動き出す

第8話 北欧神話最高神
翌日。船の中の部屋で目を覚ますと、夜の間に何も無かったらしく無事にヘルシンキに着いていた。
 朱朱様一行と合流して、船を降りると港にはもふもふの真っ白な大きめの犬と犬に負けないくらいフワフワの白紫の髪の毛を無造作に掻き乱したみたいな髪型の男性が私とハイデンを見つけて手を振って来た。
「ゼルチアーノさ〜ん、アストライアーさま〜!」
 目元は長い前髪で見えなかったが、歯を見せて笑っているので、結構明るい人が私たちを呼んでいるのだと思った。
 荷物を持って船を降り、手を振ってくるもふもふの人たちの元へ向かうと、朱朱様も面識がないようで、少し怪訝そうな顔で近づいた。そしてフワフワの人間の方の足元でお利口に伏せをして目を閉じている真っ白なふわふわの犬に気付くと朱朱様は目が釘付けになっていた。
「ゼルチアーノさん、アストライアー様、初めまして。オーディン様の補佐をしております、デューのベルセルクと言います。よろしくお願いしますね〜。」
「「(え、あの"ベルセルク"って戦闘狂の…?)」」
 名前と見た目のギャップがありすぎて私とハイデンが困惑していると、いつのまにか朱朱様がローランさんとしゃがみ込んでもふもふの犬をじっと見つめていた。
 教会のつながりがあるとはいえ、見ず知らずの人の飼い犬に勝手に触るのはまずいだろうと思っているのか、じっと見ているだけで、撫でようとする手は出していなかった。
「…撫でてみますか?」
「えっ!?」
 あまりにもじーっと熱心に見つめていたので、ベルセルクさんが気遣って朱朱様に声を掛けると、彼女はびっくりして、顔を上げた。
「な、撫でていいのですか?」
「犬の姿をしているのですから、撫でられることくらい承知していますよ。ね、ヴァナルガンド。」
「《ふん、撫でられるくらいどうってことないわ。》」
「!?脳内にこ、声が…!?」
「すみません、ご紹介が遅れて…。この子は僕のフェデーレのヴァナルガンド。念話で脳内に声を届けることができます。フェデーレとして戦う時には、身体がもっと大きくなって、僕やもう1人くらい乗せて走ることができるくらい力持ちになるんですよ〜!」
 ベルセルクさんが紹介したフェデーレのヴァナルガンドの声は近くにいた私やハイデンには聞こえていなかった。驚いたのは朱朱様だけだった。
「そうですか…、フェデーレの方だったのですね…気安く触ろうとしてしまい、申し訳ありません…。」
「《……中国からの娘よ。少しだけなら乗せてやらんこともない。》」
「!!!」
 朱朱様はしょんぼりした表情の後、無理やり笑顔を作ってヴァナルガンドから離れると、私やハイデンと共にベルセルクさんの話に混ざろうとした。だが、その様子を見てヴァナルガンドはバツが悪そうになり、起き上がって朱朱様の服を前足でちょいちょいと引っ張って、念話で何か話したようだった。その後、朱朱様はヴァナルガンドの背中に乗せてもらえることになったらしく、人の多いところだと子供からの目があるので、ちょっと人気のないところに行って乗せてくると言い、朱朱様がヴァナルガンドのリードを持ち、護衛としてローランさんも付いていくことにして、2人と1匹とは別行動になった。

 ――――――
「オーディン様はハイデンさんからの手紙を読むとすぐに、事態が深刻なものであると察知し、詳細を本人から聞くためにハイデンさんを呼びつけることにしました。あと本人は黙ってるように言ってましたけど、ハイデンさんのフェデーレが決まったことも嬉しかったみたいで、その相棒が見たいって気持ちもあるみたいですよ。」
「そ、そうですか…。」
 港から少し歩いたところにあるカフェで私たちは休憩がてら、情報交換やオーディン様からの言伝などを聞くことになった。
「オーディン様は今自らもディアボロ討伐に出かけています。僕はハイデンさんたちを地区本部までご案内する役目を仰せつかっています。」
「オーディン様が直々に…。」
「ハイデンさんが報告してきた異変を確かめるため、だそうですよ。」
 カフェでお茶をしているとヴァナルガンドとの戯れが終わったのか、朱朱様たちが戻ってきた。主人と従者であるベルセルクとヴァナルガンドはどれだけ距離が離れていても念話で会話ができるらしく、ベルセルクがあらかじめこのカフェの場所をヴァナルガンドに教えていたらしい。
 改めて全員が合流したところで、朱朱様はベルセルクに、クリスマスマーケットを襲撃してきたディアボロとの戦闘の話をした。
