マギ 短編
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「そういえば今度ジャーファルが姫君を迎えることになってな」
シンドバッドがふととりとめのない話題のようにそう言い出して、意味をとりかねた。机の拭き掃除をする手が止まる。
そのまま捉えるとするならばこの島に訪れるのを歓迎するということ。留学生を受け入れるのはこの国では別段珍しいことではない。しかしシンドリアが、と一国を挙げてとは言わなかった。しかし”ジャーファルが”と個人名であるとなると、考えられるのは婚儀を行うということか。まさかとは思ったけれど。
「……姫君?迎える、ってご旅行とか…」
「いや違うな」
わかるだろう、とじらす君主に向き直る。
「そうでないのなら、こちらに嫁いでいらっしゃるということですか?」
「まぁそう言うことになるだろう」
「姫君が……シンドバッドさまへ、ではなく?」
「知ってるだろう、俺は前から結婚はしないと言っている。シンドリアのみなが俺の家族だからな」
「そう、ですが……王ではなく、わざわざ政務官へなんておか……珍しいですね」
おかしいと直接的な言葉をとっさに避け、なんとか言い直した。。
「俺も会ったがどうにも俺のことはお気に召さなかったようだ。そうだな、小柄で瞳の美しい姫だった。動きも優雅でおしとやか、多少人見知りはするようだが、ジャーファルには心を開いていてな。 ジャーファルもまんざらでもなさそうだったぞ。手ずから料理を食べさせたり」
頬が痙攣したところを見られてなければいいが。
ジャーファルの恋人になってから、もちろんなる前でさえ、あの堅物男にあーん、なんてしてもらったことなどない。こちらからふざけた体で差し出しても拒否されるばかりで。
「ずいぶんと若く、可愛い声で鳴くそうだ」
鳥でもあるまいし可愛い声で、やら鳴く、という意味深な言葉から想像されるのはひとつにしかたどり着かない。
そこまで関係は進んでいるだなんて。
揺れる意識を頭ごと手で押さえて、深く息を吸った。
どうしてそんなことをよりにもよって私に教えるのだと怒鳴りそうになったが、奥歯をかみ締め耐えた。
だって、彼の動向に気づかなかった私はなんなのだろう。
はっと気づいたら廊下で雑巾を握り締めていた。いつ執務室から退室したのか、王にちゃんと挨拶したのか記憶にな
い。いや、そんなことはいまどうでもいい。水のしたたる雑巾を用具室へ投げおき手を乱暴に洗って、前掛けでぬぐう。必要以上にぎゅっとにぎりしめた。がんがんと頭痛がする。
確かめなければならない事実。ただひとつだけ。
**
「近いうち、お姫様を迎えるってほんとうなの?」
すれ違うところをひっつかまえて出会い頭に単刀直入にきりだした。
「姫?あぁ、その話ですか。シンが話してしまったのでしょう。まだ黙っていようと思っていたのですが」
ご飯食べた?あぁ食べたよ、と返すようになんでもないことか、むしろ喜ばしいことであるかのようだ。ずっしりと、空気が押しつぶそうとしているのではないだろうか。手の指が、針で刺されたときのように引きつった。
「…本当なのね。ジャーファル、そのお姫様のこと、好きなの?」
「そうですね、可愛いと思いますよ。賢くて、大人しい子ですし」
決定的だった。
私に対してはかわいい、なんて褒めることはしたことなかった。たとえ彼が仕事一本気でいくら恋愛ごとにうとかろうが、照れ屋だろうが自由にできる時間がなくともお互いそれなりに気持ちを育てていたと信じていたのに。
そうやって大事に築いてきた関係が、今までがこんな一瞬で全て崩れ去ろうとは。
「扱いは難しいそうですがずいぶんと慕っていただいてるようで、あちらにも私にしか任せられない、と言われて」
これは怒るべきなのか泣くべきなのか混乱して、唐突にそれを突き抜けた。
諦めた。私が高望みしていたのだ。しがない一市民でしかないのに思い上がって、勘違いをしてしまった。
「わかった。遊びだったとしても、私は大切にしてもらったと感じてるから、幸せだったわ。いままでありがとう。
