。
だけど言い出しにくいのか、私の顔を見つめたまま、恥ずかしそうに口ごもっている。
おっぱいを、触りたいのかもしれない。
いくら奥手で良く言えば紳士的な陽太郎だって、健全たる若い男。やろうと思えばいつでも好きにできる女を目の前にして、それくらいの願望があってもおかしくはないし、むしろあってほしい。
もどかしいほどじれったく、こちらから頼みたくなるほど上品な触れ合いしかしない。
そんな陽太郎が好きではあるけど、そんな陽太郎だからこそ好きになったのだけれど、さすがにそろそろおっぱいを触りたいと思っていてもおかしくないし、要求する権利はあるし、私はそれを甘んじて受け入れたい。
言い出しにくいのは分かる。
髪や肩や手とは違って直接的だから、軽蔑されたくない気持ちと触りたい気持ちとで揺れて、葛藤しているに違いない。
「少しでいいからおっぱいを触らせてください」なんて言う陽太郎はちょっと嫌な気もするけど、想像もつかないけど、軽蔑なんてするわけがない。
初めてここへ来てからこれまで、常日頃散々お世話になってきた。元気になった今でも、細やかな気配りをもって私の世話を焼いている。その上気持ちが通じてからというもの、愛情を分かりやすく、余すことなく惜しみなく与えてくれている。
文句の付け所のない、本当に素敵な人。
そんな、暑い中休憩もままならず朝から晩まで働いて疲れている大事な人が望むなら、おっぱいの一もみや二もみくらい安いものだし望むところだ。
同性にしか触られたことがないのでかなり緊張するけど、陽太郎がおっぱいを触りやすいように、顔だけではなく身体ごと陽太郎に向ける。それから両手を膝の上に置き、背中を引いて胸を張った。
「実は前から触ってみたいと思っていたところがあって……」
言いながら、陽太郎も身体ごと私の方に向いた。
こうして二人で向き合うと、なんだか改まった感じがして、甘酸っぱい緊張感があたりを包む。
「さすがに嫌だろうとは思うんですけど…」
「大丈夫だよ。心の準備はできてるから。」
「どこか、わかるんですか?」
「うん、わかるよ。」
多分、だけど、十中八九それだと思う。それしか考えられない。
「そう、ですか…あなたはなんでもお見通しなんですね。嬉しいような、恥ずかしいような……。」
「恥ずかしくなんてないよ。私はちょっと、恥ずかしいけど…でも平気。」
力強く頷いて見せると、陽太郎は控えめにはにかんだ。少し、緊張しているようにも見える。
「じゃあ、触れても…いいですか?」
「うん。遠慮なく、どうぞ。」
「本当に?」
「はい。お気の済むまでお触りください。」
はっきりと返すと、陽太郎はゆっくりとした動作で距離を詰めた。
陽太郎のことだから、それでも遠慮がちに、手を当てる程度に触るだけだと思う。もみもみしたくても、しないと思う。もんでもいいよって言っても、ちょこっと指を動かすだけで、すぐ手を離すと思う。
度胸がないと言えばそれまでだけど、いくら許可したからと言って、不躾にもみしだくような品のないことは絶対にしないと言い切れる。万が一そうしたとしても、それはそれで意外性にときめいてしまうだろう。可能性は、零よりも低いけど。
それか予想を裏切って、優しくも夢中でもみ出すかもしれない。こちらから終わりを切り出すまでずっと、もみもみするかもしれない。それはそれで可愛く思えそうで、私は結局、陽太郎が何をしても許せてしまうと思う。それくらい、どうしようもなく惚れている。
だから、どっちにしろこの不束でささやかで不出来なおっぱいを、誠に恐縮ながら差し出すことには変わりないので、手の大きさからして全然足りない可能性はあるけど、それに関しては今さらどうしようもないので潔く姿勢を正した。
「お言葉に甘えて、遠慮なく…」
息を吸って、止める。陽太郎の手がおそるおそる伸びて来る。
なぜか胸ではなく、顔に向かって。
下から優しくきゅっと、鼻がつままれた。鼻の穴を塞ぐでもなく、小鼻の感触を確かめるように、あくまで優しく鼻をつまんで、指を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。
おっぱいじゃなかった。
でもまさか、鼻だなんて誰が思う?
