不思議噺
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
野菜作りがうまくいかない日々が続き、すっかり煮詰まってしまった陽太郎は、気分転換に山を散策していた。澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで、何がいけないのか、何が足りないのかを考えながら歩いていると、背の高い草木が境界線のように生えている場所に辿り着いた。その隙間の向こうには、ひときわ陽の光で輝いている原っぱが広がっていた。
こんな場所あったかな?と不思議に思い、伸びた草木をかき分けると、そこには見たことのない船のようなものがあった。
黄色と黒の虎模様のその船から、翠と蒼を混ぜたような変わった色の長い髪の毛をキラキラとなびかせながら、船と同じ虎模様の刺激の強い恰好をした女の子が出てきた。
「ん〜?ここはどこだっちゃ?」
女の子は辺りをきょろきょろ見渡すと、陽太郎の存在に気が付いて、おーいと手を振った。陽太郎も呆気に取られながらも手を振り返すと、女の子は地面から浮いて、空を飛んで陽太郎の元へとやってきた。
あまりに不可解な出来事に、陽太郎は夢を見ているのか?と頬をつねった。痛い。夢ではない。
「おまえ、地球人け?」
「あっ、はい。陽太郎といいます。あの…あなたは?」
女の子の問いの意味もよくわからないし、この辺では聞かない言葉遣いだ。それに露出が多すぎる。ほとんど裸だ。陽太郎は目のやり場に困り、女の子の顔のみに焦点を合わせた。よくみると頭にツノのようなものが生えている。
「うちはラムだっちゃ!」
「らむさん、ですか?」
「だっちゃ!ここは一体どこだっちゃ?」
「ここは日本のサカモトです。」
「サカモト?聞いたことないっちゃね…」
「らむさんはどこから来たんですか?」
「友引町だっちゃ。」
「トモビキチョウ…ここら辺では聞いたことないですね。」
「ふぅ、どうやら失敗したみたいっちゃね。エネルギー溜めるのにも時間掛かるし…こうしてる間にもダーリンが浮気してるかと思うと気が気じゃないっちゃ!」
「待っている間、よければ気晴らしにお話しませんか?おれもちょうど誰かと話したいと思っていたので。」
「うん!いいっちゃね!おまえはえっと…」
「陽太郎です。」
「ようたろー!よろしくだっちゃ。」
陽太郎達は船の近くまで移動し、適当な場所に腰を下ろした。ラムと名乗ったその女の子の話によると、ラムは鬼の宇宙人で、ダーリンという名前の夫がいるという。ダーリンがあまりにも浮気癖がひどいので、過去に遡って幼少期から根性を叩き直そうとしたところ、ここへ辿り着いたらしい。
そんなあまりにめちゃくちゃな物語のような話にさすがの陽太郎もついていけず、不思議なこともあるものだな、と思うことにして、これ以上考えるのをやめた。
それから陽太郎はラムのダーリンの愚痴と惚気をひたすら聞いた。時々青白い電流がパリパリっとラムの身体から出てくる度に少し怯えた。
「ところで、らむさんとだーりんさんはどうやって知り合ったんですか?」
「んー、地球を賭けた鬼ごっこで、ダーリンがうちに結婚してくれー!ってしつこく迫ってきて…結局うちがダーリンの執念に負けて、嫁入りすることにしたっちゃ。」
「だーりんさんは情熱的なんですね。それなのにどうして浮気なんてするんだろう?」
「病気みたいなものだっちゃ。」
「はぁ…そんなに浮気されて、どうしてらむさんはだーりんさんと別れないんですか?」
「んー、ダーリンはうちがいないと駄目だから。それに本当は優しいっちゃよ?素直じゃないだけだっちゃ。」
「だーりんさんのこと、本当に大好きなんですね。浮気はダメだけど、なんかいいな…そういうの。」
「よーたろーは誰かいないのけ?」
「はい、いないです。」
「ガールフレンドも?」
