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ご注意
こちらはさらっと暴力表現を含むためPG12としております。
PG12: Parental Guidance is required for children under the age of 12.
そして、怪盗ジョーカーの夢小説です。
ヒロインも人間外という特殊設定となっております。
ご了承のうえ、おすすみください。
**
その価値軽く十億は超えると言われる一枚の肖像画。所有する者に不思議な出来事が起こるという。
今夜の標的とされた絵は予告どおり、怪盗ジョーカーの手に収まった。
「それではご機嫌よう!」
「こら、まて怪盗ジョーカー!今夜こそお前を激タイホだ!」
追いかけてくる鬼山警部を軽やかに撒きつつ、ハチと合流した。ご自慢のロード・ジョーカーにて暗い街並みを走りながら、今度はスカイ・ジョーカーへと目的地を移す。
「今度もうまくいきましたね、ジョーカーさん」
「おう!このお宝もすっげーぜ。アーティスト自体は有名じゃないのに、不思議と死ぬ間際に描き残したたった一枚に何億っていう値段がついた。価値が跳ねあがってるのはこの絵画に使われた絵具に秘密があるって話だ。スカイ・ジョーカーについたらハチにも見せてやるよ」
「わぁ、楽しみっス!」
「それからなんでも、この絵を所有する人間に伝わる話があるんだが…」
「へぇ、なんなんっスか?その話って」
声音を落ち着けて、にやりと口角を上げる。
「満月の晩にこの絵に祈りを捧げたときに、何かが起こるんだと。
どうにもこの絵の代々の持ち主はことごとく奇妙な経験をしたらしい」
「ちょうど今夜は満月だからな。何かあるかも」
「えーなんだか怖いっスよ…供物がいるとかじゃないっスよね?」
「祈りとしか聞いてないからな。塩まんじゅうでも供えてみるか?」
「それってオイラの部屋にある塩まんじゅうのことっスか…」
「当ったりー♪」
「嫌っスよ!!お供え物は自分で用意してくださいっス!」
ジョーカーは笑い飛ばして、ハンドルを切った。
**
スカイ・ジョーカーに無事乗り込み、ハチにも絵を披露した。包んでいた布を外し、壁にかけてみる。
「さ、これが今夜のお宝である絵画『少女』だ」
「ほえー、きれいな娘さんっスね。キラキラしてるっス」
と食い入るように見つめていたものだ。横から見たり、下から見上げたり、角度を変えて鑑賞する。
「別に奇妙な仕掛けがあるようには見えないっスけど…」
「そうだな。俺はこれを倉庫に置いてくる」
「じゃあすぐ夕ご飯にするっス!」
いつものようにハチお手製のおいしいご飯をいただき、風呂も済ませてパジャマに着替えた。
今日の仕事もうまくいったので、気分がいい。ふと寝る前にもう一度見てみようという気になって、お宝を保管している部屋にひとりで入り込む。
表情や雰囲気だけでいえば純真なあどけないこれから花開くであろう少女なのに、唇だけが異様に朱かった。紅を塗ったにしろ、そこだけあまりにもバランスのとれていない色の配分。
肌は真珠のようになめらかで、満天の星空のような黒曜石の瞳。
「きれいなんだけど、どうも口紅がなー…うん?…う、うわああああああああああっ!!!」
絵を眺めていたと思ったのに、そこには立体的な、生きた人間としか言い表しようのない女性が堂々と立っていた。
一歩引くと、その姿が絵の少女のものでないことに気づいた。
「か…母さん…?」
目の前で、母がおっとりと微笑んでいる。見間違えるはずがない。
「母さん、幽霊になって俺に会いにきてくれたのか…?ああ、俺だって言ってもわかんないかな。俺、ジャックだよ。大きくなっただろ?」
ふんわりとした色あいに身を包む、いかにも優し気な女性は目の前の眉をゆがめた。手を伸ばして、細長い傷のついた目の下あたりを撫でた。
「ああ、これ?こんな傷もう痛くないし、…あれ、変だな。母さんが幽霊だとしたら、触れるわけないのに…でも嬉しいや。母さんに会えて、母さん…俺、ずっと待ってたんだぜ。あのときさ、家中をぐるぐると父さんの隠した鍵を何か月も探し回ってさ、父さんと母さんを、待ってた」
こらえきれずにこぼれそうになる涙を隠すように、甘えるように抱き着いた。想像していた感触と全く違って、驚く。自身が成長してしまったからか、抱きしめた身体はひどく華奢に思えた。でもあたたかくて、けれど母さんはこんな匂いだっただろうか。
廊下を走る音が聞こえて、母を包んでいた手を放す。きっとハチが、さきほどのジョーカーの悲鳴を聞きつけてきてくれたのだろう。
しかし彼は、扉こそあけたものの、そこから一歩も踏み込んではこなかった。
その表情はこわばり、縛られたかのように直立した。
「ジョーカーさん、その、女の子は…」
「女の子?馬鹿言うな、母さんは確かに若くて美人だけど、ちゃんとした大人の…」
「母さん?その子がジョーカーさんのお母さんだっていうんスか?」
