始まり

第3話 即対応!
 月の女神アルテミスが運営する孤児院が襲撃にあった事件は、翌日にはすでに街中で大ニュースになっていた。
 月の女神であるが故に夜が活動時間である、アルテミスは私よりも色が濃い濃紺の髪の毛を持ち、瞳は澄んだ湖を思わせるような水色で、流石は狩猟の女神の名も持つことから弓の腕前があり、ファー付きのジャケットに動きやすくパンツスタイルでそれにニーハイブーツを合わせていた。そんなアルテミスは夜に近辺の知り合いのデューに声を掛けて孤児院に集まってもらっていた。
「今回のこの孤児院がディアボロに襲撃された事件については、新米のデューであるアストライアーとそのフェデーレが討伐してくれた。だが、そのディアボロに接触したうちの子はディアボロによって真名が奪われたと供述している。こんな事象は初めてだ。真名がディアボロに奪われるなど、過去の襲撃事件の詳細をまとめた記録表にも載っていなかった。」
「私のフェデーレとなったゼルチアーノがディアボロの体内に取り込まれた少女の真名を見つけてはくれましたが、なんせ初めてのことですし、見つけられる確証はありませんでした。」
「ふむ…」
 集まったデューがアルテミスが用意した長机と客椅子に腰掛けて話し合っていた。私の後ろにはゼルチアーノが控えている。この場にいるデューには皆、フェデーレが控えていた。
「フェデーレの子がディアボロに取り込まれた真名の位置を探知できるってことも初耳よぉ〜?」
「確かにそうですね。それを言えばアフロディーテのフェデーレも奪ったディアボロの体内から真名を取り出して持ち主に返すことを成し遂げたではありませんか。」
 金髪のふわふわの髪の毛を人差し指に巻き付けてくるくると遊んでいるアフロディーテに私は"彼処にあなたらがいるって分かっていたから真名を取り出す作業を任せたわけで…。"と付け加えて答えた。
 私やアフロディーテの話を聞いて、議長位置に座るアルテミスは腕を組んで悩んでいるようだった。
「ここはギリシア地区に所属するデューである、私が運営している孤児院だから上に報告するとすれば、ゼウス様ですが…、アストライアー、あなたも地元に帰ってオーディン様の指示を仰いだ方がいいと思います。」
 そう言ってアルテミスは報告や確認事項を共有することができると、皆を解散にした。
「アストライアーとアフロディーテは残って。」
 アルテミスにそう言われ、私とアフロディーテは部屋に残ることにした。
 改めて執務室から、隣の応接間に移動し、アルテミスは直ぐに自分でお茶の準備をし始めた。
「はい、どうぞ。美味しい紅茶の茶葉が手に入ったのよ。」
「ありがとう。いただくわ。」
「いただきます。」
 アルテミスが紅茶の入ったカップを目の前のテーブルに置いてくれたので、アフロディーテと共に紅茶を一口飲むと、茶葉の香りが口一杯に広がり、仄かに花の香りもした。美味しい紅茶に少しだけホッとしていると、アルテミスがカップをソーサーに置いたのと同時に頭をガバッと下げた。
「今回は助けに来てくれて本当にありがとう!2人がいなかったら、孤児院運営がゼウス様から剥奪されるとこだった!」
「あらあら、あの人孤児院の運営権を剥奪するような人なの?」
「…あの人は自由奔放ですから、やるときとやらないときがありますからね…。」
 クスクスと楽しそうに笑うアフロディーテと私が言う"あの人"とはヨーロッパの大部分を占めるギリシア地区を取りまとめる教会の神位の一人、ギリシア神話の最高神ゼウスの名を与えられたデューのことを言っている。
 神話の神ゼウスと同じように自由奔放と性に実直な彼はギリシア地区のデューの頭を悩ませる種でもあった。
 私は神の名をギリシア神話から貰っているし、実家もギリシア地区が統括する場所にあるが、私はそんなゼウスやしきたりとかデューとはなんたるかを強いてくる実家に嫌気が差し、両親に頼み込んで実家とは地区が違う北欧地区に家を買い、そこでひっそりと一人暮らしをしていた。
 だが、今回は実家に住む両親から「すまない」という言葉から始まる連絡を貰い、実家に顔を出していた。それで昔馴染みであるアルテミスの孤児院にも挨拶に来たところ、ディアボロに遭遇したのだ。
「しかし、今回は流石にあのゼウス様も何かしらのアクションを起こすだろう。オーディン様への報告はアストライアーに任せる。」
「分かりました。まぁ、ゼウス様よりオーディン様の方が先に動くと思いますが…。」
「「でしょうね。」」
 アルテミスが"はぁ…"と重いため息を吐いてから私にチラッと目配せしたので、私も自由奔放な彼のことを思い出してため息を吐きたくなるのを堪えて紅茶を一口飲んだ。
「アストライアーも今回のことでフェデーレを迎えたんだし、そのこともオーディン様に報告しなくちゃね?」
「はい。彼女は美しいレイピアでした。それに意志が固い。それが武器の強さに直結し、初めての戦闘とは思えないくらい、よく働いてくれました。」
 この応接間にはデューである3人しかいないため、私は素直に思ったことを口にした。私がカップの中の紅茶に映る自分を見つめながら、昨日の戦闘を思い出しているとアフロディーテもアルテミスも温かい視線を送っていた。顔を上げるとその視線がなんだか恥ずかしくなり、慌てて紅茶を飲み干し、応接間のソファーから立ち上がった。
「そ、それでは私はこの辺で。オーディン様に報告しなければいけないので…!」
 コツコツとブーツのヒールを鳴らして応接間を後にすると、背中にアフロディーテから「また顔見せてちょうだいね〜」と声を掛けられたので、軽く手を上げて応えておいた。
 孤児院の入り口まで行くと、ゼルチアーノがぼーっと壁を見ながら立って待っていた。
「ゼルチアーノ。」
「あ、ハイデン様…じゃなくて、ハイデン。お話はもう終わったの?」
「ええ。オーディン様への報告を仰せつかりました。それで、どうして壁なんか見つめてるんですか?」
「えっと…2年だけですけど、お世話になったので建物にお礼をと…。」
 そう言って壁を優しく撫でるゼルチアーノは物憂げな表情をしている。私が声を掛けようとすると、ゼルチアーノはパッと壁から手を離して笑顔を見せた。
「さぁ、ハイデンのお家に行きましょう!私、北欧は初めてなんです!」
 先程の物憂げな表情はなんだったのかと思うほど明るい声色で話す彼女に少しだけ違和感を感じたが、彼女にも触れられたくない話もあるだろうと思い、違和感を振り払った。
「私の住む街はヨーテボリの外れにあります。自然が豊かなところですよ。きっとゼルチアーノも気に入ります。」
「そうなんですか?わぁ!楽しみです!」
 ウキウキとした足取りで孤児院を出たゼルチアーノは少し歩いてから振り返って頭を下げた。
「お世話になりました!」
 暗い夜の中でも仄かな月明かりで照らされた孤児院はゼルチアーノの門出を静かに受け入れた。アルテミスの応接間がある部屋の窓からアルテミスとアフロディーテが手を振っていたのを視界に捉えて、軽く手を振り返してゼルチアーノと共に北欧、スウェーデンにある私の家まで一緒に帰った。


