マギ 短編
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「ピスティちゃん、私の癒し……!ちっちゃーいかわいーい!」
「あははは、なまえ苦しいよ」
そうは言うものの、ちっとも苦しそうにしていない。可愛らしい女性同士がぎゅうぎゅうと抱き合っている様子は一見微笑ましいが。
「良いのか、お前の恋人があんなんで」
シンが横目で目の死んでいる彼をみやる。
「えぇ、たったいまそのことについて後悔しているところです」
「後悔ってなによ失礼な!かわいい女の子は天使だよ!んでもって女の子はみんなかわいい!」
握りこぶしを作って叫んだ極論に男性陣は呆れるばかりだった。
「俺もきれいでかわいい女性は好きだが、女性が女性をそのように評するのはどうかと……」
「どうしてです?かわいいものはかわいいじゃないですか!」
「あ、あぁ……そうだな……」
シンでさえなまえを矯正することを諦めた。
「あーいいなー。私もピスティちゃんみたいにちっちゃくてかわいかったらなー」
ピスティの明るい髪を撫で、両手を取る。白く、細く、女の私でも守ってあげたいと思う。実際はそこらへんの屈強そうな兵士より強いのだが。
なまえが特別、大人びているというわけではない。健康的でしなやかさはあるものの、女性らしいふくよかさに欠ける。
中途半端だ。
ジャーファルは子供には優しい。積極的に話しかけ、世話を焼こうとする。
仕事に忙しい恋人に遠慮して素直に甘えられず、人肌恋しさゆえに代わりにこうして女の子に抱きついているわけだ。
むしろ男性に走らないところを褒めてほしいくらいだ。
浮気しようにもジャーファル以外の男には魅力を感じないし、体を触れるなどぞっとしてしまう。
ただ寂しい、の一言がうまく伝えられずにもやもやしているだけなのだから、浮気など問題外である。
どうやって言おうか。直接言うにも勇気が出ないし、手紙を書くにも渡すタイミングがない。
そもそも仕事をしていないとじんましんが出るような中毒症状のある人なのだ。
仕事中は大変そうだが楽しそうで邪魔するのも気が引ける。傍からはゆったり談笑しているように見えて、シンドバッド王や八人将と度々大事な情報交換をこまめにしていることも知っている。
それらを中断させることもできず、ときを見計らってこちらから声かけするようにしていたものの、「すみません」と申し訳なさそうに断られるのが続くと、遠慮するようになってしまった。
もうちょっとしたら余裕ができて振り向いてくれるかも、明日まで待ったら。この一件に一区切りついたら。
それを繰り返して繰り返して、もう何度目だろうか。
*
「私も子供の姿だったら、――――」
もっとジャーファルから構ってもらえて愛されるのかな。
半分の呟きは、彼女の腕の中にいるピスティにしか聞こえなかった。
「なまえ?」
「なんでもないよ、その顔のピスティちゃんもかわいいな!」
努めて明るい声をだしたが、ピスティはしっかり聞いてしまったようで、口を開こうとした。
「はぁ。まったく。子どもなのは体型だけにしてください。あなたときたらよくドジるし、まだ子どものほうが可愛げがあって役に立ちそうですね」
役に立つか立たないか。
ジャーファルにとって女性としての価値はそれだけなのだろうか。知っている。どのような人間であれ、シンすなわちシンドリアに役立つものがジャーファルにとって価値のあるものだ。
「なによそれ!どうせ私は役立たずよ。ジャーファルなんかもう知らないっ!」
その言葉とともに突然解放されたピスティはよろけ、こちらを見ようともしないジャーファルを一瞥してからあわててなまえの後を追った。
「おい、追いかけないのか?」
「子供の癇癪ですよ。ほうっておけば治るでしょう」
「……女の癇癪を甘く見るなよ。何しでかすかわからないぞ」
