動き出す
第10話 強敵
私たちの戦いをどこかで見守っていたのか、森の木の影から、ひょっこりとヴァナルガンドさんが顔を覗かせてきた。
「《ひとまずはご苦労だったな。だが、まだ気を抜くなよ。山の洞窟に最後の1体が潜伏しておる。今までのディアボロより、明らかに強いだろう。まぁ…、どこからかオーディンも見ているが助けてくれるなどと期待はするな。自分たちの力でなんとか倒して見せろ。》」
「はい…!」
ヴァナルガンドさんは労いの言葉と共に厳しい言葉もかけていき、最後は"体力は温存しておけ、洞窟の入り口まで運んでやる"と言って、ハイデンの服の首根っこを口で掴むと、ひょいっと放り投げて、自分の背中に乗せた。ちゃんとハイデンが乗ったのを確認すると、ヴァナルガンドさんは猛スピードで森の中を駆け抜け、最後の1体がいると言う、山の洞窟へ向かった。
——————
「《ここだ。》」
急ブレーキをかけて止まったヴァナルガンドさんに、ハイデンはゆっくりとその背中から降りて、洞窟の中を凝視した。中は暗くて数メートル先も見えないほどの闇に包まれている。
「《我の道案内もここまでだ。健闘を祈る。》」
そういうと、ヴァナルガンドさんは風のように一瞬にして森のどこかに去っていってしまった。
「(この洞窟の中に最後の1体のディアボロがいるんですね…、どんな形のディアボロでしょうか…?洞窟だからコウモリ型とか…?)」
「………。」
「(ハイデン?)」
「…聞こえませんか、ゼルチアーノ。洞窟の奥から、声が反射して入り口までわずかに聞こえてきます。」
洞窟の入り口で立ち止まっているハイデンに私が声をかけると、ハイデンは耳をすませつつも、その額には冷や汗を垂らしていた。
そんな緊張状態のハイデンを見たことがなくて、私は言われた通り洞窟の奥から反射して聞こえてくる、声に耳を傾けた。
〈グルルルルルル………〉
「(わずかに動物の唸り声が聞こえますね…。これは…イヌ、とか?)」
「犬ではありません。これは…狼のものですね。しかも、この土地から考えると、北欧神話の中でも最強と謳われたフェンリルを含む、魔狼の種族の形を取っている可能性が高いです。」
「(フェンリルと同じ魔狼って…、その形をディアボロが模しているとすれば、かなり手強い相手になりますね…。)」
北欧神話でのフェンリルの話は何度も耳にしたことがある。あのオーディン様を一飲みで倒してしまったという神話が残っている。フェンリル本人?ではないにしろ、その血を引く魔狼の形をディアボロが取っているとすれば、その力は計り知れない。そんなのがこの山に棲みついていては、麓だけでなく街に住んでる人たちにも危険が及ぶかもしれない。これはここで絶対に倒さなくてはならない。
「(ハイデン。大丈夫ですよ。)」
「ゼルチアーノ…。」
「(どんな相手であろうと、私は絶対に折れない、貫き通す!それだけを強く思い続けます。それに、ハイデンだって、強いんですから、自信を持ってください。私を助けてくれた時のハイデンは1番かっこよくて強かったんですから!)」
「!!ふふ、そうですね。狼、1匹にここまで怖気付いていては、先が思いやられますからね…!さぁ、行きましょうか!」
「(はい!)」
ハイデンが顔を上げて、ふわりと緊張が和らいだ表情をしてくれたので私も改めて彼女の足を引っ張らないように、先程宣言した通り、"折れない"、そして"絶対に貫き通す"を念頭に入れ、洞窟の中へ踏み出すハイデンと共に意識を高めた。
——————
洞窟の中の様子を知るために松明が欲しかったが、不運なことに火種も手頃な木の枝も見つからなかったため、洞窟の壁を伝って、慎重に歩を進めるしかなかった。
「だんだんと、暗闇に目が慣れてきました。気配からして、声の主のところまであともう少しでしょうか…。」