ハチの顔は真っ青だ。これ以上ないくらい大きな目をさらに広げて、震える指でジョーカーの隣を示した。何を言っているんだ、とジョーカーは隣を見やって絶句した。空気に溶けるように、靄がかかるように母はその姿を消していた。
「母さ…んじゃ…ねぇ」
代わりに現れたのは、ジョーカーとそうそう身長の変わらない少女だった。
今夜盗み出した絵画の、そこから文字通り抜け出したかのようにそっくりな、しかし立体的で、動く少女だった。
「だ、騙したのか?お前、どんな変装を使った?!」
「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったの」
本当に申し訳なさそうに言うものだから、怪訝な表情をするにとどめた。
「あなたも大事な人を亡くしたのね…ごめんなさい」
ぽそりと、小さな声で二度目の謝罪をした。
「私は見てのとおり、あの絵のモデルになった人間なの」
「馬鹿な、あの絵は少なくとも一世紀、いや二世紀は昔の絵だぜ?生きてたとしてもとんでもねぇおばあちゃんだ。生きてることもありえねぇだろ」
「えー!!!だとしたらま、まさか…」
ジョーカーは少女から距離を取るために後ずさり、ハチが恐怖のあまりジョーカーに抱き着く。悲しそうにうなずく姿には同情すら誘うが、不気味さを感じて近づけない。
「私、死んでるの」
「でも俺、さっき触ったぜ?幽霊って触れないんだろ?」
「それはね…気持ち悪いことを言うけれど、良い?」
「どんなトリックか、はたまた幻か気になるぜ。おいハチ、離れろって」
映像にしたって宝物庫であるこの部屋に映写機は置いていないし、それにここはジョーカーの所有するスカイ・ジョーカーだ。誰がそんなもの仕掛けるというのだ。
「だってジョーカーさんオイラ怖いっスーーー!!!ひぃぃぃ」
がっちりとジョーカーにしがみつくハチを腕から降ろそうとするが、抵抗される。
「あの、呪ったりとかしないから、安心して」
「ほんとかよ…あでで、ハチ首絞めんな!苦しいだろ」
「うぇええええん!!」
もみくちゃになっている男らを目の前に、少女は穏やかに話しかけた。
「まず二人とも落ち着いてもらえないかしら。私のこと気味が悪いと感じるのならそれは当然だし、その絵を焼き捨ててもらえれば…たぶん、もう現れることもないわ」
「そんなことしたらそれこそ恨まれて呪われそうっスよ!」
「はぁ?そうなったら言い伝えどころかいわくつきの絵じゃねーか」
「だから、恨む気も呪う気もないの。話せばきっと長い話になるわ」
そこから一歩も動くことはせず、ただ少女は二人が沈静化するのを待った。
「ハチ、大丈夫そうだぜ」
「だ、だって幽霊って…この人幽霊って言ったっスよ…」
「ったく、幽霊がなんだっていうんだ。情けないぜハチ」
「私はずいぶん長くこの姿でいて、たくさんの人を見てきたから、誰かを憎んだりすることがどんなに虚しいことかわかっているつもりよ」
少女があまりにも冷静なので、こちらの動揺も次第に引いてきた。
「あぁ…いや、どっちにしろもう目が冴えちまって、ベッドにゃ戻れねーよ」
「えっとオイラ、お茶の準備してくるっス」
すんなりとジョーカーから離れたハチは、台所にかけていく。
「ついて来いよ。ダイニングはこっちだ」
ジョーカーは脇に絵を抱える。彼の指し示したほうへ、黙ってついていった。
ここは家なのかと思っていたら、なにやら様子がおかしい。ときどき揺れるのは、航海中の船なのかもしれない。それでここは船なのか尋ねると、船は船に違いなかろうが、飛行船だ、と説明してくれた。つくりは入り組んでいて、相当な広さなのがわかる。
「あなたは、ジャックなの?それともジョーカー?」
彼女のことを母親だと思い込んでさきほどうっかり本名を名乗ってしまったことに思い当たる。知られて困ることでもなかったが、いまは怪盗ジョーカーとしての人生を歩んでいて、ジャックの名を使うことはもうない。
「…俺は怪盗ジョーカーだ。そう呼べよ」
「そう。あの男の子は、ハチさんっていうのね。私はなまえ。また改めて自己紹介するわ」
ダイニングはことさら広くて照明もきちんとしていた。二人で過ごすにしては余りある。ジョーカーは絵をテーブルの上に置き、まぁ座れよ、と椅子を指さした。
「はい、どうぞ」
当然のように差し出されたティーカップに、驚きを隠せない。ジョーカーはいの一番に自分の分のカップを手にしていたし、ハチの手元にも湯呑が置いてある。だから目の前のこれは、他でもない私のために作られたもの。
「私、死んでるのよ」
その事実をつきつけると、ハチはすこしひるんで、嚥下した後もういちど少女と目を合わせる。
「だからって、オイラたちだけお茶を飲むっていうのも失礼じゃないっスか。それにこうして明るいところで見ると正直、幽霊には見えないっス」
体が透けているわけでも、怪しげな雰囲気があるのでもない。肌や目は光を反射し、影もついている。
「あの…こんなことされたことなかったから…びっくりしてしまったの。ありがとう」
「ああでもお茶、飲めるんスかね?」
