マギ 短編
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「いまから私のすることが嫌でしたら抵抗して逃げてください」
「いいえ!なんなりとどうぞ」
「……まだなにもしてませんが」
「私がジャーファルさまを拒否することなんてありませんよ」
一歩いっぽ、まっすぐになまえのもとへと歩く。彼女は緊張のかけらもなくやわらかく微笑んでいる。つま先が触れ合うところまできても、変化はない。
左手は腰に手を回して、右手で後頭部を支えるように包み込んだ。
ジャーファルさまが自らこんな近くにいらっしゃるなんて。
自分が興奮状態にあるのがはっきりわかる。瞳孔は開いているだろうし、呼吸が小さく短く浅くなっていく。服ごしに伝わる熱が心地よくて、集中して瞬きすら忘れる。
目が合ってからが長かった。
覚悟を問われているのだと思う。でも何に対しての?
追い込んで、逃げてほしがっているかもしれない。でも、私にそんな選択肢はない。
腕をしずかにかけあがる微弱な電気が頭の奥底にたどり着いて、やがては腹の深部に伝わる。痛くなんてない。甘美な震えに浸るだけ。
見つめ合うだけでこんなにも幸せで苦しいのに、その先に進んでしまったら壊れてしまいそう。
視界ぜんぶがジャーファルさまで埋め尽くされて、色素の薄い鼻先が斜め上に位置した。遠くからだと黒のように見える瞳の色が明るくなっているような気がする。顔の中心に集まる茶の斑点が、この男が間違いなくジャーファルなのだと証明していた。
するり、と瞳がうごいた。
近すぎてどこを見ているのかわからないはずなのに、確信できた。彼の視線は唇にある。
これじゃあまるで、だって、でも、…。
鼻がぶつからないように顔を傾ける。
後頭部の熱が薄れゆく。少し顔を動かしただけで、目的にはすぐ衝突した。
触れたところはぬくもりそのもの。
ジャーファルは片手で額を覆った。それを見てなまえは自らの両頬に手を添える。
「あなたは……」
息が鼻先を撫でる。
「違ってました?」
「やろうとしたことはそうですが」
主導権を握ろうとしたのに奪われてしまった。この娘相手だといつもそうだ。
「……だって遅いんですもの」
片手を離して眉をしかめる。
「おそ……、それは悪かったな」
「でも、ジャーファルさまにも柔らかいところがあるんですね」
「どういう意味ですか」
「仕事がら態度はもちろん、真面目って意味でお堅いかと。お体も鍛えてらして筋肉がっしりついてますよね。でも、キスは…唇は柔らかかった、ので」
「私も血の通う人間ですので、そりゃあ」
「そう……、ですよね」
自分からキス、という単語を出しておいて、その行為を実感してしまった。
「もっと初心な反応を期待してらしたらすみません」
「は?」
「私もいい歳ですし経験がないわけではないので、いまさらきゃー、とか可愛い反応ができなくて」
ジャーファルから見たなまえの顔がじわじわ赤くなっていく。馬鹿なことを並びたてている自覚はある。恥の上塗りというやつだ。
「でもあの、……」
ジャーファルと初めて出会ってから、というかその姿を見てからは彼一筋で、それは数日とか数か月の話ではない。その間男性との恋愛での接触は当然断たれているわけで。
時間遅れでやってくる感覚ばかりが鮮明になってきて、反対に頭はふわふわと現実離れしていく。
いま、私、ほんとに好きな人とキスしてしまったんだわ。
自覚すると、ますます熱が上がり、頭が回らなくなっていく。普通、キスした後ってどうするんだったかしら。というかキスってこんなに気持ち良かったっけ。
しっとりふわふわで、とろけてしまうかと思った。
ジャーファルの唇と。自分の唇が。あのとき触れた。
「あ、あれ……?」
……ほんとに?
