そして犬になる
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝洗濯物を干していると、虎が少ししゃがれた声で私の名前を呼びながらぽてぽてと駆け寄って来た。ギンギンな目をして何やら怪しげな小瓶を抱えている。
「虎寝てないの?」
「まぁな…何せ初の試みだから時間が掛かってしまってな。そんなことよりついに完成したぞ!」
虎が小瓶を掲げて私に差し出したので、しゃがんで受け取ると中の液体がたぷっと揺れた。
「何が完成したの?」
「前に動物と話してみたいと言っていただろう?我の気をたっぷり込めたそれを飲めば、その望みが叶うぞ!」
にわかに信じ難い話であり、そんな不思議な、魔法のような液体の原材料も気になる。
「これ…何が入ってるの?」
呪術さながら何かの生き血とか黒イモリとか、蛇の脳みそとかそんな物が入っていたら、夢が叶うとしても飲めないし、飲めたとしても吐いてしまう。
「案ずるな。変なモノは入っとらん。草花と木の実と、干して粉末にした魚と鳥の骨、それと我の気だ。飲みやすいようにハチミツも少し入れておいたぞ!」
目がギンギンなので警戒していたけど、聞いた限りでは吐かずに済みそうだ。悪臭覚悟で恐る恐る小瓶の蓋を開けて鼻を近付けると、中から温かい湯気が立ち昇り、寒い時に虎がよく飲んでいるハチミツ生姜湯の匂いがした。
意外にも全然飲めそうというか、むしろ美味しそうですらある。
「効果は日付けが変わるまでだ。気の済むまで動物達と話すといい!」
いつだったかなんとなく話しただけのことを覚えていてくれて、私の為にこうして徹夜までしてくれて、嬉しさのあまり涙が出そうになった。
「虎ありがとね。」
「礼には及ばんが、どうしてもというならけえきを焼いてくれ!」
「もちろん!ハチミツたっぷりね!」
「やったー!!さぁさぁ、ぐいっと飲め!」
虎に促されて涙ごとその液体を一気に口に流し込んだ。不思議なことに味はしない。ごくりごくりと飲み込んでから数秒すると、急にお腹のあたりが重く熱くなり、そこから渦のように広がって、表と裏がぐるりと入れ替わったような感覚に襲われた。虎が変じ水を飲んで“気”が変わる瞬間の状態を説明してくれた事があったけど、こういうことかと身を持って理解した。
あまりの衝撃に目をぎゅっと閉じて目眩に耐えていると、お腹に感じていた重さと熱さがふっと無くなり、嵐がスーッと引いていった。それから恐る恐るゆっくり目を開けると、視界いっぱいに虎の顔があった。
「成功したか!おれのかわいい子豚、我の言葉はわかるか?」
そりゃあわかるよ、と言ったつもりが
「わん!」
自分の口から出たのは犬の鳴き声だった。
「ならばよし!今から好きなだけ動物達と話すがいい!」
クマが深く刻まれた虎の大きな満面の笑顔から視線を自分の体に移すと、毛むくじゃらの足とやたら近い地面。これはもしかして…
「わんっわんわん!(えっ?!犬になってる?!)」
人間のまま動物と話せると思ってたから、まさか自分が動物になるなんて思ってもみなかった。
虎に抗議をしようとすると、待ち焦がれていたような足音が聞こえてきて、それから本能的に好ましい匂いがして、身体が無条件に歓喜の反応を始めた。
「案ずるな。陽太郎には我がうまく言っておくから、お前は堂々としていろ!」