「わからないわ。死んでからお茶をいただいたことなんてなかったから」
カップの取っ手を握って、反対の手で包み込むようにして口元へ運ぶ。湯気が立っているが、熱は感じない。不思議と味はわかった。ちゃんと味がでるまで煮出した芳醇な香りだけでも楽しませてくれる。
「おいしい。…ありがとう、ハチさん」
「良かったっス」
「それで?アンタの事情、きかせてくれるんだろ?」
「あまり気分の良い話ではないけれど、聞いてくださるの?」
「聞く聞く。こんなことあっていまさら寝れねーよ」
もともと幽霊など怖くない彼。害はなさそうだと見るやいなや、ジョーカーはいつもの調子を取り戻した。おいしそうにハチの入れた紅茶を一口すする。
「私の名前はなまえといいます。私は若いうちに死んだのだけれど、その前に姿絵が完成していたの。自分がもう生きていないのだと気づいたときにはこの肖像画になっていた…魂が乗り移った、というのかしら。それから肖像画を保管していた私の父と母が亡くなって、肖像画は遠い親せきの家に渡ったわ。初めて奇怪な出来事が起こったのはその家でだったわ」
その親戚というのは、年かさのいったひとり暮らしの男性だった。裕福ではあったがたった一人の娘を嫁に出す前に早くに流行り病で亡くし、それからというもの妻も気落ちして寝床から起き上がれなくなり、そのうち娘の後を追うようにして息を引き取った。家族を忘れる日などなく、再婚もせず過ごした。そんな静かな老後を過ごしていたおり、血縁の家を取り潰す前に家財道具を売り払うので、ほしいものがあれば引き取ってほしいと他の親戚づてで連絡を受け、話にきいた屋敷にに向かうと驚愕することになる。
壁に飾られていたのは、亡くした娘にそっくりな肖像画だったからだ。
家財道具の割り振りをしていた代表のものに懇願して、他のものは一切いらないからと、その絵だけはなんとか、と譲ってもらった。
傷がつかぬよう厳重に包んで持ち帰り、寂しくなった部屋の壁に飾って毎日眺めた。
そしてある月夜の晩。窓から差し込む月の光に、その絵は輝きを増した。
ぼんやりと、その絵の前に現れた少女。まさしく、元気だったころの娘がそのままそこに立っていた。
男は泣いて、なんども娘の名前を呼んだ。
娘ははじめのうち困惑した様子だったが、なんども話しかけるうちに、心を開いてくれた。
ちょっとしたいたずら心から脅かしてやろう、くらいの意気で姿を見せたのに、泣いて膝をついてなんどもありがとうと言われてるうちに、その気も失せた。
その後にもらわれた先々で、同じようなことが起こるために、大切に扱われてきた。
持ち主はさまざまだったけれど、どの人も、身近な誰かをなにかしらの理由でなくした人ばかりだった。
どうにも自分は、見る人によってその妻だったり子供だったり恋人だったりするようだ。ただ、かろうじて少年に見えるときはあったけれども、成人した男性に成り代わることはなかった。
姿を変えようとして変わっているわけではなく、見る人が勝手にかつての思い入れの深い人物を重ねてしまっているようだった。
そうして一度肖像画を所有した者はめったなことではそれを手放さず、自然と値段は吊り上がる一方となったわけだ。
「ハチさんには私の本来の姿がはじめから見えていたみたいね」
それはたぶん、ハチがまだ心の痛むような別れを経験していないからだろう。
ハチがジョーカーに見知らぬ少女だと指摘して、やっと彼の見ていた幻想は敗れた。
「売られたり、人に譲られたり、ときにはオークションにかけられたもあったけれど、予告までして盗まれたのはあなたが初めてだわ」
「へへん。俺は怪盗だからな」
自慢げにそう名乗るジョーカーに微笑んで、絵を指でなぜる。
「この、肌と目ね。宝石が使われているんですって」
絵具に粉になるまで砕いた宝石が混ぜ込まれ、塗られている。その肌と、瞳ぶぶんに宝石が混じっているであろう。光の当て方によっては、服や背景から浮かび上がるようにも見える。画家としての腕は確かなものだったらしい。
「さっきの話で月が出たときにはじめて姿を現したようだけど、月と関係あるのか?」
「あるわ。月のある夜は、存在していられるの。とくに満月の夜には、生きている人に触れられるくらいにはっきり」
「なるほどな。じゃあ、月のないときは?」
「現れることはできないわ。私が殺されたのが、新月の夜だったから。身体が覚えている―というのも変なのだけれど、記憶にあるからかしら。新月の夜には消えてしまうわ。でもまた月が現れると、私も生きていたころを思い出す…」
あの日画家は、日が暮れるまで筆を滑らせていた。冬至も過ぎ、暗くなるのも早かった。月のない夜で灯りにとぼしいこともあったかもしれない。
では本日はこのへんで、もう少しで完成ですよと画家から言われてなまえは少なからず開放感を覚えたものだ。何日かにわけて、こうして拘束されていたものだったから。ではまた後日、ご機嫌ようとスカートの裾を持ち上げたところで、後頭部に衝撃を受けた。