「どうしましたか」
彼はさきほどの触れあいのことなど忘れてしまったかのように平然と、いや、なまえの変調を気遣って心配している。
「きゃ、きゃー……?」
ジャーファルが噴き出した。
「自分でできないと言っておいて、言い直すんですね」
変だ。未遂とはいえ同じベッドで、素肌を合わせたことすらあったのに。
あのときジャーファルは泥酔しており、記憶もあいまいだった。役得とすら思っていた。実際なにかあったとしても、慕っている相手であったし構わなかった。脅しはしないものの強気に出ることができた。
それが真正面からのキスごときで、形勢が逆転しようとは。
いまは素面で、間違いを犯しようもない。欺くことも丸め込むことも、できない。
「その……あの……ジャーファルさま……」
「はい」
「私たち、……キス、したんですか……?」
「しましたね。ていうかあなたからきましたよね」
「はい!」
血色良く事実を元気よく肯定した。
だってあの顔が近寄ってくればキスするしかないと思ったのだもの。
「戸惑うのか馬鹿正直なのかどっちかにしてもらえますか」
「私はジャーファルさまのこと好きですからいいですけど、ジャーファルさまはいいんですか?」
「ああ、すみません。あなたの気持ちを知りながら卑怯でしたね。私も好きですよ。諸々の責任は取ります」
あっさり好意を口にした憧れの相手を、穴があくまで見つめた。
「じゃあ、も、もっかい……?」
「ですから。私はなまえが好きです、と言いました」
好きという単語に反応して、心臓が跳ねる。
「それも嬉しいですけど、そっちじゃなくて……」
吐息のように声を漏らせば、ジャーファルの口端が上がった。
さきほどと同じ体温が戻ってくる。
「ほんとうにあなたは、理解しがたい人ですね」
「私が手玉にとりたかったのに……」
「やめておおきなさい。これからは思い通りにはさせません」
一度肚を決めてしまえば、押しても引いても動く男ではない。
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お読みくださりありがとうございます。
強気なジャーファルさまも良いかと。
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「いまから私のすることが嫌でしたら抵抗して逃げてください」
「いいえ!なんなりとどうぞ」
「……まだなにもしてませんが」
「私がジャーファルさまを拒否することなんてありませんよ」
一歩いっぽ、まっすぐになまえのもとへと歩く。彼女は緊張のかけらもなくやわらかく微笑んでいる。つま先が触れ合うところまできても、変化はない。
左手は腰に手を回して、右手で後頭部を支えるように包み込んだ。
ジャーファルさまが自らこんな近くにいらっしゃるなんて。
自分が興奮状態にあるのがはっきりわかる。瞳孔は開いているだろうし、呼吸が小さく短く浅くなっていく。服ごしに伝わる熱が心地よくて、集中して瞬きすら忘れる。
目が合ってからが長かった。
覚悟を問われているのだと思う。でも何に対しての?