「(では、地面に私を突き立ててみてください。刺さりはしませんが、音の波動などで周囲の様子がわかるかもしれません。)」
暗闇で視界から得られる情報が少ないこともあり、私は前にヒメル様の孤児院で夜の活動の時に暗い中でも場所や地形を把握する術としてこの方法を教わったことを思い出した。
「分かりました。やってみましょう。」
そう言うとハイデンはレイピアの剣先を地面に向けて振り下ろし、洞窟の中でキィン!と甲高い音が響いた。
「(………)」
「ゼルチアーノ、どうですか?」
「(今いる場所から壁伝いに真っ直ぐ行くと、少し広い空間があります。そこに…ディアボロが待っています。明らかに今の音を感知し、相手がデューとフェデーレのペアであることを確信しています。空気がピリピリとしている気がします。恐らく、強いです。)」
私が武器から伝わってくる振動からの情報をハイデンに伝えると、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
ゆっくりと深呼吸をすると、2人同時に"行きましょう"と声をかけて、少しずつ壁伝いに洞窟の奥へと進んだ。
今まで人間が2人両腕を広げたくらいの幅の道を通ってきたが、大体5分くらいだろうか、そのくらいの時間で明らかに広い空間に出た。暗闇で目が慣れたとはいえ、先程まで少し目線を左右に向ければ洞窟の壁が見えていたのに、今では空間が広すぎて、壁が見えなくなってしまっている。
「(ここですね…。相手は必ず闇の中から仕掛けてきます。ハイデン、神経を研ぎ澄ませてください。)」
「分かりました。」
広い空間と通ってきた通路の出口の狭間でハイデンはレイピアを構えて、目を閉じた。
神経を研ぎ澄まし、殺気を感じ取る——
「ガウッ!!!!」
「そこっ!!!!」
〈ガギィィン!!!!!〉
暗闇に潜んでいたディアボロが仕掛けてきた爪の攻撃とハイデンのレイピアがぶつかり合ったのは同時だった。
短い火花が散り、少しだけ明るくなったことにより、一瞬だけだが、ディアボロの上半身までが確認できた。
「あれはまさに狼…北欧神話のワーグの一族を形取ったディアボロですね。」
「(ワーグ…。フェンリルを模したディアボロっていう最悪の状況は免れましたね。)」
「フェンリルでなくとも、それを輩出した狼の一族です。油断は禁物ってヴァナルガンドさんが言ってたのはこう言うことですか…。」
再び洞窟の闇に消えたディアボロに、ハイデンは再び目を閉じて殺気を感じ取ろうとしたが、それよりも速く、ディアボロが闇の中から、襲いかかってきた。
「くっ…!」
「(ハイデン!)」
ギリギリのところで避けられたが、視界の情報がほぼない状態で格上の相手と戦うのは不利だ。今はどうにか直前でディアボロの殺気を感じ取って攻撃を防いではいるが、こちらからの反撃ができないままだった。どうにか突破口を見つけなければと、私は今の地理的状況、ハイデンが扱える輝石の恩恵、自分の武器の特性など、あらゆる作戦を考えてみた。
思考を張り巡らせることに集中しすぎたせいか、私は大事な"折れない"という意思を揺らがせてしまった。
〈ピシッ〉
「え?」
暗闇の中から襲い来るディアボロにハイデンがギリギリでレイピアを構えて、喉元を噛みちぎろうと大口を開けて迫る奴を食い止めた。
そのこう着状態がほんの数秒経った時、私の刀身であるレイピアに小さな亀裂が走った。
その音を聞いた瞬間、ハイデンはガッとディアボロの腹を蹴って、遠くに飛ばすと、レイピアを振り抜き大事そうに抱えて洞窟の広い空間の端っこへ向かった。
「ゼルチアーノ!大丈夫ですか!?」
「(あはは…すみません…、作戦とか突破口考えてるうちに、ちょっと"折れない"っていう意思の方が揺らいじゃって…。擦り傷程度ですよ、こんなの!大丈夫です!それに、ハイデンはディアボロの攻撃をちゃんと防ぎ切ってるじゃないですか!私はその間に何かこいつを倒すきっかけを見つけないと、って!)」