少しここいらで警告しておいたほうが良いのかもしれない。少し遅すぎた気もするが。
痴話喧嘩ですむうちならば良いが、いまのやりとりは溝を深めてしまったように見えた。
ジャーファルとなまえの距離を作ってしまった原因の一部に加担した罪の意識からも、言わなければと追い込まれた気分になった。
「あのなぁ。俺が口出すことでもないかもしれないが、なまえと過ごす時間は作ってるのか?」
「あぁ、はい。今も同じ部屋にいましたし、話も」
「馬鹿、二人きりでいる時間だ」
「それは……いえ……」
最後に彼女に触れたのはいつだったかと、記憶を辿る。ジャーファルだけに笑んだのは。近頃こちらをみる目が熱を持って揺れていなかったか。
そこまで考えて、くらりと意識が揺れた。
「お前も疲れてるだろうし、休みやるから機嫌とっとけよ。無理を押していてイラついてるのもわかるが、さっきの言葉は彼女には酷だろう」
早く戻れ、としぶるジャーファルを下がらせた。
*
「ヤムライハちゃん!お願い!」
頭を下げるなまえに、ヤムライハはたじろぐ。
「そ、そうねぇ。お願いって言われてもねぇ」
いくらなんでも急には無理よぉ。
魔法で子どもに戻してくれ、なんて。
物に使う魔法でさえ、理論を解いて何度も実験と失敗を繰り返して完成させるものなのに、生き物、人間にいきなり魔法をかけるなど。
切実にお願いされているのはひしひしと感じるが、それを置いても、事態の把握となまえを落ちつかせることに専念した。
「まずは座りましょうよ、なまえ。ちゃんとイチから事情を教えてちょうだい」
「もういいの!私はどうなっても。いま、やってみてほしいの」
「あのね、ただでさえ試したこともない魔法を使うなんて危ないわなまえ、私もあなたにかけるのは怖い。
ねぇ、一晩ゆっくり考えて、その気持ちが変わらなければ私もできる限りのことをするわ。どう?それじゃだめなの?」
「どうせ今のままじゃ、ジャーファルは私なんて見てくれないもの。
ジャーファルにとっては民衆のその他大勢の、ううんそれ以下の、生産性もなく赤ちゃんより何もできない人間なのよ。赤ちゃんのほうが未来の可能性があって、まだ好かれるかもしれないわ」
「ちょっとどういうこと、なまえ?なに言われたの?」
ピスティがなまえの腕にすがりついて、否定する。
「違うよなまえ、あれはきっと本心じゃないってば」
「ううん。あれがジャーファルの本心でなくても、私が考えたことなのだもの」
「なまえの本心って?」
拳をぎゅっと握り、目を閉じる。
「ジャーファルは私に満足してないんだわ。従順にしてても、わがまま言ってみても、関心がないの。そりゃ私はスタイル良いわけじゃないけど、子どもなのは体型だけにしてろって、酷くない?その子供だったら、ジャーファルはちゃんと相手してくれるのに」
「注意を向けたいのなら……その、浮気してみるとか。とはいっても、フリよフリ。ね?」
「それも考えたの。でもジャーファル以外の男に演技でも気のある素振りとか、ましてや触れるとか無理」
うるうるとした瞳で、ヤムライハを見つめる。
「どうしよう、私おかしいの?ジャーファルしか好きになれないの。あんな言い方されても、好きなの」
盛大な惚気である。ヤムライハとピスティは呆けて口を大きく開いたが、なまえは気付いていない。
「あんたそれ本人に言いなさいよ……」
「近いこと言ったことあるもん。真顔で流されたわよ……もーどうして好きなんだろう。いっそ子供に戻って、人生やり直すわ」
ヤムライハは深いため息をついて、少し迷うふうにして眉を下げた。
「わかったわ。そうね、理論としては確か……」
メモの束をめくり、じっと考え込む。何枚か引き抜いて、目の前に並べた。
「なまえ、そこへ立って。ピスティは離れててね」
「えーいっ!」
もうどうにでもなれーっ!