堂々ととは?そんな疑問を浮かべながらも、気付くと陽太郎の元へ一目散に駆け寄っていた。
「えっ、犬?!なんで犬がうちにいるの?」
「わんっ!わんっ!わふっ!(陽太郎!私です!おれのかわいい子豚です!)」
「わぁ、可愛い…お前、どこから来たの?」
陽太郎の大きな手が下から差し出され、ふんふんと匂いを嗅ぐと無性に安心した。
そうだ、私は今は犬。突然なめてもきっと許される。
恐る恐る差し出された手をぺろっとなめると急激に嬉しくなってしまい、ぺろぺろするのがやめられない止まらない。
「ふふっ、くすぐったい。人懐っこいし毛並みも綺麗だし、どこの家の子だろう…見た事ないけど、迷子になっちゃったのかな。」
「そいつは都会から来たらしく、主人の用事が終わるまで暇を持て余しているらしい。だから我がサカモトを案内してやろうと思ってな!」
「勝手に連れ出して大丈夫?」
「心配ない。むしろ我といる方が安心だろう。」
「うーん…確かに怪モノもいるし、ひとりにしておくよりはいいか。」
すると、陽太郎は私をひょいっと抱き上げて、こともあろうかちんちんの有無を確認した。こんな明るいところでじっくり見られたことないから恥ずかしすぎる。それなのに、しっぽの振れが止まらない。
「あっ、やっぱり女の子だ。あまり遅くなると心配するだろうから、ちゃんと日暮れまでには帰すんだぞ?そうだ、名前はなんていうの?」
「名前?!名前は……」
虎が困って私の方を見たので
「わん!(ハルカです!)」
とっさに思いついた綺麗な女優さんの名前を名乗り出た。自分の名前を言うわけにはいかないから、犬になった時くらい大目に見て欲しい。そう思ったのに、虎は「?」みたいな顔をしてから少し考え、ニヤリと笑った。
「聞いて驚くなよ?こいつの名前もおれのかわいい子豚だ!」
「へぇ、そんな偶然あるんだな。そう聞くとどことなく似てる気が…」
ものすごい至近距離でまじまじと見られ、欲望に抗えず陽太郎の鼻の頭をなめてしまった。やはり一度なめると止まらなく、頬や口、特に口は一生なめ続けられそうなほど止まらない。
「ぷふっ!熱烈だ○※□んっ…!」
「どうやらこのおれのかわいい子豚は相当お前のことが気に入ったらしい。そこで頼みがある。」
「ふぅ、なに?」
「訳あって我は昨夜から一睡もしてない。おれのかわいい子豚を案内してやりたいのは山々だが、どうやら限界が来たようだ。我の代わりにおれのかわいい子豚の面倒を見てやってはくれぬか?」
「それはぷふっ、○〜※□◇#!」
「おれのかわいい子豚落ち着け!これでは会話にならん!」
虎の大きな声でハッと我に返り、舌をさっと引っ込めた。陽太郎が拒まないのをいいことにぺろぺろぺろぺろと、犬畜生にも程がある。
「それはかまわないけど…畑があるから外には連れ出せないけどいいの?」
「わんわん!きゅん!(全然いいです!ずっと抱っこしてて!)」
「おれのかわいい子豚はずっとお前の傍にいたいそうだ。」
「おれのかわいい子豚さんが、ずっとおれの傍に…」
「頼んだぞ陽太郎!もう駄目だ、我は寝る。」
そう言って、虎は目をシパシパさせながら家に入って行った。
「あっ虎…!まいったな。とりあえずお水を用意して…あっ、おれのかわいい子豚さん、お腹すいてませんか?」
「(すいてないよ)」フリフリ!