私がハイデンを心配させないようにと、敢えて元気にキビキビとした様子で語りかけると、彼女は一瞬見たことがないくらい怯えて悲しそうに眉を下げている表情をしていた…気がした。暗くて確信は持てないが、ハイデンは私にヒビが入ってしまったことで不安になってしまったのではないだろうか。私が壊れるんじゃないかって。
「………ゼルチアーノ、」
「(ハイデン、だいじょーぶです!!!!私は!もう負けません!かっこよく助けてくれた、アストライアーのフェデーレです!私もかっこよく、強くありたい!まだ経験が浅くて未熟でした…!でも、ハイデンと肩を並べるために、足を引っ張らないように!強く!なるんです!…一緒に!)」
私は体は武器化しているが、意識はハイデンの目の前で彼女の手を握って真っ直ぐ見つめて、鼓舞しているつもりだった。
私が"一緒に"と言ったことで、ハイデンの目にも強気な光が戻ってきた。
「私もついこの間までフェデーレが1人もいないデューでしたから、未熟なのは同じです。一緒に、強くなりましょう、ゼルチアーノ。」
「(はい!)」
ハイデンが優しい表情で私の手を握り返してくれたような感覚に、私は目を閉じて力を溜めた。
「(はぁ——————っ!)」
その瞬間、私のレイピアの刀身が眩く光り、ヒビが入っていたところがじわじわと光で塞がれていき、しばらくすると傷一つない、元の刀身へと戻った。
「自己修復…!?」
「(えっと…なんか、出来ちゃいました。へへ…)」
一緒に強くなること、それを共通の目標として掲げたことで、絆が深まったのか、私は力が溢れてきたので、意識を集中させて試しにやってみたのだった。
私たちが絆を再確認させていた間、ディアボロは近づいて来なかった。短い時間だったが、理由がどうであれそれが功を奏し、私が自己修復の際に発した光がディアボロにとっては有害だったらしい。洞窟の隅の方からクゥンクゥンという声が聞こえてきた。
あの光を直視したせいか、目がやられたのだろう。ディアボロの動きは止まっている。好都合だ。
「(ハイデン、今がチャンスです!)」
「分かっています!」
目の痛みから声が漏れ出てしまっているので、ディアボロのいる場所はなんとなくでも掴むことができる。ハイデンは輝石の恩恵でブーストしたスピードで一気にディアボロとの距離を詰めた。
「セアッ!!!」
下から切り上げる形で、ハイデンがディアボロに向かってレイピアを振るとディアボロの腹を裂き、スピードも加わり、そのままディアボロは数メートル先の洞窟の壁に激突した。
「(やりました!一撃食らわせられました!)」
私が意識空間で拍手をしてぴょんぴょん飛び上がっていると、ハイデンは短く息を吐くと"次です"と小さく言葉を発した。
お腹に傷を負ったディアボロはなんとか立ち上がろうとしていた。そこへハイデンは隙を与えず、スピードとパワーが上乗せされた得意のレイピアの突きを当てようとしたが、ディアボロは傷を負いながらもまだ力が残っているようで耳を塞ぎたくなるような爆音の咆哮を正面に迫ってきていた彼女に浴びせた。
あまりの大音量を至近距離で喰らってしまい、ハイデンは動きが止まってしまった。
「ぐ…ぅ…っ!」
〈カツン!〉
数秒間続いた咆哮がやっと止むと、ハイデンはレイピアを地面に突き立てて、なんとか片膝をついた。
「(ハイデン!ハイデン!あっ…耳が…!)」
見ると、彼女の右耳からは、血が流れていた。恐らく鼓膜が破れてしまったのかもしれない。左耳も同じ状況になってしまっていれば、聴覚までも奪われさらに戦闘が不利になってしまう。
「ふ、ぅ…大丈夫、です…。左耳はなんとか生きてます…。」
ハイデンは小さく息を吐きなんとか武器の私にちらりと目配せしてくれたことで、私は少しだけホッとした。
