始まり

第2話 初ディアボロ討伐
 ハイデン様が武器となった私をディアボロに向けると、奴は"グルルル…"と低く唸った。

 ディアボロとハイデン様が地面を蹴ったのは同時だった。
 両者が一気に間合いを詰めると、ディアボロはクマの如き鋭く重い爪で攻撃をしてきた。それをハイデン様は剣の腹で受けると剣先を下に向けてジャリリ!と爪での攻撃を流した。
「グォッ!?」
 力が受け流されたディアボロはハイデン様の横を抜けて前のめりに倒れ込んだ。ハイデン様はその隙を見逃すはずもなく、ガラ空きになったディアボロの腹に2連撃の刺突攻撃を繰り出し、更に最後に右足を強く踏み込み、渾身の突きをディアボロにお見舞いした。

 最後の一撃の威力が凄まじく、ディアボロは技の威力に吹っ飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。
「(す、すごい…)」
 あのクマのように大きなディアボロがあっという間に劣勢になった状況に私は感心してしまった。これがフェデーレという武器を手にしたデューの強さなのだろう。
「(ゼルチアーノ、あの子の真名がある位置、分かりますか?)」
「(あっ、はい!探してみます!)」
 意識下での会話でハイデン様から声をかけられた私は意識を集中し、体が動かせなくなったあの子の真名、とにかくディアボロに掌握された文字列の気配を探した。
 フェデーレとしてデューとの契約を果たしたからと言って、真名の探索など出来るか不安だったが、それも杞憂であり、あの子の真名の位置は直ぐに分かった。
「(ディアボロの右前足…そこに真名があります!)」
「(分かりました。しかし、刺してしまえば真名を傷つけかねない…切り落としてしまいましょう。)」
 キリッとハイデン様の目付きが鋭くなったのと同時にディアボロもようやく先程の重い刺突攻撃から立ち上がり、こちらを睨んでいるようだった。
 一番最初にハイデン様の回し蹴りでディアボロの顔面にあった白いガラスの仮面は割れ、その下からは化け物らしく赤い目が左右に3個ずつ並んでいて不気味なのことこの上ない。
 改めてこんな化け物と戦うのかと尻込みしそうになり、私の頭で微かな不安がよぎった。
 それを払うようにハイデン様は私の剣の柄をぎゅっと握ってちらりとこちらに視線を送った。
「(大丈夫。必ず勝ちます。)」
 ハイデン様は先程までの厳し目な声色と違って優しげな声でそう言ってくださった。
 その声と言葉を聞いて私はこの方の力になりたいと強く願った。
「来ますよ!」
「(はい!)」
 ハイデン様の声でディアボロの方を確認すると物凄いスピードでこちらに向かってきている。今までの一瞬の戦いの中で、私はハイデン様のデューとしての力がとても強いことを確信していた。だから、私は自分が武器としてハイデン様の力になれるように、絶対に折れない、欠けない、突き通してみせるという固い意志を持った。

 ディアボロは攻撃スピードは若干遅いものの、一撃一撃が重く、パワーがあった。ハイデン様はそれを回し蹴りの一瞬で悟ったらしく、ディアボロの攻撃は私の負担が軽くなるように剣身に当たっても受け流している。真正面からパワー勝負をしないようにしているのだ。
 そして自分の爪攻撃が何度も受け流されていることに腹が立ったらしいディアボロは左右から重いパンチを交互に繰り出してきた。
 ハイデン様は私を使わずに僅かに体の角度を変えるだけでそのパンチ攻撃を躱した。
 そしてディアボロが怒りに任せて左右の前足を握り合わせて振り下ろした。
 ―――ドガァン!!!
 孤児院の広場の地面が抉れるほどの威力の拳が振り下ろされたのを確認出来たのは、ハイデン様がディアボロの頭上にまで飛び上がっていたからだ。そして、空中でディアボロの太い首目掛けて両足を挟み込んで掛けると、そのまま後ろに背中を反らしてブリッジをするかのように体重を移動させる。

