前前前夜
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
結婚の宴まであと三日。
陽太郎も私も準備に追われて、あわただしい日々を送っていた。
そんな中でも毎晩怪モノ退治に出ている私たちは、本当に偉いと思う。
最強の怪モノこと虎のおかげでだいぶ数が減ってきたから毎晩出る必要はないんだけど、何かしてないと落ち着かないからあえて出ているところもある。
というのも、じっとしていると余計なことを考えてしまって、ここのところよく眠れずにいた。
目を閉じるとどうしてもそのことを考えてしまい、身体は疲れているのになかなか寝付けず、無駄に寝返りを繰り返してしまう。
陽太郎と結婚して、夫婦になる。
生活的には今までとそう変わらなそうだけど、なんとも言えない漠然とした不安と初夜への不安が、ぐるぐるぐるぐると頭の中と胸中を延々と徘徊している。
主に初夜。初夜に向けて痩せておきたかったのに全然痩せなかった。それどころか前より肥えた気がする。
幸せ太り。この言葉が頭をよぎる。陽太郎も私も、明らかに以前より食事の量が増えている。それなのに陽太郎は変わらずいい身体をしている。私だけが肥えていく。
ただでさえ自信が無いのに、このままだと本当にやばい。後三日しかないのに。
押し倒してひん剥いてこんな身体が出てきたら、きっとがっかりする。私だったらがっかりする。陽太郎がそっちの専門でもない限り、私の醜い身体ではその気になれないと思う。なんか思ってたのと違うなと、あの困った笑顔で幻滅されて、気まずくさせたら辛すぎる。
陽太郎のことだから、そんなことで私のことを捨てないとは思う。けど、今後一生こいつとしかできないのかとげんなりされたら、順風満帆な夫婦生活なんて送れない。始まりが終わりになってしまう。
寝不足で肌の調子も死んでるし、このままでは最高の状態で花嫁として陽太郎の隣に立てない。宴まであと三日しかないのにこの絶望的な状況。
どうしよう。不安で不安で仕方ない。
「おれのかわいい子豚さん?」
呼ばれてハッと顔を上げると、陽太郎がものすごく心配そうな顔で私を見ていた。なんの話をしてたか、まったく聞いていなかった。
「ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって。」
「大丈夫ですか?ここのところ、時々浮かない顔をしてますけど…なにか心配なこととか、不安なことがあったら遠慮しないで言ってくださいね?」
またやってしまった。ハレの日を前に浮かない顔をされてたらいい気はしないはず。
思い切って話してみようか。あらかじめ服の下がいかに醜いかを話しておけば、がっかり指数も減らせるかもしれない。
「あのさ、結婚の宴のあとって…その……」
どんな些細なことでも話し合ってきた仲とはいえ、内容が内容なだけに恥ずかしく、目を合わせられずに俯いた。
緊張をほぐすように、膝の上でうとうとしている虎の毛でくるくると指を遊ばせる。
大丈夫、落ち着いて、話そう。
「するん、だよね?」
なかなか返事が返ってこない。聞こえなかったのかな。
顔を上げて様子を確認すると、とても恥ずかしそうな、でもそれを一生懸命隠そうとしているような顔をしていた。
「おれはそのつもりでいますけど……嫌、ですか?」
「あ、ううん。嫌とかじゃないの。そうじゃなくて…あの…それってつまり………裸に、なるんだよね?」
「そう…なりますね。あぁでも、もし見られたくないのであれば、着たままでも全然…」
「えっ、着たままでもできるの?」
「できないこともないですけど、一番見られて恥ずかしいと思っていそうな部分は、どうしても隠せない…かな?」
たぶんだけど、陽太郎はこの手の話は苦手な方だと思うのに、恥ずかしがりながらもしっかりちゃんと向き合ってくれている。
本当にやさしくて、ありがたい。
でも違う。もちろんそこも見られないにこしたことはないけど、問題はそこへ辿り着く前にある。