追い込んで、逃げてほしがっているかもしれない。でも、私にそんな選択肢はない。
腕をしずかにかけあがる微弱な電気が頭の奥底にたどり着いて、やがては腹の深部に伝わる。痛くなんてない。甘美な震えに浸るだけ。
見つめ合うだけでこんなにも幸せで苦しいのに、その先に進んでしまったら壊れてしまいそう。
視界ぜんぶがジャーファルさまで埋め尽くされて、色素の薄い鼻先が斜め上に位置した。遠くからだと黒のように見える瞳の色が明るくなっているような気がする。顔の中心に集まる茶の斑点が、この男が間違いなくジャーファルなのだと証明していた。
するり、と瞳がうごいた。
近すぎてどこを見ているのかわからないはずなのに、確信できた。彼の視線は唇にある。
これじゃあまるで、だって、でも、…。
鼻がぶつからないように顔を傾ける。
後頭部の熱が薄れゆく。少し顔を動かしただけで、目的にはすぐ衝突した。
触れたところはぬくもりそのもの。
ジャーファルは片手で額を覆った。それを見てなまえは自らの両頬に手を添える。
「あなたは……」
息が鼻先を撫でる。
「違ってました?」
「やろうとしたことはそうですが」
主導権を握ろうとしたのに奪われてしまった。この娘相手だといつもそうだ。
「……だって遅いんですもの」
片手を離して眉をしかめる。
「おそ……、それは悪かったな」
「でも、ジャーファルさまにも柔らかいところがあるんですね」
「どういう意味ですか」
「仕事がら態度はもちろん、真面目って意味でお堅いかと。お体も鍛えてらして筋肉がっしりついてますよね。でも、キスは…唇は柔らかかった、ので」
「私も血の通う人間ですので、そりゃあ」
「そう……、ですよね」
自分からキス、という単語を出しておいて、その行為を実感してしまった。
「もっと初心な反応を期待してらしたらすみません」
「は?」
「私もいい歳ですし経験がないわけではないので、いまさらきゃー、とか可愛い反応ができなくて」
ジャーファルから見たなまえの顔がじわじわ赤くなっていく。馬鹿なことを並びたてている自覚はある。恥の上塗りというやつだ。
「でもあの、……」
ジャーファルと初めて出会ってから、というかその姿を見てからは彼一筋で、それは数日とか数か月の話ではない。その間男性との恋愛での接触は当然断たれているわけで。
時間遅れでやってくる感覚ばかりが鮮明になってきて、反対に頭はふわふわと現実離れしていく。
いま、私、ほんとに好きな人とキスしてしまったんだわ。
自覚すると、ますます熱が上がり、頭が回らなくなっていく。普通、キスした後ってどうするんだったかしら。というかキスってこんなに気持ち良かったっけ。
しっとりふわふわで、とろけてしまうかと思った。
ジャーファルの唇と。自分の唇が。あのとき触れた。
「あ、あれ……?」
……ほんとに?
「どうしましたか」
彼はさきほどの触れあいのことなど忘れてしまったかのように平然と、いや、なまえの変調を気遣って心配している。
「きゃ、きゃー……?」
ジャーファルが噴き出した。
「自分でできないと言っておいて、言い直すんですね」
変だ。未遂とはいえ同じベッドで、素肌を合わせたことすらあったのに。
あのときジャーファルは泥酔しており、記憶もあいまいだった。役得とすら思っていた。実際なにかあったとしても、慕っている相手であったし構わなかった。脅しはしないものの強気に出ることができた。
それが真正面からのキスごときで、形勢が逆転しようとは。
いまは素面で、間違いを犯しようもない。欺くことも丸め込むことも、できない。
「その……あの……ジャーファルさま……」
「はい」
「私たち、……キス、したんですか……?」
「しましたね。ていうかあなたからきましたよね」
「はい!」
血色良く事実を元気よく肯定した。
だってあの顔が近寄ってくればキスするしかないと思ったのだもの。
「戸惑うのか馬鹿正直なのかどっちかにしてもらえますか」
「私はジャーファルさまのこと好きですからいいですけど、ジャーファルさまはいいんですか?」
「ああ、すみません。あなたの気持ちを知りながら卑怯でしたね。私も好きですよ。諸々の責任は取ります」
あっさり好意を口にした憧れの相手を、穴があくまで見つめた。
「じゃあ、も、もっかい……?」
「ですから。私はなまえが好きです、と言いました」
好きという単語に反応して、心臓が跳ねる。
「それも嬉しいですけど、そっちじゃなくて……」
吐息のように声を漏らせば、ジャーファルの口端が上がった。
さきほどと同じ体温が戻ってくる。
「ほんとうにあなたは、理解しがたい人ですね」
「私が手玉にとりたかったのに……」
「やめておおきなさい。これからは思い通りにはさせません」
一度肚を決めてしまえば、押しても引いても動く男ではない。
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お読みくださりありがとうございます。
強気なジャーファルさまも良いかと。
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