マギ 短編
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シンドリア王国の港から出て船をしばらく泳がせれば、小さい島の集まりがある。人が住むには適さないが、その中のひとつに漁民ならば知っているという、澄んだ水を湛える池がある。水そのものは無色透明なのに底の土壌はうっすらと桃色で、なんでもそこを訪れると恋愛成就、恋人を連れてなら相手と生涯をともにできるというご利益つきの、縁結びの池だ。子供だましとは理解しつつもあやかりたいのが乙女心というもの。
すでに訪問したという友人から情報をもらったなまえは意気揚々とジャーファルとそこへでかける相談をもちかけた。あえて詳細は伏せて。
「あの島へ?」
「ジャーファル、お休みとれてもあんまり遠くへは行けないでしょ?でもたまにはちょっと遠出もいいんじゃないかと思って。ほんのちょっと。あそこならすぐだし」
「わかりました」
「だいじょうぶそう?」
「えぇ、近いうちにアルテミュラから親善大使がくるのでシンドリアを案内しないといけないんですが、それが終わったら休みがとれそうなんです。二人で行きましょう。私もまだ行ったことないんですよね。調査と管理は他の者がしてましたし」
「やったぁ!ほんとにいいのね、絶対ね、取り消しって言ってもきかないからね?お休み、ぜーったいとってね。ぜったい」
絶対、をそんなに何度も言うほど必死なのか。政務優先の生活で信用がないことに苦笑する。まるまる一日仕事しない日など一年で両手で数えられるほどしかないジャーファル。これでも増えたほうだ、なまえのおかげで。以前はほんとうに、倒れるまで職務に励んで、南国とて訪れるわずかな季節の変わり目も楽しむ暇もなかった。たまになまえが無理にでも”お願い”してジャーファルが休みをとって、二人でまったり過ごす。
「わかってますよ」
「ありがとジャーファル!」
両手を広げて抱きついてきた体を受け止め、なまえのやわらかい空気に包まれる。
**
「そろそろアルテミュラの姫たちがくるだろ。日程をもう一度確認しておいてくれ」
シンドリア国内視察ということで、訪問先リストには主な商業施設や農場と、息抜きに回るであろう諸島の名前が並んでいた。
「中央市と果樹園はわかります。しかしこの諸島めぐりは……できたら省略できませんか」
「先方がぜひにと言っているんだ。観光地として表だって有名というわけではないが特に見られて困るものでなし。日程も余裕があるだろ。どうした、なにかあるのか」
「いえ、その……」
公務とはいえ、なまえと二人で行こうとした場所に、それよりも先にこういった形で訪れるのは彼女との約束を反故にするようで後ろめたい気分に落ち込む。
ただ、公務内容の細かいことはなまえにも知らせてはいない。……黙っていればわからぬこと。そっと悪い考えが頭をもたげる。
なまえと二人で行くための下見だと思えば良いだろうか。
「なんでもありません。ではこの企画書どおりで」
「あぁ、よろしく頼む」
**
「シンさまー」
気の抜ける間延びした声に振り返る。
「おひとりですか?ジャーファルはどちらに?」
ひと通り探し回ったのか、軽く息をあげているが、やけに機嫌が良いようだ。にこにこというよりにやにやに近い、抑えきれていない笑みを口元に浮かべて、シンドバッドの目の前で足を止める。
もうすぐ待望のピクニックなので、ジャーファルにお弁当は何が食べたいかきいておこうと彼を探していた。
「お?きいてないのか。今日は親善大使の島内案内で西南の諸島へいまごろ行ってるはずだぞ」
「え?……どの小島ですか?」
「ひと通りまわるはずだが、一つ小さい池があるだろ、訪れると幸運が舞い込むっていう。とくにあれを見たいと言っていたな。えぇと、そうだ、アルテミュラの姫のうちの一人が」
池にまつわる話は諸説あるのか、シンドバッドが正確に覚えていないのか。ただ池があるのはあの中で一つだけ。ジャーファルと二人で行く予定地だったものに間違いようもない。黙って、先に行ってしまったのだ。しかも公務とはいえ、なまえ以外の他の女性と。
「うそ、だってジャーファル……」
楽しげにしていた顔が一転、不安と猜疑に満ち溢れた。
「二人でその島行こうって、約束で……まだジャーファルも見たことないからって……」
「……あぁ。そういうことだったのか」
日程の確認のときに妙に渋っていたことと符号した。
背中になまえ、ちょっと待てと声をかけられたが耳に入らない。重くなった足をひきずるように、自室へ逆戻りした。
**
「なまえ、入りますよ」
顔をみたくなくて、返事も返さず枕に顔を埋めた。扉の締まる音がする。ジャーファルが壊れ物に触れるようになまえの髪に触れた。