「そこは確かに恥ずかしいけど、もうしょうがないからいいとして。私の体、とてもじゃないけどお見せできるようなものじゃないから…がっかりさせちゃうんじゃないかなって、思って。」
「それはないと思います。いや、ないって言いきれます。」
真剣なまなざしで、力強くはっきりと断言した。まだ見てもないのに、なんで言い切れるんだろう。
「本当にやばいんだよ?お腹とか、脚とか、陽太郎より太いんだから!胸だって形悪いし、仰向けになったら横に流れてのっぺりして、もめるとこなんてないんだよ?」
「もっ…!もしそうだとしても、どういう形状かではなく、おれからすると、あなたの体だということに意味があるんです。」
「豚足みたいでも?」
「はい。あなたの体が豚足みたいだったとしても、それがあなたの体だったらすごくそそられます。」
「茹でた豚足でも?」
陽太郎はじっと私の顔を見て、たぶん今、茹でた豚足を頭の中に思い浮かべている。
「ぷるぷるで、かわいいと思います。」
「そんなこと言って、本当はボン、キュッ、ボンッ、がいいんでしょ?艶本の女性とか、有名な花魁みたいな。」
「あー…綺麗だな、とは思いますけど、裸を見たからといって特になんとも思いませんよ。多少、ドキッとはしますけど。」
「そうなの?」
「はい。新聞に載っている過激なのを見せられたときなんかは、反応が薄くてむしろ心配されました。おれも男なので、もちろん興味がなかったわけじゃないんですよ?でもなんだろう…ぐっと来ないというか…裸だな、としか。」
それもそれで心配になる。普通の女性の体では興奮できないとか、特殊な性癖が隠れているのかもしれない。
「実際に裸の女体を見たことは?」
「母さんくらいじゃないかな…小さい頃、風呂に入れてもらったこともあったので。でもそれは女性に入らないからなぁ。」
「お母さんに失礼でしょ。女性は女性だよ。」
「それはそうですけど、意識してたらそれこそおかしいですよ。」
「まぁ、確かに。」
陽太郎が年頃の女性の裸を見たことがないのであれば、比べられずに済んで、がっかりするもなにもないのかもしれない。ちょっと希望が見えてきた。と思った矢先。
「あ、見たかも…」
「どこで?!誰の?!」
「村の農家のおばあちゃん。真夏になると上を脱いで、普通に歩いてますからね。」
「あぁ、元気なおばあちゃんって、みんな上裸で手ぬぐい首に掛けて普通にしてるよね。」
「当たり前の光景だから何とも思わなかったけど…考えてみたら丸出しですもんね。おれのかわいい子豚さんは、おばあちゃんになっても上は脱がないでくださいね?誰にも見せたくないので。」
「気を付けるけど、私がもし今からヘチマだったらどうする?」
「ヘチマ?」
「ヘチマ。おばあちゃんのおっぱいって、ヘチマみたいじゃない?」
陽太郎の口元が急にきゅっと引き締まった。笑うのを我慢している。笑ったら失礼だと思ってるんだろうけど、おばあちゃんが自分で言って笑ってたし、気にしてたらそもそも出さないと思う。
「やめてくださいよ…次からそう見えちゃうじゃないですか。しかもヘチマを見るたびに思い出しそうだな…。」
ヘチマを見るたびにおばあちゃんのおっぱいを思い出す陽太郎を想像して、思い切り吹き出してしまった。
しかもツボに入ってしまって笑いが止まらない。つられるように、今まで頑張って堪えていた陽太郎も笑い出した。もうこうなっては落ち着くまでに時間が掛かる。
続きを話したくても、「ヘチマ」と言っただけで面白くなってしまって話せない。かといって、陽太郎がとふんわりとやさしい声で「ヘチマ」と言えば余計に面白く、夜なので声を抑えなければいけない状況も相まって、よせばいいのにしばらくの間二人でヘチマヘチマ言いながら、声を殺してお腹を抱えて笑った。
途中で虎が突然起き上がり、寝ぼけて「ヘチマ?!」と叫んでから、「気のせいか…」と言ってまた、何事もなかったように寝始めたのがとどめだった。
「はぁ…笑った…笑い死ぬかと思った。あれ?なんの話してたっけ?」
