けん玉おじさんの無駄豆知識
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この村には、下ネタが何故か憎めないおじさんがいる。通称けん玉おじさん。驚くほどけん玉が上手く、巧みな技で子どもたちからお年寄りまで魅了している。
春は絹さや、夏はナス、秋はレンコン、冬は春菊を育てていて、陽太郎とスープを配りに行った時
「俺のナスも陽太郎に負けてないよ?張りは負けてるかもしれないけど、その分味わいは深いから一本どう?ダハハ!」
と言ってきた。
陽太郎は呆れながらおじさんに小言を言っていたけど、笑い方が面白かったので
「浅漬けみたいな感じですか?」
とノリノリで聞き返したら、
「そうそう!よく分かってるね!ダハハ!」
と笑って、自慢のナスの漬物(本物)をくれた。お礼と、含ませながらおいしくいただきますと一言を添えると
「味わって食ってくれよ?」ともう一本追加してくれた。
「陽太郎には内緒だぞ?」
「はい、夜に一人でこっそり食べます。」
陽太郎の目の前でそんな茶番を繰り広げて以来、すっかり仲良くなった。
陽太郎はというと、苦笑いしながらも嬉しそうにしていた。何を隠そう、陽太郎も小さい頃、けん玉おじさんのけん玉を見て育った一人なのだ。
その帰り道、けん玉おじさんも怪モノのせいで奥さんを亡くし、私と同じくらいの年の娘がいるけど、都会の男の元へ嫁いで行った為、今は一人で暮らしていると陽太郎が教えてくれた。だから一人で村に行った時も、嫌じゃなければ時々顔を見せに行ってあげてほしいと言われていた。
最初は一人で会いに行くのはさすがに少し緊張したけど、けん玉おじさんの人柄もあって、子どもたちに混ざってけん玉の腕前を見せてもらっているうちにすっかり打ち解けた。
会えば必ずくだらない下ネタを挟んでくるけど、それも楽しみの一つになっていた。
そんなある日のこと。
切らしていたお味噌を買いに、昼過ぎに一人で村に行った帰りにけん玉おじさんの所へ寄ると、けん玉披露は丁度終わってしまったらしく、子どもたちが解散しているところだった。
「こんにちは!一足遅かった?」
肩を落とす私に向かってけん玉おじさんは腰に手を当てて胸を張り
「おっ、陽太郎のとこのおれのかわいい子豚ちゃん!今日も可愛いね!暇なら俺のけん玉で遊んでくか?」
つられて笑ってしまうような笑顔で、またしょうもないことを言ってきた。
「うーん、そのけん玉ちょっと小さすぎない?」
「なにぃ〜?陽太郎はさぞかし立派なけん玉持ってるんだろうな?」
「片手じゃ持てないくらい立派だよ!」
「そりゃあ“とめけん”し甲斐があるな。どれ、次来た時見てやるか!ダハハ!!」
言ってることは最低なのにこの笑い方がツボすぎて、ついにつられて大笑いしていると、気を良くしたけん玉おじさんは
「よし、さっき採れた絹さややるからちょっと待ってろ。」
家の奥へと引っ込んで行った。
しばらくして戻ってきたけん玉おじさんは、私に新鮮な絹さやとどら焼きをたくさん持たせると、けん玉を見逃した代わりに特別にいいことを教えてやると言って、やっぱりものすごくくだらないけど、ものすごくいいことを教えてくれた。
それを今すぐにでも試したくて、けん玉おじさんにお礼を言ってから足早に家路についた。
「あっ、おれのかわいい子豚さんおかえり!」
玄関を通らずそのまま直接縁側に回ろうとしていたところで、シャツを替えに来たであろう片手で持てないほど立派なけん玉の持ち主である陽太郎と丁度鉢合わせた。
「その絹さや…けん玉おじさんのところへ寄ったんですか?」
「うん!どら焼きも貰っちゃった。虎は?」
「秘密基地に行ってますよ。おやつの時間になったら戻るって言ってたから、そろそろ帰ってくると思います。」
