縁側の明星
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝ごはんを食べ終わり、台所で後片付けをしていると、故郷の友人から手紙が届いた。
急いで片付けを済ませて部屋に戻り、かわいらしい便箋を丁寧に開封して手紙を取り出すと、その子の家の匂いがしてとても懐かしい気持ちになった。
変わらない見慣れた字で、こちらの安否を気遣う内容と、共通の友人たちの近況報告がびっしり綴られていた。
主な内容は誰それが結婚したとか子どもが産まれたとか、送り主がフラれたりフッたりした話とか、誰それが浮気をしているとか、驚いたり笑ったり引いたりしながら夢中で読み進めていると、その最後に、私が昔いいなと思っていて、ちょっとだけいい感じになったことのある人が、よりによって私の嫌いな女と結婚したという情報が記されていた。
彼はとても優しくて面白く、いつも私を笑わせてくれたけど、いつからか悪い友達と連むようになり、身なりも話す内容も言葉遣いも、別人のように変わってしまった。いや、元々そうい素質があったのかもしれない。
幻滅に幻滅を重ねて距離を置くようになり、それからずっと疎遠になっていたので特に挨拶もせずここへ来た。だから別に、今も好きだとかそういうわけじゃない。今こうして名前を見るまで忘れていたくらいだ。それなのになぜ、こうして地味にショックを受けているのだろう。
それでもきっと、時間が経てばまたいつものように忘れるはず。
そう、思っていたのに。
差し入れの時も
「あっ!おれのかわいい子豚さんいらっしゃい!もしかして、差し入れですか?ありがとう、うれしいです。ん……?それ、味噌ですか?どうして味噌を…あ、きゅうり!きゅうりですね?今採ってくるので、ここで待っててください!」
お昼休憩の時も
「おれのかわいい子豚さん、無理して骨まで食べなくてもいいんですよ?喉に刺さったら危ないですから。」
台所で怪モノ退治用の虎のスープを作っている時も
「おいおれのかわいい子豚!じゃがいもを入れ忘れて…あっ!それは塩ではなく砂糖だ!塩はこっちだぞ!げっ!ニラが丸ごと入ってる……おいどうした?!しっかりしろ!」
おやつの時も
「おれのかわいい子豚さん、髪の毛も一緒に食べちゃってますよ?」
怪モノ退治の時も
「見つけたぞ!陽太郎!あいつよりも素早く動ける飯をくれ!」
「わかった!今籠降ろすから。」
「よし、これだな!ん…?なぜ籠に草履が入っておるのだ???」
「えっ?あ、本当だ。替えの草履かな?」
「それにしては…左右の大きさが違うようだが?」
こんな感じで、一日中やらかし放題してしまい、自己嫌悪になりながらの帰り道。歩き慣れた山道で
「うっ!!」
石を踏んで足を挫いてしまった。
「おれのかわいい子豚さん!大丈夫ですか?!」
「どうした?!腹でも下したか?!」
「ごめん、大丈夫…ちょっと捻っただけだから。」
しゃがみ込んでくるぶしを擦りながら、陽太郎に手を借りて立ち上がると、足首にズキンと強い痛みが走った。
「捻挫かな…骨が折れてないといいけど。虎、背中におれのかわいい子豚さんを座らせてくれる?」
「わかった!」
虎が変化を解いて元の姿で地面に伏せると、陽太郎は灯りを置いて私を抱え、その背にゆっくりと座らせた。
「ちょっと失礼しますね。」
草履を脱がせて痛めた足の親指をトントンと叩き
「痛いですか?」
「ううん。大丈夫。」
「骨までいってはなさそうですけど、何か支えるモノは…あっ」
籠を下ろして中から私が謎に入れてきた草履を取り出した。
「丁度よかった!これを添え木代わりにしましょう。痛かったら言ってくださいね?」
陽太郎は自分のズボンで草履の裏を拭き、患部にそえて手ぬぐいで丁寧に巻いてくれた。