「えっと…あなたが自分の体型をすごく気にしてて、おれはまったく気にならないし、たぶん気にしてる余裕なんてないと思うので、安心して抱かれてくださいって話ですね。」
「え?あぁ、そうだったね。」
そこに置いてある農具をしまってください、みたいな調子でさらっとすごいこと言われた気がするけど、恥ずかしいから聞き流した。
それにしてもいっぱい笑ったからか、嘘みたいに心が軽くなった。一人でうじうじ悩んでたのがバカみたい。
話して本当によかった。
「あ、でもこれだけは約束してほしいんだけど…」
「なんですか?」
「胸、もむでしょ?」
「そんな、水、飲むでしょ?みたいに……そうしたいとは、思ってます。お許しいただけるのであれば、ですけど…。」
「横に流れてるやつ、頑張って集めて寄せてくれる?そうすればちゃんとあるから!」
「約束してほしいことって、それだけですか?」
「? うん。」
他にもあるような気がするけど、私の女としての矜持といえばもうそこしかない。
陽太郎は拍子抜けしたように笑ったあと、ゆっくりした動作で腰を上げて距離を詰めた。
「じゃあ、おれからもいいですか?」
「なに?」
「絶対に、無理をしないこと。少しでも嫌だと思ったり不快に感じたら、我慢しないで教えてください。」
「うん、わかった。」
差し出された大きな長い小指に、自分の小指を絡める。指切りをして微笑み合う。
本当に、陽太郎でよかったと思う。当たり前にいてくれてよかったと思う。
「そろそろお風呂に入りましょうか。先に入って、ゆっくり温まってきてください。」
膝の上で白目を剥いて寝ている虎を、そっと陽太郎に渡す。手が触れて数秒、見つめ合う。
重なった唇はとてもあたたかく、口づけのあとの微笑みは至福だった。
三日後に私たちは夫婦になる。そのあとのことも、どこかまだ実感も想像もできずにいる。
けど、この一瞬一瞬の幸せをただ噛み締めて、来たるべき日を迎えようと思う。
今日はやけにお風呂が気持ちよく感じ、少しドキドキしながらもすぐに寝着いて、久し振りに夢も見ないで深く眠れた。
『初メテノ夜』
陽太郎も私も準備に追われて、あわただしい日々を送っていた。
そんな中でも毎晩怪モノ退治に出ている私たちは、本当に偉いと思う。
最強の怪モノこと虎のおかげでだいぶ数が減ってきたから毎晩出る必要はないんだけど、何かしてないと落ち着かないからあえて出ているところもある。
というのも、じっとしていると余計なことを考えてしまって、ここのところよく眠れずにいた。
目を閉じるとどうしてもそのことを考えてしまい、身体は疲れているのになかなか寝付けず、無駄に寝返りを繰り返してしまう。
陽太郎と結婚して、夫婦になる。
生活的には今までとそう変わらなそうだけど、なんとも言えない漠然とした不安と初夜への不安が、ぐるぐるぐるぐると頭の中と胸中を延々と徘徊している。
主に初夜。初夜に向けて痩せておきたかったのに全然痩せなかった。それどころか前より肥えた気がする。
幸せ太り。この言葉が頭をよぎる。陽太郎も私も、明らかに以前より食事の量が増えている。それなのに陽太郎は変わらずいい身体をしている。私だけが肥えていく。
ただでさえ自信が無いのに、このままだと本当にやばい。後三日しかないのに。
押し倒してひん剥いてこんな身体が出てきたら、きっとがっかりする。私だったらがっかりする。陽太郎がそっちの専門でもない限り、私の醜い身体ではその気になれないと思う。なんか思ってたのと違うなと、あの困った笑顔で幻滅されて、気まずくさせたら辛すぎる。
陽太郎のことだから、そんなことで私のことを捨てないとは思う。けど、今後一生こいつとしかできないのかとげんなりされたら、順風満帆な夫婦生活なんて送れない。始まりが終わりになってしまう。
寝不足で肌の調子も死んでるし、このままでは最高の状態で花嫁として陽太郎の隣に立てない。宴まであと三日しかないのにこの絶望的な状況。
どうしよう。不安で不安で仕方ない。
「おれのかわいい子豚さん?」