急ごしらえの魔法をなまえにぶつけた。
なまえの輪郭が真っ白な光に溶け、急速に縮んだ。ぎゅっと手のひらで包めるくらいの球状になったかと思うと、そこから今度はゆっくり膨らみ始めた。
色がにじみで、なんとなく人の形をとりはじめる。
ヤムライハとピスティがはらはらと見守る中、輝きが落ちついたときには一人の少女がそこに立っていた。
「こんにちは、あなたはなまえね?」
おそるおそる確認すると、その子は首をかしげた。
「うん。そうだよヤムライハお姉ちゃん。ピスティお姉ちゃん」
「あ、ボクたちのこと、わかるの?」
「どうして?わたしたち友達でしょう?」
「そう、そうよ」
むっとした顔をしたので、不信感を払拭するために笑顔を浮かべて、頭を撫でた。おとなしく、気持ちよさそうに目を閉じている。
「成功……みたいね」
「なまえ、けっこうそのままだね。かわいいや」
「そうね。ほんとうになまえなのね。急にジャーファルさまに会わせるのも怖いし、ひとまず様子をみましょう。今晩は私が面倒を見るわ。」
「そうしよう。ボクもヤムのとこに泊まっていくよ。あ、でもその前にボクの服、なまえに貸してあげる。待ってて」
大人のときには膝丈だったスカートが見事にぶかぶか引きずりワンピースになっている。ピスティは駆け出して、自室に向かった。
「ありがとう。そうしてちょうだい。
さぁなまえ、おなかは空いてない?ご飯食べる?」
「うん!」
元気よく返事をするなまえがかわいくて、良い子ね、とヤムライハは表情をやわらかくした。
翌日浮かない顔をして公務室へ入ってきたジャーファルをみて、シンは目をむいた。
「お前、今日は休むのだと思っていたぞ。というか休め、なまえのために」
「いえ、それが……」
「それで昨日はなまえと会ったのか」
「そうしようとしました。けれど部屋を訪ねても留守のようで……女性陣のところにでも泊まっているのではと思って、私も一晩頭を冷やして今日改めて話をつけようとしていたところです」
来訪を知らせるノックの音に、二人とも会話を止め振り返る。
扉の向こうには、ぎこちない笑顔のヤムライハとピスティが立っていた。しかしもう一人、気配はするが姿が見えない。
「ヤムライハ、誰を連れているんです?」
「あぁ、えぇと。その……」
ヤムライハの背後からぴょっこり顔を覗かせる。ピスティが手を引いて、シンの目の前に立たせる。
「お、子どもじゃないか。どうしたんだ?ふたりの知り合いの子か」
「えぇ、まぁ……」
ヤムライハは言葉を濁す。何も知らないシンはにっこりと手招きした。
「かわいい子だ、おいで」
素直に目の前にきたので良い子良い子と頭を撫でると、女の子は遠慮がちな表情を崩した。
「見慣れない子だな。ん?いや、誰かに似てるような……しかしこの子、美人になるぞ」
「はぁ、また適当なことを言って……仕事に戻ってください、シン」
「まぁまぁ、ちょっとだけ。キミ、お名前言えるかな?」
「なまえ!」
たいへん身近にいる名前を上げられて、聞き間違いかと思った。同じ名前の人間がいてもおかしくはないが、不思議なことに女の子にその女性の面影が色濃くでている。
名前が同じだと顔も似てくるものなのだろうか。偶然にして済ませるには違和感をぬぐいきれなかった。
「うん?もう一回教えてくれるかな」
笑った顔のままもう一度尋ねる。
「わたしなまえよ」
「そうか、なまえ、か。うん……とっても聞き覚えのある名前だなぁ。そういえば髪も瞳の色もその人ととってもそっくりだ。同じだ」
な、と側に立つジャーファルに同意を求めると、苦々しい顔をしていた。
「どうして私に同意を求めるんです」
「だって……なぁ?おまえに似たところはないが、なまえの隠し子としてありえなくもないか、と。俺に黙って、なぁ」