ディアボロもお腹に深く傷を負ったが、こちらは片側の鼓膜を破壊され、なおかつ視界も悪い。
こちらが若干不利な状況で、私はもう一度先程の自分が出した光を出そうかと思った。だが、そこで朱朱様のフェデーレ、ローランさんのことを思い出した。デューとフェデーレの絆が十分に築けていない状態で絆の技を使おうとすると、デューの体に負担がかかる…と言う話を。
それを使ってしまえば、今ただでさえ傷が多くて消耗しているハイデンを追い込むことになる。それだけは使わないようにしなければ…!でも、どうすれば…。
思考がぐるぐる回り出したところで、ディアボロが動きを見せた。ジリジリとこちらの様子を伺っていたが、ハイデンが弱っているチャンスを逃さないことにしたのか、大きく口を開けて牙を光らせ、ハイデンに飛びかかろうとしてきた。
「(ハイデン!)」
右耳の鼓膜が破れ、先程の爆音の咆哮により、体も若干痺れがあるのか、ほんのコンマ数秒、ハイデンの対応が遅れた。
レイピアを握るのが遅れたからか、ハイデンは代わりに反対の腕をディアボロに突き出しわざと噛み付かせた。
「ぐっ…!」
鋭利な牙で噛まれた彼女の腕からはポタポタと血が垂れていたが、私はそれよりも、"鋭く一撃で貫き通す"という意思を固めた。ハイデンが身を挺して作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
わずかに遅れて、レイピアを持つ手を逆手にして思いっきり体をのけぞらせてから、腕に噛み付いたままのディアボロの白い仮面にレイピアを突き刺した。
「はぁーーーッ!!!」
「(やぁーーーッ!!!)」
重なった私とハイデンの気合いの声で力を込めると、ピシピシと白い仮面にヒビが入っていき、その音を聞いたディアボロが慌ててハイデンの腕から口を離して一歩下がった。が、ハイデンはそれを許さず、その一瞬で思いっきり力を込めてディアボロの白い仮面を砕いた。
パァン!という風船が割れるような音と共にディアボロは少しだけ後ろに吹っ飛び、キャン!と声を上げていた。
ゆらりと立ち上がったハイデンはレイピアをサッと払うと、一瞬にしてディアボロの前に立ちはだかった。
ディアボロは先ほどと同じように大口を開けて、爆音の咆哮をやろうとしたが、ハイデンはその攻撃が来ることを予想していた。口を開けた瞬間、ハイデンはレイピアを横に構え開いた口から体を横一線に切り裂いた。
ディアボロは咆哮を出す間もなく体を切られ、ずるりと上半分の体が滑り落ちそうになるのと同時に、最後の止めで、ハイデンはディアボロの頭の部分にレイピアを突き刺して、ディアボロの行動をストップさせた。
ザァッと砂となって崩れたディアボロを確認すると、ハイデンは小さな声で"戻ってください、ゼルチアーノ"と言った。
「ハイデン!ハイデン!大丈夫ですか!ああ…、あんな無茶をして…耳の鼓膜も破れてるはずですから、病院行きましょう!」
レイピアから人間の体に戻ると私は、ハイデンの意識を確認し、腰のポーチから救急用の包帯でディアボロに噛まれた腕をぐるぐる巻きにして、耳にも詰め物をし、ゆっくりとおんぶをすると、洞窟の出口へ向かった。
広間の方からでも入り口の僅かな光が見えるのが救いだった。おんぶしているハイデンを落とさないように慎重に歩いて洞窟を抜けると、そこにはヴァナルガンドさんと心配そうな顔を通り越してもはや泣きそうな顔のベルセルクさん、その隣には苦笑いをしながらベルセルクさんにハンカチを差し出しているオーディン様と、こちらに駆け寄ってくる朱朱様と香扇ちゃんが出迎えてくれた。
『無事でよかった』
とみんなが涙ぐんでいたが、私に背負われたボロボロのハイデンを見て大慌てになって病院に担ぎ込んだのは次のお話で——
私たちの戦いをどこかで見守っていたのか、森の木の影から、ひょっこりとヴァナルガンドさんが顔を覗かせてきた。