「じゃあお茶の準備しようかな。その前に…陽太郎、今ちょっといい?」
「はい、大丈夫ですよ。あ、シャツだけ替えてきてもいいですか?」
「うん、縁側で待ってるね!」
一緒に玄関から家に入り、陽太郎は自分の部屋へ着替えに、私は台所に入った。けん玉おじさんに貰ったナスをしまい、お茶の準備をしながら教わったことを思い返す。
“正面から見て耳の外側に指を当てて下げていくと”
“その直線上に”
“ちくびがある”
どら焼きを三つとお皿を湯飲みと一緒にお盆に乗せて、いそいそと慎重に縁側まで運んだ。お盆を置いて立ちあがると足音がして、振り返ると新しいシャツに着替えた陽太郎が今からちくびの位置を当てられるとも知らずに、にこやかに私の元へとやってきた。
「お待たせしました。お茶、ありがとう。」
「あ、まって!そのまま動かないで!」
「え?こ、こうですか?」
陽太郎は少し驚いた様子で縁側の手前で歩みを止め、不思議そうな顔をしながらも気をつけをし、言われたとおりにその場に佇んでくれている。
「そう、そのままじっとしててね?」
陽太郎の正面に立ち、両手の人差し指で少し厚めで日に焼けた耳のふちを指す。
「えっと…おれのかわいい子豚さん?一体何を…」
「しっ!静かに!」
身体に触れることなく、全集中してそこからゆっくりと指を垂直に下げていく。
首を通り過ぎて肩へ、肩から胸へ慎重に指を下げていき
「ここだ!」
捉えたところをシャツ越しに押すと、陽太郎はわずかに身をよじって私の手を掴み、困り顔で頬を染めた。
「いきなり何をするかと思えば、明るいうちからこんな所でなんてこと……あ!さてはけん玉おじさんに何か吹き込まれましたね?」
「バレたか…」
「やっぱり。今度は何を吹き込まれたんですか?」
観念して何を吹き込まれたかを白状すると
「まったく…そんなことを知ってどうするんですか?」
「どうもしないんだけど、本当なのか試してみたくて。ねぇ、当たってた?」
「……当たってました。」
「ほんと?!」
耳のふちの直線上には必ずちくびがあるという、しょうもなくて疑わしい豆知識が本当だったことに胸が弾み、でも、もしかしたら人によっては違うかもしれないという好奇心が芽生えたそのままの勢いで、私の手を掴んでいる陽太郎の手を握り返した。
「私のもやってみて!」
「え?!今ここでですか?!」
「ここじゃまずいの?」
「まずいもなにも…ていうか、そんなことをしなくてもわかります。」
私の聞き間違えじゃなかったら、サカモト一の高感度を持つ好青年が、真面目な顔をしてとんでもないことを言った。もしこれが事実なら、けん玉おじさんよりも高い素質を秘めていることになる。
「え…じゃあ米屋の娘さんのも、三毛猫おばあちゃんのも、村長の奥様のも分かるってこと?」
「いえ、そういうことではなく、その……あなたのだけです。」
「私のだけ…?なんで??」
「いつも暗い中でしてるから、自然とわかるようになりました。あとやっぱり、手が覚えているんだと思います。」
「あ~……」
なるほど、さすがと納得しかけたけど、陽太郎が類稀なる正直者とはいえ、この場をどうにか切り抜けようとしている可能性も捨てきれず
「本当に?間違いなく?」
「はい。自信あります。」
真っ直ぐな目に説得力を感じながらも
「じゃあ当ててみてよ。」
陽太郎の手を離して姿勢を正した。
「本当にいいんですか?当てちゃいますよ?」
「外したら明日の配達裸で行ってね。」
「わかりました。いいですよ。じゃあ当てたら明日一日、一緒に畑に出てくれますか?」
「わかった、いいよ!」
「じゃあ…失礼します。」
ドキドキしながら胸に伸びて来る陽太郎の指を注視していると、
「ここ」
