長谷部

 眠たくてたまらないのに液晶を弄る手が止められなくて、最早急ぎの要件など無いにもかかわらず、ずるずると無為に液晶画面を眺め続けている。寝床に横になったまま無理な姿を取り続けているせいで筋を痛めかけている利き手に、そっと添えられた手は近侍の長谷部のものであった。
「そろそろお休みになってはいかがですか」
「うん」
 我ながら気のない返事だ、と思った。思考が、意思が、認知が、何もかもがぼんやりしている。全ては眠気のせいだ。眠たいのに眠ろうとしない判断力の低さも、投げやりな怠惰とその中で揺れる陽炎のような正体不明の焦りも、何もかも。
「あるじ、」
 再度長谷部の声。添えられた手にそっと力が込められるのを感じる。素肌が触れ合う感触。あ、手袋、してないんだ、そう遅れて気付いたところに、先程よりも幾分か距離を詰めた長谷部が言う。
「どうか、俺の大切な人をいためつけないでください」
 柔らかな懇願。想定外の言葉にぽかんとしながらも、なるほどなあ、と思う。疑うべくもなく、長谷部の言う「俺の大切な人」とは私のことである。そう断言できるのは、私が長谷部に愛されているという自覚を十二分に持っているということでもある。そして確かに、現状の私の行為は、広義で言えば自傷の一種と言えるかもしれない。見たくもない画面を見続けるのも、耐え難い疲労を抱え続けるのも、眠りたがる身体を寝つかせないのも、愛しい近侍の思いに背き続けるのも。
「俺にとって大切なものを大事にしたいと仰ったではないですか」
「うん」
「ねえ、」
 甘えるようにダメ押しの一声を添える近侍は、自分が愛されていることをよくよく解っているのだ。私と同じく。
 私とてここまで言われては動かざるを得ないわけで。怠惰を断ち切る後押しを待っていなかったと言えば嘘になるだろう。長谷部によれば、どうやら私な自分で思っているより甘えたがりらしいので。
「ん」
 徐に端末を切り置いて向き直れば、私の可愛い近侍は、
「ありがとうございます」
そう言って花が綻ぶように笑うのだ。
「寒い、あっためて」
 長谷部を布団に招き入れ、ぴたりと寄り添う。
 長谷部は暖かいねと言うと、貴方にいただいた温もりです、と長谷部は言う。私だっていつもあなたから沢山沢山貰っているのに、と張り合うような応酬がなんだか滑稽で、二人して笑ってしまった。もう私の目は長谷部の瞳が映す淡い光を追うばかりで、怠惰も倦怠も焦燥も、その曖昧な色の中に溶けていった。瞼は次第に、緩やかに降りていく。回した腕と、回された腕と、熱の境目を慈しむように目を閉じれば、あとはもう穏やかな安らぎに身を委ねるだけでよかった。
「おやすみなさいませ、俺の愛しい主」
 愛しい声が静かに囁く。
 ありがと、おやすみ、私の愛しい長谷部。
 今夜はぐっすり眠れそうだ。


20240125
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