導きの相愛傘
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お使いの帰りに神社に寄った。
自由に出歩けるようになってから虎が教えてくれたこの神社。ほとんど人が寄り付かないため、虎の一番のお気に入りの秘密基地らしい。
木々に囲まれてひっそりと佇むその神社は、鳥居から伸びる短い参道の先に二匹の狛犬がいて、その奥にお社がある。
お社の隣には神楽殿があるけれど、陽太郎は使われていることろを見たことがないと言っていた。
いつ来ても誰に会うことなく、しんと静まり返っていて、気のせいかここだけ空気が少し冷たく感じる。
だいぶ古くて少し不気味で、だから人が寄り付かないのかもしれない。でも妙に落ち着くので、出掛けた帰りには必ずここへ寄って、お参りをすることにしている。
賽銭を投げてお社の前で手を合わせ、虎がいつもお世話になってます、明日もみんなが健やかに過ごせますようにとお祈りしていると、突然空がゴロゴロと轟いた。
目を開けて振り返ると、灰色の雲から雨粒が一つ、また一つと落ちてきて、あっという間に雨脚が強くなり、一気に土砂降りになった。
これは夕立だろうか。だとしたらあと一時間はここから動けない。
大きなため息をついたあと、振り返って再び手を合わせ、ここで雨宿りさせてもらうことにした。
湿った石と土、濡れた草の匂いが立ち込めて、古い木の匂いが覆う。
洗濯物は大丈夫か、虎がどこかへ遊びに出てたら、同じようにどこかで雨宿りしているのだろうか。
もし一時間経っても雨が弱くならなかったら、諦めて濡れて帰るしかない。雨に降られた私を見て、心配しながら慌てる陽太郎の様子が目に浮かぶ。
激しい雨音と流れていく雨水に、より肌寒さを感じながらお社から見える景色をぼんやり眺めていると、鳥居の向こうの曲がり角から、傘を差した人が歩いてくるのが見えた。
それが誰かなんて、すぐに分かった。
降り出してからまだそんなに時間が経っていないのに、ここへ寄ることも伝えてなかったのに
それなのに、それなのに
迎えにきてくれた。
雨音が太鼓のように心に響いて、陽太郎から目が離せない。
鳥居の手前で私を見つけると足早になり、だんだん距離が近付いてくるにつれ、さっき思い浮かべていたそのままの心配そうな表情が見えた。
「よかった…やっぱりここにいたんですね。身体、濡れてませんか?」
「うん、全然大丈夫。どうしてここが分かったの?」
「前に、帰りにたまにここに寄るって聞いてたので、もしかしたらと思って。」
「覚えててくれたんだ…ありがとう。」
「あの、傘なんですけど…見ての通り、これ一本しかなくて…」
「私傘失くしちゃったんだっけ?」
「いえ、ちゃんとありますよ。あるんですけど、持っていこうとしたら虎に取り上げられちゃいました。野暮なことをするなって。」
虎の意図に察しがついた。おそらく虎が夕立の気配を察知し、陽太郎に知らせてくれたのだろう。
「なるほど…」
「気付かせてくれたのは虎ですけど、自分の意思で置いてきました。相合傘、できたらいいなって…少し狭いかもしれませんけど、一緒に入ってくれますか?」
「もちろん!お邪魔します。」
「はぁ~よかった…緊張した……」
お社の屋根から出て陽太郎の傘に入れてもらうと、傘を打つ雨音の大きさに少し驚いた。なんで緊張することがあるの?と尋ねた声はかき消されたけど、にこやかな陽太郎の横顔を見てしまったら、そんなことを聞くのも野暮だと思った。
一人だったら雨の強さを感じるだけのこの音も、隣に陽太郎がいるというだけで心地よくなり、傘の下は特別な空間になる。
私を濡らさないよう傾けられた柄も、合わされた歩幅も、微妙に空いている距離も、冷えていた身体を温めるには十分すぎる。
「洗濯物大丈夫だった?」
聞き取りにくいのか、陽太郎は少し頭を下げて私に耳を近付けた。
陽太郎の髪の香りに時間が止まり、飲み込む息で胸が苦しい。
「洗濯物!大丈夫だった?!」
雨の音に負けないように大きな声を出すと
「はい!虎の予報のおかげで、全部無事です!」