迷うことなく目的地に辿り着き、指で指し示されたはいいものの、それだけでは自分でも位置が分からない。
「ん?合ってるのかな?ちょっと押してみて?」
躊躇いがちにそっと押されたところは間違いなく乳首で
「すごい…!!当たってる!なんでわかるの?!服着てるのに!」
「それはさっき言った通りなんですけど、そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったな…」
「まぐれかもしれないから、もう一回やってみて!」
「何回やっても同じですよ?」
また姿勢を正して陽太郎の指先の行方を追い
「はい、ここです。」
その正確さに感嘆の声を上げた。
「すごい!私もわかるようになりたい!」
「わかるようになってどうするんですか?」
「うーん、いつでも触れるように?」
「それは困るな。」
「ねぇ、もう一回やらせて!」
「ダメです。」
「なんで?」
「そこは、くすぐったいから…」
そんな話をしていると
「ただいまー!!」
虎が秘密基地から帰って来た。
「おかえり。」
「おかえり!どら焼きあるよ。」
「どら焼き?!食いたい!」
「その前に?」
「わかっておる!手を洗ってくるから待っててくれ!」
バタバタと手を洗いに行った虎の後ろ姿を見送って、さて座るかと縁側に出ようと思ったら、陽太郎が私の手を取った。
「いたずらできないように、こうして捕まえておきますね?」
「……どら焼きどうやって食べたらいいの?」
「虎に頼んで袋を開けてもらって、おれが食べさせてあげます。」
「陽太郎は?どうやって食べるの?」
「おれは自分で食べます。」
「だったら私が食べさせます。」
知能をどこかに置き忘れてきたような言い合いをしながら、手を繋いだまま並んで座布団に腰掛けると
「持たせたな!どら焼きどら焼き〜♪ん?お前ら今日は昼間からやけに仲良しだな!良い心掛けだ。だがそれではどら焼きが食えんだろう。我が包を取ってやるから、ずっとそのままでいていいぞ!せっかくだからあーんして食え!」
私の右隣に座ってどら焼きに手を伸ばし、手際よく包みを開け始めた。
「虎、助かる。」
「話が早すぎる。」
「へへヘ〜もっと褒めてもいいぞ?」
反対側では陽太郎が器用に片手でお茶を湯飲みに注ぎ、各々の手の届きやすい場所に置いた。
どら焼きは空いている手で自分で食べられそうだったのに、虎が私の分も陽太郎に渡してしまった為、結局陽太郎の手で口に運ばれて食べることになった。
「どら焼きのお礼持って、明日またけん玉おじさんのところに行こうかな。」
「明日は一緒に畑に出てもらうので、明後日おれが行ってきます。久し振りにけん玉おじさんのけん玉も見たいので。」
「あやつのけん玉さばきは実に見事だな。我は“世界一周”が好きだ。最後の大皿からとめけんに入るまでの、あの緊張感がたまらん。」
「そうそう。吸い寄せられるように技が決まっていくのが、見ていて気持ちいいんだよな。」
「陽太郎はやらないの?」
「昔はけん玉おじさんに教えてもらいながらよくやってたんですけど、おれはコマ回しの方に夢中になってしまって。見るとやりたくなるんですけどね。おれのかわいい子豚さんは?けん玉やったことありますか?」
「あるけど、簡単な技しかできないな~。あんなにできたらきっと楽しいよね。あ、けん玉おじさんに習いに行こうかな。」
「習うのがけん玉だけならいいんですけど、今日みたく変なことまで教わって帰ってきそうで、快く送り出せないんだよな…あ、おれのかわいい子豚さん、口にどら焼きの皮が」
陽太郎の親指が私の口の横を拭い、指に付いたどら焼きの皮が陽太郎の口に運ばれていくのを見ながら、さっきうやむやになったことを思い出した。