その直後のことはわからない。次に見た景色は父母が自身の亡骸を前に床に伏して、泣き暮らしているところだった。床に溜まった血は、一部ぬぐいとられたような跡があった。
それで全てを理解した。なまえは殺されて、絵は完成した。その姿絵を両親は手放すことも仕舞うこともできず、なまえもそんな彼らの傍を離れることができずにいた。
「殺された?早くに死んだっていうのは病気とか、事故じゃなかったのか」
「いいえ…その絵に使われているのが、ただの絵具じゃないのはわかったでしょう?」
「あぁ、宝石が使われてるんスよね?一粒でも価値のある宝石を粉にしちゃうなんてもったいないことするっスね~」
「宝石だけじゃ、ないの」
「他になにが?」
「私の血がこの唇に…」
「うげぇっ!」
ジョーカーが奇声をあげる。ハチも飲みかけたお茶でむせて苦しそうに咳をした。
「だから、あんな異様な色をしていたのか」
「ごめんなさい、やっぱり気持ち悪いわよね。でもだから、私の魂がその絵に入り込んでしまっているのだわ」
「その、なまえさんを手にかけたのって…」
「私を描いた絵描きよ」
ためらいなく答えると、そんなことだろうと思った、とジョーカーがしかめっ面をした。
「とんでもねー悪趣味野郎だな。命はこの世の何ものにも代えがたい宝だぜ。そいつを残虐にも奪うとは…」
「そうね。恨んだほうが良かったのかもしれない。けれど、絵描きはすぐ捕まって処刑されたし、父と母が悲しんで供養してくれたから…その後も私の絵を管理してくれる人は、みんな丁寧に取り扱ってくれた。呪われるのが怖かったのかもしれない。でもそれ以上に、みんな誰か大事な人を亡くす悲しみを知っていた。それに耐える人たちを見てきたら、なんだかね。私は、運が良いんだわ」
殺されてなお、自分は運が良いと言い切る少女は、微笑んでいた。
生きている人間を目の前にして恨みも妬みも抱かずいられたのは、そうして大事にしてくれる人たちに出会えたからだと。
ふと自然に浮かんだ疑問がハチの頭をもたげた。
「こういうのも失礼かもしれないスけど…なまえさん、成仏はしないんスか?」
少女は微笑みを崩さず、肩をすくめる。
「成仏できないのだもの、仕方ないわ」
「まぁ害はねーみてーだし、成仏はしたいときにすればいいんじゃないか」
「成仏しようにももう、私は私ひとりじゃないの。これまでの手に渡ってきた人たちの、想いが形になってしまったようなものなの」
「付喪神みたいっスね」
「なんじゃそりゃ」
「付喪神というのは、長年人によって大切にされてきた物に、魂が宿って神様になったもののことっス。神様をどうこうするっていうのも、罰が当たりそうで嫌っスね…」
「私は神様なんかじゃないわ」
「神様だろうが幽霊だろうが、絵のおまけみたいなもんだろ。一度俺が盗んだものは俺のもんだ。ここにいろよ」
「…ありがとう。もし手元に置いておくのが嫌なら、売り払っても焼いて処分してくれてもかまわないわ」
「やーだね。せっかく苦労して手に入れたお宝を、そう簡単に手放してたまるかよ」
「そんなひどいことできないッス。こんなかわいいお嬢さんがいてくれたら、場が華やぐってもんですよ」
傲慢なジョーカーに驚きつつ、それが嫌じゃないことを不思議に思いながらも、なまえは心が落ち着くのを自覚していた。
そうやって、ジョーカーとハチはなまえを受け入れ、スカイ・ジョーカーに住まわせた。
絵の付属品と批評されたものの、彼らのなまえの取り扱いは人間そのものだった。それまでの絵の所有者たちからもひどい対応は受けなかったが、彼らはなまえの本質を見誤り…なまえを通して幻を見ていたので対話をするのは困難だった。彼らは彼らの胸の内をぶちまけ、言いたいことを言い、自己完結させることが多かった。愛の告白、後悔、感謝、懺悔―まるで神父にでもなった気分できいているだけ。
しゃべって動いて意思があるのだから、物扱いはやりづらいだろうけれど、二人と過ごしていると自分が生きているような錯覚を覚えるのだった。
「倉庫でのお前のあの姿は、いったい何だったんだ」
どうして見たこともないジャックの母親の姿を模すことができたのか。
「あなたが私を通して見えたのは、かつて亡くしたあなたの大切な人」
それも辛い記憶つきの、とは彼を目の前にして言えなかった。
「ジョーカーさんには、お母さんに見えてたみたいっスね。オイラは絵の女の子が立ってる、ってびっくりしちゃったっスけど」
「そこなんだよ。ハチは最初からなまえだとわかってたみたいだけど、なんでだ?」
「ハチさんのご家族や、ご友人はみんなご健在?」
「オイラの家族はみんな元気っス…里のみんなも」
「そういうことね」
タネ明かしにもならないタネを明かしたところで、その夜は解散した。肖像画は少女の希望で、ふだん二人が集まるキッチンのある部屋に置かれることとなった。
**
おわり
ご注意
こちらはさらっと暴力表現を含むためPG12としております。
PG12: Parental Guidance is required for children under the age of 12.