「グァッ!?」
 首に足が掛かったことで、ようやくハイデン様の位置が分かったディアボロだったが、前足をばたつかせ何か反撃を繰り出す前に、ハイデン様はバク転の要領で地面に手を付けると首に引っ掛けた足に力を入れて…
「はぁっ!」
 という掛け声と共にディアボロが空を舞い、そして地面に叩きつけられた。
「ガァッ!」
 苦しそうな息を吐く声を出したディアボロの首から足を外すとハイデン様は一瞬でも動きが止まったディアボロの右前足の手のひらをブーツで踏みつけ、手首の辺りをザシュッと切り落とした。そして、今までディアボロが攻撃として使っていたご自慢の爪を持つと、あの子の真名が閉じ込められている右前足を持ってどこかに放り投げてしまった。
「(ちょっ!?)」
「アフロディーテ!!」
「(へ?)」
 綺麗な放物線を描いてクマディアボロの前足は孤児院の屋根にいる人物の手に渡った。
「あらあら、この中に真名があるのね。慎重に取り出さなくちゃね。キルリ、やってみましょう。」
「はい、マスター。」
 私は意識下の中で屋根の上の人物を見た。そこには金色のふわふわのウェーブがかかった髪の毛に豊満な胸が強調され、女性のしなやかな体の曲線が分かる服に身を包んだ女性と背格好は私と同じくらいだろうが、なんだかフェデーレとしての戦ってきた数が違うのがこの距離でも分かる人を確認できた。夜になりかけたこの暗さでは髪の毛の色までは正確に判断できないが、おそらく茶髪の少女はクマディアボロの前足に手をかざして何かを始めた。
「(ゼルチアーノ、あの子の真名はあの人たちに任せておけば大丈夫です。あとはこいつを完膚なきまでに倒すのみです。)」
「(わ、分かりました!)」
 ハイデン様の言葉を信じて後方の屋根の上の人たちのことよりも目の前のディアボロに集中することにした。
 右の前足を失ったことでしばらくクマのディアボロは痛みから転げ回っていたが、直ぐに激怒したような咆哮を上げた。
 その圧に負けずに前に歩み進んで距離を詰めるハイデン様にクマディアボロは次第に咆哮を小さくし、それに比例するように体も縮こまっていった。
 後少しで剣先が届く…というところで、クマディアボロは目の前の相手が敵わないと悟ったのか踵を返して逃げ出した。
「あ!」
「(逃げた!)」
 3,4秒遅れてハイデン様も走り出して追いかけたが、クマディアボロは右前足を失ってもなんとかもう片方の前足でバランスを取って上手く走っていく。
「スピード系ではないと思ったのに…!」
「(クマって意外と速いんですね!?)」
 あまりにも速いスピードで引き離されていくので私たちも必死に追いかける。
 しかしそこで、夜の帳が降りた頃なのに、南東あたりがキラリと何か光った。
 この時間から星が見えるはずなど…と思っているとそれは一つの光から三つに分かれ、私とハイデン様を追い越して前を走るクマディアボロの脇と前方を塞ぐように着弾した。
――ドガォン!!!!
 土煙が巻き起こり、ハイデン様は足を止めることなく地面を蹴って土煙の先で動きを止めているクマディアボロに向かって走り出した。
 そして大きく右足を踏み込み、渾身の力を振り絞って、ディアボロの頭目掛けて突き技を繰り出した。
「はぁぁっ!」
普通のディアボロ相手ならまずその白いガラスの仮面を割ってからでないと弱点の頭を狙うことができない。が、先程ハイデン様は武器の力でもなんでもないご自身の回し蹴りの力で仮面を割ったので、なんなく高威力の突き技によってディアボロの頭は首から上が跡形もなく吹き飛んだ。
 頭を失くしたクマディアボロの体は数秒フラフラしたかと思えば、ゆっくりと後ろに倒れ、地面にドサッという音と共に倒れ込むとサラサラと砂になって風によって巻き上げられ、空の彼方に飛んでいった。
「(お、終わったんでしょうか…?)」
「ええ。無事にディアボロを倒すことができたようですね。戻っていいですよ、ゼルチアーノ。」
 ハイデン様の最後の言葉で私は武器から普通の体に戻った。ぐーぱーぐーぱーと拳を握ったり開けてみたりして自分が武器となってデューの方と一緒にディアボロを倒すことができたという実感をじわじわと感じた。
 嬉しさと緊張感からの解放で足に力が入らなくなり、へたり込みそうになるところで、隣からハイデン様が手を伸ばして私を支えてくれた。
「すみません、ハイデン様…なんか、緊張してたみたいで、安心感で一気に疲れが…」
「そうですよね、デューの人と契約したことないみたいでしたし。初戦であの戦いができたのはゼルチアーノのおかげです。」
 ハイデン様が服についた土埃を払っていると、孤児院の屋根の上にいた、人たちがスタッと降りてきた。

