マギ 短編
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「なんだか最近体が重くて……鈍ってるんでしょうかね」
やっと書類整理に一区切りついて、休憩しているときにため息とともにそんな弱音がジャーファルの口をついてでてきた。目の下のくまを確認するところによると、徹夜もしているのだろう。加えてここしばらくは机にへばりついてばかりで体を動かしていないせいか、筋肉が凝り固まっているような。そんなことはしょっちゅうあるものの、それだけの原因にしてはいつもと違う。
「だいぶおつかれですね」
「仕事で疲れるのはどうってことないんですが手合わせしてもすっきりしないんです。ただ不快ではないものの」
「それって、もしかしたら生き霊がついてるのかもしれませんよ」
両手の力を抜いて胸の前で甲を相手に見せ、ひらひらとさせる。ついでに舌をちろりと出して日本の典型的な霊を現すジェスチャーをしても、まったく伝わらなかった。
「いきりょう?」
「はい。霊、言ってしまえば思いの塊のことですね。……もしくは魂とでもいいましょうか」
「ルフと同じでしょうか」
「そうですね。似たものかもしれません。とてもスピリチュアルな問題になりますが。嫌いだなぁ、とかいなくなっちゃえ、とかとある人に対して考えると、その気持ちが対象に飛んでいって、悪い気を呼び寄せてしまうんだそうです。気持ちの強さによって、とりついた人への影響は比例するようですが。それは呪った人の姿で背後に見えるらしいです。面白いですよね」
複雑そうな表情でもう一度ため息をもらす。彼女の言うことだからと丸呑みするわけではないものの、なにか解決の糸口になればと。
「……それで、それらを取り除くための方法はあるんですか?」
「解決方法ですか……私が知ってるのは、一般に高名な霊能力者といわれる……霊能力っていうのは、霊の気配を読んだり、霊を対象に退治したりする人たちのことです。その人たちが使役している、これまた力の強い霊に、とりついてる霊を食べさせるとか」
「食べる?どうやって……」
「うーん、私も見たことないので説明しづらいです……こう、人がお魚を食べるときのように、ばくっと頭から食べちゃう感じですかね?」
「あ、でも、呪術とかの悪い意味でなく、好意的な感情でも、飛んでいってしまうみたいです。
あ、好きだなぁって思ったら、もうすぅーっと。」
「ほう。そういうこともあるんですね」
「もしかしたら私が毎日、ジャーファルさんのことを好きだなぁって考えてるからかもしれませんね」
ちょっとした悪戯心からつけくわえた。こんなことを言ったらどんな反応が帰ってくるのだろうと好奇心から。きっと笑って流してくれると思ったのに、真面目な表情からぴくりとも動かなかった。
やはり不愉快だったのだろうか。一人焦っていると、そっと顎を指先で捕らえられる。謝罪を口にしようとしたが、そこを親指で押さえられ、もごもごと音にならなかった。
「……そんなことを言っていると、私があなたを食べてしまいたくなりますよ。このやわらかい唇から」
鼻先が触れて、数度まばたきを繰り返す。
妖艶な瞳に、つばを呑みこんで、口をあけた。きっと間の抜けた顔をしているだろう。
「えっ?」
「いっそ食べてしまいましょうか。頭から、ぱくりと。元を食べてしまえば、すっきりするかもしれません」
ジャーファルが口を動かすたびに、息が口元を撫でる。かつて味わったことのない状況に、手に汗をかく。
やってしまった。踏み込んではいけないところに入ってしまったようだ。
怒っているのだろうか、うっすらとした笑みが恐ろしい。楽しんでいるような、でも確実に普段の無垢な笑顔とはかけ離れている。
「えぇと、それって、確証はないですよね?」
「物は試し、とも言いますね。
先ほどの言葉は嘘ですか?ならやめますが」
「う、そ……じゃ、ないです……」
嘘です、といえば止めてくれたはずなのに、どうして否定してしまったのか。けれど自分の気持ちには逆らえない。それ以上見ていられなくて、ぎゅっと視界を閉じた。
それでもなお、彼の息遣いがきこえる。軽くくっつく鼻と指を添えられた顎に意識が集中してしまう。これでは自ら食べてくださいと言っているようなものなのだと後から思い至った。けれどいま目を開けても同じことだ。
対峙する無邪気な少女。かすかに眉根と口元に力を入れて、拒否するように待機している。こちらの持つ感情を知っていての挑発するかのように振舞ったかと思えば、今は抵抗もせずしかしこわばる様子からは悪意はないようだ。
悟られたと思ったのは気のせいか。
そうしているうちに、くるんとしたまつげの流れとか、紅色を走らせた頬、小さな唇のつややかさだとか。普段まじまじと見られないものを観察して、気が治まった。
しばらくして、顎が解放されたかと思うとクスクスと抑えた笑いがきこえて、なまえはまばたきまじりに目を開けた。
「……困らせてすみません。冗談ですよ」
「そ、そうですか……。ジャーファルさんでも、そういう冗談言うんですね」
ほっとするのと、少しがっかりするのと。胸に手を当てて、首を傾げた。
なにもなくて良かったはずなのに、この物足りないような空洞はなんだろう。
「おや。たまには私も冗談くらいたしなみますよ」
そっと前髪を指で避けられたかと思うと、一瞬視界が真っ暗になって、額にやわらかい感触が落ちてきた。
ちゅ、と音を立ててジャーファルが身を引いた。
「な、え、な、……」
「物足りなさそうでしたので。これは冗談ではありませんよ」
<え、えっちぃ……!>
「<えっち>?なんですか?」
「ジャーファルさんがその単語口にしちゃいけません!!」
堅物で夜の生活などまったく想像できない彼から飛び出た単語に、どきどきしてしまう。
でも目の前の人物からじんわりとにじみ出るほのかな危うい雰囲気はなんだろう。これは色気と称されるものではなかろうか。男の人、なのに。どこか敗北感を背負わされる。これは経験値の違いか。
「人が言えないようなことを口走っておいて、いけませんね。お仕置きしましょうか?」
「いえ、あの、ごめんなさい」
「からかうのなら仕返しも覚悟することですね」
もともと口で勝とうというのがまちがいだった。否、口でも腕力でもかなうはずもない。
「心に留めておきます……」
「あぁ、あなたと話したおかげか気分が晴れました」
さわやかに礼を告げられ四肢から力が抜ける。ようやくちゃんとした意味で開放してくれそうだ。
「それは良かったです」
「それから。私も毎日、好きだと思っていいですか?」
最後に爆弾を投げかけてきた。
熱の冷めかけた頬がまた朱に染まるところを、ジャーファルはうれしそうに眺めた。
**
おわり
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