呼ばれてハッと顔を上げると、陽太郎がものすごく心配そうな顔で私を見ていた。なんの話をしてたか、まったく聞いていなかった。
「ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって。」
「大丈夫ですか?ここのところ、時々浮かない顔をしてますけど…なにか心配なこととか、不安なことがあったら遠慮しないで言ってくださいね?」
またやってしまった。ハレの日を前に浮かない顔をされてたらいい気はしないはず。
思い切って話してみようか。あらかじめ服の下がいかに醜いかを話しておけば、がっかり指数も減らせるかもしれない。
「あのさ、結婚の宴のあとって…その……」
どんな些細なことでも話し合ってきた仲とはいえ、内容が内容なだけに恥ずかしく、目を合わせられずに俯いた。
緊張をほぐすように、膝の上でうとうとしている虎の毛でくるくると指を遊ばせる。
大丈夫、落ち着いて、話そう。
「するん、だよね?」
なかなか返事が返ってこない。聞こえなかったのかな。
顔を上げて様子を確認すると、とても恥ずかしそうな、でもそれを一生懸命隠そうとしているような顔をしていた。
「おれはそのつもりでいますけど……嫌、ですか?」
「あ、ううん。嫌とかじゃないの。そうじゃなくて…あの…それってつまり………裸に、なるんだよね?」
「そう…なりますね。あぁでも、もし見られたくないのであれば、着たままでも全然…」
「えっ、着たままでもできるの?」
「できないこともないですけど、一番見られて恥ずかしいと思っていそうな部分は、どうしても隠せない…かな?」
たぶんだけど、陽太郎はこの手の話は苦手な方だと思うのに、恥ずかしがりながらもしっかりちゃんと向き合ってくれている。
本当にやさしくて、ありがたい。
でも違う。もちろんそこも見られないにこしたことはないけど、問題はそこへ辿り着く前にある。
「そこは確かに恥ずかしいけど、もうしょうがないからいいとして。私の体、とてもじゃないけどお見せできるようなものじゃないから…がっかりさせちゃうんじゃないかなって、思って。」
「それはないと思います。いや、ないって言いきれます。」
真剣なまなざしで、力強くはっきりと断言した。まだ見てもないのに、なんで言い切れるんだろう。
「本当にやばいんだよ?お腹とか、脚とか、陽太郎より太いんだから!胸だって形悪いし、仰向けになったら横に流れてのっぺりして、もめるとこなんてないんだよ?」
「もっ…!もしそうだとしても、どういう形状かではなく、おれからすると、あなたの体だということに意味があるんです。」
「豚足みたいでも?」
「はい。あなたの体が豚足みたいだったとしても、それがあなたの体だったらすごくそそられます。」
「茹でた豚足でも?」
陽太郎はじっと私の顔を見て、たぶん今、茹でた豚足を頭の中に思い浮かべている。
「ぷるぷるで、かわいいと思います。」
「そんなこと言って、本当はボン、キュッ、ボンッ、がいいんでしょ?艶本の女性とか、有名な花魁みたいな。」
「あー…綺麗だな、とは思いますけど、裸を見たからといって特になんとも思いませんよ。多少、ドキッとはしますけど。」
「そうなの?」
「はい。新聞に載っている過激なのを見せられたときなんかは、反応が薄くてむしろ心配されました。おれも男なので、もちろん興味がなかったわけじゃないんですよ?でもなんだろう…ぐっと来ないというか…裸だな、としか。」
それもそれで心配になる。普通の女性の体では興奮できないとか、特殊な性癖が隠れているのかもしれない。
「実際に裸の女体を見たことは?」
「母さんくらいじゃないかな…小さい頃、風呂に入れてもらったこともあったので。でもそれは女性に入らないからなぁ。」
「お母さんに失礼でしょ。女性は女性だよ。」
「それはそうですけど、意識してたらそれこそおかしいですよ。」
「まぁ、確かに。」
陽太郎が年頃の女性の裸を見たことがないのであれば、比べられずに済んで、がっかりするもなにもないのかもしれない。ちょっと希望が見えてきた。と思った矢先。