 その話にはハイデンも加わって、途中で毒が塗られているような武器に形態変化した、とか凶暴化とかの話も織り交ぜると、ベルセルクは顎に手を当てて、困ったような表情をした。
「ますますディアボロの活動が活発化して今までとは違う行動パターンを見せるようになってきていますね…。これは今戦いに出られているオーディン様も少なからず危険に晒されているかもしれませんね…。」
「《予定変更だな。》」
 今度は私やハイデンにもヴァナルガンドの声が聞こえた。ヴァナルガンドの方を見ると、彼はいつのまにかカフェのテーブル席の皆んなの足元にいて、皆んなの足に少しずつ触れている状態だった。念話をしたい対象にする触れられていればできるようだ。
「オーディン様はここの港から、地区本部がある街を抜け、山の麓の方へ向かわれました。途中までならバスが出ていますので、みんなで向かいましょう。オーディン様に限ってピンチになることはあり得ませんが、何かあっては困りますので、私たちで加勢に行きましょう。」
 というわけで、私たちは新たにベルセルクとヴァナルガンドを加えた8人という大所帯でオーディン様が1人でディアボロ討伐に出かけているという山の麓を目指すことになった。
 ――――――
 港のカフェを出てから、少し歩くとバス停があり、そこから地区本部が置かれている都市部へ行くことができる。更にそこから大きなバスターミナルで山の麓方面へのバスに乗り換え、揺られること、2時間。
「やっと着いた〜!」
「お尻が痛いです…。」
 私が長いバスでの移動で強張った体を伸ばしている横で朱朱様は腰を曲げて、お尻を摩っていた。ちょっと今回のバスの座席のシートは硬すぎたようだ。
「皆さん、お疲れ様でした。ですが、ここからオーディン様が戦っておられるポイントまでヴァナルガンドの嗅覚で追うことになります。時間もかかりますし、道は悪路ですから、気を付けてくださいね!」
 そう言ってベルセルクが先導を切ってヴァナルガンドにオーディン様の匂いを追うように指示をして、山の森に入って行った。それに続いてハイデンも躊躇なく入っていくので、私も続き、その後ろからは朱朱様を守るようにニコライさんと香扇ちゃん、そして朱朱様を挟み、最後にローランさんが続いた。
 日はまだ高いが、鬱蒼と生い茂る木々によって、山の森の中は薄暗く、そしてジメジメとしていた。
 ヴァナルガンドの鼻を頼りに森の中を移動して30分が経過したところで、私たちの耳に戦闘音が聞こえてきた。
「近いですね。急ぎましょう!」
 ヴァナルガンドからの念話を受け取ったベルセルクが頷いてみせたので、私たちは森の中を少し急いだ。
 感覚で数分間走ると、木々の先が開けているのか、明るくなっているところを発見した。
 そこに出る前にベルセルクがストップを掛けて、辺りの様子を窺った。
 木の後ろに隠れて、開けている先を見ると、そこでは何匹ものディアボロと戦っている中年の男性と大きな馬がいた。男性は槍を携えており、馬の強力な脚力で放たれる蹴りで辺りのディアボロは迂闊に近付けないようだった。
 数ではディアボロの方が多いが、男性の方が圧倒しているようだった。
「あれがオーディン様と馬に変身することができるフェデーレのアルフさんと、槍に変身できるハンナさんです。」
「あれがオーディン様のフェデーレ…。」
 私は初めて見る教会の神位が持つフェデーレの姿に目が離せなかった。ディアボロを寄せ付けない雄々しい馬の威圧感と強烈な後ろ脚の蹴り上げ、槍はオーディン様が放てば、一直線にディアボロを貫き主人の元へ戻っていく。普通に薙ぎ払いも使用しているが、圧倒的強度で硬そうな外見のディアボロにも容赦なく槍の先を刺していた。
「すごい…!」
「ええ…、流石教会の神位の一端を担っているだけありますわね。」
 私が思わずポロッとこぼしてしまった感嘆の声にいつのまにか隣に来ていた朱朱様も頷いて同意していた。
 そして、最後にオーディン様は馬のフェデーレである、アルフさんから降りるとアルフさんはオーディン様の周りをぐるぐると物凄いスピードで走り回り始めた。それは風を生み出し、竜巻のようになって上昇気流を発生させた。
「すごい風…!」
 私たちは森の木々にしがみついてなんとか踏ん張っていたが、オーディン様たちが戦っている開けた場所には踏ん張れそうなものは何もない。よって、残っていたディアボロたちは竜巻に吸い込まれ、上昇気流によって上空へと巻き上げられて行った。