「そうですか、じゃあ一緒に畑に行きましょう。」
「わん!(はーい!)」
それから日除けの下に風呂敷と座布団、その横にお水を用意してもらい、じっと座って陽太郎の畑姿を見ていた。
笑い掛けられると駆け寄りたくなるほど嬉しくて、少しでもこちらに来ると撫でて欲しくてしっぽが大きく揺れる。
陽太郎に構ってもらえるのが待ち遠しくて待ち遠しくて仕方なく、一挙一動見逃したくない。それなのに眠くて眠くて仕方なく、うとうとしてしまう。
やがて温もりに包み込まれて陽太郎の匂いでいっぱいになり、大きな手で撫でられているうちに安心して眠ってしまった。
「おれのかわいい子豚さん、そろそろおやつの時間終わっちゃいますよ?」
「ん……ん?おやつ?!」
おやつという言葉に反応して目を覚ますと、目の前には陽太郎が着ていたシャツが。
「あっ、起きた。」
「犬…」
「犬?」
むくりと起き上がって状況を確認すると、ここは縁側で私は人間で、どうやら陽太郎の膝で眠りこけていたらしい。
「いつの間に寝ちゃったの?全然覚えてないんだけど…」
「あなたが疲れを溜めているからと、虎がまたお香を作ったんです。それが今までにないくらい強力だったらしく、焚く前に少し蓋を開けたら寝てしまって…おれが来た時にはすでにぐっすりでした。また具合が悪くなって倒れてしまったのかと思ってひやひやしましましたよ。」
「虎は?」
「あなたのお腹に乗って心音を聴いた後、お香作りで徹夜したから限界だとかで、部屋に戻ってぐっすり寝てます。」
そうだ、お茶を淹れて縁側に出て一服してたら突然猛烈な眠気に襲われて、一瞬で気を失ったんだった。まさかお香の襲撃に遭っていたとは思わなかった。
「じゃあ、夢だったのか……」
「どんな夢を見たんですか?」
「それがさ」
私が見た夢の内容を、陽太郎に包み隠さず話した。犬になって陽太郎の顔をなめまくったことも、包み隠さず全部話した。
「なるほど…だからか。」
「え、なに?」
「虎がここであのあまーい生姜湯を飲んでたんですけど、その時おれのかわいい子豚さん、鼻をすんすんってしたんです。虎みたいに。」
「まってもう恥ずかしい。」
「あっ、じゃあやめておきますか?」
陽太郎の中だけに留めておかれても恥ずかしいし、寝ている間人間の体でどこまで犬になりきっていたのか、聞くのは怖いけど興味がありすぎる。
夢に出てきたあの液体の匂いと、飲んでも味がしなかったのに納得し、答え合わせのようで面白くもある。
「いや……大丈夫、続けてください。」
「それで、あなたの頭を座布団からおれの膝に乗せた後、お腹の方に寝返りをうってぎゅっとしがみついたんです。しきりに顔を寄せて吸い込むので、少しくすぐったくて。」
「ごめん…ほんとごめん。」
「甘えてるみたいですごく可愛かったですよ?」
「あの、まさかぺろぺろしてないよね?」
「あ〜……」
一番気掛かりなところで、陽太郎は視線を外して頬を赤らめた。
私は陽太郎のどこかしらを、寝ている間にぺろぺろしてしまったのだろうか。
「寝返りをうった時、髪の毛が口に入ってしまっていたので、それを取ろうとしたら…」
「したら…?」
「指を……ぺろっと。」
「今すぐ穴掘って…入るから。あっ犬なんだから自分で掘ればいいか!」
「おれのかわいい子豚さん落ち着いて!大丈夫です、ちょっとへんな気分になりそうでしたけど、どこにも触ってませんから!」
「でも陽太郎ちんちんあるかどうか私のおまた確認してたよ!白昼堂々至近距離で、私のおまた確認してたよ!」
「それは夢の中の話ですよね?!暗いところでだってまだそんなにじっくり見た事ないのに…って、あれ?何の話でしたっけ?」
「ぺろぺろ」
「そうだ、指を少しだけ…って話でしたね。それから特に変わった動きはしてませんでしたよ?丸まって寝ていたくらいで。」
「そっか、よくはないけどよかった。」
「それにしても、犬になったおれのかわいい子豚さんか…すごく可愛いんだろうなぁ。おれの夢にも出てきてくれないかな?」
「とんでもなくぺろぺろしてたけど大丈夫?耐えられる?」
「最上級の愛情表現ですよ?嬉しいじゃないですか。」
夢の中でも外でも激しい愛情表現を受け止めてくれるなんて、もう一回犬になりたい。でも
「私は、今度は陽太郎が犬になった夢が見て見たいけど。」