「あ、見たかも…」
「どこで?!誰の?!」
「村の農家のおばあちゃん。真夏になると上を脱いで、普通に歩いてますからね。」
「あぁ、元気なおばあちゃんって、みんな上裸で手ぬぐい首に掛けて普通にしてるよね。」
「当たり前の光景だから何とも思わなかったけど…考えてみたら丸出しですもんね。おれのかわいい子豚さんは、おばあちゃんになっても上は脱がないでくださいね?誰にも見せたくないので。」
「気を付けるけど、私がもし今からヘチマだったらどうする?」
「ヘチマ?」
「ヘチマ。おばあちゃんのおっぱいって、ヘチマみたいじゃない?」
陽太郎の口元が急にきゅっと引き締まった。笑うのを我慢している。笑ったら失礼だと思ってるんだろうけど、おばあちゃんが自分で言って笑ってたし、気にしてたらそもそも出さないと思う。
「やめてくださいよ…次からそう見えちゃうじゃないですか。しかもヘチマを見るたびに思い出しそうだな…。」
ヘチマを見るたびにおばあちゃんのおっぱいを思い出す陽太郎を想像して、思い切り吹き出してしまった。
しかもツボに入ってしまって笑いが止まらない。つられるように、今まで頑張って堪えていた陽太郎も笑い出した。もうこうなっては落ち着くまでに時間が掛かる。
続きを話したくても、「ヘチマ」と言っただけで面白くなってしまって話せない。かといって、陽太郎がとふんわりとやさしい声で「ヘチマ」と言えば余計に面白く、夜なので声を抑えなければいけない状況も相まって、よせばいいのにしばらくの間二人でヘチマヘチマ言いながら、声を殺してお腹を抱えて笑った。
途中で虎が突然起き上がり、寝ぼけて「ヘチマ?!」と叫んでから、「気のせいか…」と言ってまた、何事もなかったように寝始めたのがとどめだった。
「はぁ…笑った…笑い死ぬかと思った。あれ?なんの話してたっけ?」
「えっと…あなたが自分の体型をすごく気にしてて、おれはまったく気にならないし、たぶん気にしてる余裕なんてないと思うので、安心して抱かれてくださいって話ですね。」
「え?あぁ、そうだったね。」
そこに置いてある農具をしまってください、みたいな調子でさらっとすごいこと言われた気がするけど、恥ずかしいから聞き流した。
それにしてもいっぱい笑ったからか、嘘みたいに心が軽くなった。一人でうじうじ悩んでたのがバカみたい。
話して本当によかった。
「あ、でもこれだけは約束してほしいんだけど…」
「なんですか?」
「胸、もむでしょ?」
「そんな、水、飲むでしょ?みたいに……そうしたいとは、思ってます。お許しいただけるのであれば、ですけど…。」
「横に流れてるやつ、頑張って集めて寄せてくれる?そうすればちゃんとあるから!」
「約束してほしいことって、それだけですか?」
「? うん。」
他にもあるような気がするけど、私の女としての矜持といえばもうそこしかない。
陽太郎は拍子抜けしたように笑ったあと、ゆっくりした動作で腰を上げて距離を詰めた。
「じゃあ、おれからもいいですか?」
「なに?」
「絶対に、無理をしないこと。少しでも嫌だと思ったり不快に感じたら、我慢しないで教えてください。」
「うん、わかった。」
差し出された大きな長い小指に、自分の小指を絡める。指切りをして微笑み合う。
本当に、陽太郎でよかったと思う。当たり前にいてくれてよかったと思う。
「そろそろお風呂に入りましょうか。先に入って、ゆっくり温まってきてください。」
膝の上で白目を剥いて寝ている虎を、そっと陽太郎に渡す。手が触れて数秒、見つめ合う。
重なった唇はとてもあたたかく、口づけのあとの微笑みは至福だった。
三日後に私たちは夫婦になる。そのあとのことも、どこかまだ実感も想像もできずにいる。
けど、この一瞬一瞬の幸せをただ噛み締めて、来たるべき日を迎えようと思う。
今日はやけにお風呂が気持ちよく感じ、少しドキドキしながらもすぐに寝着いて、久し振りに夢も見ないで深く眠れた。
『初メテノ夜』
1/1ページ