いつもよりは張られているけど、雨の音に紛れてしまっている陽太郎の返事をなんとか聞き取った。
でも、聞き取れたのはそれだけで
「それにしても………ですね。………なくて……です。」
前を向いてしまうと、身長差もあってか全然聞こえない。
「そうだ………しますか?虎……って……ですよね。」
「えっ?!なんて?!ごめん聞こえない!もう一回言って!」
大きな声で叫んでから陽太郎の方へ耳を差し出すと、近付いた唇が耳元ではっきりと
「あなたが好きです」
確かにそう、言った。
今陽太郎の顔を見たら、きっと表情がひどく崩れて戻らなくなる。でもそれよりも何よりも、恥ずかしくて顔が上げられない。
雨が傘を打つ音よりも自分の鼓動が大きく響き、足元が浮いているような気がして、うまく歩けているか分からなくなってしまった。
転ばないようにというのを建前に、傘をさす陽太郎の腕に掴まると、雨の音は次第に弱くなっていき、雲間から光が射し込み始めた。
「雨、上がっちゃいましたね。」
ようやくはっきり聞こえた陽太郎の声は少し残念そうで
「おれのかわいい子豚さん、さっきの聞こえた?」
はにかむ頬には日が差している。
晴れ渡っていく空が傘の下まで陽の光を届け、私の頬も心も照らしていく。
「聞こえたよ…傘ありがとう。もう閉じたら?」
「そうですね。もう少し差していたかったけど…」
立ち止まって、ちょうど顔まで傘が下げられた時。背伸びをして陽太郎の頬に口づけた。
驚いて動きが止まった陽太郎の手から傘を取り
「私も!」
負けないように大きな声で返事をしてから、雨で濡れた道をパシャパシャと走り出す。
「あっ!おれのかわいい子豚さん待って!走ったら危ないですよ!」
嬉しくて恥ずかしくて、見上げた空には大きな虹ふたつ。
重なって色鮮やかに雲を抜け、眩しいくらいに輝いていた。
―完―
現在2024年1月22日(月)。完全に勢いで書いたのですが、何故梅雨の話を今書いたのか自分にも分かりません。突然陽太郎との相合傘が書きたくなったのは確かです。書き出したら止まらなくなって…でもいまいちで…先生、私、何かの病気なのでしょうか。え?手遅れ?タハー!
自由に出歩けるようになってから虎が教えてくれたこの神社。ほとんど人が寄り付かないため、虎の一番のお気に入りの秘密基地らしい。
木々に囲まれてひっそりと佇むその神社は、鳥居から伸びる短い参道の先に二匹の狛犬がいて、その奥にお社がある。
お社の隣には神楽殿があるけれど、陽太郎は使われていることろを見たことがないと言っていた。
いつ来ても誰に会うことなく、しんと静まり返っていて、気のせいかここだけ空気が少し冷たく感じる。
だいぶ古くて少し不気味で、だから人が寄り付かないのかもしれない。でも妙に落ち着くので、出掛けた帰りには必ずここへ寄って、お参りをすることにしている。
賽銭を投げてお社の前で手を合わせ、虎がいつもお世話になってます、明日もみんなが健やかに過ごせますようにとお祈りしていると、突然空がゴロゴロと轟いた。
目を開けて振り返ると、灰色の雲から雨粒が一つ、また一つと落ちてきて、あっという間に雨脚が強くなり、一気に土砂降りになった。
これは夕立だろうか。だとしたらあと一時間はここから動けない。
大きなため息をついたあと、振り返って再び手を合わせ、ここで雨宿りさせてもらうことにした。
湿った石と土、濡れた草の匂いが立ち込めて、古い木の匂いが覆う。
洗濯物は大丈夫か、虎がどこかへ遊びに出てたら、同じようにどこかで雨宿りしているのだろうか。
もし一時間経っても雨が弱くならなかったら、諦めて濡れて帰るしかない。雨に降られた私を見て、心配しながら慌てる陽太郎の様子が目に浮かぶ。
激しい雨音と流れていく雨水に、より肌寒さを感じながらお社から見える景色をぼんやり眺めていると、鳥居の向こうの曲がり角から、傘を差した人が歩いてくるのが見えた。
それが誰かなんて、すぐに分かった。
降り出してからまだそんなに時間が経っていないのに、ここへ寄ることも伝えてなかったのに
それなのに、それなのに
迎えにきてくれた。
雨音が太鼓のように心に響いて、陽太郎から目が離せない。