「《ひとまずはご苦労だったな。だが、まだ気を抜くなよ。山の洞窟に最後の1体が潜伏しておる。今までのディアボロより、明らかに強いだろう。まぁ…、どこからかオーディンも見ているが助けてくれるなどと期待はするな。自分たちの力でなんとか倒して見せろ。》」
「はい…!」
ヴァナルガンドさんは労いの言葉と共に厳しい言葉もかけていき、最後は"体力は温存しておけ、洞窟の入り口まで運んでやる"と言って、ハイデンの服の首根っこを口で掴むと、ひょいっと放り投げて、自分の背中に乗せた。ちゃんとハイデンが乗ったのを確認すると、ヴァナルガンドさんは猛スピードで森の中を駆け抜け、最後の1体がいると言う、山の洞窟へ向かった。
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「《ここだ。》」
急ブレーキをかけて止まったヴァナルガンドさんに、ハイデンはゆっくりとその背中から降りて、洞窟の中を凝視した。中は暗くて数メートル先も見えないほどの闇に包まれている。
「《我の道案内もここまでだ。健闘を祈る。》」
そういうと、ヴァナルガンドさんは風のように一瞬にして森のどこかに去っていってしまった。
「(この洞窟の中に最後の1体のディアボロがいるんですね…、どんな形のディアボロでしょうか…?洞窟だからコウモリ型とか…?)」
「………。」
「(ハイデン?)」
「…聞こえませんか、ゼルチアーノ。洞窟の奥から、声が反射して入り口までわずかに聞こえてきます。」
洞窟の入り口で立ち止まっているハイデンに私が声をかけると、ハイデンは耳をすませつつも、その額には冷や汗を垂らしていた。
そんな緊張状態のハイデンを見たことがなくて、私は言われた通り洞窟の奥から反射して聞こえてくる、声に耳を傾けた。
〈グルルルルルル………〉
「(わずかに動物の唸り声が聞こえますね…。これは…イヌ、とか?)」
「犬ではありません。これは…狼のものですね。しかも、この土地から考えると、北欧神話の中でも最強と謳われたフェンリルを含む、魔狼の種族の形を取っている可能性が高いです。」
「(フェンリルと同じ魔狼って…、その形をディアボロが模しているとすれば、かなり手強い相手になりますね…。)」
北欧神話でのフェンリルの話は何度も耳にしたことがある。あのオーディン様を一飲みで倒してしまったという神話が残っている。フェンリル本人?ではないにしろ、その血を引く魔狼の形をディアボロが取っているとすれば、その力は計り知れない。そんなのがこの山に棲みついていては、麓だけでなく街に住んでる人たちにも危険が及ぶかもしれない。これはここで絶対に倒さなくてはならない。
「(ハイデン。大丈夫ですよ。)」
「ゼルチアーノ…。」
「(どんな相手であろうと、私は絶対に折れない、貫き通す!それだけを強く思い続けます。それに、ハイデンだって、強いんですから、自信を持ってください。私を助けてくれた時のハイデンは1番かっこよくて強かったんですから!)」
「!!ふふ、そうですね。狼、1匹にここまで怖気付いていては、先が思いやられますからね…!さぁ、行きましょうか!」
「(はい!)」
ハイデンが顔を上げて、ふわりと緊張が和らいだ表情をしてくれたので私も改めて彼女の足を引っ張らないように、先程宣言した通り、"折れない"、そして"絶対に貫き通す"を念頭に入れ、洞窟の中へ踏み出すハイデンと共に意識を高めた。
——————
洞窟の中の様子を知るために松明が欲しかったが、不運なことに火種も手頃な木の枝も見つからなかったため、洞窟の壁を伝って、慎重に歩を進めるしかなかった。
「だんだんと、暗闇に目が慣れてきました。気配からして、声の主のところまであともう少しでしょうか…。」
