カレシャツ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
怪モノ退治から帰って来てからひと息ついて、腰の重いおれのかわいい子豚さんをお風呂に送り出したあと、うとうとしている虎を部屋に運ぼうか、お風呂の順場が来るまで少しだけこのまま寝かせておこうか迷っていると
「陽太郎、寝間着貸してくれない?」
声の方へ振り向くと、お風呂に行ったはずのおれのかわいい子豚さんが、障子からひょっこり顔を出していた。
「寝間着ですか?」
「そう。」
ここのところ雨続きで、おれのかわいい子豚さんが実家から持って来ていた二着の寝間着が間に合わなかったと、眉をひそめながら話してくれた。
「うーん、おれの寝間着だと大きすぎる気が…裾を踏んで転びでもしたら大変だしなぁ。」
なにか寝間着の代わりになるモノはないか、頭の中で箪笥の中身を思い出していると
「Tシャツは?」
「Tシャツですか?構いませんけど、下はどうするんです?」
「寝るだけだし下着だけで大丈夫でしょ。あっ、もちろんすぐ部屋に引っ込むから!」
「そんな…お腹、冷えちゃいますよ?」
「ちゃんと布団掛けるから、大丈夫だと思うけど。」
「布団と言っても薄掛けだし、心配だな…いっそ毛布を巻いて寝るというのは…」
「暑くて眠れないよ。」
「ですよね。」
女性は身体、特に下半身を冷やしてはいけないとウメさんに教わった。その上寝ている間は汗をかいて体温が下がるから、夏でも冷えて風邪を引いてしまう。大事な人が身体を冷やそうとしているのを、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。
なにかおれのかわいい子豚さんの下半身を守れるモノは…
「あっ!そういえば確か、箪笥の奥に甚平があったはず!ちょっと待っててくださいね!」
急いで自分の部屋に行き、箪笥の奥から昔着ていた甚平を引っ張り出した。今より背が伸びる前のモノだから、それでも少し大きいかもしれないけど、いい具合におれのかわいい子豚さんの下半身を冷えから守ってくれるはず。
上も出てきたけど、胸元が開きすぎている気がするから、これはしまっておこう。
ついでにTシャツも持って行こうと、上の引き出しを開けて色を選ぶ。
白は透けるから却下。青もきっと似合うし、薄墨も黒も見てみたい。ものすごく迷う。おれのかわいい子豚さんもおれの服を選ぶ時、いつもこんな感じなのだろうか。
「……全部持って行くか。」
結局選べずに白以外の比較的新しめのTシャツを全部重ねて持って行き、おれのかわいい子豚さんにどれがいいか尋ねた。
「うーん、じゃあ黒借りてもいい?」
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。お借りします。」
おれから受け取った黒いTシャツを抱えて、おれのかわいい子豚さんは再びお風呂に向かった。
「お風呂いただきました!」
障子の隙間から手ぬぐいを頭に巻いたままのおれのかわいい子豚さんが、障子からひょっこり顔を半分出した。
「寝間着、大丈夫そうですか?」
「うん、ありがとう。でも…」
気落ちした様子でおずおずと縁側に出て来ると、おれがいつも着ているTシャツを着たおれのかわいい子豚さんの姿に、ちょっとドキッとした。
なんていうか、着ているのに無防備な感じがする。胸元だってちゃんと隠れているのに、形を拾ってしまっている。
でも、おれのかわいい子豚さんが気にしているのはどうやらそこじゃないらしい。
「甚兵衛、普通にぴったりだった…むしろちょっと余裕ないかもしれない…」
「あぁ、けつがちょっとぱつっとしておるな。座ると裂けたりしてな!」
「そこまできつくないもん!」
前から見た感じ普通だけどと言おうとしたけど、虎に後ろから見てみろなんて言われたらかなわないから、黙っておれのかわいい子豚さんが座布団に座るのを見ていた。そこでなくても目の遣り場には困るけど。
「服貸してくれてありがとう。」
「いえ、お役に立ててよかったです。」
「しりは裂けなかったな。」
「裂けたら裂けたで面白かったかな?」
「うむ、我は腹が裂けるほど笑っただろう。」
「でもこれ陽太郎のだから。陽太郎は笑えないでしょ。」
「破れたら縫えばいいんですけど、問題はそこじゃないですね。」
おしりが破れたら下着が見えてしまうのに、おれのかわいい子豚さんは気にしないのかな…それとも、おれだから気にならないのかな…。
複雑な気持ちでいると、おれのかわいい子豚さんが襟ぐりを持って鼻に当て
「てかさ、このTシャツすっごい男の人の匂いするね!これ陽太郎の匂いってこと?」
新発見を楽しむように、無邪気におれに聞いてきた。身体中の熱が、顔に集中していく。
なんだかすごく恥ずかしい。ちゃんと、洗ってるんだけどな。
「あ…ごめんなさい。不快ですか?」
「ううん!サイズもちょっと大きめだし、なんか彼シャツみたいだなって。」
枯れシャツ…?