そして、怪盗ジョーカーの夢小説です。
ヒロインも人間外という特殊設定となっております。
ご了承のうえ、おすすみください。
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その価値軽く十億は超えると言われる一枚の肖像画。所有する者に不思議な出来事が起こるという。
今夜の標的とされた絵は予告どおり、怪盗ジョーカーの手に収まった。
「それではご機嫌よう!」
「こら、まて怪盗ジョーカー!今夜こそお前を激タイホだ!」
追いかけてくる鬼山警部を軽やかに撒きつつ、ハチと合流した。ご自慢のロード・ジョーカーにて暗い街並みを走りながら、今度はスカイ・ジョーカーへと目的地を移す。
「今度もうまくいきましたね、ジョーカーさん」
「おう!このお宝もすっげーぜ。アーティスト自体は有名じゃないのに、不思議と死ぬ間際に描き残したたった一枚に何億っていう値段がついた。価値が跳ねあがってるのはこの絵画に使われた絵具に秘密があるって話だ。スカイ・ジョーカーについたらハチにも見せてやるよ」
「わぁ、楽しみっス!」
「それからなんでも、この絵を所有する人間に伝わる話があるんだが…」
「へぇ、なんなんっスか?その話って」
声音を落ち着けて、にやりと口角を上げる。
「満月の晩にこの絵に祈りを捧げたときに、何かが起こるんだと。
どうにもこの絵の代々の持ち主はことごとく奇妙な経験をしたらしい」
「ちょうど今夜は満月だからな。何かあるかも」
「えーなんだか怖いっスよ…供物がいるとかじゃないっスよね?」
「祈りとしか聞いてないからな。塩まんじゅうでも供えてみるか?」
「それってオイラの部屋にある塩まんじゅうのことっスか…」
「当ったりー♪」
「嫌っスよ!!お供え物は自分で用意してくださいっス!」
ジョーカーは笑い飛ばして、ハンドルを切った。
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スカイ・ジョーカーに無事乗り込み、ハチにも絵を披露した。包んでいた布を外し、壁にかけてみる。
「さ、これが今夜のお宝である絵画『少女』だ」
「ほえー、きれいな娘さんっスね。キラキラしてるっス」
と食い入るように見つめていたものだ。横から見たり、下から見上げたり、角度を変えて鑑賞する。
「別に奇妙な仕掛けがあるようには見えないっスけど…」
「そうだな。俺はこれを倉庫に置いてくる」
「じゃあすぐ夕ご飯にするっス!」
いつものようにハチお手製のおいしいご飯をいただき、風呂も済ませてパジャマに着替えた。
今日の仕事もうまくいったので、気分がいい。ふと寝る前にもう一度見てみようという気になって、お宝を保管している部屋にひとりで入り込む。
表情や雰囲気だけでいえば純真なあどけないこれから花開くであろう少女なのに、唇だけが異様に朱かった。紅を塗ったにしろ、そこだけあまりにもバランスのとれていない色の配分。
肌は真珠のようになめらかで、満天の星空のような黒曜石の瞳。
「きれいなんだけど、どうも口紅がなー…うん?…う、うわああああああああああっ!!!」
絵を眺めていたと思ったのに、そこには立体的な、生きた人間としか言い表しようのない女性が堂々と立っていた。
一歩引くと、その姿が絵の少女のものでないことに気づいた。
「か…母さん…?」
目の前で、母がおっとりと微笑んでいる。見間違えるはずがない。
「母さん、幽霊になって俺に会いにきてくれたのか…?ああ、俺だって言ってもわかんないかな。俺、ジャックだよ。大きくなっただろ?」
ふんわりとした色あいに身を包む、いかにも優し気な女性は目の前の眉をゆがめた。手を伸ばして、細長い傷のついた目の下あたりを撫でた。
「ああ、これ?こんな傷もう痛くないし、…あれ、変だな。母さんが幽霊だとしたら、触れるわけないのに…でも嬉しいや。母さんに会えて、母さん…俺、ずっと待ってたんだぜ。あのときさ、家中をぐるぐると父さんの隠した鍵を何か月も探し回ってさ、父さんと母さんを、待ってた」
こらえきれずにこぼれそうになる涙を隠すように、甘えるように抱き着いた。想像していた感触と全く違って、驚く。自身が成長してしまったからか、抱きしめた身体はひどく華奢に思えた。でもあたたかくて、けれど母さんはこんな匂いだっただろうか。
廊下を走る音が聞こえて、母を包んでいた手を放す。きっとハチが、さきほどのジョーカーの悲鳴を聞きつけてきてくれたのだろう。
しかし彼は、扉こそあけたものの、そこから一歩も踏み込んではこなかった。
その表情はこわばり、縛られたかのように直立した。
「ジョーカーさん、その、女の子は…」
「女の子?馬鹿言うな、母さんは確かに若くて美人だけど、ちゃんとした大人の…」
「母さん?その子がジョーカーさんのお母さんだっていうんスか?」