「ふざけないでください、彼女と何年の付き合いだと思ってるんです。そんな報告聞いてませんし、私に一番に言うでしょう」
「ほんとにか?もしかしたらお前以外の男と、なんてことも。ほったらかしだったんだろ」
「彼女のお腹が大きくなったことはありません。あんたもずっと一緒だったんだからわかるでしょう」
「だよなぁ。そうだな、親子というよりむしろなまえがそのまま子供になったような」
「まさか」
「そのまさかなの」
ヤムライハがため息をつきながら白状した。
「嘘じゃないよ。ボクもが魔法でなまえが子どもに戻るとこ見てたもん」
ピスティが付け加えた。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!?!」」
二人の悲鳴が響き渡った。
「どうしてこんなことを」
「魔法をかけたのは確かに私だけれど、なまえたっての希望よ」
「言ったろ、女の癇癪を甘くみるなと」
呆然と少女を見つめるジャーファルの内心がみて取れるようだった。
「なまえ、ほんとうに?」
「いや!きらい!こないで!」
力強い声とともに、ゆっくり伸びてきたジャーファルからの手をはねのけた。出会う人それぞれに「かわいい」と言われ愛想良くしていたなまえだったが。どうしてか、ジャーファルにだけ拒絶を見せた。刺々しい態度だが、頬が膨らんでどうにも子供らしいため周囲から微笑ましげに見られている。
一人、少し離れたところからじっと唇をかむ。
手をはたかれた。まったくもって痛みはないが、触れた箇所がしびれるように感じられた。
なまえが、私を拒絶するなんて。小さいこどもの癇癪はままあることだが、相手がなまえだと思うと流すことはできなかった。
小さな喧嘩は幾度もあった。その中でも罵倒されるにしろ、「ばか」とか「わからずや」「頭でっかち」などとやさしい言葉ばかりで、殴られることはもちろん、間違っても嫌いなどと言われたことはなかった。
彼女相手に言い負かされることなどもなかったし、たいがい彼女の感情の爆発であったため、その場その場で激情が収まるのを待てば、反省してお互い謝罪して丸くおさまる。
嫌われることなど考えたこともなかった。
そう絶望感にひたっていると。
「かわいらしい拒絶よなぁ」
「きょぜつ?ってなあに」
「ああいや、なまえは正直で頭の良い子だな」
「えへへ、ありがとう」
シンがにやにやと自身の膝に座っている女の子を眺めている。
物珍しそうにシンの首飾りや耳飾りをひっぱったり手のひらに置いたり、光に透かしたり。シンも彼女のしたいようにさせて、なまえが笑うと笑いかえしてやる。楽しく相手をしてくれる大人に、すっかりなついてしまった。
ジャーファルはその様子を黙って見過ごしておけなかった。むずむずして、幼い姿に対するこれを嫉妬と呼ぶべきか。
さっとなまえの両脇に手を入れて、シンの膝元から彼女を引き離した。
「あんな男にひっついてはいけません。お嫁にいけなくなりますよ」
「ちょおいこら」
少女は意味はわかってないようだが、遊んでいるところを邪魔されて機嫌を損ねた。その眉を寄せて唇をとがらせている。
ジャーファルが片膝をついて、目を合わせて微笑む。
「美味しいお菓子を用意してさしあげましょう。私と一緒に食べていただけませんか?」
「……食べる!」
お菓子、ときいたとたんに態度を変えた。そうだ、なまえは甘いものに目がなかった。
ジャーファルは満足げに頷き、小さな手をとって自室に向かった。
「うまくやれよ、ジャーファルよ」
親子のような姿をにっこりと見送る。
まったく、子供相手ならばああも素直なのになぁ。
厨房に声をかけてお茶の用意をしてもらい、テーブルに並べた。
少女は大人しく椅子に座り、種々のお菓子を、きらきらと期待に満ちた瞳で見渡している。
「さぁどうぞ」