「これでよし。おれは医者を呼んでくるから、おれのかわいい子豚さんを家まで連れて行ってくれる?」
「任せておけ!」
「まって!もう遅いし、ちょっと捻っただけだから大丈夫。」
「……わかりました。帰ったら冷やして、医者は明日朝一で呼びに行きます。それならいいですか?」
「うん、ごめんね。ありがとう。」
「このまま我の背に乗って帰るか?」
「いや、おれがおんぶするから、虎は籠持ってくれる?」
「わかった!おれのかわいい子豚は落ちないように、陽太郎にぎゅっとしがみつくんだぞ?」
陽太郎はどことなく嬉しそうな虎の顔の前に籠を置いて、私に背を向けて屈んだ。
「おれのかわいい子豚さん、乗って下さい。」
「でも、重いから…」
「大丈夫です。おれは村長だっておぶれるんですよ?くっつくのは気が進まないかもしれませんけど、今は我慢してください。」
「ううん、嫌じゃないよ。ありがとう。ごめんね…」
「あなたは何も悪くないですよ。さ、帰りましょう。痛かったら言ってくださいね?」
陽太郎におんぶしてもらい、山を降りて林に入った。家まではまだだいぶ距離がある。
「それにしても、今日の怪モノは雑魚ばかりだったな!我の敵ではないわ!」
「ずいぶん余裕で倒せるようになったし、本当に虎はすごいな。」
「へっへーん!そうだろうそうだろう?それに、今の我には陽太郎が育てた野菜とおれのかわいい子豚が作った飯があるからな。この調子で蛇も食ってやるから任せておけ!」
こんな大事な時なのに二人の足を引っ張って、迷惑を掛けてしまっていることに心底嫌気がさす。
「そうだな。おれのかわいい子豚さんがいてくれて本当に良かった。いつもおれの野菜でおいしい料理を作ってくれてありがとう。」
虎のと陽太郎の言葉のあたたかさに、背中のぬくもりに目の奥が熱くなり、目の前に溜まった涙がぼろりとこぼれ落ちてしまった。
「どうした!!やはり足が痛むのか?!」
「うん、痛い…なんか、すごく痛いかも…」
一度溢れだしたら堰を切って止められず、足の痛みのせいにして、陽太郎の背中でおもいっきりみっともなく泣いた。
「虎」
「…(コクっ)」
それから陽太郎も虎も何も言わずにゆっくりと歩き出し、どうやら遠回りをしたみたいで、私が泣き止む頃に家に着いた。
縁側に座り、陽太郎が用意してくれた氷嚢で足首を冷やしながら、水で濡らして絞った手ぬぐいで目も一緒に冷やした。きっと二人は私が泣いた理由を知りたがっているだろうけど、どう伝えたらいいか分からない。伝えられる気がしない。
「寒くないですか?」
「大丈夫。取り乱しちゃってごめんね。お恥ずかしい限りです…」
「気にするな。涙は女の武器だ。」
「それちょっと違くない?おれのかわいい子豚さん、何があったのか…聞いてもいいですか?今日一日様子が変だったから、実はずっと気になってて…」
「心ここに在らず、だったな。」
何があったのか。自分でも何があったのかよくわからない。
友人から来た手紙を読んで、故郷のみんなの近況と、初恋になり損ねた相手が、よりによって私の嫌いな女と結婚したこと知った。それに対して地味にショックを受けて…それからなんとなく胸の中がぐちゃぐしゃになってしまったような気がする。
順を追いながらなんとかそう説明すると、真剣に話を聞いてくれていた陽太郎と虎が「なるほど」「ふむ」と少しの間思案して、先に口を開いたのは虎だった。
「お前、本当はまだそいつのことが好きなのではないか?」
「それはないと思う。今まで存在すら忘れてたし、顔は覚えてるけど声が思い出せないし…だからなんでこんな気持ちになってるのかまったく分からないんだよね…」
「そいつの幸せが許せないのか?」
「そういうわけでもないんだけど…」