彼女は頭を撫でられることが好きで、いくら怒っていても撫でる手を拒絶することは絶対なかった。そうやってなまえの怒りを解こうとする。
そうでなくとも顔を見たらきっと怒ってたことがどうでもよくなって許してしまう。下がり眉の甘い目尻とひとたび視線交わしたら、ひるんでしまうのはわかっている。でも今回だけはそうしてしまったらいけない。なにしろ、ジャーファルをなまえを裏切ったのだから。騙したのだから。
必死に意地をかき集めて、その体勢にとどまった。
「行ってきたんでしょ」
挨拶もとびこえた一言は、自分でも驚くくらい、落胆した低い声がでた。あぁ、こんな態度ぜんぜんかわいくない。醜い嫉妬心などさらしたくないのに。
「すみませんでした」
弁明もせず素直に謝罪する声が穏やかで優しくて、つい言ってもどうしようもない責苦が口を出る。
「二人とも、初めて行く場所で、ひさしぶりのまるまる一日デートだったのに」
「はい」
「約束してたのに」
「はい」
「仕事だってわかってるけど、女の人と?」
「……はい。あなたが楽しみにしてた約束をやぶったことはほんとうに申し訳なく思っています」
いつもならガミガミ怒られるのはなまえのほうなのに、なまえが本気で怒ったときには、ジャーファルは一転して面白いくらい大人しくなって謝る。
あんなに楽しみにしていたのに、もう価値を見出せなくなってしまって、興味が失せた。いや、まったくなくなったわけではない。いまからだってジャーファルと行きたい。けれど、先を越されて、その域がけがされたように思えて仕方なかった。
「いいよ、あそこ行かない。だってもう見ちゃったんでしょ」
「見てません」
はっきりと断言するジャーファルを見上げた。
こんなときですらまっすぐの目に射抜かれて胸がときめいて、馬鹿みたいだ。すんなり怒りが収縮してしまう。
「嘘のようにきこえるかもしれませんが、私はあの島内を見ていません。アルテミュラの姫君、ご夫婦でいらしてたんです。どうしても二人きりであの島を見たいとのご希望でしたので、警護の者も島外へ置いていかれました。まぁ妙なことがあれば気配でわかりますし、大丈夫だろうと」
アルテミュラから客人が来る、ということは警備のこともあるため宮中に広まっていたが、実は当の夫婦が大使の国内視察と銘打った新婚旅行で国を代表しての公式な訪問ではないため大仰にしないでほしいと願いでたことから、宮仕えとはいえ末端であるなまえのような存在には謁見を覗くこともゆるされなかった。だから彼らは王に挨拶こそすれ宮中に滞在はしなかったし、なまえがその団体が何人で、はっきり何が来島の目的なのかも知らされておらず、最後まで一般に明かされることもなく帰路へ旅立っていった。
ショッピングにフルーツピッキングに小島観光と、夫婦が仲睦まじく過ごすのを見届けて、ジャーファルはいまようやく恋人に会いにくることができた。
「……島の中、何も見てないの?」
「まったく一切」
ゆるり、と体を起こして、ベッドに座りなおした。
「ごめんごめんごめん、ごめんなさい。嫌なこと言ったぁぁぁぁ」
どうしてこの娘は私の言うことをあっさり信じてしまうのだろう。もちろん正直に話してはいるけども、一瞬たりとも機嫌を取ろうと嘘を言うなど、考えつかないのだろうか。
彼女の純真で無垢なところが、ジャーファルも愛おしくて背くことができずにいた。
「私こそ、視察のことを黙っていてすみませんでした」
「ううん。……ごめんなさい」
「でも、あなたがそんなに執着して行きたがるなんて意外でした。なにがあるんです?」
ここまできたら理由を白状せざるを得ない。幼稚な真似をさらしたのだと反省したら、顔に熱が集まる。
「そのね、池が……」
「池なんて珍しいですか?」
シンドリアは海に浮かぶ島だ。領土こそ国として広いとはいえないが、土壌も豊かで飲み水にも困らないし、水場はいたるところにあるというのに。
「ピンク色の池なの」
「あぁ、それはなかなかないかもしれませんね」
「………。だから。縁結び、なの。恋人たちの」
ジャーファルは少し驚いたように目を拡げて、なまえを見つめた。
「そんなものにあやからなくとも、私はあなたを一生大切にしていくつもりですよ」
仲直り、といわんばかりに腕を広げた彼の胸に迷いなく飛び込む。
「ごめんね。やっぱりジャーファルとあの島行きたい。行ってくれる?」
「じゃあ行きましょう」
**
終わり。
読んでくださりありがとうございました。