「いただきます」
ジャーファルが微笑ましい気持ちで許可を出すと、行儀良く食べはじめた。美味しそうに口に運ぶ姿を見ているととても和まされる。
「ねぇ、お兄ちゃんはお姉ちゃんが嫌いなの?」
おしゃべりは脈絡なく始まった。その突拍子のなさにびっくりしつつ、質問に質問で返してしまった。
「お姉ちゃん?……ヤムライハのことですか?」
ううん、と首を振る。
「はて、ピスティのことでしょうか」
「違うよ!わたしとずっと一緒にいるお姉ちゃんだよ」
一体どこに、と聞こうとして思いとどまった。
子ども特有の、『空想のお友達』というやつだろうか。
なまえは胸のところを指さして、目を閉じた。
「ここにいるの。お話できるんだよ。お姉ちゃんはお兄ちゃんのことだいすきなんだって」
ね、と言ってこちらを見上げて笑う。
返答に困り、曖昧な言葉を返した。
「はぁ、それはどうも、光栄ですね」
「わかってないでしょ!あっあのね、お姉ちゃんもなまえっていうんだよ」
「あなたもなまえで、その方もなまえなんですか」
「うん、そう。お兄ちゃん、お姉ちゃんに役立たずって言ったでしょ」
「は、い……言いましたが」
どうして子どもに戻った彼女が、大人のときのことを覚えている?
魔法で体と意識が子供になったようにみられるだけで、大人の彼女の意識もそのまま別の個体として、小さくなった彼女の中にあるのか?
それにしても役立たず、などと無垢な子供の口から出て良い単語ではない。
いまさらながら、自分が放った言葉の重みに気付かされた。
「お姉ちゃんはね、お兄ちゃんがだいすきでいっしょにいたいんだけど、忙しいからいっしょにいられなくて、お姉ちゃんはすっごくすーっごく寂しいんだって泣いてるよ」
「泣いて、いる?」
「そうだよ。お兄ちゃんがいつも疲れてるから言えないって。お兄ちゃん、くるしいの?」
「……私がですか?いえ、苦しいわけでは。仕事は好きなので」
「お姉ちゃんが、お兄ちゃんはいつもゆっくりできなくて、楽しそうだけどときどきみてるの辛いって。でもどうしていいのかわかんないの」
「好きとか、ちょっと待っててとか言ってくれないから、わかんないって」
そういえばそうだ。
この後時間ある?
行きたいところがあるの。
この日は大事な用事はない?
今日じゃなかったらいつ会える?
暇になったら教えて。
それらを聞かれるたびにたった、すみません、の一言で退けていたのはジャーファルだ。そんなの気休めにも免罪符にもなりはしない。
とうに愛想を尽かされていても仕方ない。
「はじめはね、お兄ちゃんはお姉ちゃんを泣かせるいじわるなひとなんだって、わたし嫌いだったの。でもお兄ちゃん優しいから、違うのかな?って思ったの」
「なまえ、いらっしゃい」
こちらに座るようにと膝を叩くと、なまえは食べかけのお菓子を手にしたままよじのぼってきた。いつもなら行儀が悪いと注意するところだが、名前を呼ばれて輝かせた顔を見たら、叱る気も失せた。
「なまえ、良いですか、あなたの存在が迷惑なわけありません」
「うん……」
「酷いことを言ってすみませんでした。心からあなたのことを大事に思ってますよ」
「寂しいなら、我慢しないで言ってください。私は慕ってくれるだいじな女性一人の気持ちを受け止めてあげられないほど甲斐性のないつもりもありません」
一見幼い少女を膝に乗せながら告白する様子は自分でも妙な気持ちになったが、少女の中には間違いなく大人のなまえがいるのだ。
「難しいですか?」
コクリと頷く。
「簡単なことですから、大人のなまえならわかりますよ」
「そんなの、わたしはわからないもん。お姉ちゃんも同じかもしれないよ。
簡単なことなのに、どうしてわたしにわからないように言うの?もしなまえお姉ちゃんもわからなかったらどうするの?」