「ならば先を越されて悔しいとか?」
「それもあるのかな…わかんない。」
「お前も結婚したいのか?」
「どうかな…いずれはするものなんだろうけど、今はまだピンとこないかな。今はそれ以前の問題の気もするし。」
そう、結婚云々の前に、私は怪モノに憑かれているのだ。まずこれをどうにかしないことには夢を描いたところでどうすることもできない。それでも時間は容赦なく、平等に流れていく。
またふと心に影が落ちた時
「ふむ…フクザツだな。陽太郎はどう思う?おれのかわいい子豚の気持ち、お前にはわかるか?」
今まで黙って話を聞いていた陽太郎が、静かに口を開いた。
「自分でも、自分の気持ちがわからない時ってあるんだよ。おれのかわいい子豚さんは特に、自分のことは後回しにしちゃうから。だから…泣き出してしまった理由は、その手紙の内容だけじゃないんじゃないかな。」
「というと?」
「きっと知らず知らずのうちに積み重なってたモノがあって、片付ける前に手紙がきっかけで崩れちゃったんだと思う。おれのかわいい子豚さんはおれ達が心配しても、いつも大丈夫って言って笑ってくれるだろ?それって、安心させようとしてくれてるのもあるけど、自分に言い聞かせてる部分もあるんじゃないかな。故郷が恋しい気持ちとか、体調のままならなさとか、自分を不甲斐なく思ってしまう気持ちとか、そういう辛くて悲しい気持ちは、できれば見て見ぬふりをしたいから。そうじゃないと、立ち止まりたくないのに立ち止まってしまいそうで…そこで立ち止まったら、もう二度と歩けないんじゃないかって思って、怖くなるんだよ。」
「それだ…」
陽太郎の言葉がすとんと胸に入ってきて、ぐちゃぐちゃに絡まっていたものが一本の筋となって消えた。
自分でも理解できなかった自分の気持ちを全部言葉にしてくれて、あまりにもその通り過ぎて驚きを隠せない。
「ねぇ、なんでわかるの?」
「おれも…そうだったから。少しだけ、あなたの気持ちがわかる気がします。でも、できれば一人で泣いてほしくないかな。とはいえ人前で泣きたくない気持ちもよくわかるので、一人で泣きたいときはおもいっきり一人で泣いてください。おれも虎も、気づいたとしても何も言いませんから。」
「そうだな。そんな野暮な真似はせん。あ、ヤケ食いするなら付き合うぞ!涙の味も、分け合えばまた乙だからな。」
「二人ともありがとう。でも、ほんと驚いちゃった…陽太郎、私よりも私のことがわかってるみたい。」
「それはそうだろう。なんてったって陽太郎はお前のことを常日頃からよく見ているからな!それはもう、穴が開いてもおかしくないくらい「虎~?」
慌てて両手で口を押えて、私の陰に隠れた虎を覗き込む陽太郎は年相応で
「まったく…すぐ余計なことを言うんだから。」
照れくさそうにため息をつく横顔に
「いつも見ててくれて、気に掛けてくれてありがとう。」
心からの感謝を伝えた。私にはこんなに頼もしくて優しい二人が傍にいてくれる。これほど心強いことはない。
陽太郎のはにかんだ笑顔に綻んで、見上げた夜空には故郷では見ることのできないような無数の星々が、一つ一つ力強く、生き生きと輝いている。
明日手紙の返事を書こう。内容は、手紙をくれたお礼と、恋に忙しかった友人への労いの言葉。それから他の友人たちへの伝言と、クソ夫婦誕生への悪態。最後に、私の秘密にしている気持ちも打ち明けよう。きっと応援してくれるはず。
そわそわしながら盗み見た横顔は、どの星よりも輝いて見えた。
―完―
【あとがき】
落ち込んだ時こそ縁がわへ。その思いだけで勢いで書いた雰囲気話。
いつでも寄り添ってくれる陽太郎と、元気づけてくれる虎。最強の組み合わせ。まさにお茶と茶菓子のよう。しかし彼らもまた己の弱さやどうにもならない現実に打ちのめされ、人知れず涙を流した経験があるからこそ、ひとに優しくできるのではと、そう思う次第でございます。