 ――――――
 ピチチ…
 小鳥のさえずりで微かに意識が浮上し、モゾモゾと布団の中で体を動かした。ようやく布団から顔を出すと、寝ぼけ眼で目覚まし時計を探す。
「………。」
 手に取ったじーっと時計の針を見つめ、数秒かけて時刻を確認しているとキッチンの方からいい匂いがしてきた。
 どうして一人暮らしなのにキッチンからいい匂いが?という考えが浮かんだがそれも一瞬にして消える。
「(ああ、ゼルチアーノと一緒に帰って来たんだ…)」
 彼女の方が先に起きて朝食の準備をしてくれているのだと分かると、私はベッドから立ち上がってカーディガンを羽織ってキッチンへ向かった。
「おはようございます、ゼルチアーノ。」
「あ、おはよう、ハイデン。キッチン借りてるよ。」
「昨夜一緒に夕食を作っただけでよく物の位置を覚えましたね…。」
「私、記憶力はいい方なんで!さぁ、顔を洗って来て!ご飯が出来たよ!」
 私が起きてくる気配に気付いていたゼルチアーノはフライパンをジュージュー言わせながら振り返って朝の挨拶をすると、テキパキと朝食の支度を済ませていく。
 この家に帰って来たのは昨日のことだが、ゼルチアーノは順応力が高いようで、すでに私の家に慣れていた。キッチンを使いこなし、どこに皿があるかなども一晩で覚えたらしい。
 私は洗面台がある場所に移動して冷たい水で顔を洗い、寝起きの頭をシャキッとさせると、軽く髪の毛を束ねてゼルチアーノの元へ戻った。
「美味しそう…。」
「ふふ、昨日のうちにハイデンに朝食の好みを聞いておいて大正解だったよー。さ、食べよ食べよ!」
「「いただきます。」」
 二人でキッチンに併設されたダイニングテーブルで向かい合って椅子に座り、手を合わせて朝食を摂り始めた。
「そういえば昨日の夜にオーディン様への報告の手紙を出してましたけど…、速達で先程北欧地区の本部宛で返事が届きましたよ。」
「…流石オーディン様。対応が早いですね。」
 ゼルチアーノが用意してくれたトーストをもぐもぐと食べながら新聞のチェックをしているとゼルチアーノが手紙を差し出して来た。彼女の言う通り、北欧地区の本部からのようだ。相変わらずの速さで対応してくれるオーディン様に苦笑いをして、手紙の封を開けて内容を確認する。
「…どうでした?」
「…要約すると、北欧地区の本部で待ってるから直接報告に来てください、と…。」
 温めた牛乳をちびちびと飲みながら聞いてくるゼルチアーノに、私は手紙の内容を3分の1ほどに要約して伝えた。
「オーディン様、直々のお呼び出し…。」
「そのようですね…。」
 教会の神位を務める大物のデューからの呼び出しに、二人で朝食を食べていた手を止めて同時に"はぁ…"とため息を吐いた。
 
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