鳥居の手前で私を見つけると足早になり、だんだん距離が近付いてくるにつれ、さっき思い浮かべていたそのままの心配そうな表情が見えた。
「よかった…やっぱりここにいたんですね。身体、濡れてませんか?」
「うん、全然大丈夫。どうしてここが分かったの?」
「前に、帰りにたまにここに寄るって聞いてたので、もしかしたらと思って。」
「覚えててくれたんだ…ありがとう。」
「あの、傘なんですけど…見ての通り、これ一本しかなくて…」
「私傘失くしちゃったんだっけ?」
「いえ、ちゃんとありますよ。あるんですけど、持っていこうとしたら虎に取り上げられちゃいました。野暮なことをするなって。」
虎の意図に察しがついた。おそらく虎が夕立の気配を察知し、陽太郎に知らせてくれたのだろう。
「なるほど…」
「気付かせてくれたのは虎ですけど、自分の意思で置いてきました。相合傘、できたらいいなって…少し狭いかもしれませんけど、一緒に入ってくれますか?」
「もちろん!お邪魔します。」
「はぁ~よかった…緊張した……」
お社の屋根から出て陽太郎の傘に入れてもらうと、傘を打つ雨音の大きさに少し驚いた。なんで緊張することがあるの?と尋ねた声はかき消されたけど、にこやかな陽太郎の横顔を見てしまったら、そんなことを聞くのも野暮だと思った。
一人だったら雨の強さを感じるだけのこの音も、隣に陽太郎がいるというだけで心地よくなり、傘の下は特別な空間になる。
私を濡らさないよう傾けられた柄も、合わされた歩幅も、微妙に空いている距離も、冷えていた身体を温めるには十分すぎる。
「洗濯物大丈夫だった?」
聞き取りにくいのか、陽太郎は少し頭を下げて私に耳を近付けた。
陽太郎の髪の香りに時間が止まり、飲み込む息で胸が苦しい。
「洗濯物!大丈夫だった?!」
雨の音に負けないように大きな声を出すと
「はい!虎の予報のおかげで、全部無事です!」
いつもよりは張られているけど、雨の音に紛れてしまっている陽太郎の返事をなんとか聞き取った。
でも、聞き取れたのはそれだけで
「それにしても………ですね。………なくて……です。」
前を向いてしまうと、身長差もあってか全然聞こえない。
「そうだ………しますか?虎……って……ですよね。」
「えっ?!なんて?!ごめん聞こえない!もう一回言って!」
大きな声で叫んでから陽太郎の方へ耳を差し出すと、近付いた唇が耳元ではっきりと
「あなたが好きです」
確かにそう、言った。
今陽太郎の顔を見たら、きっと表情がひどく崩れて戻らなくなる。でもそれよりも何よりも、恥ずかしくて顔が上げられない。
雨が傘を打つ音よりも自分の鼓動が大きく響き、足元が浮いているような気がして、うまく歩けているか分からなくなってしまった。
転ばないようにというのを建前に、傘をさす陽太郎の腕に掴まると、雨の音は次第に弱くなっていき、雲間から光が射し込み始めた。
「雨、上がっちゃいましたね。」
ようやくはっきり聞こえた陽太郎の声は少し残念そうで
「おれのかわいい子豚さん、さっきの聞こえた?」
はにかむ頬には日が差している。
晴れ渡っていく空が傘の下まで陽の光を届け、私の頬も心も照らしていく。
「聞こえたよ…傘ありがとう。もう閉じたら?」
「そうですね。もう少し差していたかったけど…」
立ち止まって、ちょうど顔まで傘が下げられた時。背伸びをして陽太郎の頬に口づけた。
驚いて動きが止まった陽太郎の手から傘を取り
「私も!」
負けないように大きな声で返事をしてから、雨で濡れた道をパシャパシャと走り出す。
「あっ!おれのかわいい子豚さん待って!走ったら危ないですよ!」
嬉しくて恥ずかしくて、見上げた空には大きな虹ふたつ。
重なって色鮮やかに雲を抜け、眩しいくらいに輝いていた。
―完―
現在2024年1月22日(月)。完全に勢いで書いたのですが、何故梅雨の話を今書いたのか自分にも分かりません。突然陽太郎との相合傘が書きたくなったのは確かです。書き出したら止まらなくなって…でもいまいちで…先生、私、何かの病気なのでしょうか。え?手遅れ?タハー!