急いで片付けを済ませて部屋に戻り、かわいらしい便箋を丁寧に開封して手紙を取り出すと、その子の家の匂いがしてとても懐かしい気持ちになった。
変わらない見慣れた字で、こちらの安否を気遣う内容と、共通の友人たちの近況報告がびっしり綴られていた。
主な内容は誰それが結婚したとか子どもが産まれたとか、送り主がフラれたりフッたりした話とか、誰それが浮気をしているとか、驚いたり笑ったり引いたりしながら夢中で読み進めていると、その最後に、私が昔いいなと思っていて、ちょっとだけいい感じになったことのある人が、よりによって私の嫌いな女と結婚したという情報が記されていた。
彼はとても優しくて面白く、いつも私を笑わせてくれたけど、いつからか悪い友達と連むようになり、身なりも話す内容も言葉遣いも、別人のように変わってしまった。いや、元々そうい素質があったのかもしれない。
幻滅に幻滅を重ねて距離を置くようになり、それからずっと疎遠になっていたので特に挨拶もせずここへ来た。だから別に、今も好きだとかそういうわけじゃない。今こうして名前を見るまで忘れていたくらいだ。それなのになぜ、こうして地味にショックを受けているのだろう。
それでもきっと、時間が経てばまたいつものように忘れるはず。
そう、思っていたのに。
差し入れの時も
「あっ!おれのかわいい子豚さんいらっしゃい!もしかして、差し入れですか?ありがとう、うれしいです。ん……?それ、味噌ですか?どうして味噌を…あ、きゅうり!きゅうりですね?今採ってくるので、ここで待っててください!」
お昼休憩の時も
「おれのかわいい子豚さん、無理して骨まで食べなくてもいいんですよ?喉に刺さったら危ないですから。」
台所で怪モノ退治用の虎のスープを作っている時も
「おいおれのかわいい子豚!じゃがいもを入れ忘れて…あっ!それは塩ではなく砂糖だ!塩はこっちだぞ!げっ!ニラが丸ごと入ってる……おいどうした?!しっかりしろ!」
おやつの時も
「おれのかわいい子豚さん、髪の毛も一緒に食べちゃってますよ?」
怪モノ退治の時も
「見つけたぞ!陽太郎!あいつよりも素早く動ける飯をくれ!」
「わかった!今籠降ろすから。」
「よし、これだな!ん…?なぜ籠に草履が入っておるのだ???」
「えっ?あ、本当だ。替えの草履かな?」
「それにしては…左右の大きさが違うようだが?」
こんな感じで、一日中やらかし放題してしまい、自己嫌悪になりながらの帰り道。歩き慣れた山道で
「うっ!!」
石を踏んで足を挫いてしまった。
「おれのかわいい子豚さん!大丈夫ですか?!」
「どうした?!腹でも下したか?!」
「ごめん、大丈夫…ちょっと捻っただけだから。」
しゃがみ込んでくるぶしを擦りながら、陽太郎に手を借りて立ち上がると、足首にズキンと強い痛みが走った。
「捻挫かな…骨が折れてないといいけど。虎、背中におれのかわいい子豚さんを座らせてくれる?」
「わかった!」
虎が変化を解いて元の姿で地面に伏せると、陽太郎は灯りを置いて私を抱え、その背にゆっくりと座らせた。
「ちょっと失礼しますね。」
草履を脱がせて痛めた足の親指をトントンと叩き
「痛いですか?」
「ううん。大丈夫。」
「骨までいってはなさそうですけど、何か支えるモノは…あっ」
籠を下ろして中から私が謎に入れてきた草履を取り出した。
「丁度よかった!これを添え木代わりにしましょう。痛かったら言ってくださいね?」
陽太郎は自分のズボンで草履の裏を拭き、患部にそえて手ぬぐいで丁寧に巻いてくれた。
「これでよし。おれは医者を呼んでくるから、おれのかわいい子豚さんを家まで連れて行ってくれる?」