「そういえば、くすぐったいって言ってたよね?」
「え?」
「ちくび、くすぐったいって言ってたよね?」
陽太郎は乙女のように頬を染め、眉を下げてぎゅっと口を結んだ。
「くすぐったいってことは、いいってことじゃない?」
「それは…そう、なのかな。」
「けん玉おじさんの無駄知識が役に立ったね。やっぱ通うのありかも。」
「そっちのことは全部おれが教えますから。習うならけん玉だけにしてください。」
「陽太郎が教えてくれるの?ほんとかな~?」
からかうように陽太郎の顔を覗き込むと、一転して真面目な顔で思案を始めた。
「教えるとはちょっと違うな…おれもまだ知らないことがありそうだし。」
真面目で勉強熱心な陽太郎に課題ができたらどうなるか。それは私もよく知っている。
「そうだ、一緒に見つけていくっていうのはどうですか?」
「無駄知識を?」
「はい。でも無駄にはしません。おれはあなたの、あなたはおれの、誰も知ることのできないお互いに関する知識を増やしたら、今よりもっと仲良くなれると思いませんか?おれはあなたのことをもっと知って、今よりももとっと仲良くなりたいです。ダメ、ですか…?」
「ダメじゃないけど…同じ気持ちだけど……」
今よりもっと肉体関係を深めていこうという提案を、こんなにも誠実に、澄んだ目をして、明るいうちにどら焼きを食べながらされるとは、誰が想像できただろうか。
「案ずるな。陽太郎は勉強熱心な上教え方が上手い。たまに“ササッと”とか、“ぐわっ!と”とかしか出てこない時もあるが、文字も料理も暮らし方も、全部陽太郎に教わった我が保証する。おれのかわいい子豚も安心して習うといい!」
「虎…私が陽太郎から何を習おうとしてると思ってる?」
「けん玉とくすぐりだろう?」
虎が一番好きそうな話題の時に限って、肝心の本人の理解がズレている。ありがたくはあるけどヒヤヒヤするというか、ちょっと罪悪感を感じる。
陽太郎も陽太郎で、白昼堂々する話ではないと注意してきてもおかしくないのに、今までだったらそうしているはずなのに、こんなにも正々堂々としている。
今の陽太郎にとっては白昼堂々してもいい話になっているのか、それとも何かっしらのきっかけでいつの間にか何かが吹っ切れたのか。
「おれのかわいい子豚さん、一緒にくすぐったいところをたくさん見つけましょうね!」
繋がれた手は優しくてあたたかく、その笑顔は果てしなく爽やかで、どこをどう見ても誰がどう見ても好青年そのもの。
掴めるようで掴めない判断基準を持つ、晴天に浮かぶ雲のような陽太郎の思考を、これから十年先二十年、三十年四十年先も一緒に過ごしていくうちに掴めるようになるのだろうか。そうすれば、顔が熱くなるほどこんなにドキドキしなくなるのだろうか。
夜は夜で、灼熱の太陽のような甘さで立派なけん玉を振りかざし、私の世界を見事に一周させるのだから、本当にまいってしまう。
運ばれてきた最後の一口のどら焼きを、ごきげんな様子の陽太郎に見守られながら、照れる心を誤魔化すようにしっかり噛んで、陽太郎のちくびに思う存分触れる機会を与えてくれたけん玉おじさんに感謝しながら、お茶と一緒にゆっくりと飲み込んだ。
―完―
【あとがき】
深夜のノリそのままに書きました。きっと改めて読み返した時、ジーパン刑事(デカ)のように「なんじゃこりゃぁぁぁあ?!」と絶叫するハメになるでしょう。続きを陽太郎視点で書いたのですが、とっ散らかって収集が付かない為お蔵入り。お披露目できるオチが付き次第載せたいと思います。そしてオリキャラはやらない派だったのですが、この豆知識を使って陽太郎の乳首の位置を当てたいあまりに登場させてしまいました。苦手な方はごめんなソーリー。
この豆知識、乙女の皆様も是非身近な人で試してみて下さいね!