比較的新しいTシャツとはいえ、確かにもう何度着たかわからない。でも。
「繊維が枯れるほどは着てないと思いますけど…」
すると、おれのかわいい子豚さんと虎がきょとんとした顔をしたあと、二人で顔を見合わせて笑い出した。それはもう盛大に、お腹を抱えて。
「ちょっと、二人共笑いすぎじゃない?そんなにへんなこと言った?」
縁側のへりをばんばん叩いて笑っているおれのかわいい子豚さんに代わって、虎が目尻の涙を拭いながら説明してくれた。
“かれシャツ”は“枯れシャツ”じゃなくて、“彼シャツ”らしい。
恋人、もしくは意中の人、つまり“彼”の服を借りて着るシャツの呼び方で、女性にとって“胸きゅん必至”なのだそうだ。
着られている方からしたら、胸きゅん必至どころか悩殺寸前なんだけど。
といっても、残念ながらおれはおれのかわいい子豚さんの“彼”ではない。本当に、残念だけど。
「まったく、そんなことも知らんとは…乙女の一般常識の基本だぞ?な?」
「そうそう。彼シャツは女子の憧れだよ?」
どうして虎がそんなに得意げなのか、怪モノから乙女の一般常識を教わっている状況はさて置いて。
おれのかわいい子豚さんが着ているそれはおれのTシャツで、“彼シャツ”みたいだと喜んだ姿に、期待からくる誤解をしてしまいそうで、胸のあたりがざわめいて落ち着かない。
「そうなんですね。おれのかわいい子豚さんも憧れてるんですか?」
「それはまぁ、これでも一応女子なので。てか私のこと何だと思ってたわけ?」
「うーん、つい気になってしまって目が離せない、かわいらしい女性、かな?」
できればおれのかわいい子豚さんの、本物の“彼シャツ”の持ち主になりたいですとは言えず、今言えることを正直に言うと、おれのかわいい子豚さんは一瞬戸惑って照れたような顔をして口ごもった。
手ぬぐいを頭に巻いたままなところがまた、かわいいと思った。少しはドキッとしてくれたかな。
覗き込むように見つめると、ふいっと目を逸らされてしまった。その後ろで虎がにまにましている。
「もう、またそんなこと言って…でもあれだね、こうして男モノの服着てると、本当に彼氏ができたみたい!」
嬉しそうにはにかんで、平気でそんなことを言ってのけるところとか、本当に心臓に悪い。
こんな時、よければいつでもあなたの“彼”になりますよ?なんて、さらっと言えたらいいのにな。今言ったって困らせてしまうだけだから、当分言うつもりはないけど。
「おれのかわいい子豚は彼シャツを着たことがないのか?」
「ありませんけど?」
「恋人もいないのか?」
「いませんけど?」
「それなら…」
虎がおれをちらっと見る。何を言わんとしているのか、大体想像がつく。
「でもいいの。私にはずっと想ってる人がいるから。彼シャツは絶対にできないけど。」
「えっ?!」
さっきまで熱かった心臓が一気に冷えた。
まさかおれのかわいい子豚さんに、想い人がいたなんて。
「どんな人、なんですか?」
平静を装っているつもりだけど、声が震えていたかもしれない。
「よく食べて、よく寝て、強くて、すごく弟思いな人。」
想いを寄せている人を語っているのに、その横顔はどこか物悲しい。
「でもね、もう死んじゃったんだ。」
掛ける言葉が見当たらなかった。
おれのかわいい子豚さんは涙ぐんで、虎も涙ぐんで、賑やかだった縁側に、寂しくて悲しい空気が流れている。
「弟を守って死んじゃった。最期は笑ってたよ。笑って、『愛してくれてありがとう』って…うっ」
事件にでも巻き込まれてしまったのだろうか。愛する人を失う悲しみは、痛いほどわかる。
おれのかわいい子豚さんの背中をさすろうと手を伸ばした時。
「まさかお前、その想い人とやらは“火拳”ではあるまいな。」
「あ、もうそこまで行った?」
「その直前だ!!!まさかこんな形で先をバラされるとは…」