ハチの顔は真っ青だ。これ以上ないくらい大きな目をさらに広げて、震える指でジョーカーの隣を示した。何を言っているんだ、とジョーカーは隣を見やって絶句した。空気に溶けるように、靄がかかるように母はその姿を消していた。
「母さ…んじゃ…ねぇ」
代わりに現れたのは、ジョーカーとそうそう身長の変わらない少女だった。
今夜盗み出した絵画の、そこから文字通り抜け出したかのようにそっくりな、しかし立体的で、動く少女だった。
「だ、騙したのか?お前、どんな変装を使った?!」
「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったの」
本当に申し訳なさそうに言うものだから、怪訝な表情をするにとどめた。
「あなたも大事な人を亡くしたのね…ごめんなさい」
ぽそりと、小さな声で二度目の謝罪をした。
「私は見てのとおり、あの絵のモデルになった人間なの」
「馬鹿な、あの絵は少なくとも一世紀、いや二世紀は昔の絵だぜ?生きてたとしてもとんでもねぇおばあちゃんだ。生きてることもありえねぇだろ」
「えー!!!だとしたらま、まさか…」
ジョーカーは少女から距離を取るために後ずさり、ハチが恐怖のあまりジョーカーに抱き着く。悲しそうにうなずく姿には同情すら誘うが、不気味さを感じて近づけない。
「私、死んでるの」
「でも俺、さっき触ったぜ?幽霊って触れないんだろ?」
「それはね…気持ち悪いことを言うけれど、良い?」
「どんなトリックか、はたまた幻か気になるぜ。おいハチ、離れろって」
映像にしたって宝物庫であるこの部屋に映写機は置いていないし、それにここはジョーカーの所有するスカイ・ジョーカーだ。誰がそんなもの仕掛けるというのだ。
「だってジョーカーさんオイラ怖いっスーーー!!!ひぃぃぃ」
がっちりとジョーカーにしがみつくハチを腕から降ろそうとするが、抵抗される。
「あの、呪ったりとかしないから、安心して」
「ほんとかよ…あでで、ハチ首絞めんな!苦しいだろ」
「うぇええええん!!」
もみくちゃになっている男らを目の前に、少女は穏やかに話しかけた。
「まず二人とも落ち着いてもらえないかしら。私のこと気味が悪いと感じるのならそれは当然だし、その絵を焼き捨ててもらえれば…たぶん、もう現れることもないわ」
「そんなことしたらそれこそ恨まれて呪われそうっスよ!」
「はぁ?そうなったら言い伝えどころかいわくつきの絵じゃねーか」
「だから、恨む気も呪う気もないの。話せばきっと長い話になるわ」
そこから一歩も動くことはせず、ただ少女は二人が沈静化するのを待った。
「ハチ、大丈夫そうだぜ」
「だ、だって幽霊って…この人幽霊って言ったっスよ…」
「ったく、幽霊がなんだっていうんだ。情けないぜハチ」
「私はずいぶん長くこの姿でいて、たくさんの人を見てきたから、誰かを憎んだりすることがどんなに虚しいことかわかっているつもりよ」
少女があまりにも冷静なので、こちらの動揺も次第に引いてきた。
「あぁ…いや、どっちにしろもう目が冴えちまって、ベッドにゃ戻れねーよ」
「えっとオイラ、お茶の準備してくるっス」
すんなりとジョーカーから離れたハチは、台所にかけていく。
「ついて来いよ。ダイニングはこっちだ」
ジョーカーは脇に絵を抱える。彼の指し示したほうへ、黙ってついていった。
ここは家なのかと思っていたら、なにやら様子がおかしい。ときどき揺れるのは、航海中の船なのかもしれない。それでここは船なのか尋ねると、船は船に違いなかろうが、飛行船だ、と説明してくれた。つくりは入り組んでいて、相当な広さなのがわかる。
「あなたは、ジャックなの?それともジョーカー?」
彼女のことを母親だと思い込んでさきほどうっかり本名を名乗ってしまったことに思い当たる。知られて困ることでもなかったが、いまは怪盗ジョーカーとしての人生を歩んでいて、ジャックの名を使うことはもうない。
「…俺は怪盗ジョーカーだ。そう呼べよ」
「そう。あの男の子は、ハチさんっていうのね。私はなまえ。また改めて自己紹介するわ」
ダイニングはことさら広くて照明もきちんとしていた。二人で過ごすにしては余りある。ジョーカーは絵をテーブルの上に置き、まぁ座れよ、と椅子を指さした。
「はい、どうぞ」
当然のように差し出されたティーカップに、驚きを隠せない。ジョーカーはいの一番に自分の分のカップを手にしていたし、ハチの手元にも湯呑が置いてある。だから目の前のこれは、他でもない私のために作られたもの。
「私、死んでるのよ」
その事実をつきつけると、ハチはすこしひるんで、嚥下した後もういちど少女と目を合わせる。
「だからって、オイラたちだけお茶を飲むっていうのも失礼じゃないっスか。それにこうして明るいところで見ると正直、幽霊には見えないっス」
体が透けているわけでも、怪しげな雰囲気があるのでもない。肌や目は光を反射し、影もついている。
「あの…こんなことされたことなかったから…びっくりしてしまったの。ありがとう」
「ああでもお茶、飲めるんスかね?」