「おれがですか?」
「うん、なんかすごい“まて”ができそう。」
「本当に、そう思いますか?」
陽太郎の表情が変わり、大きな手が頬を包み込んだ。
「あなたが思うほど、おれは辛抱強くないですよ?」
親指が唇をなぞっていき、横髪を耳にそっと掛けられた。陽太郎の唇がゆっくりとそこに近付いてきて
「あなたは?どこまで“まて”ができますか?」
嬉ションするかと思った。
「一秒たりともできないかも…」
「ふふっ、可愛くて困ったわんちゃんですね。」
嬉しそうに私の髪を撫でる陽太郎を見ていると、今すぐその胸に飛びついて、最上級の愛情表現をお見舞いしたくなる。
「陽太郎、“よし”って言って?」
「今ですか?じゃあ…こっち来て?襖閉めますね。」
茶の間に引っ込み、襖を閉めた陽太郎の“よし”を得て最上級の愛情表現をぶつけると
「今度はおれが“まて”できなくなるから、今はここまでにしておきましょう?」
「“よし”って言ったら?」
「場所を…変えます。」
真顔で言うから思わず笑ってしまったけど、大好物を目の前にすっかり“まて”ができなくなってしまった私たちは、場所を変えてから初めて服の乱れを最小限に留め、史上最短で事を成したのだが――。
不完全燃焼ではあったので、夜のお散歩でくたくたになるまで発散した後で、陽太郎が布団に沈んだのは、丁度日付が変わった時のことだった。
―完―
【あとがき】
ある乙女にまたしても滾らせて頂き、正気と知能を全て捨てて楽しく書きました。
Rシーンも詳細に書くか、はたまたこの話自体を振り切ったR18にするかとても迷いましたが、パッと出てきたお話をとにかく書いて出したい気持ちが抑えきれず、“まて”が出来なかった次第で御座います。
おれのかわいい子豚さんは陽太郎の犬になりたいですか?それとも陽太郎におれのかわいい子豚さんの犬になってもらいたいですか?私はどっちもです。公式様のいつかのエイプリルフールでは陽太郎はトイプードルになっておりましたが、個人的には彼はゴールデンレトリバーだと思います。あと、陽太郎と柴犬の組み合わせは最強ですので、えんだん×いぬのきもちコラボでわんわんカレンダー作って欲しいと切に願っております。
「虎寝てないの?」
「まぁな…何せ初の試みだから時間が掛かってしまってな。そんなことよりついに完成したぞ!」
虎が小瓶を掲げて私に差し出したので、しゃがんで受け取ると中の液体がたぷっと揺れた。
「何が完成したの?」
「前に動物と話してみたいと言っていただろう?我の気をたっぷり込めたそれを飲めば、その望みが叶うぞ!」
にわかに信じ難い話であり、そんな不思議な、魔法のような液体の原材料も気になる。
「これ…何が入ってるの?」
呪術さながら何かの生き血とか黒イモリとか、蛇の脳みそとかそんな物が入っていたら、夢が叶うとしても飲めないし、飲めたとしても吐いてしまう。
「案ずるな。変なモノは入っとらん。草花と木の実と、干して粉末にした魚と鳥の骨、それと我の気だ。飲みやすいようにハチミツも少し入れておいたぞ!」
目がギンギンなので警戒していたけど、聞いた限りでは吐かずに済みそうだ。悪臭覚悟で恐る恐る小瓶の蓋を開けて鼻を近付けると、中から温かい湯気が立ち昇り、寒い時に虎がよく飲んでいるハチミツ生姜湯の匂いがした。
意外にも全然飲めそうというか、むしろ美味しそうですらある。
「効果は日付けが変わるまでだ。気の済むまで動物達と話すといい!」
いつだったかなんとなく話しただけのことを覚えていてくれて、私の為にこうして徹夜までしてくれて、嬉しさのあまり涙が出そうになった。
「虎ありがとね。」
「礼には及ばんが、どうしてもというならけえきを焼いてくれ!」
「もちろん!ハチミツたっぷりね!」
「やったー!!さぁさぁ、ぐいっと飲め!」
虎に促されて涙ごとその液体を一気に口に流し込んだ。不思議なことに味はしない。ごくりごくりと飲み込んでから数秒すると、急にお腹のあたりが重く熱くなり、そこから渦のように広がって、表と裏がぐるりと入れ替わったような感覚に襲われた。虎が変じ水を飲んで“気”が変わる瞬間の状態を説明してくれた事があったけど、こういうことかと身を持って理解した。