「任せておけ!」
「まって!もう遅いし、ちょっと捻っただけだから大丈夫。」
「……わかりました。帰ったら冷やして、医者は明日朝一で呼びに行きます。それならいいですか?」
「うん、ごめんね。ありがとう。」
「このまま我の背に乗って帰るか?」
「いや、おれがおんぶするから、虎は籠持ってくれる?」
「わかった!おれのかわいい子豚は落ちないように、陽太郎にぎゅっとしがみつくんだぞ?」
陽太郎はどことなく嬉しそうな虎の顔の前に籠を置いて、私に背を向けて屈んだ。
「おれのかわいい子豚さん、乗って下さい。」
「でも、重いから…」
「大丈夫です。おれは村長だっておぶれるんですよ?くっつくのは気が進まないかもしれませんけど、今は我慢してください。」
「ううん、嫌じゃないよ。ありがとう。ごめんね…」
「あなたは何も悪くないですよ。さ、帰りましょう。痛かったら言ってくださいね?」
陽太郎におんぶしてもらい、山を降りて林に入った。家まではまだだいぶ距離がある。
「それにしても、今日の怪モノは雑魚ばかりだったな!我の敵ではないわ!」
「ずいぶん余裕で倒せるようになったし、本当に虎はすごいな。」
「へっへーん!そうだろうそうだろう?それに、今の我には陽太郎が育てた野菜とおれのかわいい子豚が作った飯があるからな。この調子で蛇も食ってやるから任せておけ!」
こんな大事な時なのに二人の足を引っ張って、迷惑を掛けてしまっていることに心底嫌気がさす。
「そうだな。おれのかわいい子豚さんがいてくれて本当に良かった。いつもおれの野菜でおいしい料理を作ってくれてありがとう。」
虎のと陽太郎の言葉のあたたかさに、背中のぬくもりに目の奥が熱くなり、目の前に溜まった涙がぼろりとこぼれ落ちてしまった。
「どうした!!やはり足が痛むのか?!」
「うん、痛い…なんか、すごく痛いかも…」
一度溢れだしたら堰を切って止められず、足の痛みのせいにして、陽太郎の背中でおもいっきりみっともなく泣いた。
「虎」
「…(コクっ)」
それから陽太郎も虎も何も言わずにゆっくりと歩き出し、どうやら遠回りをしたみたいで、私が泣き止む頃に家に着いた。
縁側に座り、陽太郎が用意してくれた氷嚢で足首を冷やしながら、水で濡らして絞った手ぬぐいで目も一緒に冷やした。きっと二人は私が泣いた理由を知りたがっているだろうけど、どう伝えたらいいか分からない。伝えられる気がしない。
「寒くないですか?」
「大丈夫。取り乱しちゃってごめんね。お恥ずかしい限りです…」
「気にするな。涙は女の武器だ。」
「それちょっと違くない?おれのかわいい子豚さん、何があったのか…聞いてもいいですか?今日一日様子が変だったから、実はずっと気になってて…」
「心ここに在らず、だったな。」
何があったのか。自分でも何があったのかよくわからない。
友人から来た手紙を読んで、故郷のみんなの近況と、初恋になり損ねた相手が、よりによって私の嫌いな女と結婚したこと知った。それに対して地味にショックを受けて…それからなんとなく胸の中がぐちゃぐしゃになってしまったような気がする。
順を追いながらなんとかそう説明すると、真剣に話を聞いてくれていた陽太郎と虎が「なるほど」「ふむ」と少しの間思案して、先に口を開いたのは虎だった。
「お前、本当はまだそいつのことが好きなのではないか?」
「それはないと思う。今まで存在すら忘れてたし、顔は覚えてるけど声が思い出せないし…だからなんでこんな気持ちになってるのかまったく分からないんだよね…」
「そいつの幸せが許せないのか?」
「そういうわけでもないんだけど…」
「ならば先を越されて悔しいとか?」
「それもあるのかな…わかんない。」
「お前も結婚したいのか?」
