笑方巻
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日は節分ということで、夕飯は恵方巻。
陽太郎が村で立派な鬼役を務めて、子どもたちから豆を一身に浴びた時のことや、虎がまだここへ来る前、落ちていた豆を鴉と取り合って勝った時の話を聞きながら、三人で賑やかに恵方巻作りを楽しんだ。
お腹が空いていたので一人一本いけるだろうと、各々好きな具を好きに乗せて巻いたので、結構太めの仕上がりになったけど(虎は虎サイズ)、臆せずそのままお皿に乗せた。
「これは圧巻だな!食うのが楽しみだ!」
「食べている間は目を閉じて、無言で噛み切らずに食べるんだぞ?」
「わかっておる!だがなかなかにおかしな光景になりそうだな。」
「ねぇ、今更だけど味噌汁いる?」
「そうですね、あった方がいいかも。キャベツと油揚げならすぐ出来るから、ぱぱっと作ってしまいましょう。」
急いで手分けして味噌汁を作り、虎が淹れてくれたお茶と一緒に居間へ運んだ。
「今年の恵方は東北東…北がこっちだから……あのへんです。」
恵方巻の乗った皿を持ち、陽太郎が示した方角へと全員体を向ける。
「上手いこと食べないと、端から具がはみ出ちゃうから気を付けないとな。」
「太くて長いからあごが疲れちゃいそう。」
「せっかくの具が全部ケツから飛び出てはかなわん。我はケツを押さえながら食うぞ。」
「言い方……まぁいいや。二人共、準備はいい?」
「いつでもいいぞ!」
「私も!」
「それじゃあ、いただきます。」
「「いただきます。」」
目を閉じる前に二人の様子を盗み見ると、陽太郎はこの少し太めの恵方巻を難なく口に入れ、にこやかにもむもむと食べ始めた。手が大きく指が長いので、少し太めのはずの恵方巻がきゅうりの如く細く見える。
虎も大きな口を開けて、腕を目いっぱい伸ばして恵方巻の端を押さえながら、神妙な顔つきで慎重に食べ進めている。桜でんぶが舌に当たったのか、一瞬だけとっても嬉しそうな顔をした。
二人が恵方巻を食べている姿が面白くて、できれば正面に回り込んでずっと見ていたいけど、このままでは後れをとってしまう。
手にした恵方巻の太さを目測して口を開け、名残惜しくも目を閉じて丸かぶりした。
いつも思うけど、まず海苔が美味しい。お米も美味しいので、海苔と米だけでも全然いける。虎が一生懸命仰いでまろやかになった酢飯に、甘じょっぱいかんぴょうと椎茸、甘い桜でんぶに蒸した海老、脂の乗った甘辛い煮穴子に卵焼き。張りのある瑞々しいきゅうりの触感が絶妙で、口の中がずっと幸せで縁起の良さを感じる。
思い出したように無病息災を願いながら、恵方巻を美味しく味わっていると、目を閉じていても分かるくらいの視線を感じた。
決して目を開けてはならぬと言われていたけど、どうしても気になる。
少しだけならと目を開けると、陽太郎がとんでもなくにこやかに私を見ていた。
「あ!おれのかわいい子豚さん、目を開けたら逃げちゃいますよ?」
目から?何が??福が???てかもう食べ終わったの?
「ちゃんと閉じて?」
言われるままに慌てて目を閉じたけど、あんな顔で見られていては、恥ずかしくて食べにくい。かといって顔の方向を変えられないし、早いところ食べ終えて文句を言おうと大きめに食べ進めていった。
「はぁ~!うまかった!ちゃんと最後までこぼさず食えたぞ!」
「うん、上手に食べてたな。」
「おれのかわいい子豚は…あと少しだな。先に味噌汁飲んでもいいか?」
こくこく頷いて返事をすると、ずずーっと味噌汁をすする音と、満足そうな溜息が聞えた。
「こうして見ると、やはり珍妙な食い方だな。それに…食べたい気持ちに飲み込みが間に合ってないのか?頬袋がぱんぱんだぞ。」
「リスみたいでかわいらしいじゃないか。悪いとは思いつつ、癒されるからつい見ちゃって…」
「我の時はかわいいとは言わなかったな?」
「かわいいって言ってほしかったのか?」
「べつにぃ~」
恋人同士か?
「我は“かわいい”より“かっこいい”がいいな!」
「かっこいい虎、牙に海苔が付いてるよ?」
「ふむ、後で食う!」
「ん゛っ…!」
やめて、今笑わせないで…!