あまりの衝撃に目をぎゅっと閉じて目眩に耐えていると、お腹に感じていた重さと熱さがふっと無くなり、嵐がスーッと引いていった。それから恐る恐るゆっくり目を開けると、視界いっぱいに虎の顔があった。
「成功したか!おれのかわいい子豚、我の言葉はわかるか?」
そりゃあわかるよ、と言ったつもりが
「わん!」
自分の口から出たのは犬の鳴き声だった。
「ならばよし!今から好きなだけ動物達と話すがいい!」
クマが深く刻まれた虎の大きな満面の笑顔から視線を自分の体に移すと、毛むくじゃらの足とやたら近い地面。これはもしかして…
「わんっわんわん!(えっ?!犬になってる?!)」
人間のまま動物と話せると思ってたから、まさか自分が動物になるなんて思ってもみなかった。
虎に抗議をしようとすると、待ち焦がれていたような足音が聞こえてきて、それから本能的に好ましい匂いがして、身体が無条件に歓喜の反応を始めた。
「案ずるな。陽太郎には我がうまく言っておくから、お前は堂々としていろ!」
堂々ととは?そんな疑問を浮かべながらも、気付くと陽太郎の元へ一目散に駆け寄っていた。
「えっ、犬?!なんで犬がうちにいるの?」
「わんっ!わんっ!わふっ!(陽太郎!私です!おれのかわいい子豚です!)」
「わぁ、可愛い…お前、どこから来たの?」
陽太郎の大きな手が下から差し出され、ふんふんと匂いを嗅ぐと無性に安心した。
そうだ、私は今は犬。突然なめてもきっと許される。
恐る恐る差し出された手をぺろっとなめると急激に嬉しくなってしまい、ぺろぺろするのがやめられない止まらない。
「ふふっ、くすぐったい。人懐っこいし毛並みも綺麗だし、どこの家の子だろう…見た事ないけど、迷子になっちゃったのかな。」
「そいつは都会から来たらしく、主人の用事が終わるまで暇を持て余しているらしい。だから我がサカモトを案内してやろうと思ってな!」
「勝手に連れ出して大丈夫?」
「心配ない。むしろ我といる方が安心だろう。」
「うーん…確かに怪モノもいるし、ひとりにしておくよりはいいか。」
すると、陽太郎は私をひょいっと抱き上げて、こともあろうかちんちんの有無を確認した。こんな明るいところでじっくり見られたことないから恥ずかしすぎる。それなのに、しっぽの振れが止まらない。
「あっ、やっぱり女の子だ。あまり遅くなると心配するだろうから、ちゃんと日暮れまでには帰すんだぞ?そうだ、名前はなんていうの?」
「名前?!名前は……」
虎が困って私の方を見たので
「わん!(ハルカです!)」
とっさに思いついた綺麗な女優さんの名前を名乗り出た。自分の名前を言うわけにはいかないから、犬になった時くらい大目に見て欲しい。そう思ったのに、虎は「?」みたいな顔をしてから少し考え、ニヤリと笑った。
「聞いて驚くなよ?こいつの名前もおれのかわいい子豚だ!」
「へぇ、そんな偶然あるんだな。そう聞くとどことなく似てる気が…」
ものすごい至近距離でまじまじと見られ、欲望に抗えず陽太郎の鼻の頭をなめてしまった。やはり一度なめると止まらなく、頬や口、特に口は一生なめ続けられそうなほど止まらない。
「ぷふっ!熱烈だ○※□んっ…!」
「どうやらこのおれのかわいい子豚は相当お前のことが気に入ったらしい。そこで頼みがある。」
「ふぅ、なに?」
「訳あって我は昨夜から一睡もしてない。おれのかわいい子豚を案内してやりたいのは山々だが、どうやら限界が来たようだ。我の代わりにおれのかわいい子豚の面倒を見てやってはくれぬか?」
「それはぷふっ、○〜※□◇#!」
「おれのかわいい子豚落ち着け!これでは会話にならん!」
虎の大きな声でハッと我に返り、舌をさっと引っ込めた。陽太郎が拒まないのをいいことにぺろぺろぺろぺろと、犬畜生にも程がある。
「それはかまわないけど…畑があるから外には連れ出せないけどいいの?」
「わんわん!きゅん!(全然いいです!ずっと抱っこしてて!)」
「おれのかわいい子豚はずっとお前の傍にいたいそうだ。」
「おれのかわいい子豚さんが、ずっとおれの傍に…」
「頼んだぞ陽太郎!もう駄目だ、我は寝る。」
そう言って、虎は目をシパシパさせながら家に入って行った。
「あっ虎…!まいったな。とりあえずお水を用意して…あっ、おれのかわいい子豚さん、お腹すいてませんか?」
「(すいてないよ)」フリフリ!