「わからないわ。死んでからお茶をいただいたことなんてなかったから」
カップの取っ手を握って、反対の手で包み込むようにして口元へ運ぶ。湯気が立っているが、熱は感じない。不思議と味はわかった。ちゃんと味がでるまで煮出した芳醇な香りだけでも楽しませてくれる。
「おいしい。…ありがとう、ハチさん」
「良かったっス」
「それで?アンタの事情、きかせてくれるんだろ?」
「あまり気分の良い話ではないけれど、聞いてくださるの?」
「聞く聞く。こんなことあっていまさら寝れねーよ」
もともと幽霊など怖くない彼。害はなさそうだと見るやいなや、ジョーカーはいつもの調子を取り戻した。おいしそうにハチの入れた紅茶を一口すする。
「私の名前はなまえといいます。私は若いうちに死んだのだけれど、その前に姿絵が完成していたの。自分がもう生きていないのだと気づいたときにはこの肖像画になっていた…魂が乗り移った、というのかしら。それから肖像画を保管していた私の父と母が亡くなって、肖像画は遠い親せきの家に渡ったわ。初めて奇怪な出来事が起こったのはその家でだったわ」
その親戚というのは、年かさのいったひとり暮らしの男性だった。裕福ではあったがたった一人の娘を嫁に出す前に早くに流行り病で亡くし、それからというもの妻も気落ちして寝床から起き上がれなくなり、そのうち娘の後を追うようにして息を引き取った。家族を忘れる日などなく、再婚もせず過ごした。そんな静かな老後を過ごしていたおり、血縁の家を取り潰す前に家財道具を売り払うので、ほしいものがあれば引き取ってほしいと他の親戚づてで連絡を受け、話にきいた屋敷にに向かうと驚愕することになる。
壁に飾られていたのは、亡くした娘にそっくりな肖像画だったからだ。
家財道具の割り振りをしていた代表のものに懇願して、他のものは一切いらないからと、その絵だけはなんとか、と譲ってもらった。
傷がつかぬよう厳重に包んで持ち帰り、寂しくなった部屋の壁に飾って毎日眺めた。
そしてある月夜の晩。窓から差し込む月の光に、その絵は輝きを増した。
ぼんやりと、その絵の前に現れた少女。まさしく、元気だったころの娘がそのままそこに立っていた。
男は泣いて、なんども娘の名前を呼んだ。
娘ははじめのうち困惑した様子だったが、なんども話しかけるうちに、心を開いてくれた。
ちょっとしたいたずら心から脅かしてやろう、くらいの意気で姿を見せたのに、泣いて膝をついてなんどもありがとうと言われてるうちに、その気も失せた。
その後にもらわれた先々で、同じようなことが起こるために、大切に扱われてきた。
持ち主はさまざまだったけれど、どの人も、身近な誰かをなにかしらの理由でなくした人ばかりだった。
どうにも自分は、見る人によってその妻だったり子供だったり恋人だったりするようだ。ただ、かろうじて少年に見えるときはあったけれども、成人した男性に成り代わることはなかった。
姿を変えようとして変わっているわけではなく、見る人が勝手にかつての思い入れの深い人物を重ねてしまっているようだった。
そうして一度肖像画を所有した者はめったなことではそれを手放さず、自然と値段は吊り上がる一方となったわけだ。
「ハチさんには私の本来の姿がはじめから見えていたみたいね」
それはたぶん、ハチがまだ心の痛むような別れを経験していないからだろう。
ハチがジョーカーに見知らぬ少女だと指摘して、やっと彼の見ていた幻想は敗れた。
「売られたり、人に譲られたり、ときにはオークションにかけられたもあったけれど、予告までして盗まれたのはあなたが初めてだわ」
「へへん。俺は怪盗だからな」
自慢げにそう名乗るジョーカーに微笑んで、絵を指でなぜる。
「この、肌と目ね。宝石が使われているんですって」
絵具に粉になるまで砕いた宝石が混ぜ込まれ、塗られている。その肌と、瞳ぶぶんに宝石が混じっているであろう。光の当て方によっては、服や背景から浮かび上がるようにも見える。画家としての腕は確かなものだったらしい。
「さっきの話で月が出たときにはじめて姿を現したようだけど、月と関係あるのか?」
「あるわ。月のある夜は、存在していられるの。とくに満月の夜には、生きている人に触れられるくらいにはっきり」
「なるほどな。じゃあ、月のないときは?」
「現れることはできないわ。私が殺されたのが、新月の夜だったから。身体が覚えている―というのも変なのだけれど、記憶にあるからかしら。新月の夜には消えてしまうわ。でもまた月が現れると、私も生きていたころを思い出す…」
あの日画家は、日が暮れるまで筆を滑らせていた。冬至も過ぎ、暗くなるのも早かった。月のない夜で灯りにとぼしいこともあったかもしれない。
では本日はこのへんで、もう少しで完成ですよと画家から言われてなまえは少なからず開放感を覚えたものだ。何日かにわけて、こうして拘束されていたものだったから。ではまた後日、ご機嫌ようとスカートの裾を持ち上げたところで、後頭部に衝撃を受けた。
