菅原孝支
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海に行こうよ、そう誘ったのは単なる思い付きだった。とりたてて行きたかったわけではなく、ただ、会うための目的が、口実が欲しかっただけ。賑やかな人ごみに混ざる気分ではなかったし、何か展示物を鑑賞するような気分でもなかった。ただ静かに二人で過ごしたかったのだ。元々海が好きだということも勿論あるだろうし、冬を待つこの時期なら人気も無いと思い当たったのも確かだ。それらを強いて意識せず、ふと気付けば何とはなしに、海に行こう、と口にしていた。
「やっぱり涼しいね、海辺は」
「そうだね」
海辺の堤防を越え、砂浜を海岸線に沿って二人で歩く。海岸特有の柔らかい砂の感触を靴越しに感じながら、ゆっくり、ゆっくりと歩を進める。潮気を孕んだ湿った風が頬を撫でる。磯の香が漂い、波が揺蕩う。緩やかだ。時が、音が、大気が、何もかも。
「なんか、久しぶりだな」
「なにが?」
「こうやって、二人でゆっくりするのが、さ」
徐に零された孝支の言葉に、そうか、と気付く。確かに、久しぶりだった。二人でどこかに出かけるのも、何をするとはなしにゆっくりと過ごすのも。お互いに忙しかったせいで、なかなか時間が取れずにいたのだった。私が会うための口実作りに必死だったのは、そのせいだったのか。
「……そうだね」
空が赤みを帯び始める。日が、沈む。彼の色素の薄い髪が、潮風に柔らかく靡いた。私はそれをただ、見ている。彼の髪は、まるで光を紡いだようだと、思った。海はあらゆるものを擁したまま、ゆらり、ゆらりと揺蕩っている。
「なあ」
どれくらいそうしていただろうか、夕闇が東の空を藍に染め始めた頃、彼の囁くような声が一つ、さざ波を縫った。
「なあに」
私は彼を見た。彼は海へ向いたまま、少し視線を逸らして私を見ていた。
「俺のこと、好き?」
好きだよ、当たり前じゃない。迷いなく応える私に、うん、ありがとう、と言って、彼は笑った。幸せそうに、笑った。
「俺はさ、涼帆が好きでいてくれてるってわかってるから、何があっても大丈夫」
満たされた、笑顔だった。私が彼をこんな風に満たしているとしたら、それほど幸福なことはないだろう。見ないように、無いことにしていたはずの寂しさや苦しさが報われたような、そんな気がした。ああ、私は弱かったのか。大丈夫と、言えなかったのか。
「涼帆はさ、不安、かもしれないけど」
風が、波を誘う。海が鳴る。夜が、来る。
「お前のためなら、この海にだって飛び込めるよ、俺は」
そう言った彼の微笑みはあまりに穏やかで、温かくて、胸が詰まる。ねえ、どうしてそんなに優しいの。あなたがそんなふうに甘やかすから、私は。
逆光の橙が眩しくて、溶けていきそうなその輪郭と、内から込み上げる何かとに、胸が苦しくて、涙が出た。
20140921
20150113
「やっぱり涼しいね、海辺は」
「そうだね」
海辺の堤防を越え、砂浜を海岸線に沿って二人で歩く。海岸特有の柔らかい砂の感触を靴越しに感じながら、ゆっくり、ゆっくりと歩を進める。潮気を孕んだ湿った風が頬を撫でる。磯の香が漂い、波が揺蕩う。緩やかだ。時が、音が、大気が、何もかも。
「なんか、久しぶりだな」
「なにが?」
「こうやって、二人でゆっくりするのが、さ」
徐に零された孝支の言葉に、そうか、と気付く。確かに、久しぶりだった。二人でどこかに出かけるのも、何をするとはなしにゆっくりと過ごすのも。お互いに忙しかったせいで、なかなか時間が取れずにいたのだった。私が会うための口実作りに必死だったのは、そのせいだったのか。
「……そうだね」
空が赤みを帯び始める。日が、沈む。彼の色素の薄い髪が、潮風に柔らかく靡いた。私はそれをただ、見ている。彼の髪は、まるで光を紡いだようだと、思った。海はあらゆるものを擁したまま、ゆらり、ゆらりと揺蕩っている。
「なあ」
どれくらいそうしていただろうか、夕闇が東の空を藍に染め始めた頃、彼の囁くような声が一つ、さざ波を縫った。
「なあに」
私は彼を見た。彼は海へ向いたまま、少し視線を逸らして私を見ていた。
「俺のこと、好き?」
好きだよ、当たり前じゃない。迷いなく応える私に、うん、ありがとう、と言って、彼は笑った。幸せそうに、笑った。
「俺はさ、涼帆が好きでいてくれてるってわかってるから、何があっても大丈夫」
満たされた、笑顔だった。私が彼をこんな風に満たしているとしたら、それほど幸福なことはないだろう。見ないように、無いことにしていたはずの寂しさや苦しさが報われたような、そんな気がした。ああ、私は弱かったのか。大丈夫と、言えなかったのか。
「涼帆はさ、不安、かもしれないけど」
風が、波を誘う。海が鳴る。夜が、来る。
「お前のためなら、この海にだって飛び込めるよ、俺は」
そう言った彼の微笑みはあまりに穏やかで、温かくて、胸が詰まる。ねえ、どうしてそんなに優しいの。あなたがそんなふうに甘やかすから、私は。
逆光の橙が眩しくて、溶けていきそうなその輪郭と、内から込み上げる何かとに、胸が苦しくて、涙が出た。
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