「大丈夫、知ってても泣くから。」
「まって、何の話?」
「ひと繋ぎの財宝を探す海賊の話だ。」
「本の話ってこと?」
「そうだ。どきどきわくわくはらはらの、夢とろまんの大冒険の数々。こいつが大量の本をわざわざ家から持って来たのも納得の面白さだぞ!お前も借りて読むといい!」
どうやらおれのかわいい子豚さんの亡くなった想い人は、物語の登場人物らしい。よかったのかよくないのかわからないけど、安心して身体の力が抜けていく。
紛らわしいことこの上なくて、驚かせないでくださいと言いたいところだけど。
真剣に悲しんでいるおれのかわいい子豚さんを見ていると、微笑ましく思えてしまって言えなくなる。
「そんなに面白いなら、おれも借りてもいいですか?おれのかわいい子豚さんの想い人、おれにも紹介してください。」
「もちろん!襖の前に置いておくね!あ、面白すぎて止まらなくなるけど、夜通し読むのはダメだよ?ちゃんと寝てね?」
「はい。楽しみだなぁ。さ、おれたちもお風呂に入ろうか。」
「よし!我が風呂であらすじを教えてやろう!“火拳”もいい漢だが、我は七段変形面白トナカイが…」
虎から聞いたあらすじと登場人物にわくわくして、おれのかわいい子豚さんから借りて読んだ本は本当に面白かった。
笑いあり涙ありで、こらえきれずに何度も泣いてしまった。
物語に引き込まれて読み続け、おれのかわいい子豚さんの想い人である“火拳”が出て来きた頃には結構な時間になっていた。絶対に“彼シャツ”ができないと言っていた理由もわかって、一人でふふっと笑ってしまった。
続きがだいぶ気になりつつもなんとか次の巻へと伸びる手を引き、約束通り寝ることにした。
それからというもの、おれのかわいい子豚さんはTシャツの着心地と寝心地がたいそう気に入ったらしく、夏の間中貸すことになった。動きやすいからと、そのまま台所に立つこともある。
“彼シャツ”と“お揃い”の両方を味わいたいと、同じ黒のTシャツを用意されていることもあって、ますます期待してしまって、勘違いしそうになる。
くすぐったくて嬉しくて、洗濯物が乾きづらかった雨続きの日に初めて感謝した。
今朝も用意されていた黒いTシャツに頭を通すと、ほんのり甘い匂いがした。おれのかわいい子豚さんの匂いだ。いつもと違う匂いがするからか、普段わからなかった自分の匂いも感じる。
このTシャツから、おれと、おれのかわいい子豚さんの匂いがする。
へんな気持ちになりそうだけど、脱げない自分もいて。
ほとほと呆れながらも“彼シャツ”の威力を実感したところで、ダメになる前に本物の“彼シャツ”になれたらいいな、なんて、心の中でTシャツに話し掛けながら、腰に巻いた作業着の袖をぎゅっと締めた。
―完―
【あとがき】
陽太郎の着古したTシャツが着たい。そんな邪な心から書きました。夢小説なんてものは邪な心で成り立っているので、これからも邪な心に従って邪な話をじゃんじゃん書いていこうと思います。
ちなみに私の推し海賊はサイボーグの船大工です。
「陽太郎、寝間着貸してくれない?」
声の方へ振り向くと、お風呂に行ったはずのおれのかわいい子豚さんが、障子からひょっこり顔を出していた。
「寝間着ですか?」
「そう。」
ここのところ雨続きで、おれのかわいい子豚さんが実家から持って来ていた二着の寝間着が間に合わなかったと、眉をひそめながら話してくれた。
「うーん、おれの寝間着だと大きすぎる気が…裾を踏んで転びでもしたら大変だしなぁ。」
なにか寝間着の代わりになるモノはないか、頭の中で箪笥の中身を思い出していると
「Tシャツは?」
「Tシャツですか?構いませんけど、下はどうするんです?」
「寝るだけだし下着だけで大丈夫でしょ。あっ、もちろんすぐ部屋に引っ込むから!」
「そんな…お腹、冷えちゃいますよ?」