その直後のことはわからない。次に見た景色は父母が自身の亡骸を前に床に伏して、泣き暮らしているところだった。床に溜まった血は、一部ぬぐいとられたような跡があった。
それで全てを理解した。なまえは殺されて、絵は完成した。その姿絵を両親は手放すことも仕舞うこともできず、なまえもそんな彼らの傍を離れることができずにいた。
「殺された?早くに死んだっていうのは病気とか、事故じゃなかったのか」
「いいえ…その絵に使われているのが、ただの絵具じゃないのはわかったでしょう?」
「あぁ、宝石が使われてるんスよね?一粒でも価値のある宝石を粉にしちゃうなんてもったいないことするっスね~」
「宝石だけじゃ、ないの」
「他になにが?」
「私の血がこの唇に…」
「うげぇっ!」
ジョーカーが奇声をあげる。ハチも飲みかけたお茶でむせて苦しそうに咳をした。
「だから、あんな異様な色をしていたのか」
「ごめんなさい、やっぱり気持ち悪いわよね。でもだから、私の魂がその絵に入り込んでしまっているのだわ」
「その、なまえさんを手にかけたのって…」
「私を描いた絵描きよ」
ためらいなく答えると、そんなことだろうと思った、とジョーカーがしかめっ面をした。
「とんでもねー悪趣味野郎だな。命はこの世の何ものにも代えがたい宝だぜ。そいつを残虐にも奪うとは…」
「そうね。恨んだほうが良かったのかもしれない。けれど、絵描きはすぐ捕まって処刑されたし、父と母が悲しんで供養してくれたから…その後も私の絵を管理してくれる人は、みんな丁寧に取り扱ってくれた。呪われるのが怖かったのかもしれない。でもそれ以上に、みんな誰か大事な人を亡くす悲しみを知っていた。それに耐える人たちを見てきたら、なんだかね。私は、運が良いんだわ」
殺されてなお、自分は運が良いと言い切る少女は、微笑んでいた。
生きている人間を目の前にして恨みも妬みも抱かずいられたのは、そうして大事にしてくれる人たちに出会えたからだと。
ふと自然に浮かんだ疑問がハチの頭をもたげた。
「こういうのも失礼かもしれないスけど…なまえさん、成仏はしないんスか?」
少女は微笑みを崩さず、肩をすくめる。
「成仏できないのだもの、仕方ないわ」
「まぁ害はねーみてーだし、成仏はしたいときにすればいいんじゃないか」
「成仏しようにももう、私は私ひとりじゃないの。これまでの手に渡ってきた人たちの、想いが形になってしまったようなものなの」
「付喪神みたいっスね」
「なんじゃそりゃ」
「付喪神というのは、長年人によって大切にされてきた物に、魂が宿って神様になったもののことっス。神様をどうこうするっていうのも、罰が当たりそうで嫌っスね…」
「私は神様なんかじゃないわ」
「神様だろうが幽霊だろうが、絵のおまけみたいなもんだろ。一度俺が盗んだものは俺のもんだ。ここにいろよ」
「…ありがとう。もし手元に置いておくのが嫌なら、売り払っても焼いて処分してくれてもかまわないわ」
「やーだね。せっかく苦労して手に入れたお宝を、そう簡単に手放してたまるかよ」
「そんなひどいことできないッス。こんなかわいいお嬢さんがいてくれたら、場が華やぐってもんですよ」
傲慢なジョーカーに驚きつつ、それが嫌じゃないことを不思議に思いながらも、なまえは心が落ち着くのを自覚していた。
そうやって、ジョーカーとハチはなまえを受け入れ、スカイ・ジョーカーに住まわせた。
絵の付属品と批評されたものの、彼らのなまえの取り扱いは人間そのものだった。それまでの絵の所有者たちからもひどい対応は受けなかったが、彼らはなまえの本質を見誤り…なまえを通して幻を見ていたので対話をするのは困難だった。彼らは彼らの胸の内をぶちまけ、言いたいことを言い、自己完結させることが多かった。愛の告白、後悔、感謝、懺悔―まるで神父にでもなった気分できいているだけ。
しゃべって動いて意思があるのだから、物扱いはやりづらいだろうけれど、二人と過ごしていると自分が生きているような錯覚を覚えるのだった。
「倉庫でのお前のあの姿は、いったい何だったんだ」
どうして見たこともないジャックの母親の姿を模すことができたのか。
「あなたが私を通して見えたのは、かつて亡くしたあなたの大切な人」
それも辛い記憶つきの、とは彼を目の前にして言えなかった。
「ジョーカーさんには、お母さんに見えてたみたいっスね。オイラは絵の女の子が立ってる、ってびっくりしちゃったっスけど」
「そこなんだよ。ハチは最初からなまえだとわかってたみたいだけど、なんでだ?」
「ハチさんのご家族や、ご友人はみんなご健在?」
「オイラの家族はみんな元気っス…里のみんなも」
「そういうことね」
タネ明かしにもならないタネを明かしたところで、その夜は解散した。肖像画は少女の希望で、ふだん二人が集まるキッチンのある部屋に置かれることとなった。
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おわり