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シンドリア王国の港から出て船をしばらく泳がせれば、小さい島の集まりがある。人が住むには適さないが、その中のひとつに漁民ならば知っているという、澄んだ水を湛える池がある。水そのものは無色透明なのに底の土壌はうっすらと桃色で、なんでもそこを訪れると恋愛成就、恋人を連れてなら相手と生涯をともにできるというご利益つきの、縁結びの池だ。子供だましとは理解しつつもあやかりたいのが乙女心というもの。
すでに訪問したという友人から情報をもらったなまえは意気揚々とジャーファルとそこへでかける相談をもちかけた。あえて詳細は伏せて。
「あの島へ?」
「ジャーファル、お休みとれてもあんまり遠くへは行けないでしょ?でもたまにはちょっと遠出もいいんじゃないかと思って。ほんのちょっと。あそこならすぐだし」
「わかりました」
「だいじょうぶそう?」
「えぇ、近いうちにアルテミュラから親善大使がくるのでシンドリアを案内しないといけないんですが、それが終わったら休みがとれそうなんです。二人で行きましょう。私もまだ行ったことないんですよね。調査と管理は他の者がしてましたし」
「やったぁ!ほんとにいいのね、絶対ね、取り消しって言ってもきかないからね?お休み、ぜーったいとってね。ぜったい」
絶対、をそんなに何度も言うほど必死なのか。政務優先の生活で信用がないことに苦笑する。まるまる一日仕事しない日など一年で両手で数えられるほどしかないジャーファル。これでも増えたほうだ、なまえのおかげで。以前はほんとうに、倒れるまで職務に励んで、南国とて訪れるわずかな季節の変わり目も楽しむ暇もなかった。たまになまえが無理にでも”お願い”してジャーファルが休みをとって、二人でまったり過ごす。
「わかってますよ」
「ありがとジャーファル!」
両手を広げて抱きついてきた体を受け止め、なまえのやわらかい空気に包まれる。
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「そろそろアルテミュラの姫たちがくるだろ。日程をもう一度確認しておいてくれ」
シンドリア国内視察ということで、訪問先リストには主な商業施設や農場と、息抜きに回るであろう諸島の名前が並んでいた。
「中央市と果樹園はわかります。しかしこの諸島めぐりは……できたら省略できませんか」
「先方がぜひにと言っているんだ。観光地として表だって有名というわけではないが特に見られて困るものでなし。日程も余裕があるだろ。どうした、なにかあるのか」
「いえ、その……」
公務とはいえ、なまえと二人で行こうとした場所に、それよりも先にこういった形で訪れるのは彼女との約束を反故にするようで後ろめたい気分に落ち込む。
ただ、公務内容の細かいことはなまえにも知らせてはいない。……黙っていればわからぬこと。そっと悪い考えが頭をもたげる。
なまえと二人で行くための下見だと思えば良いだろうか。
「なんでもありません。ではこの企画書どおりで」
「あぁ、よろしく頼む」
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「シンさまー」
気の抜ける間延びした声に振り返る。
「おひとりですか?ジャーファルはどちらに?」
ひと通り探し回ったのか、軽く息をあげているが、やけに機嫌が良いようだ。にこにこというよりにやにやに近い、抑えきれていない笑みを口元に浮かべて、シンドバッドの目の前で足を止める。
もうすぐ待望のピクニックなので、ジャーファルにお弁当は何が食べたいかきいておこうと彼を探していた。
「お?きいてないのか。今日は親善大使の島内案内で西南の諸島へいまごろ行ってるはずだぞ」
「え?……どの小島ですか?」
「ひと通りまわるはずだが、一つ小さい池があるだろ、訪れると幸運が舞い込むっていう。とくにあれを見たいと言っていたな。えぇと、そうだ、アルテミュラの姫のうちの一人が」
池にまつわる話は諸説あるのか、シンドバッドが正確に覚えていないのか。ただ池があるのはあの中で一つだけ。ジャーファルと二人で行く予定地だったものに間違いようもない。黙って、先に行ってしまったのだ。しかも公務とはいえ、なまえ以外の他の女性と。
「うそ、だってジャーファル……」
楽しげにしていた顔が一転、不安と猜疑に満ち溢れた。
「二人でその島行こうって、約束で……まだジャーファルも見たことないからって……」
「……あぁ。そういうことだったのか」
日程の確認のときに妙に渋っていたことと符号した。
背中になまえ、ちょっと待てと声をかけられたが耳に入らない。重くなった足をひきずるように、自室へ逆戻りした。
**
「なまえ、入りますよ」