「どうかな…いずれはするものなんだろうけど、今はまだピンとこないかな。今はそれ以前の問題の気もするし。」
そう、結婚云々の前に、私は怪モノに憑かれているのだ。まずこれをどうにかしないことには夢を描いたところでどうすることもできない。それでも時間は容赦なく、平等に流れていく。
またふと心に影が落ちた時
「ふむ…フクザツだな。陽太郎はどう思う?おれのかわいい子豚の気持ち、お前にはわかるか?」
今まで黙って話を聞いていた陽太郎が、静かに口を開いた。
「自分でも、自分の気持ちがわからない時ってあるんだよ。おれのかわいい子豚さんは特に、自分のことは後回しにしちゃうから。だから…泣き出してしまった理由は、その手紙の内容だけじゃないんじゃないかな。」
「というと?」
「きっと知らず知らずのうちに積み重なってたモノがあって、片付ける前に手紙がきっかけで崩れちゃったんだと思う。おれのかわいい子豚さんはおれ達が心配しても、いつも大丈夫って言って笑ってくれるだろ?それって、安心させようとしてくれてるのもあるけど、自分に言い聞かせてる部分もあるんじゃないかな。故郷が恋しい気持ちとか、体調のままならなさとか、自分を不甲斐なく思ってしまう気持ちとか、そういう辛くて悲しい気持ちは、できれば見て見ぬふりをしたいから。そうじゃないと、立ち止まりたくないのに立ち止まってしまいそうで…そこで立ち止まったら、もう二度と歩けないんじゃないかって思って、怖くなるんだよ。」
「それだ…」
陽太郎の言葉がすとんと胸に入ってきて、ぐちゃぐちゃに絡まっていたものが一本の筋となって消えた。
自分でも理解できなかった自分の気持ちを全部言葉にしてくれて、あまりにもその通り過ぎて驚きを隠せない。
「ねぇ、なんでわかるの?」
「おれも…そうだったから。少しだけ、あなたの気持ちがわかる気がします。でも、できれば一人で泣いてほしくないかな。とはいえ人前で泣きたくない気持ちもよくわかるので、一人で泣きたいときはおもいっきり一人で泣いてください。おれも虎も、気づいたとしても何も言いませんから。」
「そうだな。そんな野暮な真似はせん。あ、ヤケ食いするなら付き合うぞ!涙の味も、分け合えばまた乙だからな。」
「二人ともありがとう。でも、ほんと驚いちゃった…陽太郎、私よりも私のことがわかってるみたい。」
「それはそうだろう。なんてったって陽太郎はお前のことを常日頃からよく見ているからな!それはもう、穴が開いてもおかしくないくらい「虎~?」
慌てて両手で口を押えて、私の陰に隠れた虎を覗き込む陽太郎は年相応で
「まったく…すぐ余計なことを言うんだから。」
照れくさそうにため息をつく横顔に
「いつも見ててくれて、気に掛けてくれてありがとう。」
心からの感謝を伝えた。私にはこんなに頼もしくて優しい二人が傍にいてくれる。これほど心強いことはない。
陽太郎のはにかんだ笑顔に綻んで、見上げた夜空には故郷では見ることのできないような無数の星々が、一つ一つ力強く、生き生きと輝いている。
明日手紙の返事を書こう。内容は、手紙をくれたお礼と、恋に忙しかった友人への労いの言葉。それから他の友人たちへの伝言と、クソ夫婦誕生への悪態。最後に、私の秘密にしている気持ちも打ち明けよう。きっと応援してくれるはず。
そわそわしながら盗み見た横顔は、どの星よりも輝いて見えた。
―完―
【あとがき】
落ち込んだ時こそ縁がわへ。その思いだけで勢いで書いた雰囲気話。
いつでも寄り添ってくれる陽太郎と、元気づけてくれる虎。最強の組み合わせ。まさにお茶と茶菓子のよう。しかし彼らもまた己の弱さやどうにもならない現実に打ちのめされ、人知れず涙を流した経験があるからこそ、ひとに優しくできるのではと、そう思う次第でございます。
1/1ページ