炎と焔
森の奥、朽ちかけた廃寺。
そこで鬼と鬼殺隊士が交戦していた。
その鬼は、急所である首を斬っても死ななかった。
斬れば斬るほど身体の各所から頭部が生え、際限なく蘇る。
鬼殺隊士たちは苦戦していた。
鬼殺隊士に鋭い爪が迫ったその瞬間──
小柄な影が鬼と隊士の間に割って入り、強烈な蹴りを叩き込む。
鬼は森の奥へと吹き飛んだ。
闇に溶け込むような鴉色の外套を翻し現れたのは、華奢な体躯の少女。
「ほむら!どうしてここに?」
鬼殺隊士が声をあげた。
「ほむら」と呼ばれた少女は、鬼と対峙していた隊士と偶然にも顔見知りのようだ。
「脱隊したんじゃ……いや、そんなことより!あの鬼、首を落としても死なないのよ!」
ほむらは瞼を伏せ、短く考えを巡らせると、隊士を安全な場所へ下がらせる。
弾き飛ばされた鬼は、ゴキゴキと身体を再生させながら木々の茂みを掻き分けて戻ってきた。
「俺の首は切れねぇぜぇ」
「……それはどうか」
外套の下で静かに日輪刀の鯉口が切られた。
音もなく、ほむらは流れるような動作で鬼へ刺突を放つ。
「紅蓮弐・燼極」
焔が鬼の内部で逆流するように燃え上がり、爆ぜた。
「ぎゃあああああッ!! あつい、あつい──!」
炎が弾けると、鬼の内部から“本物の首”が露出した。
ほむらは即座に刎ね落とし、鬼は呆気なく崩れた。
その鬼は、身体の中へ首を隠すことで致命打を逃れ、斬っても死なないよう見せかけて隊士の体力を削っていたのだ。
鬼を倒したことを確認しながら、あらためて状況把握する。
重症鬼殺隊士一名。
地に伏した鬼殺隊士が二名。
生死や傷の状態は不明。
「ほむら……来てくれたんだ」
「……否。別任務で呼ばれた。偶然だ」
重症を負った知人の隊士を助け起こしながら、ほむらは警戒を強める。
――呪霊。
――準壱級相当。
――負傷者を避難させる時間はない。
そこへ、一足遅れて煉獄杏寿郎が到着した。
「炎柱・煉獄杏寿郎だ!よく耐えた!状況は……む、鬼はすでに斃したようだな!」
鬼の残滓が風に溶けていく中で、周囲にはなお禍々しい気配が漂っている。
だが、煉獄にはその“何か”が視えない。
視えないまま、本能だけが警鐘を鳴らしていた。
ほむらには視えている。呪霊の姿が。
煉獄はほむらの視線の先を追うが、当然そこには何もない。
「外套の少女!」
煉獄が声を掛ける。
ほむらは一瞬だけ煉獄へ視線を向け、すぐに呪霊へ意識を戻す。
斃すべき相手は目の前だ。
「君には、この気配の正体が見えているのか!」
「……視える。これは常人には視えぬ敵だ。視えぬ者には分が悪い。下がっていてほしい」
「うむ!確かに見えぬが、気配はわかる!君の目にはどのように見えている?」
「……異形、怪異の類だ」
「そうか。俺にも同じモノを見る手段はないのか!」
この時代、人為的に霊感を開かせる術式が存在した。第六感に干渉し、“視えないものを視せる”技。
――『見鬼』
使用するか迷うほむら。
視界が変質し、常識が崩れ、精神負荷も甚だしい。
発狂の恐れすらある。
「……一時的に『目』を開き、視ることはできる。だが精神負荷が強い。危険だ」
「それで戦えるのなら、頼む!」
躊躇は一切なかった。
ほむらは微かに頷き、煉獄の額へ指を添える。
「『見鬼』」
世界の色が反転した。
煉獄の視界に、ねじれた空間と異形が姿を現す。
ほむらは煉獄の反応を一瞥し、刀を抜いた。
伸び来る呪霊の腕を軽く払うように斬り落とす。
一拍遅れて発火し、呪霊は喜悦とも悲鳴ともつかない呻きを上げる。
瞬間、呪霊の姿が消えた。
(視界に捉えていたのに消えた……!)
煉獄は視線を巡らし、瞬きの速さで異形を捕捉する。
異形はほむらの間合いの内にいた。
(これが異形……!)
