どす恋!初場所
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
全員寝る準備を終えた今。陽太郎の布団の上で、虎の海と陽太郎山が相撲を取っている。私は手鏡を軍配代わりに持って、雰囲気行司としてそれっぽく取り組みを仕切っていた。
初手に虎がおもいっきり陽太郎にぶつかっていき、今回はしっかり体勢が整っている陽太郎は、倒れずに虎を受け止めた。
「くっ…!なかなかやるな!」
「それはどう…も!」
「陽太郎山!」
陽太郎の下手投げが決まり、布団の上に虎が転がったのを見届けて勝ち名乗りを上げた。
「今のは横綱である我が胸を貸したまで!次は本気でいくぞ!」
「あまり本気になられてもな…家壊さないでよ?」
「それは気をつける!」
虎が土俵(布団)に戻り、再び軍配(手鏡)を二人の間に置いた。緊張の一瞬だ。
「見合って見合って、はっきよーい………のこった!」
軍配を上げると、今度は虎が怒涛の張り手で陽太郎を土俵際まで追い詰める。
「そいっ!そいっ!!そいっ!!!」
「うわっ、ちょっ、いたっ!」
滑る布団の上で踏ん張り切れない陽太郎は、あっという間に土俵から出されてしまった。
「虎の海!」
「はっはっはー!我が本気を出せばこんなモノよ!」
「はぁ、もう少し粘れると思ったんだけどな。」
「甘いわ!我は横綱だぞ!そうだ、おれのかわいい子豚も見てばかりではつまらんだろう。陽太郎と相撲を取ってみたらどうだ?もし陽太郎に勝てたら、我が相手になってやろう!」
「取るわけないだろ?突然何を言い出すかと思えば…」
「取る!」
「ほら。それにおれのかわいい子豚さんにそんな危ないことさせられな……ん?今、なんて言いました?」
「取る!」
虎の強さは常日頃目の当たりにしているから分かるものの、陽太郎の力強さを体感する機会はあまりない。びっくりするくらい重いモノを軽々持ち上げるのはよく見かけるけど、実際どれだけ強いかを、この身をもって知りたい。
虎に軍配を渡して土俵に入り、やる気満々で陽太郎を正面に見据えた。
「えぇ…本当にやるんですか?」
「おれのかわいい子豚も言い出したら聞かないからな。胸を貸してやれ!」
「運動不足なので、よろしくお願いします!」
腰を下ろして構えると、陽太郎も真剣な表情で私に向き合った。
「そういうことなら…わかりました。思いっきりきてくださいね!」
陽太郎が腰を落として構えると、虎の美声が部屋に響いた。
「に~し~、陽太郎山ァ~。ひが~し~、おれのかわいい子豚里ォ~。見合って見合って……はっきよい、のこった!」
先手必勝。軍配が上がってすぐに陽太郎にどーん!と突進すると、前のめりで下げた肩が陽太郎の胸板にしっかり受け止められた。その衝撃と反動で陽太郎の鎖骨が頬にぶつかって結構痛い。
「立ち上がりはいい感じです。重心も低いし、押し方も上手ですよ。」
全力でいったのに、陽太郎は余裕たっぷりに稽古をつけ始めた。
「んーーーーーー!!」
帯を掴んで力いっぱい押しても、全然びくともしない。壁か?
陽太郎の体温もあり、一生懸命力を振り絞っているうちにだんだん汗が滲んでくる。
「ふふっ、それくらいじゃおれは倒れませんよ?」
「んーーーーーー!!!」
涼しい声で余裕も余裕といった陽太郎に、せめて汗の一筋くらいはかかせたい。その一心で全力で足を後ろに強く踏ん張ると、どんどん布団が滑って体が下がっていく。
このままでは陽太郎の帯も下がって前が御開帳してまう。そのまま事故を装って不浄を狙うもよしだけど、初めましてのご対面がそれでいいのか。
かといってもう体勢を整えることもできないくらい陽太郎に前のめりに体重をかけてしまっていて、しっかり掴んだ帯も離せず、しがみついたままゆっくり横に倒れるしかなかった。
そうして私の全体重に帯を引かれた陽太郎は、倒れ行く私を踏まないようそっと跨ぐと、膝をついて頭と腰を支えながら、姫をお助けするお侍さんのように、私の身体をそっと布団の上に下ろした。
「大丈夫ですか?布団の上だと滑るから、逆に危ないかもしれませんね。」
私の足に押されてずれた布団も直しつつ、子どもを相手にでもしているかのような余裕の姿が悔しくて、本来の目的も忘れて陽太郎の衿をがっしり掴んだ。
このまま引き摺り落として陽太郎の背中を布団に沈め、マウントポジションを取りたい。
取りたいのに
「あっ、今起こしますね。一旦仕切り直しましょう。」
陽太郎が立ち上がろうとした時背中が浮いて、首まで強いのかと驚き、そのまま持ち上げられそうになった私は慌てて
「そうはさせるか!」
「えっ?!」