「そう言うお前こそ、口の下にかんぴょうの汁が付いてるぞ。」
「ここ?(ぺろっ)あぁ、かんぴょうの汁じゃなくて煮穴子のタレだよ。」
いやどっちでもいいでしょ。
でもそうだよね。陽太郎甘辛いタレ好きだから、巻く前に三回重ね塗りしてたもんね。塗りすぎじゃない?ってちょっと思ってたよ…
「そうか。」
ほら、虎だってすごいどうでもよさそうだよ。
頼むからもうこれ以上誰も何も言わないで欲しい。こうなると多分何を聞いても笑っちゃう。
それなのに、笑いたいのに笑えない、つっこみたいのにつっこめないこの辛さ。そんな時でも美味しいこの恵方巻。
もっとゆっくり味わっていたかったけど、あと一口半分の恵方巻を口に押し込んだ。でも飲み込むまで目は開けられない。
口元を隠しながら頑張って咀嚼していると、温かくて大きな手が私の背中をさすった。
「急がなくても大丈夫ですから、ゆっくり食べてください。」
「もう一本は余裕でいけるな…確かまだ材料が余っていたな?」
「うん、一本分ならなんとかなるかな。あ…でも海老は全部使いましたよね?」
もぐもぐしながらうんうんと頷いて、桜でんぶも少ししかないことをどうやって伝えようかと考えていると
「海老か…まぁ仕方あるまい。陽太郎!もう一本巻いてくれ!」
「うん。次は切ってみんなで分けようか。おれのかわいい子豚さん、まだ食べられますか?」
さっきからうんうん頷くしかできないのがもどかしく、少しずつ飲み込んでどうにか少し余裕が出来た時。
「縁が切れるから切らずに丸ごと食うのであろう?だったらそれも皆でかぶりつくのはどうだ?我は真ん中から、お前ら二人は端と端から思いきりいくといい。そして食べ進める度に近づく顔……どきどきするな!」
「食べにくそう…それに、下手したら途中から虎とおれの顔が近付くことにならない?」
ねぇまって、色々おかしくない?もしそうやって食べたとして、陽太郎と虎がそんなことになったら、その場で海苔巻吹き出しちゃいそうなんだけど…ていうか方角は無視?
「案ずるな!そこはうまくやる!」
「うーん…」
何を悩むことがあるというのか。
真ん中からも食べたら間違いなく途中で切り離されるし、虎がものすごくゆっくり食べて切り離れなかったとしても、タイミングがアレなら三人での大事故が起こるし、それよりも何よりも、やっぱり絵面がおかしすぎる。
一刻も早く発言したくて、まだ少し噛み足りないものの、残りを喉に押し込んでお茶で流した。
「っふぅ〜、美味しかったやっと喋れる!てかどう考えてもおかしいでしょ!あごも疲れたし普通に食べよう?」
「そうですよね。あなたが目を閉じて、一生懸命もぐもぐしているのをまた見られるんじゃないかって思ったら、少しぐらつきましたけど…三人で一本にかぶりつくなんて、よく考えたらおかしいですよね。」
「よく考えなくてもおかしいよ!ねぇ陽太郎大丈夫?どうしちゃったの?」
肩をがしっと掴んで揺すると、陽太郎は私の唇を指で拭いながら
「ごめんなさい。どうかしてますよね…でも、あまりにもかわいかったから。あ、海苔ついてましたよ?」
ほら、と指についた海苔を見せて
「さっと巻いてきちゃうので、おれのかわいい子豚さんはお味噌汁飲んで待ってて?」
台所に入っていった。
「あ、桜でんぶ…」
「桜でんぶがどうかしたか?」
「本当にちょっとしか残ってないよって、言うの忘れちゃった。」
「我の恵方巻にたっぷり入れたから致し方あるまい。残念だがまぁ無くても…」
「ねぇ」
「なんだ?」
「そんなにかわいかった?恵方巻食べてる私。」
あんなにかわいいかわいい言われたら悪い気はしないけど、唇は海苔にひっ付いてたし、小鼻も膨らんでた気がするし、眉間にシワを寄せたりして超絶ブサイクだったはずなのに、それのどこをあんなに、おかわりしたくなるほど気に入ったというのか。
お味噌汁をすすると、キャベツと味噌の甘みが口の中に広がった。味噌汁を作って正解だった。
「う〜ん…かわいいかどうかはわからんが、ひょうきんではあった。陽太郎からしたら、まさに“アナゴのえくぼ”だろうな。」
「それを言うなら“あばたもえくぼ”だろ?」
陽太郎はそう言いながら、さっきの半分ほどの太さの海苔巻を三等分に切ったものを、私と虎に手渡した。
「ありがとう!ちょうどいい大きさだね。あっ、桜でんぶどうした?」
「ほんの少しだけしか残ってなかったので、虎の方に全部入れておきました。」
「陽太郎…!」
「それじゃ、みんなで一緒に」
「「「いただきます!」」」
今度は目を開けて、三人で向かい合って笑いながら食べると、さっきより具が少なくてもとても美味しく感じる。
「あっ、恵方向かなくて良かったの?」
「はい。もう向いてますから。」
視線の先にはかけがえのない二人がいて、陽太郎の言う通り、私にとっての恵方もこの方角で間違いないと納得した。
嬉しそうに海苔巻を頬張る虎と、私にほほ笑み掛けながら美味しそうに海苔巻きを食べる陽太郎。お腹だけでなく心も満たされる光景に、一足早い春風が私の心を撫でたような気がした。
そして陽太郎の海苔巻の酢飯には、煮穴子のタレがたっぷりと染み込んでいた。
ー完ー
【あとがき】
やっつけみたいになってしまったけどなんとか間に合った。本当は縁がわ豆まきもしたかったのですが、リアル豆まきをしていたので時間が無くなり断念。日頃の鬱憤を晴らすため、鬼野郎に豆を野球投げで全力でぶつけておりました。そんな私こそ鬼婆。
来年こそはほのぼの豆まきのお話を書けたらいいなと思う次第でございます。
1/1ページ