「ちゃんと布団掛けるから、大丈夫だと思うけど。」
「布団と言っても薄掛けだし、心配だな…いっそ毛布を巻いて寝るというのは…」
「暑くて眠れないよ。」
「ですよね。」
女性は身体、特に下半身を冷やしてはいけないとウメさんに教わった。その上寝ている間は汗をかいて体温が下がるから、夏でも冷えて風邪を引いてしまう。大事な人が身体を冷やそうとしているのを、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。
なにかおれのかわいい子豚さんの下半身を守れるモノは…
「あっ!そういえば確か、箪笥の奥に甚平があったはず!ちょっと待っててくださいね!」
急いで自分の部屋に行き、箪笥の奥から昔着ていた甚平を引っ張り出した。今より背が伸びる前のモノだから、それでも少し大きいかもしれないけど、いい具合におれのかわいい子豚さんの下半身を冷えから守ってくれるはず。
上も出てきたけど、胸元が開きすぎている気がするから、これはしまっておこう。
ついでにTシャツも持って行こうと、上の引き出しを開けて色を選ぶ。
白は透けるから却下。青もきっと似合うし、薄墨も黒も見てみたい。ものすごく迷う。おれのかわいい子豚さんもおれの服を選ぶ時、いつもこんな感じなのだろうか。
「……全部持って行くか。」
結局選べずに白以外の比較的新しめのTシャツを全部重ねて持って行き、おれのかわいい子豚さんにどれがいいか尋ねた。
「うーん、じゃあ黒借りてもいい?」
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。お借りします。」
おれから受け取った黒いTシャツを抱えて、おれのかわいい子豚さんは再びお風呂に向かった。
「お風呂いただきました!」
障子の隙間から手ぬぐいを頭に巻いたままのおれのかわいい子豚さんが、障子からひょっこり顔を半分出した。
「寝間着、大丈夫そうですか?」
「うん、ありがとう。でも…」
気落ちした様子でおずおずと縁側に出て来ると、おれがいつも着ているTシャツを着たおれのかわいい子豚さんの姿に、ちょっとドキッとした。
なんていうか、着ているのに無防備な感じがする。胸元だってちゃんと隠れているのに、形を拾ってしまっている。
でも、おれのかわいい子豚さんが気にしているのはどうやらそこじゃないらしい。
「甚兵衛、普通にぴったりだった…むしろちょっと余裕ないかもしれない…」
「あぁ、けつがちょっとぱつっとしておるな。座ると裂けたりしてな!」
「そこまできつくないもん!」
前から見た感じ普通だけどと言おうとしたけど、虎に後ろから見てみろなんて言われたらかなわないから、黙っておれのかわいい子豚さんが座布団に座るのを見ていた。そこでなくても目の遣り場には困るけど。
「服貸してくれてありがとう。」
「いえ、お役に立ててよかったです。」
「しりは裂けなかったな。」
「裂けたら裂けたで面白かったかな?」
「うむ、我は腹が裂けるほど笑っただろう。」
「でもこれ陽太郎のだから。陽太郎は笑えないでしょ。」
「破れたら縫えばいいんですけど、問題はそこじゃないですね。」
おしりが破れたら下着が見えてしまうのに、おれのかわいい子豚さんは気にしないのかな…それとも、おれだから気にならないのかな…。
複雑な気持ちでいると、おれのかわいい子豚さんが襟ぐりを持って鼻に当て
「てかさ、このTシャツすっごい男の人の匂いするね!これ陽太郎の匂いってこと?」
新発見を楽しむように、無邪気におれに聞いてきた。身体中の熱が、顔に集中していく。
なんだかすごく恥ずかしい。ちゃんと、洗ってるんだけどな。
「あ…ごめんなさい。不快ですか?」
「ううん!サイズもちょっと大きめだし、なんか彼シャツみたいだなって。」
枯れシャツ…?