ほむらは眉ひとつ動かさず、間合いへ入り込んだ呪霊へ斬撃を叩き込む。
攻撃の反動を利用して下がり、さらに一撃。
淡い焔が軌跡を彩る。
呪霊が距離を取ったその瞬間──
「参ノ型・気炎万象!!」
煉獄の斬撃が駆け抜ける。
続けざまに、
「伍ノ型・炎虎!!」
炎の連撃が呪霊を切り裂き、呪霊が煉獄へ標的を定めた。
――まずい。
ほむらが地を蹴る。
――紅蓮・無明歩。
煉獄と呪霊の間へ割り込み、
「紅蓮参・焔断!」
斬撃と同時に焔が奔り、
「弐式・焔昇刻!」
袈裟斬りから反転しての斬り上げ。
焔が剣閃を追い、呪霊を飲み込む。
呪霊は断裂し、炎となって崩れ落ちた。
呪霊が消えた瞬間、世界の捻じれも消失し、森にざわめきが戻る。
ほむらは警戒を解かずに煉獄へ歩み寄り、
静かに額へ指を触れ『見鬼』を閉じた。
「『目』を閉じた。もう、あの怪異は視えない」
息も乱さず、淡々とした声色でほむらが言う。煉獄はほむらを見下ろしながら瞬きをひとつした。
「君は……いつもあのような、目に見えぬ怪異と戦っているのか!」
「……そうだ」
「そうか」
煉獄の瞳に、ほむらの姿が映っている。
「美しい炎だった!身のこなしも常人ではない。鍛え抜かれた剣筋は柱にも匹敵する。呼吸も心得ているようだ、だが君は鬼殺隊士ではないな。何故、日輪刀を所持している?君は何者だ」
ほむらはひと呼吸置いて言う。
「……呪術師だ」
それ以上は語らないという沈黙。
煉獄は口を開きかけて、ほむらの瞳の奥の昏さに何かを悟ったのか、言葉を呑んだ。
煉獄は姿勢を正し、明るく言う。
「名を聞いていなかったな!」
「……暁ほむら」
「暁ほむらか!朝焼けを思わせる、鬼殺隊にとっては縁起の良い名だ!」
太陽のような笑みで笑う。
「俺は煉獄杏寿郎!炎柱だ!」
「……大声で名乗りながら飛び込んできたから知っている」
遠くで、カラスが間の抜けた声で鳴いた。
そこで鬼と鬼殺隊士が交戦していた。
その鬼は、急所である首を斬っても死ななかった。
斬れば斬るほど身体の各所から頭部が生え、際限なく蘇る。
鬼殺隊士たちは苦戦していた。
鬼殺隊士に鋭い爪が迫ったその瞬間──
小柄な影が鬼と隊士の間に割って入り、強烈な蹴りを叩き込む。
鬼は森の奥へと吹き飛んだ。
闇に溶け込むような鴉色の外套を翻し現れたのは、華奢な体躯の少女。
「ほむら!どうしてここに?」
鬼殺隊士が声をあげた。
「ほむら」と呼ばれた少女は、鬼と対峙していた隊士と偶然にも顔見知りのようだ。
「脱隊したんじゃ……いや、そんなことより!あの鬼、首を落としても死なないのよ!」
ほむらは瞼を伏せ、短く考えを巡らせると、隊士を安全な場所へ下がらせる。
弾き飛ばされた鬼は、ゴキゴキと身体を再生させながら木々の茂みを掻き分けて戻ってきた。
「俺の首は切れねぇぜぇ」
「……それはどうか」
外套の下で静かに日輪刀の鯉口が切られた。
音もなく、ほむらは流れるような動作で鬼へ刺突を放つ。
「紅蓮弐・燼極」
焔が鬼の内部で逆流するように燃え上がり、爆ぜた。
「ぎゃあああああッ!! あつい、あつい──!」
炎が弾けると、鬼の内部から“本物の首”が露出した。
ほむらは即座に刎ね落とし、鬼は呆気なく崩れた。
その鬼は、身体の中へ首を隠すことで致命打を逃れ、斬っても死なないよう見せかけて隊士の体力を削っていたのだ。
鬼を倒したことを確認しながら、あらためて状況把握する。
重症鬼殺隊士一名。
地に伏した鬼殺隊士が二名。
生死や傷の状態は不明。
「ほむら……来てくれたんだ」
「……否。別任務で呼ばれた。偶然だ」
重症を負った知人の隊士を助け起こしながら、ほむらは警戒を強める。
――呪霊。
――準壱級相当。
――負傷者を避難させる時間はない。
そこへ、一足遅れて煉獄杏寿郎が到着した。