ジャーファルから言われるなんて耐えられないから、私からさよならを言うわ」
「ちょっと待ってください。誰が遊びですって?どうしてそういう話になるんです」
「ううん、聞きたくない。どうか、かわいいお姫様と幸せになってね」
「待ちなさい、何か思い違いをしているでしょう」
「もう、お姫様をもらい受けるって決めたんでしょ?私と関係があるって知ったら良い気がしないわよ。はっきりしないのは私も嫌い」
「その子に会えばわかります、いらっしゃい」
つかまれた腕をふりほどく。肩に置いた手も弾かれて、頑としてそこから動こうとしなかった。
「いや!行きたくない。私がみじめになるだけだもの」
「言っておきますが、あなた以外の女性と関係はありません。興味も」
「うそつき。だって、もうずっと一緒にいるんでしょう。昼も・・・夜も」
「それは…他に面倒を見れる者がいないので」
「そんなこと言って、」
「あなたをなだめるための嘘ではありませんからね。不毛なやりとりはしたくありません、真相を知りたかったらついておいでなさい」
何が楽しくて恋敵に挨拶しなければならないのか。
大人としての対応はわかっている、にっこり微笑んで一言告げれば良いのだ。このたびはご成婚おめでとうございます、どうぞお幸せにと。
だがそれができるほど、ジャーファルへの思いは薄くない。どうやったら落ち着けるか考えるも頭は真っ白で、もう足に力が入らなかった。
**
気配が遠ざかったことが気にかかって、振り返ると、ぽろぽろと無表情に涙を落とすなまえ。ぎょっと目をむいた。
「なまえ」
「なによ、反省の言葉もないの?私は、私たちは両想いなんだと思ってた。可愛いなんて感じてなくても、恋人として付き合ってたのは私だけだったでしょ?」
「すみません、なまえ、私の恋人はあなただけです。姫は関係ありません」
「遅いわ。シン様から聞いて、私がどれだけショックだったかわかる?ピスティのこともシンドバッド王のことだって叱るしジャーファルはそういうのしっかり考える人だと思ってた。二股なんて…」
「はっ?二股?」
至極びっくりしたように声が裏返っている。それに対してしかめっつらで非難した。鬼の形相だろうが、傍からみていくら醜かろうが知ったことではない。こちらは心から怒っているのだ。臓が煮えくり返って、どこにこれをぶつければいいやら。
「そうよ。私が邪魔だったなら早く言ってくれれば良かったじゃない。お姫さまも混乱させるだけでしょう。私、本気だったんだから。ジャーファルのこと好きだったし、ちゃんと教えてくれれば、笑顔で送り出せたわ。こんな形で知りたくなかった。
だってそんなに急に気持ちは切り替えられないもの。まだ好きよ。ほんとはすっごくすっごく嫌だけど、でもジャーファルがお姫様がいいっていうんなら別れる」
「そんなこと言わないでください。私にはあなただけなんですから」
「女ったらし…」
「違いますってば」
嗚咽する彼女に窮屈極まって、おそるおそる腕を伸ばして囲った。今度ははたかれることはなかったが、こちらに手がまわることもない。ひとまず拒絶されなかったことに安堵して、低く優しい声で話しかける。
「とにかくどうかこのまま。あなたが落ち着いたら少しお話します」
「やだ。落ち着かないわ」
ジャーファルがずっとこうしてくれるなら。もうちょっとだけ夢をみせて。
もごもごとはっきり口にしたわけではないが、彼には聞こえていたらしい。
「それでも構いませんが…」
「みたくない。好きって、お姫様のことかわいいって言った・・・」
「それは異性としてとかではなく、恋愛感情は一切ありませんから。あの子のことは女性という括りではありませんよ」
「政略結婚だから?国に都合がよくなるなら形が整えばどんな相手でもいいってこと。見た目も良いし性格も問題ないから受け入れたっていうの、気持ちもないのに。ジャーファルにとってはそれですら仕事なの?結婚するって一生を左右するだろうし私生活も変わるのよ」
