始まり

第1話 出会い
鏡創世界21世紀――
 「また会いたいな」
 なんて願いは最初から無かった。ただ、私のことは気にしないで自由に生きて欲しい。それだけを願って私は実の母の遠ざかる背中をずっと見つめ続けた。
「さ。中に入りましょう。」
 そうやって私の背中を促す人物は月の女神アルテミスの名前を受け継いだデュー、ヒメル様だった。促されるまま、私は最後に横目で人混みに紛れるように消えた母の背中を目に焼き付けてから、これから私が過ごす孤児院の方にやっと視線を向けたのだった。
 
 ―――2年後。
 私は15歳になった。13歳の時にアルテミス様の孤児院にやってきてからというもの…夜が活動時間である彼女に合わせて夜になると希望者に対してアルテミス様は稽古をつけてくれた。身のこなし方、受け身の取り方、戦いの指導など。武器に変身できるフェデーレと言えど、契約してくれるデューがいなければ、ほぼ無力だ。少しでも自分の身は自分で守れるようになる、それがアルテミス様の孤児院の方針だった。

 今日も夕方前に目を覚ました私は、食堂のおばさんの手伝いとして店仕舞い前の市場に滑り込み、頼まれた買い物を終わらせて帰宅していた。
「えっと、確かこれで全部…。」
 食堂のおばさんから貰ったメモを見ながら買ったものが入った紙袋を抱え直した。
 暗くなりつつある帰路を1人で歩いていると、ピリッと肌に殺気が触れた。自分の周りにはディアボロの気配はないし、殺気の濃さもそれほど濃くなく、薄い。
「(ということは遠い…早めに帰ろう…!)」
 紙袋をもう一度抱え直すと私は駆け出した。少し走って路地の角を曲がると孤児院は直ぐそこだ。
 走るスピードを上げて角を曲がった所で、私の目の前の孤児院の広場から土煙の柱が上がった。
「!!」
 私は紙袋を孤児院の門のそばに置いて、直ぐに広場に駆け寄って、木の影から様子を窺った。
 暗くなりつつある、夕方の視界に慣れてきた頃に、土煙も晴れてきた。
 そこで私は驚愕の瞬間を目撃した。
「あ…ぁぁ…っ」
「グァアアアッ!」
 二足歩行で立ってはいるが、大きさがクマの大きさそのもので、その前足の手によって小さな女の子の頭が鷲掴みされていた。
 まさしくその姿はディアボロだった。日が沈んだオレンジのような紫のような空の色を体に受けて光る奴の体は青黒く、不気味さが増していた。
 私の足はガクガクと震えていた。この歳になってディアボロに遭遇した回数が片手で足りる程度しかない私はヒメル様の孤児院にもディアボロがやってきたことを院内のみんなに知らせる必要があった。
「(いやでも、あれほどの土煙と音があがれば院内で先生たちが避難準備をしているはず…、あの子だけ逃げ遅れたんだ…!)」
 私はガクガク震える足にゴツッと殴った。震えている場合ではない、今直ぐ駆け出してディアボロに頭を掴まれている女の子を助けなければならない。
「(向こうはまだこっちに気付いてない…はず。直ぐに距離詰めれば…!)」
 一瞬の思考で勇気を固めた私はグッと前傾姿勢になった。だが、そこで私は初めての光景を目にした。
 ディアボロが女の子の頭から次第に手を離すとその手には光る文字列があった。そしてそれを暗いディアボロの手が握りしめると、女の子の体がガチッと硬くなり、ドサリと広場の地面に落ちた。
「な、なにあれ…?」
 今まで見たことがあるディアボロは人々を襲うことばかりで、頭を掴んだ挙句に文字列を取り出し握りつぶしたところなど今までの人生で見たことがなかった。
 混乱していたが、あのまま体が動かなくなってしまった女の子をディアボロのそばに放置しておくのは危ない。私は深呼吸をしてから、もう一度前傾姿勢になり、一呼吸置いてから地面を蹴った。

 私の存在にディアボロが気づいた時には私は混乱も恐怖も感じていなかった。ただ、目の前の女の子が危ない、助けなくてはという気持ちだけで体を動かしていた。
「ッ!」
 必死に両腕を伸ばして彼女の体に腕を引っ掛けるとグイッと引っ張って、数メートルゴロゴロと2人で転がってディアボロと距離を取った。
「ハァッ…ハァ…ッ、あなた、大丈夫!?」
 私が息を整えながら女の子に声をかけると、体が動かせないのか、やっとの思いで1度だけコクリと頷いた。
 どうして急に体が動かせなくなってしまったのか、それは直前のディアボロのあの動き…。文字列を引っ張り出して握りつぶした動作が関係しているのだろう。
 私は警戒を怠らずディアボロの方をチラチラと見ながら、女の子に声をかけた。
「何があったの?何された?」
「…………な…」
「え…?」