【追記】
お披露目出来るオチかはさて置き。
[#book=16:p=3#]
春は絹さや、夏はナス、秋はレンコン、冬は春菊を育てていて、陽太郎とスープを配りに行った時
「俺のナスも陽太郎に負けてないよ?張りは負けてるかもしれないけど、その分味わいは深いから一本どう?ダハハ!」
と言ってきた。
陽太郎は呆れながらおじさんに小言を言っていたけど、笑い方が面白かったので
「浅漬けみたいな感じですか?」
とノリノリで聞き返したら、
「そうそう!よく分かってるね!ダハハ!」
と笑って、自慢のナスの漬物(本物)をくれた。お礼と、含ませながらおいしくいただきますと一言を添えると
「味わって食ってくれよ?」ともう一本追加してくれた。
「陽太郎には内緒だぞ?」
「はい、夜に一人でこっそり食べます。」
陽太郎の目の前でそんな茶番を繰り広げて以来、すっかり仲良くなった。
陽太郎はというと、苦笑いしながらも嬉しそうにしていた。何を隠そう、陽太郎も小さい頃、けん玉おじさんのけん玉を見て育った一人なのだ。
その帰り道、けん玉おじさんも怪モノのせいで奥さんを亡くし、私と同じくらいの年の娘がいるけど、都会の男の元へ嫁いで行った為、今は一人で暮らしていると陽太郎が教えてくれた。だから一人で村に行った時も、嫌じゃなければ時々顔を見せに行ってあげてほしいと言われていた。
最初は一人で会いに行くのはさすがに少し緊張したけど、けん玉おじさんの人柄もあって、子どもたちに混ざってけん玉の腕前を見せてもらっているうちにすっかり打ち解けた。
会えば必ずくだらない下ネタを挟んでくるけど、それも楽しみの一つになっていた。
そんなある日のこと。
切らしていたお味噌を買いに、昼過ぎに一人で村に行った帰りにけん玉おじさんの所へ寄ると、けん玉披露は丁度終わってしまったらしく、子どもたちが解散しているところだった。
「こんにちは!一足遅かった?」
肩を落とす私に向かってけん玉おじさんは腰に手を当てて胸を張り
「おっ、陽太郎のとこのおれのかわいい子豚ちゃん!今日も可愛いね!暇なら俺のけん玉で遊んでくか?」
つられて笑ってしまうような笑顔で、またしょうもないことを言ってきた。
「うーん、そのけん玉ちょっと小さすぎない?」
「なにぃ〜?陽太郎はさぞかし立派なけん玉持ってるんだろうな?」
「片手じゃ持てないくらい立派だよ!」
「そりゃあ“とめけん”し甲斐があるな。どれ、次来た時見てやるか!ダハハ!!」
言ってることは最低なのにこの笑い方がツボすぎて、ついにつられて大笑いしていると、気を良くしたけん玉おじさんは
「よし、さっき採れた絹さややるからちょっと待ってろ。」
家の奥へと引っ込んで行った。
しばらくして戻ってきたけん玉おじさんは、私に新鮮な絹さやとどら焼きをたくさん持たせると、けん玉を見逃した代わりに特別にいいことを教えてやると言って、やっぱりものすごくくだらないけど、ものすごくいいことを教えてくれた。
それを今すぐにでも試したくて、けん玉おじさんにお礼を言ってから足早に家路についた。
「あっ、おれのかわいい子豚さんおかえり!」
玄関を通らずそのまま直接縁側に回ろうとしていたところで、シャツを替えに来たであろう片手で持てないほど立派なけん玉の持ち主である陽太郎と丁度鉢合わせた。
「その絹さや…けん玉おじさんのところへ寄ったんですか?」
「うん!どら焼きも貰っちゃった。虎は?」
「秘密基地に行ってますよ。おやつの時間になったら戻るって言ってたから、そろそろ帰ってくると思います。」
「じゃあお茶の準備しようかな。その前に…陽太郎、今ちょっといい?」
「はい、大丈夫ですよ。あ、シャツだけ替えてきてもいいですか?」