「(では、地面に私を突き立ててみてください。刺さりはしませんが、音の波動などで周囲の様子がわかるかもしれません。)」
暗闇で視界から得られる情報が少ないこともあり、私は前にヒメル様の孤児院で夜の活動の時に暗い中でも場所や地形を把握する術としてこの方法を教わったことを思い出した。
「分かりました。やってみましょう。」
そう言うとハイデンはレイピアの剣先を地面に向けて振り下ろし、洞窟の中でキィン!と甲高い音が響いた。
「(………)」
「ゼルチアーノ、どうですか?」
「(今いる場所から壁伝いに真っ直ぐ行くと、少し広い空間があります。そこに…ディアボロが待っています。明らかに今の音を感知し、相手がデューとフェデーレのペアであることを確信しています。空気がピリピリとしている気がします。恐らく、強いです。)」
私が武器から伝わってくる振動からの情報をハイデンに伝えると、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
ゆっくりと深呼吸をすると、2人同時に"行きましょう"と声をかけて、少しずつ壁伝いに洞窟の奥へと進んだ。
今まで人間が2人両腕を広げたくらいの幅の道を通ってきたが、大体5分くらいだろうか、そのくらいの時間で明らかに広い空間に出た。暗闇で目が慣れたとはいえ、先程まで少し目線を左右に向ければ洞窟の壁が見えていたのに、今では空間が広すぎて、壁が見えなくなってしまっている。
「(ここですね…。相手は必ず闇の中から仕掛けてきます。ハイデン、神経を研ぎ澄ませてください。)」
「分かりました。」
広い空間と通ってきた通路の出口の狭間でハイデンはレイピアを構えて、目を閉じた。
神経を研ぎ澄まし、殺気を感じ取る——
「ガウッ!!!!」
「そこっ!!!!」
〈ガギィィン!!!!!〉
暗闇に潜んでいたディアボロが仕掛けてきた爪の攻撃とハイデンのレイピアがぶつかり合ったのは同時だった。
短い火花が散り、少しだけ明るくなったことにより、一瞬だけだが、ディアボロの上半身までが確認できた。
「あれはまさに狼…北欧神話のワーグの一族を形取ったディアボロですね。」
「(ワーグ…。フェンリルを模したディアボロっていう最悪の状況は免れましたね。)」
「フェンリルでなくとも、それを輩出した狼の一族です。油断は禁物ってヴァナルガンドさんが言ってたのはこう言うことですか…。」
再び洞窟の闇に消えたディアボロに、ハイデンは再び目を閉じて殺気を感じ取ろうとしたが、それよりも速く、ディアボロが闇の中から、襲いかかってきた。
「くっ…!」
「(ハイデン!)」
ギリギリのところで避けられたが、視界の情報がほぼない状態で格上の相手と戦うのは不利だ。今はどうにか直前でディアボロの殺気を感じ取って攻撃を防いではいるが、こちらからの反撃ができないままだった。どうにか突破口を見つけなければと、私は今の地理的状況、ハイデンが扱える輝石の恩恵、自分の武器の特性など、あらゆる作戦を考えてみた。
思考を張り巡らせることに集中しすぎたせいか、私は大事な"折れない"という意思を揺らがせてしまった。
〈ピシッ〉
「え?」
暗闇の中から襲い来るディアボロにハイデンがギリギリでレイピアを構えて、喉元を噛みちぎろうと大口を開けて迫る奴を食い止めた。
そのこう着状態がほんの数秒経った時、私の刀身であるレイピアに小さな亀裂が走った。
その音を聞いた瞬間、ハイデンはガッとディアボロの腹を蹴って、遠くに飛ばすと、レイピアを振り抜き大事そうに抱えて洞窟の広い空間の端っこへ向かった。
「ゼルチアーノ!大丈夫ですか!?」
「(あはは…すみません…、作戦とか突破口考えてるうちに、ちょっと"折れない"っていう意思の方が揺らいじゃって…。擦り傷程度ですよ、こんなの!大丈夫です!それに、ハイデンはディアボロの攻撃をちゃんと防ぎ切ってるじゃないですか!私はその間に何かこいつを倒すきっかけを見つけないと、って!)」