比較的新しいTシャツとはいえ、確かにもう何度着たかわからない。でも。
「繊維が枯れるほどは着てないと思いますけど…」
すると、おれのかわいい子豚さんと虎がきょとんとした顔をしたあと、二人で顔を見合わせて笑い出した。それはもう盛大に、お腹を抱えて。
「ちょっと、二人共笑いすぎじゃない?そんなにへんなこと言った?」
縁側のへりをばんばん叩いて笑っているおれのかわいい子豚さんに代わって、虎が目尻の涙を拭いながら説明してくれた。
“かれシャツ”は“枯れシャツ”じゃなくて、“彼シャツ”らしい。
恋人、もしくは意中の人、つまり“彼”の服を借りて着るシャツの呼び方で、女性にとって“胸きゅん必至”なのだそうだ。
着られている方からしたら、胸きゅん必至どころか悩殺寸前なんだけど。
といっても、残念ながらおれはおれのかわいい子豚さんの“彼”ではない。本当に、残念だけど。
「まったく、そんなことも知らんとは…乙女の一般常識の基本だぞ?な?」
「そうそう。彼シャツは女子の憧れだよ?」
どうして虎がそんなに得意げなのか、怪モノから乙女の一般常識を教わっている状況はさて置いて。
おれのかわいい子豚さんが着ているそれはおれのTシャツで、“彼シャツ”みたいだと喜んだ姿に、期待からくる誤解をしてしまいそうで、胸のあたりがざわめいて落ち着かない。
「そうなんですね。おれのかわいい子豚さんも憧れてるんですか?」
「それはまぁ、これでも一応女子なので。てか私のこと何だと思ってたわけ?」
「うーん、つい気になってしまって目が離せない、かわいらしい女性、かな?」
できればおれのかわいい子豚さんの、本物の“彼シャツ”の持ち主になりたいですとは言えず、今言えることを正直に言うと、おれのかわいい子豚さんは一瞬戸惑って照れたような顔をして口ごもった。
手ぬぐいを頭に巻いたままなところがまた、かわいいと思った。少しはドキッとしてくれたかな。
覗き込むように見つめると、ふいっと目を逸らされてしまった。その後ろで虎がにまにましている。
「もう、またそんなこと言って…でもあれだね、こうして男モノの服着てると、本当に彼氏ができたみたい!」
嬉しそうにはにかんで、平気でそんなことを言ってのけるところとか、本当に心臓に悪い。
こんな時、よければいつでもあなたの“彼”になりますよ?なんて、さらっと言えたらいいのにな。今言ったって困らせてしまうだけだから、当分言うつもりはないけど。
「おれのかわいい子豚は彼シャツを着たことがないのか?」
「ありませんけど?」
「恋人もいないのか?」
「いませんけど?」
「それなら…」
虎がおれをちらっと見る。何を言わんとしているのか、大体想像がつく。
「でもいいの。私にはずっと想ってる人がいるから。彼シャツは絶対にできないけど。」
「えっ?!」
さっきまで熱かった心臓が一気に冷えた。
まさかおれのかわいい子豚さんに、想い人がいたなんて。
「どんな人、なんですか?」
平静を装っているつもりだけど、声が震えていたかもしれない。
「よく食べて、よく寝て、強くて、すごく弟思いな人。」
想いを寄せている人を語っているのに、その横顔はどこか物悲しい。
「でもね、もう死んじゃったんだ。」
掛ける言葉が見当たらなかった。
おれのかわいい子豚さんは涙ぐんで、虎も涙ぐんで、賑やかだった縁側に、寂しくて悲しい空気が流れている。
「弟を守って死んじゃった。最期は笑ってたよ。笑って、『愛してくれてありがとう』って…うっ」
