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ティエリア(OO)

「お帰、うわっ」
 暫く地上に降りていたティエリアがそらに戻って来た。真っ先に出迎えようとトレミーの控え室で待っていたのだが、弱重力の中、ティエリアは部屋に入るなりそのままの勢いで抱きついてきた。
「え…ティエリア…!?」
「ただいま」
「…お帰り…」
 クルーの誰にも気を許さず鋭利な刃物のような冷たさを纏っていた頃の彼のことを思えば、恋人として親しい距離でいられるのも、いまこうして甘えてくれるのも、とても嬉しい。嬉しいのだが、誰も見ていないとはいえいきなり抱きつかれるのはやはり恥ずかしい。不意打ちは反則、と言うと、
「一刻も早く触れたくて仕方無かった」
顔を私の肩に埋めながらそんなことを言う。そんな嬉しいことを言われては、許容するしか無いじゃないか。観念して彼の背に腕を回すと、私を抱きしめる腕の力が強まった。
 久々に見る深紫の髪は視界に漂い、記憶にあるものより鮮やかに見えた。そっと触れると、相変わらず絹糸のように心地よい手触りが懐かしく思えて、離れていた間の寂しさが一瞬蘇った。ティエリアも、同じ気持ちだったんだろうか。ずっと離れずに一緒に居たいなんて、お互いいつどうなるか知れない不安定な場所に身を置いているのだから、叶わない願いだ。だけどせめて、もう暫くこのままでいたい。でもそれも、今の私たちにはきっと贅沢な願いなのだろう。
「……ミーティング、遅れちゃうよ?」
「ああ、」
 離れる気配の無いティエリアに声をかけると、短い返事の後聞こえた言葉に耳を疑った。
「それもいいな」
「ええ!?」
「冗談だ」
「もう……!」
 普段これでもかというほど生真面目な彼の冗談は心臓に悪い。冗談に聞こえないせいだ。今も、半分は本気だったんじゃないだろうか。
「ミーティング後の予定は?」
 首筋に顔を摺り寄せながら、ティエリアが尋ねる。肌に触れる髪がくすぐったい。
「今日は特にないよ、フェルトが当番代わってくれたから」
「そうか…それなら、頼みたいことがある」
「何?」
「仮眠を取りたい。付き合ってくれ」
「それはつまり、添い寝しろってこと?」
「そんなところだ」
 疲れてるんだ、やっぱり。それにしても、こんな風に甘えられるのは珍しい。疲労のせいだろうか。それとも、久しぶりだから新鮮に感じるだけだろうか。暫くこんな風に、触れ合うことも甘えることもできなかった。だからだろうか。密着するティエリアの体温が心地よくて、離れたくないな、という思考が脳裏を掠めた。いけない。本当に離せなくなる前に、離さなければいけない。そう自分に言い聞かせながら、無性に泣きたくなるのをぐっと堪えた。今はまだ、私が甘える番じゃない。
「そろそろ、行こうか」
「…わかった」
 背中を優しくあやすように叩きながら言うと、ややあってから名残惜しそうに体を離す。離さないで、もうちょっと。漏れそうな本音を押し込んで、私たちは控え室を後にする。
「ああ、そうだ」
 自動ドアが開いたところで、彼は何かを思い出したように立ち止まった。
 ティエリアが徐に振り返り、そして、
 ふに、と。
 唇に柔らかい感触。
 彼の、ティエリアの、唇の感触。
 その柔らかさに、温もりに、一瞬遅れて事態を把握した脳が沸騰し、思考回路が崩壊する。
 互いの唇がそっと離される頃には、私の顔は本当に燃えているんじゃないかというくらい発熱していた。
「な、っななな…っティエリア…!!!?」
「どうした」
 ティエリアは照れる様子もなく、不思議そうに首を傾げる。私がこんなに混乱しているというのに。
「何今の…!?」
 未だ混乱から回復できずにいる私に、ティエリアはけろりとした様子で言った。
「決まっているだろう、愛情表現だ」
 曰く、地上でそういう男女を見かけたから、君としてみたくなったのだ、と。
「たまには恋人らしくするのも良いだろう?」
 そう言って、ティエリアは微笑んだ。
 その笑顔に、私の不安や寂しさは見事に吹き飛ばされていった。
 ああ、やっぱり彼には敵わない。

20110529
20220520 加筆
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