「アフロディーテ、あの子の真名は?」
「ええ、無事に取り出すことができて、彼女に返したわ。うちに来ない?って誘ったんだけど、まずはアルテミス様の許可が〜って興奮気味で孤児院の中に走っていっちゃったわ。」
 金髪の豊満ボディのお姉さんと話すハイデン様を見てから、私は金髪の方の後ろに控えている子に視線を送った。
 先程のディアボロの進路を塞ぐような援護射撃をしてきたのはこの子がフェデーレとして放った攻撃だったのだろうか…。
 経験が豊富そうなフェデーレに会えたのが嬉しくて思わず声を掛けた。
「あ、あの…っ!」
「…はい。」
「フェデーレとして戦うために一番大切なことはなんですか!」
「………。」
 聞きたいことは他にもあっただろうに、口から出たのはフェデーレとしての本質的な話だった。あまりにも抽象的すぎたかと頭の中で一瞬で反省モードに切り替え笑顔を貼り付ける。
「あ、えと…、すみません、いきなりこんな質問して…忘れてください!私はハイデン様と孤児院の中を見てきますから!」
 にっこり笑顔で早口で捲し立ててその場を去ろうとすると、私の手首がパシッと掴まれた。
「へ…?」
「フェデーレはマスターを守ることが大事。でも自分を持つことも大事…です。」
 ボソボソと呟くように声が小さかったが、なんとか聞き取れた言葉に私はパァッと顔を綻ばせた。
「ありがとうございます!私これからフェデーレとして頑張ります!それじゃあ、失礼します!」
 暗がりの中でも彼女の光のない赤い目だけが印象的で、声色も無機質だったが、今まで孤児院でフェデーレの子達と接してきた中でも実戦経験のある子と話す機会はあまりなかった。
 少しでも新米フェデーレである私に糧となるような言葉を送って貰えて私はウキウキした気持ちで孤児院の玄関口で待っているハイデン様の元へ駆け寄った。

「何を話していたのですか?」
「先輩からのアドバイスを聞きました!そういえばあの豊満ボディのお姉さんは…?」
「ふふ、本人が聞いたら喜びそうな呼び方ですね。あの人たちとは直に顔を合わせるわ。」
 初めて見たハイデン様の笑顔に私は目をぱちくりさせた。私の反応が少し気に食わなかったのか、ハイデン様は片方の頬を膨らませて拗ねたような表情を見せた。
「な、なんですか。私、変なことしましたか。」
「いえ…、ハイデン様が笑ってるのがなんかレアな気がしまして…」
「私だって笑いますよ。そんなロボットじゃあるまいし…。」
 そう言っていじけたようにハイデン様はプイッと体を翻して1人で孤児院の中に入ってしまった。
「あっ、待ってください!ハイデン様!」
「…様はいらないです。"ハイデン"でいいですから。」
「!じゃあ、その敬語も辞めましょうよ。ね?」
 呼び捨てを勧められ、距離が縮まったようで嬉しくなった私が笑顔で隣に並んで詰め寄ると、私の圧に負けたのか、ハイデン様は"はぁ…"とため息を一つ吐き出してから、クスッと笑った。
「これからが楽しくなりそうです。」


 ――――――
「あ!また敬語使いましたね!?」
「これは私の長年の癖です。そう簡単に直せませんよ。」
 
 
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