「炎柱・煉獄杏寿郎だ!よく耐えた!状況は……む、鬼はすでに斃したようだな!」
鬼の残滓が風に溶けていく中で、周囲にはなお禍々しい気配が漂っている。
だが、煉獄にはその“何か”が視えない。
視えないまま、本能だけが警鐘を鳴らしていた。
ほむらには視えている。呪霊の姿が。
煉獄はほむらの視線の先を追うが、当然そこには何もない。
「外套の少女!」
煉獄が声を掛ける。
ほむらは一瞬だけ煉獄へ視線を向け、すぐに呪霊へ意識を戻す。
斃すべき相手は目の前だ。
「君には、この気配の正体が見えているのか!」
「……視える。これは常人には視えぬ敵だ。視えぬ者には分が悪い。下がっていてほしい」
「うむ!確かに見えぬが、気配はわかる!君の目にはどのように見えている?」
「……異形、怪異の類だ」
「そうか。俺にも同じモノを見る手段はないのか!」
この時代、人為的に霊感を開かせる術式が存在した。第六感に干渉し、“視えないものを視せる”技。
――『見鬼』
使用するか迷うほむら。
視界が変質し、常識が崩れ、精神負荷も甚だしい。
発狂の恐れすらある。
「……一時的に『目』を開き、視ることはできる。だが精神負荷が強い。危険だ」
「それで戦えるのなら、頼む!」
躊躇は一切なかった。
ほむらは微かに頷き、煉獄の額へ指を添える。
「『見鬼』」
世界の色が反転した。
煉獄の視界に、ねじれた空間と異形が姿を現す。
ほむらは煉獄の反応を一瞥し、刀を抜いた。
伸び来る呪霊の腕を軽く払うように斬り落とす。
一拍遅れて発火し、呪霊は喜悦とも悲鳴ともつかない呻きを上げる。
瞬間、呪霊の姿が消えた。
(視界に捉えていたのに消えた……!)
煉獄は視線を巡らし、瞬きの速さで異形を捕捉する。
異形はほむらの間合いの内にいた。
(これが異形……!)
ほむらは眉ひとつ動かさず、間合いへ入り込んだ呪霊へ斬撃を叩き込む。
攻撃の反動を利用して下がり、さらに一撃。
淡い焔が軌跡を彩る。
呪霊が距離を取ったその瞬間──
「参ノ型・気炎万象!!」
煉獄の斬撃が駆け抜ける。
続けざまに、
「伍ノ型・炎虎!!」
炎の連撃が呪霊を切り裂き、呪霊が煉獄へ標的を定めた。
――まずい。
ほむらが地を蹴る。
――紅蓮・無明歩。
煉獄と呪霊の間へ割り込み、
「紅蓮参・焔断!」
斬撃と同時に焔が奔り、
「弐式・焔昇刻!」
袈裟斬りから反転しての斬り上げ。
焔が剣閃を追い、呪霊を飲み込む。
呪霊は断裂し、炎となって崩れ落ちた。
呪霊が消えた瞬間、世界の捻じれも消失し、森にざわめきが戻る。
ほむらは警戒を解かずに煉獄へ歩み寄り、
静かに額へ指を触れ『見鬼』を閉じた。
「『目』を閉じた。もう、あの怪異は視えない」
息も乱さず、淡々とした声色でほむらが言う。煉獄はほむらを見下ろしながら瞬きをひとつした。
「君は……いつもあのような、目に見えぬ怪異と戦っているのか!」
「……そうだ」
「そうか」
煉獄の瞳に、ほむらの姿が映っている。
「美しい炎だった!身のこなしも常人ではない。鍛え抜かれた剣筋は柱にも匹敵する。呼吸も心得ているようだ、だが君は鬼殺隊士ではないな。何故、日輪刀を所持している?君は何者だ」
ほむらはひと呼吸置いて言う。
「……呪術師だ」
それ以上は語らないという沈黙。
煉獄は口を開きかけて、ほむらの瞳の奥の昏さに何かを悟ったのか、言葉を呑んだ。
煉獄は姿勢を正し、明るく言う。
「名を聞いていなかったな!」
「……暁ほむら」
「暁ほむらか!朝焼けを思わせる、鬼殺隊にとっては縁起の良い名だ!」
太陽のような笑みで笑う。
「俺は煉獄杏寿郎!炎柱だ!」
「……大声で名乗りながら飛び込んできたから知っている」
遠くで、カラスが間の抜けた声で鳴いた。
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