顔をみたくなくて、返事も返さず枕に顔を埋めた。扉の締まる音がする。ジャーファルが壊れ物に触れるようになまえの髪に触れた。
彼女は頭を撫でられることが好きで、いくら怒っていても撫でる手を拒絶することは絶対なかった。そうやってなまえの怒りを解こうとする。
そうでなくとも顔を見たらきっと怒ってたことがどうでもよくなって許してしまう。下がり眉の甘い目尻とひとたび視線交わしたら、ひるんでしまうのはわかっている。でも今回だけはそうしてしまったらいけない。なにしろ、ジャーファルをなまえを裏切ったのだから。騙したのだから。
必死に意地をかき集めて、その体勢にとどまった。
「行ってきたんでしょ」
挨拶もとびこえた一言は、自分でも驚くくらい、落胆した低い声がでた。あぁ、こんな態度ぜんぜんかわいくない。醜い嫉妬心などさらしたくないのに。
「すみませんでした」
弁明もせず素直に謝罪する声が穏やかで優しくて、つい言ってもどうしようもない責苦が口を出る。
「二人とも、初めて行く場所で、ひさしぶりのまるまる一日デートだったのに」
「はい」
「約束してたのに」
「はい」
「仕事だってわかってるけど、女の人と?」
「……はい。あなたが楽しみにしてた約束をやぶったことはほんとうに申し訳なく思っています」
いつもならガミガミ怒られるのはなまえのほうなのに、なまえが本気で怒ったときには、ジャーファルは一転して面白いくらい大人しくなって謝る。
あんなに楽しみにしていたのに、もう価値を見出せなくなってしまって、興味が失せた。いや、まったくなくなったわけではない。いまからだってジャーファルと行きたい。けれど、先を越されて、その域がけがされたように思えて仕方なかった。
「いいよ、あそこ行かない。だってもう見ちゃったんでしょ」
「見てません」
はっきりと断言するジャーファルを見上げた。
こんなときですらまっすぐの目に射抜かれて胸がときめいて、馬鹿みたいだ。すんなり怒りが収縮してしまう。
「嘘のようにきこえるかもしれませんが、私はあの島内を見ていません。アルテミュラの姫君、ご夫婦でいらしてたんです。どうしても二人きりであの島を見たいとのご希望でしたので、警護の者も島外へ置いていかれました。まぁ妙なことがあれば気配でわかりますし、大丈夫だろうと」
アルテミュラから客人が来る、ということは警備のこともあるため宮中に広まっていたが、実は当の夫婦が大使の国内視察と銘打った新婚旅行で国を代表しての公式な訪問ではないため大仰にしないでほしいと願いでたことから、宮仕えとはいえ末端であるなまえのような存在には謁見を覗くこともゆるされなかった。だから彼らは王に挨拶こそすれ宮中に滞在はしなかったし、なまえがその団体が何人で、はっきり何が来島の目的なのかも知らされておらず、最後まで一般に明かされることもなく帰路へ旅立っていった。
ショッピングにフルーツピッキングに小島観光と、夫婦が仲睦まじく過ごすのを見届けて、ジャーファルはいまようやく恋人に会いにくることができた。
「……島の中、何も見てないの?」
「まったく一切」
ゆるり、と体を起こして、ベッドに座りなおした。
「ごめんごめんごめん、ごめんなさい。嫌なこと言ったぁぁぁぁ」
どうしてこの娘は私の言うことをあっさり信じてしまうのだろう。もちろん正直に話してはいるけども、一瞬たりとも機嫌を取ろうと嘘を言うなど、考えつかないのだろうか。
彼女の純真で無垢なところが、ジャーファルも愛おしくて背くことができずにいた。
「私こそ、視察のことを黙っていてすみませんでした」
「ううん。……ごめんなさい」
「でも、あなたがそんなに執着して行きたがるなんて意外でした。なにがあるんです?」
ここまできたら理由を白状せざるを得ない。幼稚な真似をさらしたのだと反省したら、顔に熱が集まる。
「そのね、池が……」
「池なんて珍しいですか?」
シンドリアは海に浮かぶ島だ。領土こそ国として広いとはいえないが、土壌も豊かで飲み水にも困らないし、水場はいたるところにあるというのに。
「ピンク色の池なの」
「あぁ、それはなかなかないかもしれませんね」
「………。だから。縁結び、なの。恋人たちの」
ジャーファルは少し驚いたように目を拡げて、なまえを見つめた。
「そんなものにあやからなくとも、私はあなたを一生大切にしていくつもりですよ」
仲直り、といわんばかりに腕を広げた彼の胸に迷いなく飛び込む。
「ごめんね。やっぱりジャーファルとあの島行きたい。行ってくれる?」
「じゃあ行きましょう」
**
終わり。
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