「うん、縁側で待ってるね!」
一緒に玄関から家に入り、陽太郎は自分の部屋へ着替えに、私は台所に入った。けん玉おじさんに貰ったナスをしまい、お茶の準備をしながら教わったことを思い返す。
“正面から見て耳の外側に指を当てて下げていくと”
“その直線上に”
“ちくびがある”
どら焼きを三つとお皿を湯飲みと一緒にお盆に乗せて、いそいそと慎重に縁側まで運んだ。お盆を置いて立ちあがると足音がして、振り返ると新しいシャツに着替えた陽太郎が今からちくびの位置を当てられるとも知らずに、にこやかに私の元へとやってきた。
「お待たせしました。お茶、ありがとう。」
「あ、まって!そのまま動かないで!」
「え?こ、こうですか?」
陽太郎は少し驚いた様子で縁側の手前で歩みを止め、不思議そうな顔をしながらも気をつけをし、言われたとおりにその場に佇んでくれている。
「そう、そのままじっとしててね?」
陽太郎の正面に立ち、両手の人差し指で少し厚めで日に焼けた耳のふちを指す。
「えっと…おれのかわいい子豚さん?一体何を…」
「しっ!静かに!」
身体に触れることなく、全集中してそこからゆっくりと指を垂直に下げていく。
首を通り過ぎて肩へ、肩から胸へ慎重に指を下げていき
「ここだ!」
捉えたところをシャツ越しに押すと、陽太郎はわずかに身をよじって私の手を掴み、困り顔で頬を染めた。
「いきなり何をするかと思えば、明るいうちからこんな所でなんてこと……あ!さてはけん玉おじさんに何か吹き込まれましたね?」
「バレたか…」
「やっぱり。今度は何を吹き込まれたんですか?」
観念して何を吹き込まれたかを白状すると
「まったく…そんなことを知ってどうするんですか?」
「どうもしないんだけど、本当なのか試してみたくて。ねぇ、当たってた?」
「……当たってました。」
「ほんと?!」
耳のふちの直線上には必ずちくびがあるという、しょうもなくて疑わしい豆知識が本当だったことに胸が弾み、でも、もしかしたら人によっては違うかもしれないという好奇心が芽生えたそのままの勢いで、私の手を掴んでいる陽太郎の手を握り返した。
「私のもやってみて!」
「え?!今ここでですか?!」
「ここじゃまずいの?」
「まずいもなにも…ていうか、そんなことをしなくてもわかります。」
私の聞き間違えじゃなかったら、サカモト一の高感度を持つ好青年が、真面目な顔をしてとんでもないことを言った。もしこれが事実なら、けん玉おじさんよりも高い素質を秘めていることになる。
「え…じゃあ米屋の娘さんのも、三毛猫おばあちゃんのも、村長の奥様のも分かるってこと?」
「いえ、そういうことではなく、その……あなたのだけです。」
「私のだけ…?なんで??」
「いつも暗い中でしてるから、自然とわかるようになりました。あとやっぱり、手が覚えているんだと思います。」
「あ~……」
なるほど、さすがと納得しかけたけど、陽太郎が類稀なる正直者とはいえ、この場をどうにか切り抜けようとしている可能性も捨てきれず
「本当に?間違いなく?」
「はい。自信あります。」
真っ直ぐな目に説得力を感じながらも
「じゃあ当ててみてよ。」
陽太郎の手を離して姿勢を正した。
「本当にいいんですか?当てちゃいますよ?」
「外したら明日の配達裸で行ってね。」
「わかりました。いいですよ。じゃあ当てたら明日一日、一緒に畑に出てくれますか?」
「わかった、いいよ!」
「じゃあ…失礼します。」
ドキドキしながら胸に伸びて来る陽太郎の指を注視していると、
「ここ」
迷うことなく目的地に辿り着き、指で指し示されたはいいものの、それだけでは自分でも位置が分からない。
「ん?合ってるのかな?ちょっと押してみて?」