「そ、らァッ!」
 竜巻の中でオーディン様の気合いの一声が聞こえたかと思えば、一筋の光が竜巻の中を突き抜け、竜巻の出口――数メートル上空で大きな光の槍に何体ものディアボロが白い仮面ごと頭を貫かれて串刺しになって現れた。
 そして、サラサラと砂になって空気に溶けていってから竜巻は止み、光の槍も徐々に消え、くるくると回って落下してくると、オーディン様の手に戻ってきた。
 視認できただけでも、6,7体はいたはずのディアボロはあっさりとオーディン様によって討伐されたのだった。その戦いぶりにベルセルクとヴァナルガンド以外呆然としていると、オーディン様がくるりと振り返って私たちが身を潜めていた木々に向かって手招きをした。
「!!オーディン様の元へ行っても大丈夫そうですね。行きましょうか!」
 ベルセルクがのほほんとした笑顔で皆にそう言うと、私たちの中に緊張が走った。今目の前で圧倒的な力を見せられたので、そんなすごい人と話ができるなんて…と思わず背筋がスッと伸びてしまう。
「オーディン様、お疲れ様です。言伝では地区本部への案内でしたけど、ハイデンさんと中国の朱雀様のお話を聞いて、加勢に行った方がいいかと思ったのですが…。杞憂でしたね。」
「ベルセルク、ここまで皆を連れてきてくれてありがとうございます。皆さんと是非詳しい話を聞きたいところですが、生憎この山にはまだまだディアボロの気配が残っています。ここからは嗅覚によって索敵に長けたヴァナルガンドがいるベルセルクと、フェデーレと契約したばかりのアストライアーの実力を見ることにしましょう。」
「へ?」
 戦い終わったオーディン様に労いの言葉をかけて近付いていく、ベルセルクさんの後を追うように皆んなでぞろぞろと森から出てくると、私はオーディン様の外見をじーっと観察していた。
 濃い緑のテンガロンハットに長い前髪で右目を隠し、顎髭が少し生えていて、ダンディな印象を受ける男性だった。服も先程の戦闘で少し土埃が付いてしまっているが、濃い緑とベージュを基調とした、動きやすさとスタイリッシュさを兼ね備えたかっこいい装備だった。
 私がそんなふうに観察している間に、ぽんぽんと話が進んでしまっていたようで、隣のハイデンから珍しく素っ頓狂な声が出ていたので、私も意識を戻した。
「え?え?え、え〜っとぉ…、ご挨拶が遅れました!ハイデンのフェデーレのゼルチアーノと言います!あの、えと…、私たちの実力を見たい、と…?」
「ゼルチアーノ、初めまして。私がこの北欧地区の教会の神位として統括している、オーディンです。君とアストライアーはまだ契約したばかりだから、その相性とか実力を私も見ておきたいんです。中国の朱雀様は私と一緒に行動してサポートに回って頂けますか?」
「あっ、はい!」
 急に話振られた朱朱様はピシッと背筋を伸ばして返事をしたが、その後直ぐに心配そうな目で私とハイデンをチラチラと見ていた。
「君たちだけでこの山のディアボロを一掃して欲しいところなんですが…それだといくらなんでも2人だけじゃ、時間がかかってしまうと思うので、今回は索敵に優れたヴァナルガンドと契約してるベルセルクがサポートに回って、アストライアーに少しでも多くのディアボロを討伐して欲しいのです。私と朱雀様はちょっと別の場所からサポートに回りますから。」
「大丈夫ですよ!僕のヴァナルガンドの鼻はディアボロの匂いを瞬時に察知しますから、直ぐに見つかりますし、強さも申し分ないですから!」
「ベルセルクは戦いへの参加は極力控えてくださいね。」
「えぇっ!」
 ベルセルクさんがフォローを入れてくれたが、オーディン様によって牽制され撃沈。
「私たちの実力…、大丈夫でしょうか…。」
「ゼルチアーノ、大丈夫。いつも通りでいいの。無理しなくていい、張り切らなくていい。マイペースに私たちのやり方で戦いましょう。私はあなたを信じているから。」
「――ッ、はい!」

 不安そうにしていた私の手を握ってハイデンは真っ直ぐオーディン様の方を見ていた。そしてチラッとこちらを見ると信頼してくれている眼差しを送ってくれた。
「(私もこの期待に応えたい…!)」

 ――――――
 そして、ヴァナルガンドの索敵を使って山にいる4体のディアボロを探し出し、ハイデンとゼルチアーノのペアだけで倒し切るという試練が課された。
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