「がーるふれんど…?」
「女の友達!」
「あー、まぁいなくもないですけど…会ったら挨拶する程度なので、そういう感じではないですね。」
「ふぅん。よーたろーはどんな女の子がタイプ?うち友達たくさんいるから紹介するよ?気性が荒くて怪力な座敷童みたいなしのぶ、気性が荒くて怪力で大食いの巫女のサクラ、気性が荒くてぶりっこな二重人格のランちゃん。それから何考えてるか分からない怒らせたら一番こわ〜い雪女のおユキちゃんと、男勝りで好戦的で喧嘩が強い福の神の弁天…婿を探してて思い込みの激しい箱入り天狗のクラマもいるっちゃ!」
「はは…らむさんの周りは賑やかですね。ありがたいですけど、気持ちだけ受け取っておきます。今はそれどころじゃなくて。」
「そんな悠長なこと言ってると生き遅れるっちゃ!何で悩んでるのけ?」
「自分の畑を持って野菜を育ててるんですけど、中々思うようにいかなくて。色々試してはいるんですけど…おれの力不足で枯らしてしまったり、実にならなかった野菜を見ると落ち込んでしまって。」
「地球の食べ物はうちにはわからないけど、気持ちはわかるっちゃ。うちはこんなに愛してるのに、ダーリンは全然わかってくれないっちゃ。まだ愛情表現が足りないのけ?って。そしたら友達に言われたっちゃ。お前の愛は重すぎるーとか、ラムは男を駄目にするーとか。でもそんなの関係ないっちゃ。うちはうちの愛情表現をするだけだっちゃ!だからよーたろーも、自分の道を突き進むっちゃ!」
「らむさんは強いですね。」
ラムがにっこり笑って陽太郎に応えると、ラムの宇宙船からピーッピーッという、音が鳴った。あっ、と言ってラムが立ち上がると、陽太郎も一緒に立ち上がった。どうやらお話はここまでのようだ。
「エネルギー補填終わったっちゃ!うち行くね?」
「はい。気を付けて!また遊びに来てくださいね!今度はだーりんさんとお友達も一緒に。」
「ありがとう!よーたろーも、素敵な人見つけるっちゃよ?」
「はい!頑張ります!」
ラムが宇宙船に乗り込む後ろ姿を見送ると、一度中に入ったラムが、出入り口から顔だけ出した。
「そうそう、愛情を注ぐのもいいけど、たまには懲らしめてしつけるのも大事っちゃ。アメとムチだっちゃ!」
そう言って星が見えそうなウインクをし、手を振って船の中へと入っていった。それから聞いたことのない機械音を発したその小さな宇宙船が浮き上がり、空の彼方へと去っていった。陽太郎はラムの船が見えなくなるまで、大きく手を振って見送った。
(宇宙人って本当にいたのか…なんだか突拍子もない話だったけど、楽しかったな。)
陽太郎の悩みが解決されたわけではないが、心は晴れて頭もスッキリしていた。ラムに元気をもらったのかもしれない。
陽太郎は来た時と同じように草木を分けて、原っぱから出た。なんとなくもう一度振り返ると、その草木の隙間から見えるのはただの木々だった。不思議に思ってもう一度かき分けてみたが、陽太郎がさっきまでラムと話していた、あの陽の光で満ちた原っぱは最初から無かったかのように、見慣れた山中の風景が広がっていた。
「どういうことだ…?」
あまりに不思議な出来事が続いて、陽太郎は混乱した。怪モノが見せた幻覚だったのか、いやいやそんな嫌なモノではなかった。しかしいくら考えても分からないので、怪モノがいるくらいだから、こういう不思議な出来事があってもおかしくないかもな、と思うことにした。
「アメとムチ、か………よし、帰るか。」
帰ったらあの肥料とあの肥料を混ぜてみよう、水場の改良も視野に入れて、それでダメなら一人で悩んでいないで、大先輩に話を聞きに行けばいい。
(それにしても、色んな夫婦がいるんだな。おれはどんな夫婦になりたいか…まだわからないな。)
陽太郎はしっかり前を向き、ラムのダーリンの浮気癖が直ることを願いながら、自分の畑へと早足で帰っていった。
ー完ー
1/1ページ