躊躇いがちにそっと押されたところは間違いなく乳首で
「すごい…!!当たってる!なんでわかるの?!服着てるのに!」
「それはさっき言った通りなんですけど、そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったな…」
「まぐれかもしれないから、もう一回やってみて!」
「何回やっても同じですよ?」
また姿勢を正して陽太郎の指先の行方を追い
「はい、ここです。」
その正確さに感嘆の声を上げた。
「すごい!私もわかるようになりたい!」
「わかるようになってどうするんですか?」
「うーん、いつでも触れるように?」
「それは困るな。」
「ねぇ、もう一回やらせて!」
「ダメです。」
「なんで?」
「そこは、くすぐったいから…」
そんな話をしていると
「ただいまー!!」
虎が秘密基地から帰って来た。
「おかえり。」
「おかえり!どら焼きあるよ。」
「どら焼き?!食いたい!」
「その前に?」
「わかっておる!手を洗ってくるから待っててくれ!」
バタバタと手を洗いに行った虎の後ろ姿を見送って、さて座るかと縁側に出ようと思ったら、陽太郎が私の手を取った。
「いたずらできないように、こうして捕まえておきますね?」
「……どら焼きどうやって食べたらいいの?」
「虎に頼んで袋を開けてもらって、おれが食べさせてあげます。」
「陽太郎は?どうやって食べるの?」
「おれは自分で食べます。」
「だったら私が食べさせます。」
知能をどこかに置き忘れてきたような言い合いをしながら、手を繋いだまま並んで座布団に腰掛けると
「持たせたな!どら焼きどら焼き〜♪ん?お前ら今日は昼間からやけに仲良しだな!良い心掛けだ。だがそれではどら焼きが食えんだろう。我が包を取ってやるから、ずっとそのままでいていいぞ!せっかくだからあーんして食え!」
私の右隣に座ってどら焼きに手を伸ばし、手際よく包みを開け始めた。
「虎、助かる。」
「話が早すぎる。」
「へへヘ〜もっと褒めてもいいぞ?」
反対側では陽太郎が器用に片手でお茶を湯飲みに注ぎ、各々の手の届きやすい場所に置いた。
どら焼きは空いている手で自分で食べられそうだったのに、虎が私の分も陽太郎に渡してしまった為、結局陽太郎の手で口に運ばれて食べることになった。
「どら焼きのお礼持って、明日またけん玉おじさんのところに行こうかな。」
「明日は一緒に畑に出てもらうので、明後日おれが行ってきます。久し振りにけん玉おじさんのけん玉も見たいので。」
「あやつのけん玉さばきは実に見事だな。我は“世界一周”が好きだ。最後の大皿からとめけんに入るまでの、あの緊張感がたまらん。」
「そうそう。吸い寄せられるように技が決まっていくのが、見ていて気持ちいいんだよな。」
「陽太郎はやらないの?」
「昔はけん玉おじさんに教えてもらいながらよくやってたんですけど、おれはコマ回しの方に夢中になってしまって。見るとやりたくなるんですけどね。おれのかわいい子豚さんは?けん玉やったことありますか?」
「あるけど、簡単な技しかできないな~。あんなにできたらきっと楽しいよね。あ、けん玉おじさんに習いに行こうかな。」
「習うのがけん玉だけならいいんですけど、今日みたく変なことまで教わって帰ってきそうで、快く送り出せないんだよな…あ、おれのかわいい子豚さん、口にどら焼きの皮が」
陽太郎の親指が私の口の横を拭い、指に付いたどら焼きの皮が陽太郎の口に運ばれていくのを見ながら、さっきうやむやになったことを思い出した。
「そういえば、くすぐったいって言ってたよね?」
「え?」
「ちくび、くすぐったいって言ってたよね?」
陽太郎は乙女のように頬を染め、眉を下げてぎゅっと口を結んだ。