両脚で陽太郎の腰をがっしり挟んで、手に掴んでいる衿をこれでもかと引き寄せた。力量を試すという目的を思い出し、それとどうしても一矢報いたい気持ちで一心に食らいつく。
「もはや相撲でもなんでもないが、いいぞおれのかわいい子豚!陽太郎に一泡吹かせてやれ!」
「ちょっ…!この体勢はいくらなんでもマズいです!おれのかわいい子豚さん、脚を離して下さい!丸出しになっちゃいます!」
「嫌だ!」
例え丸出しになろうとも構わない。両脚にも力を入れて、陽太郎を右に倒そうと腰を捻る。それでもびくともしない陽太郎に驚きながら、さらに躍起になって腰を捻った。
「困ったな…なんでそうまでしておれを倒したいんですか?」
「陽太郎がどれくらい強いのか、知りたくてっ……!うぐぐぐ…!」
全力で両手両足、腰を使っても陽太郎をびくとも動かせず、どんどん汗が滲んでいく。
「力の強さを知りたいってことですか?」
肩でぜぇぜぇと息をしながら、そうだと答えると
「ちょっと失礼しますね?」
「えっ?!」
陽太郎の胸が目の前に迫ってきたと思ったら、太くて逞しい腕に抱き寄せられて身体が急に浮き上がり、仰向けだった身体は自分の意思とは無関係に起き上がっている。足がつかず、視界は高く、頭が天井についてしまいそうで、見下ろした先では陽太郎が、仕事中のような凛々しいお顔で私を見上げている。
驚き戸惑い慌てながらも現状を把握した。
つまり私は今、陽太郎に駅弁のごとく、それでいて高らかに抱えられている。
「いやまってまって重いでしょ?!下ろして!!」
「全然重くないので下ろしません。」
「え!嘘だよ絶対重いよ!」
「嘘じゃないですよ?ほら」
抱っこした子どもをあやすように上下に揺すられて、小さな子どもではない私は抱っこに慣れているはずもなく
「こわい!!!」
しがみつくように陽太郎の頭を思い切り抱え込むと、ピタリと動きが止まった。
「………まいりました。」
「え?」
陽太郎は私の身体をゆっくりとそっと布団に下ろすと、熱を出した時のように顔を真っ赤にし、額に滲んだ汗に前髪が張り付いて乱れていた。
「陽太郎…試合に勝って、勝負に負けたな。」
「どういうこと?私の勝ちってこと??」
「はい、おれの完敗です…怖がらせてしまってごめんなさい。あの、少し外しますね。」
そう言うと、陽太郎は足早に部屋から出て行ってしまった。
「苦しくて息できなかったのかな。」
「そうだな。あまりに強烈でさぞ苦しみに悶えたことだろう。」
「そんなに強く絞めちゃってた?」
「いや、おそらくお前の“ふかふか”は陽太郎には刺激が強過ぎる。話をするだけで取り乱すくらいだからな。」
ふかふか…?
刺激……?
「あ」
そういえば、混乱していたとはいえ、痴女宜しく陽太郎の顔面に胸を押し付けてしまった気がする。
「気付かないふりをしておいてやるのも優しさだと我は思うぞ。」
「そうだよね。ここで謝ったらまたなんか変な感じになっちゃうよね。」
「うむ。“ふかふか”の感想は後で我がゆっくり聞いて、こっそり教えてやるからな!」
「何をこっそり教えるって?」
「ひっ……!!」
顔を洗ってきたのか、前髪を濡らした陽太郎が戻って来た。
「虎、おれともう一勝負しない?」
「よ、よし!うううう、受けて立とうではないか!おれのかわいい子豚、行司は頼んだぞ!」
動揺する虎のガタガタと震える手から軍配(手鏡)を受け取り、入れ替わりで土俵から出て試合を仕切った。
「見合って見合って…!はっけよーい」
のこった!の合図とともに、どーーーん!!!とかつてないぶつかりを見せた陽太郎。それをしっかり受け止めた虎。先ほどの一戦と抱っこ、そしてこの立ち上がりで陽太郎の力量は十分測れた。
のこったのこったと勝負の行方を見ながら、先ほど陽太郎が迫ってきた時の光景がちらつき、持ち上げられた時の力強さの実感が後から遅れてやってきて、四股を踏んで心を揺らし、のこったのこったと胸のドキドキが止まらない。
「虎の海!」
白熱の取組の軍配は虎に上がったけど、ときめきの軍配は陽太郎に上がった。
土俵から出された陽太郎は汗をたくさんかいていて、虎に投げ出されて負けたのに、どこかすっきりしたような顔をしている。
そんな姿も素敵に見えて、私の恋相撲最強横綱である陽太郎から勝ち星を取るのは、決して容易ではないことを悟った。
取組終了後の縁側で
「最初の取組とは別人のようだった。我が飯で強くなるように、“ふかふか”が陽太郎に力を与えたのやもしれんな。」
サカモト最強横綱虎関はそう語った。
―完―
【あとがき】
陽太郎と相撲を取りたい。そんな思いから書いたこの話。オチなんてなくていいんです。虎と楽しく、陽太郎とドッキドキの相撲を取れた。それだけでいいんです。はい。
1/1ページ