短編
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なまえが小袋を携えて部屋に入っていくのを見た。それだけなら気に掛けることもなかったが、小一時間ほど引きこもって出てこない。具合でも悪いのかきいてみようと部屋に入ると、ベッドにいるなまえの腕から赤い管が生えている。横に置いてある平たい袋に繋がっていて、そこにも赤色が溜まりつつあった。
「なまえ、どうしたの」
片腕で目を隠すようにしていたのをどかし、なまえは頭だけこちらを向いた。
「ん?2B……採血してるだけよ」
「血を……集めてるの?」
「そう。大きな怪我したときのために保存するの。司令官がね、もしものときがあるといけないからとっておきなさいって」
輸血が必要なときに、周囲にはアンドロイドしかいない。疑似血液は流れていれども人間とは成分が違うはずだし、危機があってから月から取り寄せていたのでは時間がかかりすぎる。そしてなにより、自身の血であれば拒絶反応もなく一番安全だろう。
「ポッドも手伝ってくれたんだけど、やっぱり針を自分で刺すっていうのが怖くて手間取っちゃった」
マニュアルで流れを確認後、ポッドの下す指示どおりに腕の血管を見定めて、表面を消毒するのは数秒で済んだ。ところが針を持って、固まってしまった。
『肯定:対象が針を挿入するまで16分42秒要し、』
「もーごめんってば。次はちゃんと早くできると思う」
「痛くはない?」
くすりと笑った。
「針を刺すときだけね。
2B、時間あるならお話ししよ?じっと横になってるのもつまんなくて」
「私は……、意思疎通以上の会話が得意じゃないから」
「いいの。ちょっとそばにいてくれる?」
「わかった」
ベッドの端にすわり、なまえを見下ろす。
「ねぇ、2Bは何が好き?」
「好み?範囲が抽象的すぎる」
「食べ物は……食べられないんだったね。色とか、動物とかは?」
「嗜好は個体それぞれにある。けど私は、そういうのは興味がない」
「そっか。2B、肌が白いから黒もとっても似合うけど、他の色もきっと似合うよ」
反応に困ったように、頷いただけ。
「いつか、安全な水場とかプール見つけたら、一緒に泳ごうよ」
海などは汚染の可能性が高いので、調査して水の安全性を確保できたところでしかなまえは触れたり、さらに加工しなければ飲用できない。
「泳ぎ方知らない?」
「それが楽しいのか理解できない」
「やってもいないのに決めつけるのは良くないよ。9Sも、デボルとポポルもみんな誘って、水着を着て泳ぐの。ビーチバレーもしたいし、浮き輪で浮いてるだけでもいいし」
「…わかった」
「2Bは素直でかわいい。優しいし」
「どういうこと」
「大好きだよってこと」
2Bは返答に困窮した。
感情が禁止されている以上、他のアンドロイドからも感情をぶつけられることはない。
その言葉は嘘偽りもなく、無邪気で、まっすぐで―2Bの胸に訴えかけた。
「返事しなくていいの。2Bは、私にとって大切な仲間だよって言いたかったのよ」
2Bが適切な言葉を探し出せないのに、なまえは幸せそうにしている。なにかもらった気がして、代わりを差し出さなければと思うのに。
殺伐としたこの世界で、これからやりたいこと、未来を話す彼女は2Bの生み出せない希望そのもののようにきらめく。
崩れたショッピングモールで、9SはいつかTシャツを買ってくれると言った。私はお返しをするという発想もできなかった。
「2Bは下から見てても美人さんね」
顎の線はシュッとしているし、鼻も高すぎず低すぎず、頬はなめらかで。飾っておいておきたいくらい。
「なまえ。心臓の音を、きいてもいい」
甘えてくるようなことを言うのは初めてだ。2Bがなついてくれたことはなまえを喜ばせた。2Bは常に冷静で、自ら他人に近づくようなことはないようだから。