大きな指で鼻の穴の付近の小鼻の輪郭を辿りながら、陽太郎はかき氷を受け取った時のこどもみたいな目をしている。
「あぁ、すごくかわいい……やっぱりすごく小さい………こんなに小さくて、指は入るんですか?」
「入るよ。」
「本当に?こんなにも小さいのに?」
「…入れてみれば?」
「そんな、無理ですよ…だってこんなに小さいんですよ?当てただけでも大きさが全然…」
片方の鼻の穴が、陽太郎の指で塞がれた。
確かに陽太郎の指は私の指より大きい。でも、おはじきだって途中までなら入ったからいけると思う。ビー玉だって、その気になれば入ると思ってる。抜けなくなったら最悪だからやらないけど。
半ば自暴自棄に小鼻を膨らませて鼻の穴を広げると、陽太郎は「あっ、開いた…!」と、さらに目を輝かせた。
「小指だったら入るかな?」
「小指は余裕だよ。自分の親指くらいは普通に入るから。」
「そうなんですか?じゃあ…先っぽだけ、いいですか?」
「先っぽだけだよ?」
「はい。先っぽだけ……」
好奇心が隠せない透き通った純粋な声色で、すけべ野郎の常套句を言う陽太郎の、慎重な小指の先が鼻の穴の手前に埋まった。指の進みが止まったところで、膨らませていた鼻を元に戻した。
「入った!入りましたよ!痛くないですか?」
鼻は痛くないけど、乙女心が痛い。
確かに私の穴は陽太郎が予約済みだけど、思ってたのとなんか違う。これならおっぱいの方が全然よかった。
こんなおかしな状況、いつもだったら笑ってしまうけど、この時ばかりは笑うに笑えない。
でも、目の前でそんなに喜ばれたら…
「大丈夫、全然痛くないよ。人差し指も入れてみたら?」
精一杯微笑んでみたけど、そんな私を見て、陽太郎は困ったように笑った。
「それはさすがに甘え過ぎなので、このへんにしておきます。ありがとう、癒やされました。」
いつものように言って、名残惜しそうに鼻を見つめながら指を離した。
結構恥ずかしかったけど、私のこの鼻の穴で陽太郎のことを癒せたのならそれで…
「いやいやちょっとまって!全然よくないよ!」
「あ…さすがに触りすぎちゃいましたか?」
「そうじゃなくてさ、おっぱ…胸は?」
「胸……?胸?!」
「胸じゃないの?こういう時って!なんで鼻の穴なのよ。そりゃあ陽太郎も男だから?穴があったら入れたくなるのはわかるけど。」
「え?!けっしてそういうわけじゃ…!」
「じゃあどういうわけ?改めて触りたいなんて言われたら、おっ、胸だと思うでしょ!」
一方で、どうしてこんなに激昂してるのか、何故おっぱいを胸と言い直しているのか、自分でも不思議に思う冷静さは失っていない。
ただ、恥ずかしくて止まらなくなっている。それに、これではまるで触ってほしいみたいだということも、薄々気づいている。
「えぇ?!まぁ…そういう願望が無いと言ったら嘘になりますけど……」
「じゃあ触れば?」
「それは…………できません。」
「散々穴を弄んでおいて断らないでよ!」
黙って照れてる陽太郎が可愛くも憎くて、もっと困らせたくなった。
手を取って、無理やりおっぱいに近づける。といっても、本当に触らせようとは思ってない。
陽太郎が一生懸命抵抗し、頑なに動かさない手を、適度な力でふざけてぐいぐい引っ張る。
「ダメです!そんなに簡単に許してもらっては困ります!」
「鼻の穴はよくて、なんでここはダメなの?」
「だってそこは…後々色々大変だし、寝なきゃいけないのに眠れなくなります。」
「色々?何が大変なの?」
「色々は…色々です。」
「なになに?教えて?」
からかうように顔を覗き込むと、引っ張っていた手を取られ、持ち上げられた手首が大きな手の中に収まった。
「そんなに知りたい?」
空気が、一変した。
一本のマッチ棒が側薬に擦れる音が聞こえた気がした。火はまだついていない。
長めの口づけをする前のそれよりも、甘くて挑発的な語気。
一瞬、お皿を落としそうになった時みたいにドキッとしたけど、私には分かる。
陽太郎は絶対に、私のおっぱいには触らない。ただ言葉でほのめかすだけで、けっしてもみしだくことはない。
「うん、知りたい。」
「本当に?じゃあ、触ってもいいんですか?」
「ええ、どうぞ。元々そのつもりだったので!」
この後も、『まいったな…おれの負けです。』とか、『あんまりからかわないでください。』とか、『冗談はここまでにして、もう寝ましょうか。』とか言うのだろう。そこで今日のお戯れは終了。となるはずだったのに。
「おれのかわいい子豚さん。もしかしたら触るだけじゃ済まなくなりますけど、それでもいいんですね?」