「…ま、なを…」
 やっとの思いで絞り出された声を聞くと"まなを"だけが聞き取れた。そこで私は直ぐにピンときた。あのディアボロが握りつぶした文字列は。

「(この子の真名…!)」

 かつてディアボロがフェデーレの真名を奪い取るなんていう事案は聞いたことがなかった。初めてのことで私は本当にそんなことがディアボロに可能なのかと疑問に思ったが、何より自分の目で見たこの子の真名が引き摺り出される瞬間を見てしまったのだから、認めざるを得ない。
 一度だけヒメル様から、真名や輝石の扱いについては厳しく言われた。"真名はとても大事なものなの。絶対に教えたり、輝石も壊されないようにするのよ。あなたたちの命にかかわることだから。"と。
 真名が奪われると体が動かせなくなると、一気に輝石の場所を特定され破壊されかねない。私は動けなくなった女の子をぎゅっと抱き寄せ、こちらにゆっくりと近づきつつあるディアボロを睨んだ。
 私の心は不安、恐怖、混乱、全部が入り混じって、目には涙が滲み始めた。ディアボロがその鋭利な爪のある手を振り上げた。
 私の人生はここまでだと、直ぐに輝石を破壊されて終わりなのだと覚悟をした。目をぎゅっと瞑って、体を小さくして衝撃に耐えようとしたその瞬間。


 ――――ドガッ!!!!!
 ――メリッ!

「!?!?」
 自分が攻撃された音ではなく痛みも感じないため、目を開き顔を上げると、目の前のディアボロの仮面のようなものがつけられた顔に人の足がめり込んでいる。

 そしてスローモーションのようにその足がディアボロの仮面のような白いガラスを粉々に砕いたのと同時にディアボロは数十メートルも吹っ飛ばされ、広場の周りを囲う木の根元に激突した。

「なるほど。ここにいるフェデーレの子供たちが狙いで現れたんですね。」

 そう言ってヒラリと地面に降り立ったのは、夜空のように深い青色の髪を靡かせ、印象的なお団子ヘアで声や背格好からして同年代だと思った。黒と青を基調としたジャケットにショートパンツ、左足にだけ星空を思わせる青色のグラデーションタイツを履いていた。私を助けてくれたのだと数秒かけて理解し、ただの回し蹴りでディアボロを数十メートルも吹っ飛ばしたその強さに驚いた。

「あ、あの、デュー様…ですよね!?この子、真名を取られちゃったみたいで動けなくて…!真名を傷付けず取り返すことはできますか!?」
 私が捲し立てるように声をかけると、振り返ったのは、夕方の暗がりでも目立つ金色の瞳。厳しめの声色だったが、その声の持ち主通り、キリッとした表情で私たちを一瞥した。
 そしてしゃがみ込んで私たちと視線を同じにすると、私が抱きかかえている女の子の額に手を添えた。
「確かに、真名が取られているようですね…。あなた、フェデーレですよね。名前は?」
「へっ?えと、私はゼルチアーノと言います。」
「ゼルチアーノ。私はギリシア神話、正義と純潔の女神アストライアーの名を与えられたデュー、ハイデン・ブルーストです。あなたがまだどのデューとも契約していないのであれば…」
「契約します!お願いします!この子の真名を取り返したいんです!」
 私はハイデン様の言いたいことが分かるとそれを遮って詰め寄った。
「…分かりました。先程の蹴り程度ではディアボロにはあまりダメージはないでしょうから。私としてもフェデーレと契約できるならありがたいです。では、ゼルチアーノ、手を。」
 私がこくりと頷くとハイデン様は立ち上がって服についた砂埃を少し払い、私の方に手を差し出した。
「!!」
 私はほんの一瞬の逡巡でハイデン様の手を取ることへの葛藤を処理し、勢いよく手を取った。
「お願いします!ハイデン様!」
 私がハイデン様の隣に並んで立つと手を握ったまま2人で手を天に掲げた。
「おいで、ゼルチアーノ。」
「はい。」

 優しく呼んでくれたハイデン様の声に応えると、私の体は白い光に包まれ、上に掲げられたハイデン様の手の中に武器としての形を作っていった。
 シュイーンと神秘的で研ぎ澄まされる音と共に最後、菱形の星のような煌めきの金色が剣先に宿ると、武器の刀身が顕になった。
 真っ白に近い銀色の細身の刀身はレイピアにしては少し身幅があるが、刺突攻撃にも切り払う攻撃にもできる形状だった。

「綺麗…。」
 ハイデン様がポツリと呟いて直ぐ、グッと武器の私の柄を握って構えた。
「さぁ、ディアボロを倒して、あの子の真名を取り返しますよ!」
「はい!」

 武器となった私を構えたハイデン様とハイデン様の意識化に入ることが出来た私は、あの子の真名を絶対取り返すんだという決意と覚悟を持ってディアボロと対峙した。
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