「どうぞ」
胸の間に頭を乗せる。とくん、とくん、と耳を打つ音に、意識が遠くなる感覚に陥る。これが、眠いということだろう。
これは、存在するアンドロイド全ての宿望の音。
********
おわり
「なまえ、どうしたの」
片腕で目を隠すようにしていたのをどかし、なまえは頭だけこちらを向いた。
「ん?2B……採血してるだけよ」
「血を……集めてるの?」
「そう。大きな怪我したときのために保存するの。司令官がね、もしものときがあるといけないからとっておきなさいって」
輸血が必要なときに、周囲にはアンドロイドしかいない。疑似血液は流れていれども人間とは成分が違うはずだし、危機があってから月から取り寄せていたのでは時間がかかりすぎる。そしてなにより、自身の血であれば拒絶反応もなく一番安全だろう。
「ポッドも手伝ってくれたんだけど、やっぱり針を自分で刺すっていうのが怖くて手間取っちゃった」
マニュアルで流れを確認後、ポッドの下す指示どおりに腕の血管を見定めて、表面を消毒するのは数秒で済んだ。ところが針を持って、固まってしまった。
『肯定:対象が針を挿入するまで16分42秒要し、』
「もーごめんってば。次はちゃんと早くできると思う」
「痛くはない?」
くすりと笑った。
「針を刺すときだけね。
2B、時間あるならお話ししよ?じっと横になってるのもつまんなくて」
「私は……、意思疎通以上の会話が得意じゃないから」
「いいの。ちょっとそばにいてくれる?」
「わかった」
ベッドの端にすわり、なまえを見下ろす。
「ねぇ、2Bは何が好き?」
「好み?範囲が抽象的すぎる」
「食べ物は……食べられないんだったね。色とか、動物とかは?」
「嗜好は個体それぞれにある。けど私は、そういうのは興味がない」
「そっか。2B、肌が白いから黒もとっても似合うけど、他の色もきっと似合うよ」
反応に困ったように、頷いただけ。
「いつか、安全な水場とかプール見つけたら、一緒に泳ごうよ」
海などは汚染の可能性が高いので、調査して水の安全性を確保できたところでしかなまえは触れたり、さらに加工しなければ飲用できない。
「泳ぎ方知らない?」
「それが楽しいのか理解できない」
「やってもいないのに決めつけるのは良くないよ。9Sも、デボルとポポルもみんな誘って、水着を着て泳ぐの。ビーチバレーもしたいし、浮き輪で浮いてるだけでもいいし」
「…わかった」
「2Bは素直でかわいい。優しいし」
「どういうこと」
「大好きだよってこと」
2Bは返答に困窮した。
感情が禁止されている以上、他のアンドロイドからも感情をぶつけられることはない。
その言葉は嘘偽りもなく、無邪気で、まっすぐで―2Bの胸に訴えかけた。
「返事しなくていいの。2Bは、私にとって大切な仲間だよって言いたかったのよ」
2Bが適切な言葉を探し出せないのに、なまえは幸せそうにしている。なにかもらった気がして、代わりを差し出さなければと思うのに。
殺伐としたこの世界で、これからやりたいこと、未来を話す彼女は2Bの生み出せない希望そのもののようにきらめく。
崩れたショッピングモールで、9SはいつかTシャツを買ってくれると言った。私はお返しをするという発想もできなかった。
「2Bは下から見てても美人さんね」
顎の線はシュッとしているし、鼻も高すぎず低すぎず、頬はなめらかで。飾っておいておきたいくらい。
「なまえ。心臓の音を、きいてもいい」
甘えてくるようなことを言うのは初めてだ。2Bがなついてくれたことはなまえを喜ばせた。2Bは常に冷静で、自ら他人に近づくようなことはないようだから。
「どうぞ」
胸の間に頭を乗せる。とくん、とくん、と耳を打つ音に、意識が遠くなる感覚に陥る。これが、眠いということだろう。
これは、存在するアンドロイド全ての宿望の音。
********
おわり