陽太郎の手の中の、手首がどんどん熱くなっていく。やわらかだった視線も獲物を狙う鷹のように鋭くて、気圧される。今の陽太郎ならもみしだいてもおかしくない。
マッチ棒の擦れる音はどんどん大きくなっていく。今にも火が、ついてしまいそう。
返答に迷う。
ここで頷いたら、どうなるのだろう。陽太郎は本当に私のおっぱいを触って、止まらなくなって、私を組み敷くのだろうか。この熱い手で、どこまで進めてしまうのだろうか。
戸惑いと期待と緊張感で、視界がおぼつかない。頭の片隅では、そうは言ってもやっぱり口だけで、牽制しているだけにすぎないんでしょ?と、思っている。
「それでもいいって言ったら?」
「優しく、します。」
ひと際強い摩擦で、ついにマッチに火がついた。生まれたばかりの小さな炎が、ゆらゆらと綺麗に揺らめいている。
手首が開放された代わりに、肩と頬を包まれた。
本当に、胸を触るどころじゃ済まないのかもしれない。触るだけなら、口づけは必要ないはずだから。
夏の夜のぬるい空気が、どこかまだ宙ぶらりんの、ほんの小さな欲情の在り処を教えている。
それはまるで線香花火のように、火花を散らしてバチバチと音を立てながら、じりじりと近付いて来る。
唇まであと数ミリ。
届いたらきっと、この火種はぽとりと落ちて、次にはどちらが手にしたのかわからない、ちょっと派手な手持ち花火が火花を噴く。そんな予感に目を閉じる。
婚前だからなんだというのか。こんなに甘くてきわどい雰囲気の中、夏の暑さのせいにして流されて、少しくらいやらしいことをしたっていいじゃない。せっかく、恋仲になったのだから。
「なんだお前ら、こんな夜中にまだ起きて……ん??おっとすまん!続けてくれ!」
後ろで虎が慌てて退散していく音がして、寸でのところで唇が離れていった。
線香花火は、落ちずにしぼんで消えた。
「寝ましょうか。」
「そうだね。」
まだ少し残る熱気を煙に巻いて、私たちは各々の部屋へと向かう。
「危なかった…虎が来なかったら、おれは取り返しのつかないことをしていたかもしれません。ごめんなさい。本当に、どうかしてました。」
「いいと思うけどな…」
「え…?」
「最後までしなければ、ちょっとくらいそういうことしたって、罰は当たらないかなって。」
「それってどういう…」
私と陽太郎を隔てる襖の前で立ち止まる。部屋に入って襖を閉めれば、今日の戯れは終わる。
「もっといちゃいちゃしたいなって…そう思ってるのは私だけ?」
「おれも……したいです。すごくしたいですけど、こらえきれる自信がなくて…あなたが思ってるほど、おれは我慢強くないんですよ?」
「じゃあ、どこまでだったら我慢できるか、試してみる?」
「今から、ですか?」
欲望と理性との間で揺れている甘いささやきに、腰骨のあたりががとろんとした。
今からでもやぶさかではない。でも、そんなことをしたら本当に眠れなくなって、間違いなく明日に響いてしまう。
寝不足の中での夏の肉体労働なんて、命取りだ。
「もう遅いから、また次のご褒美の時にしよう?」
肩に手を置いて背伸びをして、陽太郎の唇に口づける。
外の湿気を纏っていた唇がぴっとりと重なって、離れがたい。
「おやすみ。」
緩んだ顔を見られたくなくて、ぱっと振り返って部屋の敷居を跨ぐ。襖を閉めようと振り返ると、陽太郎はまだそこにいた。
なんだか照れくさくて、俯いたまま襖をすーっと閉じている途中で、襖がぴたりと止まった。
「おれのかわいい子豚さん。」
呼ばれて顔を上げると、唇をちゅうっと吸われた。
「ありがとう。今日はたくさん癒されました。明日もご褒美がもらえるように、頑張りますね。」
そう言って、鼻を人差し指でちょんちょんと触って、陽太郎はゆっくりと襖を閉めた。
布団に入ってしばらくの間は、何度も寝返りを打っていた。
明日の今頃には、ちょっと派手な手持ち花火が火花を噴くのを見られるのかもしれないと思うと、なかなかどうしてうまく寝付けそうにない。
陽太郎の部屋の襖が開く音と足音がした。どうやら陽太郎も眠れない夜を過ごしているらしい。
それならいっそ襖を閉める前に、思い切って特大のご褒美を打ち上げればよかったのかもなんて、思わなくもなかった。
―完―
【あとがき】
陽太郎のあのご褒美は、むしろ“私”へのご褒美なのではと、乙女の皆様も思ったことがあるかと存じます。それだけ…?と思ったのも、私だけではないはず。なのでいつもと違ったご褒美を書いてみた次第でございます。
どこまでも邪なので、書いていくうちにR18になってしまったので、そこは丸々カットしました。なかなかに邪なシチュエーションに満足しておりますので、また別の話としてお披露目できればと思います。
1/1ページ