「くすぐったいってことは、いいってことじゃない?」
「それは…そう、なのかな。」
「けん玉おじさんの無駄知識が役に立ったね。やっぱ通うのありかも。」
「そっちのことは全部おれが教えますから。習うならけん玉だけにしてください。」
「陽太郎が教えてくれるの?ほんとかな~?」
からかうように陽太郎の顔を覗き込むと、一転して真面目な顔で思案を始めた。
「教えるとはちょっと違うな…おれもまだ知らないことがありそうだし。」
真面目で勉強熱心な陽太郎に課題ができたらどうなるか。それは私もよく知っている。
「そうだ、一緒に見つけていくっていうのはどうですか?」
「無駄知識を?」
「はい。でも無駄にはしません。おれはあなたの、あなたはおれの、誰も知ることのできないお互いに関する知識を増やしたら、今よりもっと仲良くなれると思いませんか?おれはあなたのことをもっと知って、今よりももとっと仲良くなりたいです。ダメ、ですか…?」
「ダメじゃないけど…同じ気持ちだけど……」
今よりもっと肉体関係を深めていこうという提案を、こんなにも誠実に、澄んだ目をして、明るいうちにどら焼きを食べながらされるとは、誰が想像できただろうか。
「案ずるな。陽太郎は勉強熱心な上教え方が上手い。たまに“ササッと”とか、“ぐわっ!と”とかしか出てこない時もあるが、文字も料理も暮らし方も、全部陽太郎に教わった我が保証する。おれのかわいい子豚も安心して習うといい!」
「虎…私が陽太郎から何を習おうとしてると思ってる?」
「けん玉とくすぐりだろう?」
虎が一番好きそうな話題の時に限って、肝心の本人の理解がズレている。ありがたくはあるけどヒヤヒヤするというか、ちょっと罪悪感を感じる。
陽太郎も陽太郎で、白昼堂々する話ではないと注意してきてもおかしくないのに、今までだったらそうしているはずなのに、こんなにも正々堂々としている。
今の陽太郎にとっては白昼堂々してもいい話になっているのか、それとも何かっしらのきっかけでいつの間にか何かが吹っ切れたのか。
「おれのかわいい子豚さん、一緒にくすぐったいところをたくさん見つけましょうね!」
繋がれた手は優しくてあたたかく、その笑顔は果てしなく爽やかで、どこをどう見ても誰がどう見ても好青年そのもの。
掴めるようで掴めない判断基準を持つ、晴天に浮かぶ雲のような陽太郎の思考を、これから十年先二十年、三十年四十年先も一緒に過ごしていくうちに掴めるようになるのだろうか。そうすれば、顔が熱くなるほどこんなにドキドキしなくなるのだろうか。
夜は夜で、灼熱の太陽のような甘さで立派なけん玉を振りかざし、私の世界を見事に一周させるのだから、本当にまいってしまう。
運ばれてきた最後の一口のどら焼きを、ごきげんな様子の陽太郎に見守られながら、照れる心を誤魔化すようにしっかり噛んで、陽太郎のちくびに思う存分触れる機会を与えてくれたけん玉おじさんに感謝しながら、お茶と一緒にゆっくりと飲み込んだ。
―完―
【あとがき】
深夜のノリそのままに書きました。きっと改めて読み返した時、ジーパン刑事(デカ)のように「なんじゃこりゃぁぁぁあ?!」と絶叫するハメになるでしょう。続きを陽太郎視点で書いたのですが、とっ散らかって収集が付かない為お蔵入り。お披露目できるオチが付き次第載せたいと思います。そしてオリキャラはやらない派だったのですが、この豆知識を使って陽太郎の乳首の位置を当てたいあまりに登場させてしまいました。苦手な方はごめんなソーリー。
この豆知識、乙女の皆様も是非身近な人で試してみて下さいね!
【追記】
お披露目出来るオチかはさて置き。
[#book=16:p=3#]
1/2ページ