事件にでも巻き込まれてしまったのだろうか。愛する人を失う悲しみは、痛いほどわかる。
おれのかわいい子豚さんの背中をさすろうと手を伸ばした時。
「まさかお前、その想い人とやらは“火拳”ではあるまいな。」
「あ、もうそこまで行った?」
「その直前だ!!!まさかこんな形で先をバラされるとは…」
「大丈夫、知ってても泣くから。」
「まって、何の話?」
「ひと繋ぎの財宝を探す海賊の話だ。」
「本の話ってこと?」
「そうだ。どきどきわくわくはらはらの、夢とろまんの大冒険の数々。こいつが大量の本をわざわざ家から持って来たのも納得の面白さだぞ!お前も借りて読むといい!」
どうやらおれのかわいい子豚さんの亡くなった想い人は、物語の登場人物らしい。よかったのかよくないのかわからないけど、安心して身体の力が抜けていく。
紛らわしいことこの上なくて、驚かせないでくださいと言いたいところだけど。
真剣に悲しんでいるおれのかわいい子豚さんを見ていると、微笑ましく思えてしまって言えなくなる。
「そんなに面白いなら、おれも借りてもいいですか?おれのかわいい子豚さんの想い人、おれにも紹介してください。」
「もちろん!襖の前に置いておくね!あ、面白すぎて止まらなくなるけど、夜通し読むのはダメだよ?ちゃんと寝てね?」
「はい。楽しみだなぁ。さ、おれたちもお風呂に入ろうか。」
「よし!我が風呂であらすじを教えてやろう!“火拳”もいい漢だが、我は七段変形面白トナカイが…」
虎から聞いたあらすじと登場人物にわくわくして、おれのかわいい子豚さんから借りて読んだ本は本当に面白かった。
笑いあり涙ありで、こらえきれずに何度も泣いてしまった。
物語に引き込まれて読み続け、おれのかわいい子豚さんの想い人である“火拳”が出て来きた頃には結構な時間になっていた。絶対に“彼シャツ”ができないと言っていた理由もわかって、一人でふふっと笑ってしまった。
続きがだいぶ気になりつつもなんとか次の巻へと伸びる手を引き、約束通り寝ることにした。
それからというもの、おれのかわいい子豚さんはTシャツの着心地と寝心地がたいそう気に入ったらしく、夏の間中貸すことになった。動きやすいからと、そのまま台所に立つこともある。
“彼シャツ”と“お揃い”の両方を味わいたいと、同じ黒のTシャツを用意されていることもあって、ますます期待してしまって、勘違いしそうになる。
くすぐったくて嬉しくて、洗濯物が乾きづらかった雨続きの日に初めて感謝した。
今朝も用意されていた黒いTシャツに頭を通すと、ほんのり甘い匂いがした。おれのかわいい子豚さんの匂いだ。いつもと違う匂いがするからか、普段わからなかった自分の匂いも感じる。
このTシャツから、おれと、おれのかわいい子豚さんの匂いがする。
へんな気持ちになりそうだけど、脱げない自分もいて。
ほとほと呆れながらも“彼シャツ”の威力を実感したところで、ダメになる前に本物の“彼シャツ”になれたらいいな、なんて、心の中でTシャツに話し掛けながら、腰に巻いた作業着の袖をぎゅっと締めた。
―完―
【あとがき】
陽太郎の着古したTシャツが着たい。そんな邪な心から書きました。夢小説なんてものは邪な心で成り立っているので、これからも邪な心に従って邪な話をじゃんじゃん書いていこうと思います。
ちなみに私の推し海賊はサイボーグの船大工です。
1/1ページ