「そうですか、じゃあ一緒に畑に行きましょう。」
「わん!(はーい!)」
それから日除けの下に風呂敷と座布団、その横にお水を用意してもらい、じっと座って陽太郎の畑姿を見ていた。
笑い掛けられると駆け寄りたくなるほど嬉しくて、少しでもこちらに来ると撫でて欲しくてしっぽが大きく揺れる。
陽太郎に構ってもらえるのが待ち遠しくて待ち遠しくて仕方なく、一挙一動見逃したくない。それなのに眠くて眠くて仕方なく、うとうとしてしまう。
やがて温もりに包み込まれて陽太郎の匂いでいっぱいになり、大きな手で撫でられているうちに安心して眠ってしまった。
「おれのかわいい子豚さん、そろそろおやつの時間終わっちゃいますよ?」
「ん……ん?おやつ?!」
おやつという言葉に反応して目を覚ますと、目の前には陽太郎が着ていたシャツが。
「あっ、起きた。」
「犬…」
「犬?」
むくりと起き上がって状況を確認すると、ここは縁側で私は人間で、どうやら陽太郎の膝で眠りこけていたらしい。
「いつの間に寝ちゃったの?全然覚えてないんだけど…」
「あなたが疲れを溜めているからと、虎がまたお香を作ったんです。それが今までにないくらい強力だったらしく、焚く前に少し蓋を開けたら寝てしまって…おれが来た時にはすでにぐっすりでした。また具合が悪くなって倒れてしまったのかと思ってひやひやしましましたよ。」
「虎は?」
「あなたのお腹に乗って心音を聴いた後、お香作りで徹夜したから限界だとかで、部屋に戻ってぐっすり寝てます。」
そうだ、お茶を淹れて縁側に出て一服してたら突然猛烈な眠気に襲われて、一瞬で気を失ったんだった。まさかお香の襲撃に遭っていたとは思わなかった。
「じゃあ、夢だったのか……」
「どんな夢を見たんですか?」
「それがさ」
私が見た夢の内容を、陽太郎に包み隠さず話した。犬になって陽太郎の顔をなめまくったことも、包み隠さず全部話した。
「なるほど…だからか。」
「え、なに?」
「虎がここであのあまーい生姜湯を飲んでたんですけど、その時おれのかわいい子豚さん、鼻をすんすんってしたんです。虎みたいに。」
「まってもう恥ずかしい。」
「あっ、じゃあやめておきますか?」
陽太郎の中だけに留めておかれても恥ずかしいし、寝ている間人間の体でどこまで犬になりきっていたのか、聞くのは怖いけど興味がありすぎる。
夢に出てきたあの液体の匂いと、飲んでも味がしなかったのに納得し、答え合わせのようで面白くもある。
「いや……大丈夫、続けてください。」
「それで、あなたの頭を座布団からおれの膝に乗せた後、お腹の方に寝返りをうってぎゅっとしがみついたんです。しきりに顔を寄せて吸い込むので、少しくすぐったくて。」
「ごめん…ほんとごめん。」
「甘えてるみたいですごく可愛かったですよ?」
「あの、まさかぺろぺろしてないよね?」
「あ〜……」
一番気掛かりなところで、陽太郎は視線を外して頬を赤らめた。
私は陽太郎のどこかしらを、寝ている間にぺろぺろしてしまったのだろうか。
「寝返りをうった時、髪の毛が口に入ってしまっていたので、それを取ろうとしたら…」
「したら…?」
「指を……ぺろっと。」
「今すぐ穴掘って…入るから。あっ犬なんだから自分で掘ればいいか!」