私がハイデンを心配させないようにと、敢えて元気にキビキビとした様子で語りかけると、彼女は一瞬見たことがないくらい怯えて悲しそうに眉を下げている表情をしていた…気がした。暗くて確信は持てないが、ハイデンは私にヒビが入ってしまったことで不安になってしまったのではないだろうか。私が壊れるんじゃないかって。
「………ゼルチアーノ、」
「(ハイデン、だいじょーぶです!!!!私は!もう負けません!かっこよく助けてくれた、アストライアーのフェデーレです!私もかっこよく、強くありたい!まだ経験が浅くて未熟でした…!でも、ハイデンと肩を並べるために、足を引っ張らないように!強く!なるんです!…一緒に!)」
私は体は武器化しているが、意識はハイデンの目の前で彼女の手を握って真っ直ぐ見つめて、鼓舞しているつもりだった。
私が"一緒に"と言ったことで、ハイデンの目にも強気な光が戻ってきた。
「私もついこの間までフェデーレが1人もいないデューでしたから、未熟なのは同じです。一緒に、強くなりましょう、ゼルチアーノ。」
「(はい!)」
ハイデンが優しい表情で私の手を握り返してくれたような感覚に、私は目を閉じて力を溜めた。
「(はぁ——————っ!)」
その瞬間、私のレイピアの刀身が眩く光り、ヒビが入っていたところがじわじわと光で塞がれていき、しばらくすると傷一つない、元の刀身へと戻った。
「自己修復…!?」
「(えっと…なんか、出来ちゃいました。へへ…)」
一緒に強くなること、それを共通の目標として掲げたことで、絆が深まったのか、私は力が溢れてきたので、意識を集中させて試しにやってみたのだった。
私たちが絆を再確認させていた間、ディアボロは近づいて来なかった。短い時間だったが、理由がどうであれそれが功を奏し、私が自己修復の際に発した光がディアボロにとっては有害だったらしい。洞窟の隅の方からクゥンクゥンという声が聞こえてきた。
あの光を直視したせいか、目がやられたのだろう。ディアボロの動きは止まっている。好都合だ。
「(ハイデン、今がチャンスです!)」
「分かっています!」
目の痛みから声が漏れ出てしまっているので、ディアボロのいる場所はなんとなくでも掴むことができる。ハイデンは輝石の恩恵でブーストしたスピードで一気にディアボロとの距離を詰めた。
「セアッ!!!」
下から切り上げる形で、ハイデンがディアボロに向かってレイピアを振るとディアボロの腹を裂き、スピードも加わり、そのままディアボロは数メートル先の洞窟の壁に激突した。
「(やりました!一撃食らわせられました!)」
私が意識空間で拍手をしてぴょんぴょん飛び上がっていると、ハイデンは短く息を吐くと"次です"と小さく言葉を発した。
お腹に傷を負ったディアボロはなんとか立ち上がろうとしていた。そこへハイデンは隙を与えず、スピードとパワーが上乗せされた得意のレイピアの突きを当てようとしたが、ディアボロは傷を負いながらもまだ力が残っているようで耳を塞ぎたくなるような爆音の咆哮を正面に迫ってきていた彼女に浴びせた。
あまりの大音量を至近距離で喰らってしまい、ハイデンは動きが止まってしまった。
「ぐ…ぅ…っ!」
〈カツン!〉
数秒間続いた咆哮がやっと止むと、ハイデンはレイピアを地面に突き立てて、なんとか片膝をついた。
「(ハイデン!ハイデン!あっ…耳が…!)」
見ると、彼女の右耳からは、血が流れていた。恐らく鼓膜が破れてしまったのかもしれない。左耳も同じ状況になってしまっていれば、聴覚までも奪われさらに戦闘が不利になってしまう。
「ふ、ぅ…大丈夫、です…。左耳はなんとか生きてます…。」
ハイデンは小さく息を吐きなんとか武器の私にちらりと目配せしてくれたことで、私は少しだけホッとした。