澄んだ瞳が見透かすようにジャーファルを捕らえている。この感情を隠さないまっすぐなところは幼いころから変わらなかったのだろう。
ジャーファルの気持ちが正しくなまえに伝わっていなかったとしたら。
答えに詰まった。
きっと言わずともわかるだろうと盲目になっていた。
伝わっていなかったからこそ、彼女は悩みに悩んでこんな状態になってしまったのだから。
「そうですね……私がちゃんと伝えなければいけなかったんですね。
何度でも言います。なまえ、好きです。あなたと一緒にいたい。愛してるんです」
幼いなまえは大きく頷いて、その目は光を吸いこんだかのように輝いた。
「うん!わたしもお兄ちゃんのこと大好きになったよ」
どうかこの美しい瞳が大人になってからも曇ってしまわぬよう。
もしかしたら自分が曇らせるところだったのかもしれない。
彼女への想いに再び気付かせてくれたのは、この瞳だ。
この人を守りぬこう。
二つのまぶたに想いを込めて、愛を誓うように口付けた。
すると急に少女がこちらに倒れこんだ。
背中をさするが、ぴくりともしない。どうやら意識を失うように眠り込んでしまったようだ。
お腹がいっぱいになって寝てしまったのだろうか。
口まわりの食べかすを拭って、小さな体を抱き抱える。
寝台へ彼女とともに寝転がった。
「このままでもかわいらしいですが、いろいろと困るので、早く大人になってくださいね」
とりあえずはこのままそばで休み、明日にでもヤムライハにでも戻る方法をたずねよう。
*
その願いは早々に叶った。
胸にかかる重さで目が覚めたときに。
服は子どものときに着ていたもののまま。肩にあった布ははずれ、二の腕までずれている。おかげで大人の女性にしてはやや控えめな胸の、なだらかな曲線が半分ほど見えていた。
とっさに視線をずらすと、今度はすらりとした白い太ももが。
どう見ても布面積が足りないうえにめくれかえっている裾からは、やわらかな臀部もちろりと覗いている。
数時間前いたいけな少女であったことを思い出すと、これはあまりにも刺激が強い。
「朝から勘弁してください…」
自分の姿に気付いていない彼女は眠たそうにまばたきをした。
「んー?……ジャーファル?どうしていっしょ寝てるの……」
「はぁ……なまえ」
「んー」
「愛してますよ」
「えっ、なにいきなり」
「全て聞いていたはずです」
「……夢じゃなかったの?」
なまえは泣きそうに顔を歪ませた。
「では覚えているんですね」
「うん……ずっと遠くに行ってたみたいな気分だけど、違うのね」
「ずっと私のそばにいましたよ。他に言うことは?」
「えっとね、ありがとう、ジャーファル」
「ありがとうはこちらですよ」
「……あんなこと言うなんて、子供の姿にぐらっときたの?」
「なまえ、そのことについては私が悪かったです。けれどあなたはまだ、」
「うそよ。照れかくし。うれしいの」
腕をジャーファルの首にまわす。
「はい、それから?」
額を合わせて、目を閉じる。
「……もっと愛して」
「お望みのままに」
この胸いっぱいの想いを、あなたへ。
*
おまけ↓
*
ジャーファルとなまえの二人を見送ったシンドバッドとヤムライハ、ピスティ。
「でもあれ、どうやって戻るの?ヤム、魔法解く方法ちゃんと考えてるんでしょ?」
「まぁね」
「さすがヤムライハだ」
「光栄ですわ。じゃあ賭ける?ジャーファルさまが『愛してる』って言うかどうか!」
「ちょっと想像つかないけど、言ったら面白いよね」
「言うだろうよ、今度こそは」
「あら、負ける人がいないわ」
「強いていうなら今回の負けはジャーファルだろうよ」
「あはは」
「間違いないわ」
**
おわり
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