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長谷部

「私、長谷部に食べられたいな」
 審神者がポツリと、なんでもないことのように呟いた。長谷部はそれを、男女の繋がりを示唆するものだと解釈した。年頃の女子にありがちな、性への憧憬から来るものだろうとそう思い、「御自分の身を大切になさってください」と述べようとした。しかし、続く審神者の言葉は想定外のものであった。
「骨まで......はちょっと無理かもだけど、できるだけ全部、残らず食べてくれたらいいのになあ」
「......は?」
 たべる、食べる?主を、俺が?その肉を?
「何故俺が、貴方を食べるのですか」
「切ってくれるだけじゃ、長谷部の刃は私の血を弾いちゃうでしょ。それじゃあ吸収されないし、拭いたら終わりだから。錆びさせたいわけじゃないし」
「主、何故そのようなことを」
「長谷部は綺麗だから、綺麗な長谷部の一部になれるなら、しょうもない私でもちょっとはマシなものになれる気がする」
 そうなったら素敵だなあって、思って。審神者の目はうっとりとして、どこか遠くを見ているようだった。事実長谷部は心の奥底で、審神者の何もかもを手に入れてしまいたいと欲している。 ひた隠しにしてきたそれを見抜かれたかのようで、長谷部はヒヤリとした。同時に、酷く寂しかった。審神者は恐らく、長谷部のものになりたいのではない。価値を感じられない今の自分を消したいのだ。可能な限り、幸福な形で。
「貴方を余さず抱え込めるとしたら、」
 長谷部は確かめるように言葉を紡いだ。他のなにものも触れられない、俺だけのものに。それは何度も夢に見た幸福だった。
「貴方が俺に、自ら望んで、全てを差し出してくださると、それはこの上なく嬉しいことです」
 審神者の瞳が長谷部を映した。喜んでくれるの、嬉しい、食べていいよと蕩ける瞳が言う。その望みは酷く甘い。それが一時の気の迷いだと拭われてしまう前に、このまま奪い去ってしまえばいい。そうかもしれない。
「ですが、」
 それでも、と長谷部は思う。
「俺があなたを取り込んだら、俺はどうやって貴方と手を繋げばいいんです?」

20200617
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