ディアボロもお腹に深く傷を負ったが、こちらは片側の鼓膜を破壊され、なおかつ視界も悪い。
こちらが若干不利な状況で、私はもう一度先程の自分が出した光を出そうかと思った。だが、そこで朱朱様のフェデーレ、ローランさんのことを思い出した。デューとフェデーレの絆が十分に築けていない状態で絆の技を使おうとすると、デューの体に負担がかかる…と言う話を。
それを使ってしまえば、今ただでさえ傷が多くて消耗しているハイデンを追い込むことになる。それだけは使わないようにしなければ…!でも、どうすれば…。
思考がぐるぐる回り出したところで、ディアボロが動きを見せた。ジリジリとこちらの様子を伺っていたが、ハイデンが弱っているチャンスを逃さないことにしたのか、大きく口を開けて牙を光らせ、ハイデンに飛びかかろうとしてきた。
「(ハイデン!)」
右耳の鼓膜が破れ、先程の爆音の咆哮により、体も若干痺れがあるのか、ほんのコンマ数秒、ハイデンの対応が遅れた。
レイピアを握るのが遅れたからか、ハイデンは代わりに反対の腕をディアボロに突き出しわざと噛み付かせた。
「ぐっ…!」
鋭利な牙で噛まれた彼女の腕からはポタポタと血が垂れていたが、私はそれよりも、"鋭く一撃で貫き通す"という意思を固めた。ハイデンが身を挺して作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
わずかに遅れて、レイピアを持つ手を逆手にして思いっきり体をのけぞらせてから、腕に噛み付いたままのディアボロの白い仮面にレイピアを突き刺した。
「はぁーーーッ!!!」
「(やぁーーーッ!!!)」
重なった私とハイデンの気合いの声で力を込めると、ピシピシと白い仮面にヒビが入っていき、その音を聞いたディアボロが慌ててハイデンの腕から口を離して一歩下がった。が、ハイデンはそれを許さず、その一瞬で思いっきり力を込めてディアボロの白い仮面を砕いた。
パァン!という風船が割れるような音と共にディアボロは少しだけ後ろに吹っ飛び、キャン!と声を上げていた。
ゆらりと立ち上がったハイデンはレイピアをサッと払うと、一瞬にしてディアボロの前に立ちはだかった。
ディアボロは先ほどと同じように大口を開けて、爆音の咆哮をやろうとしたが、ハイデンはその攻撃が来ることを予想していた。口を開けた瞬間、ハイデンはレイピアを横に構え開いた口から体を横一線に切り裂いた。
ディアボロは咆哮を出す間もなく体を切られ、ずるりと上半分の体が滑り落ちそうになるのと同時に、最後の止めで、ハイデンはディアボロの頭の部分にレイピアを突き刺して、ディアボロの行動をストップさせた。
ザァッと砂となって崩れたディアボロを確認すると、ハイデンは小さな声で"戻ってください、ゼルチアーノ"と言った。
「ハイデン!ハイデン!大丈夫ですか!ああ…、あんな無茶をして…耳の鼓膜も破れてるはずですから、病院行きましょう!」
レイピアから人間の体に戻ると私は、ハイデンの意識を確認し、腰のポーチから救急用の包帯でディアボロに噛まれた腕をぐるぐる巻きにして、耳にも詰め物をし、ゆっくりとおんぶをすると、洞窟の出口へ向かった。
広間の方からでも入り口の僅かな光が見えるのが救いだった。おんぶしているハイデンを落とさないように慎重に歩いて洞窟を抜けると、そこにはヴァナルガンドさんと心配そうな顔を通り越してもはや泣きそうな顔のベルセルクさん、その隣には苦笑いをしながらベルセルクさんにハンカチを差し出しているオーディン様と、こちらに駆け寄ってくる朱朱様と香扇ちゃんが出迎えてくれた。
『無事でよかった』
とみんなが涙ぐんでいたが、私に背負われたボロボロのハイデンを見て大慌てになって病院に担ぎ込んだのは次のお話で——
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