「おれのかわいい子豚さん落ち着いて!大丈夫です、ちょっとへんな気分になりそうでしたけど、どこにも触ってませんから!」
「でも陽太郎ちんちんあるかどうか私のおまた確認してたよ!白昼堂々至近距離で、私のおまた確認してたよ!」
「それは夢の中の話ですよね?!暗いところでだってまだそんなにじっくり見た事ないのに…って、あれ?何の話でしたっけ?」
「ぺろぺろ」
「そうだ、指を少しだけ…って話でしたね。それから特に変わった動きはしてませんでしたよ?丸まって寝ていたくらいで。」
「そっか、よくはないけどよかった。」
「それにしても、犬になったおれのかわいい子豚さんか…すごく可愛いんだろうなぁ。おれの夢にも出てきてくれないかな?」
「とんでもなくぺろぺろしてたけど大丈夫?耐えられる?」
「最上級の愛情表現ですよ?嬉しいじゃないですか。」
夢の中でも外でも激しい愛情表現を受け止めてくれるなんて、もう一回犬になりたい。でも
「私は、今度は陽太郎が犬になった夢が見て見たいけど。」
「おれがですか?」
「うん、なんかすごい“まて”ができそう。」
「本当に、そう思いますか?」
陽太郎の表情が変わり、大きな手が頬を包み込んだ。
「あなたが思うほど、おれは辛抱強くないですよ?」
親指が唇をなぞっていき、横髪を耳にそっと掛けられた。陽太郎の唇がゆっくりとそこに近付いてきて
「あなたは?どこまで“まて”ができますか?」
嬉ションするかと思った。
「一秒たりともできないかも…」
「ふふっ、可愛くて困ったわんちゃんですね。」
嬉しそうに私の髪を撫でる陽太郎を見ていると、今すぐその胸に飛びついて、最上級の愛情表現をお見舞いしたくなる。
「陽太郎、“よし”って言って?」
「今ですか?じゃあ…こっち来て?襖閉めますね。」
茶の間に引っ込み、襖を閉めた陽太郎の“よし”を得て最上級の愛情表現をぶつけると
「今度はおれが“まて”できなくなるから、今はここまでにしておきましょう?」
「“よし”って言ったら?」
「場所を…変えます。」
真顔で言うから思わず笑ってしまったけど、大好物を目の前にすっかり“まて”ができなくなってしまった私たちは、場所を変えてから初めて服の乱れを最小限に留め、史上最短で事を成したのだが――。
不完全燃焼ではあったので、夜のお散歩でくたくたになるまで発散した後で、陽太郎が布団に沈んだのは、丁度日付が変わった時のことだった。
―完―
【あとがき】
ある乙女にまたしても滾らせて頂き、正気と知能を全て捨てて楽しく書きました。
Rシーンも詳細に書くか、はたまたこの話自体を振り切ったR18にするかとても迷いましたが、パッと出てきたお話をとにかく書いて出したい気持ちが抑えきれず、“まて”が出来なかった次第で御座います。
おれのかわいい子豚さんは陽太郎の犬になりたいですか?それとも陽太郎におれのかわいい子豚さんの犬になってもらいたいですか?私はどっちもです。公式様のいつかのエイプリルフールでは陽太郎はトイプードルになっておりましたが、個人的には彼はゴールデンレトリバーだと思います。あと、陽太郎と柴犬の組み合わせは最強ですので、えんだん×いぬのきもちコラボでわんわんカレンダー作って欲しいと切に願っております。
1/1ページ