「もう、わかんない。ジャーファルがわかんない」
「ええい、まったくシンからどんな風に聞いたんですか」
「・・・若くて美人で、ジャーファルにしか心を開いてなくて、ごはんもジャーファルが食べさせたり、してるんでしょ・・・夜の相手も」
「だいたい合ってますが大事なぶぶんが抜けています。とくに夜の相手というのは絶対ありえませんから」
「ぜったい?ありえない?どうして。それだけ大切にしてるってこと?それか手が出せないくらい子供なの?」
「よくきいてください。姫というのは人間ではありません」
「だって、娶るんでしょう?」
「それも方便といいますか…」
「一生を添い遂げるのに人間じゃないって?ジンとかなの?」
「愛玩用としてもらいうけただけなんです。会って、あなたの目で確認してください」
「またそれ?」
「それが理解が早いでしょう。私は全面的にあなたの側ですからね。姫の目の前で誓ってもいい」
扉を目の前に不安げに見上げる瞳に頷いてみせる。
「いらっしゃい」
肩を抱いて部屋へ入れた。
クッションから身を起こし、こちらに軽やかに向かってくるのは、四肢のある動物だった。黒曜の瞳、滑らかな長い毛。しゃがんだジャーファルの膝に前足を乗せ「姫は今日もごきげんですね」と話しかける彼にパタパタと尻尾を元気良く振る。
「姫君…って…この子?」
「えぇ、立派な姫君ですよ」
立ち上がり、なまえの手を引いて棚のほうへ向かう。筒に入れられた羊皮紙を取り出し、差し出してみせた。大きめの書体で刻まれたその文字は。
「血、統、書・・・」
「えぇ。れっきとした血筋のお姫様だそうですよ」
「姫についてきたペット、っていう落ちじゃないわよね?」
「いいえ」
「人型に変身したりしない?」
「しません」
「魔法で動物にかえられているとか」
「そこまでにしなさいね。私もちゃんとこの子がきたときになまえに教えなかったのも悪いですけど」
そうやって、困った顔をされると弱い。落ち着いて冷静になると、素直になることができた。
「ごめんなさい。私の思い込みだったのね・・・?」
「シンがそう仕向けたんでしょう。あとで締め上げておきます」
ジャーファルの袖の中で刃物がこすれあう音がした。
「思う存分やってちょうだい」
なまえが同意すると、姫も肯定するように愛らしく吠えた。
「あーでもほんっと・・・か…っわいい…かわいい」
手を差し出すと、その手に顔をすりよせてきた。よしよしと、顎のあたりを掻いてやる。気持ち良さそうに目を閉じた。
「以前お話したかと思うんですが、覚えてますか?同盟を組みたいといってきた国があると」
「え?たしか、毛皮の有名な国?」
「ええ、そうです。そちらの特に珍しい種類の動物だそうです。交友のしるしにとシン宛に送ってこられたのですが、どうしてか私に懐いてしまって。シンには牙をむいたんですよ」
「この子が?まさか。聞いたとおりとっても大人しくて賢そうだわ」
「あなたにも好意を持っているようですね。この姫はまだ子供らしいですよ。なまえも気に入ったなら二人で育てましょう」
ぴたりとなまえの姫を撫でる手が固まった。不満そうに鳴き、まだまだ撫でろと体を押し付けて要求した。
「どうかしました?」
「なんていうかその、それってちょっと、将来を想像させちゃうわよ」
「もちろんそのつもりですよ。また時期を見計らって改めてします」
「え?」
「え?」
「だって・・・」
「異論はないと踏んでました。それとも私との未来を考えたことはないですか?」
「そんなの、…私は・・・当たり前じゃない、ジャーファルが好きなのよ」
「ありがとうございます」
「ううん、私こそありがとうっていうか・・・」
「私はね、なまえ。あなたのためならこれから先、私の生活がどんなに変わったって喜んで受け入れますよ」
「また勘違いですごく嫉妬してもいい?」
「何度だって勘違いを解きます」
それがあなたの”愛してる“だから。
**
おわり
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